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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
148/193

天才に憧れた少女

 「204番 スノトラ」の扉。

 幽霊都市ブレイザブリクでの原生魔獣との戦闘後の昏睡状態で。

 私は夢を見ていた。

 

 真っ白な空間に。

 その扉だけが、ポツンと、悲しく建てられている。

 

 私の姿は、小さくなったり大きくなったり、赤ん坊になったり、老婆になったりする。

 こんな夢を、最近はよく見る気がする。

 ああ、そう言えば、幽霊都市で「アグネ」の幻影に出会った時も。

 こんな夢を見ていたっけ、と思い出した。


 頭がうまく回らなかった。

 重たい油の中にいるみたいに、身体が上手く動かせなかっった。

 それでも何とかもがいて、扉へと向かう。


 何のために?

 ……。

 そこにいけば、ガルムに会えると思ったからよ。


「また、下駄箱にへドロスライムを詰めてあげようかしら?」


 後ろを向くと。

 意地悪い笑みで私を笑う声が聞こえる。

 この声は、大嫌いなあの子――バーラの声だ。

 ルブレン魔術学校での嫌な日常。

 そこから二人で抜け出して、ギルドに駆け込んで、日銭を稼いで暮らしていた日々。

 たった一年ほどの時間だったけど、あの時間が今の私を構築していた。

 

 私を見たバーラは。

 いつも見たいに頬を引っ叩いて。

 学生服を破いて裸にして。

 虐めてくるかと思ったけど。

 この夢で現れるバーラだけは、いつもの傲慢な彼女の様子とは違って。

 やけに悲しく、寂しく、哀愁を漂わせているように見えたのだ。


「なんで、アンタは、アイツガルムにばっかり、構うのよ。なんでアタシのことは認めてくれないのよ ワタシが女だから? 結局、男がいいの? 誰もワタシのことなんて見てくれないの。アンタだけは、ワタシと対等に関わってくれると思ってた。でも、アンタまでも無視するなら、ワタシはどこに居場所があるの?」


 学校では頂点に君臨し。

 向かう所敵なしの彼女も。

 この夢の中では、溜まっていた鬱憤をぶつけてくる。

 彼女も彼女で、不満を抱えていたのだ。

 才を持つが故の葛藤。

 それは持たざる者からすれば、贅沢な悩みというヤツだけれど。

 私は、バーラの言う事に、少しだけ共感できる気がした。


 虐められ、抱いた憎しみ。

 だが、それよりも強く、彼女への同情心が実る。


 かけるべき言葉は、罵詈雑言ではなく。

 共感であった。


「ごめんね、バーラ。一人にさせちゃって。でも私はね、ルブレン魔術学校では、居場所を見つけられなかった」

「ワタシも同じよ……寄ってくる人たちは、ワタシの名声を利用しようとする輩ばかり、誰もワタシを……注意してくれない、誰もワタシを見てくれない」

「あの時の私は、そうは思えなかったの。仲間に囲まれているバーラは、ルブレン魔術学校に居場所があると思ってた。けれど、違かったのね。ごめんなさいね、貴女なのに、そんな簡単なことにも気付けなかった」


 スノトラはバーラに近寄り、冷たい彼女の両手を握り。

 自分よりも背の高いバーラに、背伸びをして額をコツンと押し当てて話す。


「でも、耐えられなかった。ガルムに、あんなことを言うなんて。私を馬鹿にするだけなら許せたけど、大切な人にあんなことをされるのは許せなかったの」

「……アンタにとって一番大切な、ガルムを、アイツを排除できれば、アンタはワタシの方を見てくれるって、そう信じてたの」

「どういう理由であれ、あの時点で私は、バーラ、アナタのことを完全に嫌いになってしまった。ごめんなさいね、やっぱり私とアンタは分かり会えない」


 スノトラは背伸びを止め、握っていたバーラの両手を離した。

 踵を返し、「204番 スノトラ」の扉の方へ向かっていく。


「待って!!」


 自分から離れるスノトラを、バーラは走って追いかける。

 必死に追いかけるが、何故か二人の距離は一向に縮まらない。


「ワタシを見て!! アンタはワタシの理解者でしょッ! アンタだけが……いやワタシだけが、アンタの孤独を、アンタの気持ちを癒やしてあげれる! 分かってあげれる!! だからッ!!」

