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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
142/193

青年R

【『世界樹』イルミンスール、その真名は『寄生樹』ユグドラシル】


【太陽系外から飛来した未知の宇宙生命体】


【高度に知能が発展した生命体には『魂』が宿る】


【それ故に、哺乳類には魂の欠片が宿るが、対して十全な知性や意思、感情を持たない昆虫や無脊椎動物などには、魂は宿らない】


【『寄生樹』は、何らかのセンサーで、惑星に住み着く生命体の文明、知能レベルを把握、魂を宿るに満たした知的生命体を発見し、その生命体が住む惑星へと虚数領域を経過し、準光速で接近】


【以後は、知的生命体の結晶性テルペノイド化合物が発する電波を元に、変幻自在に姿を変える『樹素』という物質を発することで、知的生命体をおびき寄せ、寄生】


【単に寄生と言っても、地球上で普遍的に見られるように、体内に侵入し栄養分を吸い取るような行為はしない。知的生命体の結晶性テルペノイド化合物――すなわち脳が発する、一種の微尺な電磁波が作り出す、情報間ネットワーク、そのものに寄生し生き続ける】


【地球上の生命体では観測できないこの特殊な寄生方法を、科学者たちは『情報型寄生』と名称付けた】



「『世界樹』は隠名で、『寄生樹』ってのが、本当の名だと?」


 僕は「寄生樹」という二つ名の意味は分かっていなかったが、酷く焦った。

 ブラキの話を聞いて。

 本能的な何かが、危険を訴えていたんだと思う。


「ある程度知能が発達した肉体ではないと、魂は宿らない。『寄生樹』は何らかのセンサーのようなもので、宇宙の銀河に極少数点在する生命体の惑星の文明レベルを推定。魂を持つに値する知能を持った生命体のいる惑星に接触し、それに寄生することで自らも『魂』その『永続、永遠の命』の恩恵を享受しようとする、地球外来の宇宙生命体だ」

「だ……人間に、寄生する?!」

「そうだ。人間、いや知的生命体が喜ぶであろう物質を自らで作り出し、それを供給することで、上手く魂と『契約儀式』を結び、自らが境界門に接近し彼岸に渡ろうとしている。それが『寄生樹』の真の生態」

「どうしてそんなこと………………」

「現に、『寄生樹』の発する『樹素』に魅了された人間たちは世界大戦を勃発させ、その虜となり、種を根絶へと導かれようとしていた。これは寄生といっても差し支えないだろう」


 どういことだ。

 頭が整理できない。

 万能なエネルギーを供給してくれる、頼もしく嬉しい存在。

 それが世界樹だと思っていた。


 何故か不思議と害や敵意なんて無いと確信していた。

 何故だろうか。

 僕ら、人間にとっては欲しいものに変換できる樹素というエネルギーは。

 凍死しかけた最中に、神から与えられた温かなスープのようなもの。


 慈悲や奇跡に近しい存在。

 そう勝手に解釈していた。


「で……でも、例えさ、寄生されてたのは事実だとしても……人類側も『寄生樹』側も、互いにウィンウィンの関係じゃないか……現に、この地球上の生物でも、種族違えど、利害が一致してお互い協力しあってる生物はいるし……『寄生樹』なんて言い方は……」

「そうだな。そう誰もが思っていたからこそ、対応が遅れた」

「……何が起きたんだ。もうはぐらかした言い方はせず、現実世界で起きた事実を僕に伝えてくれ! 『寄生樹』ってなんだよ……僕らの現実世界は、この異世界はどうなるんだよ、僕は何をすればいいんだ? ……勝手に情報を喋れって、一方的に要求するのは間違っていると思う、だけど僕は何もしらないから、そうするしかないんだ。『吟遊詩神』教えてくれ」


