不可侵領域総力戦⑩
性格クソ悪のバーラさん。
一人称は「ワタシ」で、語尾にたまに「♫」が付きます。
親戚であるフレンも一人称が「アタシ」で、語尾に「♫」がつきますね。
どちらもアリストロメリア家の血筋なので、潜在的に似通ってるんです。
二人の容姿は殆ど瓜二つ。だけどフレンの方は七代目邪神の「紅い龍の目」を受け継いでいて。
対してバーラは碧色の瞳であるという差異があります。
もしもフレンが人間に生まれていて、才能故にチヤホヤされまくってたら、バーラみたいな子に育っていたかもしれません。
フレンが比較的善良に育ったのは、その環境の違いですね。
まあフレン自体もそんなに性格が良い方ではありませんが……(正当防衛とはいえ過去に人を沢山殺してるし)
陽太と出会ったことでかなり丸くなったと思います。
またアリストロメリア家秘伝の「神聖なる敬虔」はバーラは使えず、フレンのみ習得しています。
これはアリストロメリア家に伝わる「神聖なる敬虔」は試作段階で実用化できておらず、後に七代目邪神(フレンの母親)が協力したことで初めて成立した特異な原型術式だからです。
理論はアリストロメリア家に伝わっているんですが、実用化には至っておらず。
そのためフレンしか使用者がいません。
至極あたり前のことだけど天才という奴はいる。
アタシみたいに。
7歳あたりで基礎魔術の全てを網羅して。
9歳の頃には幻術や妖術まで習得。
12歳の頃には原型術式を十を超えて自在に扱え。
異世界三大術式組織の一つ、ルブレン魔術学校を。
計12科の称号を授与して、文句なしの首席で卒業。
歴代首席卒業者の中でも突き抜けた成績を叩き出し、その後は「パトリアルフ」に徴収。
化け科、生物科、宝石科、研究科、実戦科、歴史科、占星科、薬科、治癒科、結界科、錬金科、禁術科。
どれをとっても不足がなく。
全てをS評価で卒業した、まさしく稀代の天才。
「バーラちゃん凄いね」
「才色兼備が歩いている」
「おまけに家系はアリストロメリア家だってさ、完璧じゃん。隙が無いわ~」
ほら?
ちょっと廊下を徘徊しただけで、学園はアタシの話題でもちきり。
あら?
アンタはワタシの友達になりたいわけ?
アンタは確かに顔は可愛いけど、実は生まれが貧民だから差別されたくないのね。
だからアリストロメリア家の血筋であるワタシに取り入ることで、そのコンプレックスを解消しようとしているのが見え見え。
まあ、学園内部でバカどもよりもスクールカーストが上だから。
この女は、少しはアタシのそばにおいて上げてもいいかしら?
顔だけは美人だからね、ワタシほどじゃないけど。
そばにおいておくだけならば、困らないわ。
まあ、血が下民だから何をどう足掻いたって無駄でしょうけど。
あら?
今度はアナタも?
アタシのグループに入りたくて?
確か、アナタは薬科で晩年2位の子じゃないの?
いつも真面目に勉強しているくせに、ワタシに勝てない女。
だけどアナタは無理ね。
なんせ芋臭いし、造形が悪いもの。
華やかさがないわ。
年中、薬や薬草と向き合って、鏡を見ることを忘れてるんじゃないの?
その容姿で、よくもワタシと仲良くなれると思ったわね。
思い違いも甚だしい。
アンタみたいなブサイクは、ずっと勉強や研究だけしてればいいわけ。
でもごめんなさいね?