「私は、バーラより、ガルムを、フレン先生を、アマルネを、陽太を選ぶ」

「待って、そっちにッ行かないでッ! また、また私から逃げるつもり!」

「最初から、アナタの隣にいたことなんてないわ」


 そしてスノトラは歩み、「204番 スノトラ」と書かれた木製の扉のドアノブを握り、その扉を開いた。

 扉の向こう側からは光が漏れ、その先には、ガルムらしき男性の影が。


「待ってッ! どうしてッ!! 何が、何が足りないのよ!!」


 スノトラは無視して扉をくぐった。

 瞬間、スノトラは光に包まれ消えていく。

 一人だけ、泣きじゃくって顔を赤くしたバーラだけが虚数領域に取り残され。

 一人、静かに蹲って泣いていた。



 ――。

 

 静寂。

 バーラの構築した結界は粉々に崩壊し。

 内部から、腹部に大きな傷跡を負い、大量の血を流して倒れるバーラと。

 五体満足のスノトラ、気を失ったフレンの三名が出てきた。


「……どう……して……?」


 バーラは消えかける意識の中、気力を絞って呟く。


「『全属性全術式適応者ワイルドカード』のアンタの……唯一の弱点“一極属性の集中的放射”……アナタは、全ての術と属性に『適応』がある、だから理論上は如何なる術にも対応可能。だけどね、選択肢が無数にあるからこそ、アナタは『どの術もどの属性も極めることができなかった』」


 死にゆくバーラに対し、スノトラは冷静に語り続ける。


「まず、迷いが生じる。あらゆる選択肢で対応可能だからこそ、『どの術で対処しようか』という悩みが。その悩みのせいで、初手の対応が遅れる。だからいつもアナタの戦闘方法は『受け手』に回るしか無い。いつも後手。アナタのお得意の戦闘法は『相手の弱点を分析看破し、その弱点を突き続けることで相手を消耗させる』長期戦。だから、アナタを倒すための一番の方法は、『初手で一撃で勝負を決めてしまう』こと、対応される前に、一撃で決める」

「……」

「ただし生半可な術では貴方レベルの術者を一撃で仕留めることは難しい。だから、私が最も得意な『水』属性の最高峰の原型術式を、一点に凝縮して、最大で出力する。運の良いことに、結界内にはバーラが巻いてくれた『水属性の術』――『ミスト』で満たされていた。その外界樹素を取り込み、私の内包樹素をひたすら上乗せして、放つ」

「……そんな……高難易度の原型術式を……詠唱も無し……で?」

「……幽霊都市の一件で私も、成長したのよ」


 バーラは乾いた笑い声を上げた。

 笑う度に腹部に空いた穴からの出血量が増える。


「ははは……けっきょく……ワタシは……アンタには敵わなかった」

「……何にでもなれたはずよ。バーラ、貴方ならば。何でも要領よくこなす、貴方なら。私にも、勝てたはずよ」

「私は、嫉妬……してたの……私が唯一持たなかった才能……『新しい術式を構築する』という、才能……『何かを極めるという才能』……私は、持ってなかった……ずっと、スノトラ、アンタが羨ましかった」

「私も、嫉妬してたよ。人間関係もスポーツも、術式も勉強も、何でもかんでも要領よくこなす、バーラのことを、憧れていたのよ」

「行きなさい。そして生きなさい。アンタには、やることがあるでしょ、早くガルムのところに行ってあげたら」

「うん」


 スノトラは自分を虐めた加害者とはいえ。

 かつて同じ学校に通っていた者を殺めてしまったことに罪悪感を抱きながらも。

 倒れているフレンの安否を確認した後。

 バーラを置いて、「審判の回廊」の先へと向かっていった。


 揺れる長髪の紫髪。

 スノトラの後ろ姿を見ながら、バーラは


「最後に殺してくれたのが、スノトラでよかった」


 歪みきった憎悪と愛情を込め。

 今際の際の言葉を吐いて、その生命は終わりを迎え。

 冥府へと、導かれていった。


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