 ブラキは一呼吸おいた後。

 静かな口調で喋る。


「なら約束をしてほしい」

「なんだ」

「リーヴ=ジギタリスを止めてくれ」

「!!」


 僕は驚く。

 ブラキは旧神といえど、ヨルムンガンドと同じく、ユミルやリーヴから神の座から降ろされなかった特別待遇を受けていた。

 だからこそ、リーヴ側に付いている人物だと思っていたからだ。


「彼は暴走している。異世界を守る気持ちが先行しすぎている、いや、違うな、ユミルの願うこの理想の第三世界が維持されることに固執しすぎている。そのためならば、異世界が紅蓮の炎に焼かれようとも、全生命体が死滅しようが、構わないと受け入れている。苦しんでいるのだ。だから彼を……殺してやってくれないか」

「殺してやってくれって。殺すことがリーヴの救いになるのかよ」

「彼は疲れている。私同様にな。もう見ていて悲しくなってくるほどに。逃れぬ運命に抗おうとしている。楽にさせてやりたいのだ、元はといえば彼も被害者だったのだ」

「どういう意味だ?」


 ここでブラキは、初めて感情を乗せて喋りだした。

 今まではただ淡々と事実を羅列するロボットのようだったのに。


「先ほど、言っただろう。ユミルの肉体に強引に魂を保存された、青年R。彼の正体こそ、リーヴ=ジギタリスだ。リーヴは樹素を元に、その青年Rをモデルに作られた模造品なのだ」

「……そんな」

「身に余る責務を負わされ、人類のために犠牲になった人物、その人物を元に構築されたのがリーヴ。彼はいわば、ユミルと青年Rの悲痛の叫びそのもの。そんな彼らを救ってほしい」


 リーヴはここで座りながら頭をこちらに下げた。

 僕に頼むために、僕にしか出来ないことだから。

 それに決着をつけてほしいと、誠意を込めてお願いされた。


「リーヴを殺したら、それこそ異世界が崩壊してしまうんだろ? それでもいいのか?」

「良い。もとより、この世界は滅びゆく定めにある。『寄生樹』の正体に知った現実世界の研究者は、いずれ『寄生樹』に寄生され、魂が奪われ、彼岸のサイクルが崩壊する前に、『寄生樹』を『ユミル』の展開した第三世界『知の箱庭』ごと、この世界から虚数空間へと隔離する方法を決めた。「定形式」を用いて〔隔離〕と口頭で設定することで、ユミルの虚数空間へと『知の箱庭』――異世界の原型を追放する技術を編み出したのだ」


 〔隔離〕。

 そういえば、須田正義や樂具同は、「根源の異なる力」で第三世界を構築する際、そのような言葉を発していたことを思い出す。


「君たちの世界の住民は、傲慢なことをする。ユミルと青年R、そして術式天体のソールとマーニの親子、この四名は、現実世界を存続させるための、犠牲となったのだ」

「……」僕は少し不憫そうな気持ちで聞いた。

「切り捨てられたのだ。ユミルは。そして彼は、自らの『根源の異なる力』でこの異世界を構築、創生していった。今度は“争いや貧富の差が無く、誰もが幸せになれる理想郷”を。そのモデルとして……『北欧神話』が使われた」

「………… “ホクオーシンワ”ってなんだ?」


 僕の言葉を聞いて、ブラキは「やっぱりか」という表情をする。


「やはり忘れているか。神――この世で一番、因果を収束させる人物の魂、通称『座』だけが、『因果の創造と破壊、世界の改変と訂正』の権能を扱える。『座』であるユミルはおそらく、君たちの現実世界から『北欧神話』という事象を因果律を利用して抹消、世界を改変したのだろう」

「……?」

「北欧神話という物語だ。君たちの世界では、そこそこの知名度を誇る神話体系だったはずだ。だが、その存在が抹消されてしまった……いやその存在だけの抹消で『助かった』と表現すべきか……ユミルはやろうとすれば、因果を操作し、現実世界もろとも消すことも可能だったわけだからな。そうしなかったのはユミルのせめてもの慈悲だろう……」