アンタは薬草や薬が大好きで大好きでしょうがないのに。
片手間で勉強してるアタシが薬科NO.1の成績で。
ブスから得意分野を奪っちゃったら何が残るってのよ。
でもこれが生まれ持った格差ってワケ。
しょうがないわね。現実は非情だから。
産んだ親を憎みなさい。
話は変わるけど。
最近、連れのメンバーに飽きてきたのよね。
あの男は顔は良くて性格も活気だから、女生徒から人気だけど。
アリストロメリア家にゴマすりたくて、アタシに寄ってくるのが見え見えできもいし。
他の女も、アタシのご機嫌取りばかり。
出てくる言葉は「本当に美人」だの「本当に頭良い」だの。
当たり前の事実ばっかりで嫌になるわ。
どいつもこいつも、人形みたいに決まった褒め言葉を吐くばかり。
本当に、つまらない学園生活だわ。
…。
そんな時に見つけた「アイツ」。
きっかけは連れの女生徒が、そいつを指さして「ダサくない?(笑)」って何気なく共感を求めてきた時だった。
たまにしか授業に出席しない、しかも「創造科」の授業だけ。
いつも寝癖まみれの髪に、やつれた顔、シワだらけの学生服。
いかにも変わり者の多い「創造科」らしい生徒だった。
その女は、いつも「創造科」の授業の時だけ。
朝早くから出席し、最前列で講義を受けてた。
それ以外の授業には全く出ない。
アホね、と思った。
「創造科」なんて一番役に立たない学問なのに。
「創造科」で首席を取ったって、将来魔術師として雇われる時「だから何?」って言われるくらいよ?
全13科の中で、一番役に立たず、将来性も無く、利益も出さないゴミ学科。
でも必須授業だから皆、講義には出席するけど、手を抜いて遊んだり、居眠りしたり、女と遊んだり、そんな自由時間に使う程度の講義よ?
そんな学科を真面目に熱心に受けるなんて(笑)。
その紫髪の女生徒を見た時、アタシは薬科の芋臭いあの女を思い出した。
そうだアイツと同じに違いない。
あの紫髪の女にとって「創造科」だけが得意分野。
唯一威張れ、誇れる所。
それ以外では全く日の目を浴びないアイツが、唯一輝ける場所。
そう気付いた時、脳裏にはある言葉が浮かんだ。
「そんな『創造科』で、アタシが一位を取ったら、アイツ、死ぬほど悔しがって自殺しちゃうかも?」
うん。
とてもおもしろいと思った。
あの薬科の芋女と同様に、あの紫髪の女の長所も、居場所も奪ってしまおう。
その時の、アイツの絶望顔は何よりも面白いに違いない。
「創造科」の期末試験は再来週か。
まあ範囲も狭いし、片手間でやっても余裕で一位を取れるでしょ?
あの紫髪の女が、試験結果を張り出された紙を見て、自分が一番じゃなかった時、どんな顔をするか。
それが楽しみでしかたなかった。
*
「『創造科』今期期末成績優秀者。
1位 スノトラ=ド・ノートルダム 99/100
2位 バーラ=アリストロメリア 92/100
3位 エルバ=バンバリア 83/100…」
廊下に張り出された紙を見て絶句した。
アタシが2位?
このアタシが銀メダル?
なんで? どうして?
それを見た、取り巻きのバカどもが。
「バーラちゃんが二位?!」
「でも『創造科』の試験内容、ほぼ授業外の問題だったし、しょうがないよね」
「そうそう、『創造科』担当教授のあのジジイ、何喋ってるか分かんないし」
「逆に、意味不明な『創造科』のテストでも2位になってるバーラちゃんが凄いよ」
傷口に塩を塗るかのように、お得意の「励まし」と「ゴマすり」をし始める。
取り巻きのバカどもの励ましなんぞ、左から右耳に通り抜けた。
2位?
このアタシが2位?
その現実だけがアタシを驚愕と絶望に陥れる。
それ以外の情報は全く入ってこなかった。
すると。
珍しく廊下に顔を出してきた、紫髪のあの生徒。
おそらく、張り出された成績表を見に来たのだろう。
いいわよ、どうせ「あのバーラを打ち負かした」って言いふらすんでしょ?
どうせ負けたアタシを見て、憎ったらしい笑みを浮かべるんでしょ?
そう思って歯ぎしりしてた時。
あろうことか、スノトラとかいう紫髪の少女は。
試験の成績発表を横目でチラリと見て、あとは知らんぷり。
スノトラの駆け出した足は、廊下とは反対方向にある教室の中に向かっていて。
「すみません。メメン先生、今回の『創造科』の試験、大問2に誤りがあります」
「ほう?」
「創造科」担当教授の剥げたお爺さんに質問をしていた。
「この理論では原型魔術を利用した変身術を再現することは不可能だと思います」
「なるほど。確かに、術の構成単位に誤りがある。え~生徒の皆、そこの廊下に貼ってある成績表は誤りだった。大問2に間違いが合った。それを加味して後日、また採点を実施する」
アタシはいてもたってもいられなくなって。
そのジジイに駆け寄り、問い詰めるように聞いた。
「それを加味した結果、試験の成績優秀者は変動しますか?」
「うむ。変動する者もいる。例えば、バーラ=アリストロメリア、君の点数は正確には82点。3位じゃ」
「え…」
ジジイの視線は、笑顔でスノトラに向けられ、彼女の肩をぽんと叩いて
「そしてスノトラ君、君は大問2を正解しておる。それを加味すると100点。文句無しの1位じゃ、よく頑張ったのう。今回は屈指の難易度じゃったぞ」
「いえ…私も、丁度同じ分野の勉強をしていたので」
「ほう? なんじゃそれは」
「架空の力場の再現です」
その教師とスノトラは二人で盛り上がって何かを討論していた。
アタシのことなんてさっぱり無視して。
周りの連中は成績にあまり関与しない「創造科」の試験結果などどうでもいいようで。
雑談をしながら、自分たちの寮の部屋に戻っていく。
そんな中、一人取り残されたアタシは。
生まれて始めて、途轍もない敗北感を味わった。
五臓六腑が燃え盛るほどの嫉妬。
何も持ち得ず、何も出来ず、何も為さない。
そんなゴミが、アタシを越してきた事実。
手が怒りで震える。
嫌な冷や汗が流れる。
そんな中、冷静を保って、アタシはスノトラに対し、取り巻きの連中に向かって指示するように指を指して。
「ねえ、あのスノトラって生徒、気持ち悪くない?」
アタシのぼそっと呟いた、そんな下らない発言からだった。
そこからだった。
スノトラに対する、学園内序列の上位者からへの、虐めが本格化していったのは。
*
―ラグナロク確定の時まで残り02:09―
「アナタは……バーラ?!」
「審判の回廊」にて。
フレンと敵対している術師が知り合いだったことに驚くスノトラ。
「覚えていてくれたのね? 嬉しい」
だが、スノトラからバーラに向けられた興味は一瞬で。
スノトラの顔はまた真剣な表情に戻って。
フレンに対し
「フレン先生、ガルムはどこに?」と問う。
フレンは頬に切り傷をつけ、疲弊した状態で
回廊の先を指差し
「ガルムなら、一足先に『ヴィーグリーズの間』へ」
とだけ伝え
「バーラはアタシが相手する、だからアンタはガルムの元へ行ってあげて」
フレンの指示を受け、スノトラはすぐさま、「審判の回廊」その先へと向かおうとした。
だが。
「行かせると思う? スノトラ」
バーラは一切の術式を解除。
そして
〔『疆域』〕
瞬間。
バーラを中心に、円形の領域が半径約28mほど展開される。
(結界の構築!! これは……樂具同や須田正義と同じ!!)
スノトラとフレンは一瞬で理解する。
過去に相対した強者を想起した。
【結界術式】
【高度技術の一つ】
【結界の元となる“基点”に術を作動させることで、空間・領域そのものを広大な『式』として機動する術】
【結界は空間操作術式の完成形とも言われ、広域かつ複雑な結界ほど構築難易度は劇的に上昇する傾向がある】
【また結界は基本、構築段階で完成しており、後から外部要素が混入することで最悪の場合、崩壊することが多い】
【ヨゼフの空間転移術と同じく、空間操作の領域に区分される『結界術』は極めて不安定な性質があり、繊細な樹素操作を必要とするからである】
【しかし――バーラは結界術の達人】
【例外的に、結界構築時に定めた規則や条件を、後から修正することで、結界を常に安定したまま展開することが可能】
【生物、非生物問わず、ありとあらゆる空間に安定した結界を常時、張ることができる】
【全属性・全術式に対応するバーラのみが成せる技】
半球体状の結界はスノトラとフレンを閉じ込め、黒く染まる。
「これでもう、アンタたちはアタシを倒さないと、この結界から抜け出せなくなったわ」
フレンは試しに結界の壁を手の甲で叩いた。
金属音のような音が反響する。
(ッ……ウプサラの神殿の結界と同じ! アタシとスノトラ、バーラ=アリストロメリアの三名だけを閉じ込めることだけに特化した封鎖結界ね! 結界の破壊は無理ね……ここから抜け出すには……)
結界術者であるバーラを倒さなければならない。
フレンはスノトラに視線を送る。
語り合わずとも、スノトラもそのことを察していた。
バーラは焦る二人を見てニヤリと楽しそうに笑う。
「笑っている場合なの? 閉鎖した結界を構築するなんて、自分から逃げ場を無くしただけでしょ?」
(魔術師の最大の利点は『遠距離から安全に』敵を叩くことができること! 閉鎖空間に閉じ込めてしまえば、不利になるのは、バーラの方でしょう?! おまけに、バーラは、この結界を構築するために、自身に付与していた『稚拙な律動』の術を解いている!! つまり今のバーラ=アリストロメリアは丸腰も同じ)
「スノトラ、アイツに重力術式をッ」
フレンはスノトラに指示する。
が、スノトラは杖を両手で握ったまま下を俯き行動を止めていた。
「なんdーーッ!!」
フレンは迷う時間も与えられず、グニャリと視界が歪んで体勢を崩した。
(ッ……結界内に高純度の『霧』の術が充満している……空間を密閉したのはこのためッ?!)
バーラの身体から、水と光の属性を複合した『霧』の術が噴出していた。
その『霧』は密閉された結界内を満たし、高濃度の『霧』がフレンを襲う。
高純度の不適合属性を浴び続けたことにより、フレンは身体に不調をきたし、思わず蹌踉めいた。
(アリストロメリア家の原型術『神聖なる敬虔』を魔族フレンはまだ自分の意思で扱えないことは先程の戦闘から明らかだったわ。任意に発動の切り替えは不可能! おそらく肉体が危機を感じた時に即座に発動する自動機能術のようなものね……しかも、その弱点も既に看破しているわ)
稀代の天才 バーラ=アリストロメリアは。
一度観察しただけで。
フレンの奥義「神聖なる敬虔」の構造・機能を、既に8割以上、正確に見抜いていた。
(『神聖なる敬虔』でおよそ“消せない術式効果は存在しない”! アタシの『稚拙な律動』すらも掻き乱してきたことから、概念優先序列は最上位!! 流石は八代目邪神の奥義と言った性能かしら……だけどね“抹消できる術式総量の上限”
は存在する! あまりにも高濃度かつ総量の多い術を連鎖的に浴び続けていたら、術の抹消速度が間に合わず、術者であるフレンにも術が到達してしまう!)
つまりは。
抹消できないほどの術式総量をぶつければ。
漏れた術式効果が、いずれはフレンに到達する。
その弱点を見抜いたバーラは、密閉結界を展開。
内部を高濃度の「霧」で満たすことで。
フレンの「神聖なる敬虔」でも抹消できない量の「霧」を浴びせ。
「神聖なる敬虔」を対策する。
「さて……ってことで、スノトラ、やっと二人きりになれたわね」
「……」
フレンは杖を握ったまま子鹿のように振るえ怯えている。
「ルブレン魔術学校の時みたいに、また『虐めて』やろうかしら?」
「……」
「この結界内部じゃ、お得意の重力術式も使用できないでしょ? あれを使えば、アタシだけじゃなくて、そこの魔族フレンにも危害が及ぶし、下手をすれば自分の重力術式で自滅する可能性もあるから、ね」
「……」
「なんとか言ったらどうなの? この『根暗』。またガルムの所に泣きつくつもり? また二人で駆け落ちでもするの? またアンタはワタシから逃げるのかしら?」
スノトラの振るえた手は「ガルム」という言葉を聞いて止まる。
そのジト目の眼差しには、怯えや焦りが見えるも。
その奥底には、確かに「確固たる意思」が宿っていた。
その視線が、バーラの心の底にあった劣等感を刺激する。
「ッ……またその目。ほんと、ムカつくわ、スノトラ」
この「審判の回廊」で。
万能の秀才と、稀代の天才の。
因縁の対決に終止符が打たれようとしていた。