「何を言っているのか分からない。ホクオーシンワってのは、北欧にある神話のことか? 探せばそれくらい見つかるんじゃないか?」

「いいや、世界を改変されたから気付けないのだ。君は、オーディンやグングニル、トールや、ヨルムンガンド……このような単語に聞き覚えは無かっただろう? 北欧神話の概念が消去されていなければ、君はすぐさま気づけたはずだ。この世界が、北欧神話がベースとなっている『疑似世界』であることに」

「……どういうことだよ」

「まあ良い。君たちの世界には『無かったこと』にされた伝承だ。覚えていなくても問題はない。確認をしたかっただけだ」


 ブラキは匂わせた言葉を発し、僕の反応を見て安心していた。

 そして

 

「話を戻そうか。リーヴ=ジギタリスが何者であるか分かり、彼のやりたいことはもう見えてきただろう? 彼は異世界の中枢を担う『座』つまり『ユミルの魂』それと重複して存在し、この異世界を作り出す『青年R』の魂。この2つの契約を解除しようとしている」

「解除してしまえば、異世界は崩壊してしまうじゃないか」

「だからこそ、『巫女ヴォルヴァ』の魂を手に入れた」

「!!」

「青年Rの魂の情報から、核の情報を複製、そうして青年Rの模造品たるリーヴを作り出したように、巫女ヴォルヴァは、何度も転生を繰り返している『ユミルの魂』の『双子魂』の片割れ、その魂の情報から生み出された、模造品。知っての通り、魂は『彼岸』と『此岸』を永遠に輪廻し続ける。難病で死亡したユミルの妹、その魂が輪廻転生し続け、今現在の時間軸では『巫女ヴォルヴァ』の肉体に宿っていた。この異世界がいずれ崩壊する理由は、もとより『原初ユミル』の魂“座”に、『双子魂』の関係性でない青年Rの魂を無理やり同一の肉体に重複させてしまったからだ。この青年Rの魂が『双子魂』たる『巫女ヴォルヴァ』の魂に置き換われば、異世界は『恒常的に維持される』。不安定なこの異世界が、正式に、『此岸』『彼岸』に加わる、第三の世界として安定した地位を確立する」

「でも、それの何が悪いんだ」

「そうすれば、物質界――君たちの『此岸』は完全に存在する意義を無くし消滅するだろう。もとより、物質界はこの世で唯一、永続する力を有す『魂』が知的生命体の肉体――器に宿って顕現されることで、『魂』から永続の力を供給され、なんとか存在を保てている。『ユミル』と『巫女の魂』が重複され、異世界の存在が確立されたしまったならば……君たちの現実世界は不要と判断され、『彼岸』から切り捨てられるだろう。『魂』はより強固で安定した『器』を求める。そうなってしまえば、『魂』は知的生命体には宿らず、全ての魂がいずれはこの『異世界』に渡るようになり、君たち知的生命体に変わって、この『異世界』を管理運用する、『寄生樹』が新たな魂を宿す器として認定。こうしてこの世から知的生命体も、それを生み出す宇宙や現実世界そのものも、全く不必要とされ、いずれは消滅していく。それはいつかは分からない、もしかしたらすぐかもしれないし、消滅するにも何万年の時間が必要になるかもしれない。そうなれば、今の君たちにはもうあまり関係のない話かもしれない。今の君は、あくまで『立花陽太』であって、いずれ死亡して輪廻を転生して現れる際には、それはもう『君』ではないからだ。あくまで記憶や意思は肉体の脳に貯蓄される。そのため君個人としてはそれほど大した問題ではなかろう。自我の同一性は肉体によって担保される。君の感じる感情、君を構成する記憶、これらはあくまで肉体が作り出した副産物に過ぎない」

「……」

「もっとも因果律の高い魂の保持者は、それを決定する権利を持つ。全ての魂の代表として、この世の最終的な結果に、一番寄与した魂が、どれを最終的な肉体に選ぶか――すなわち此岸と異世界どちらを残すかの判断を任されるのだ。その瞬間を“ラグナロク”という。今から400年前、樹界大戦の結末が、ラグナロク確定の瞬間になるはずだった。正史では、な。しかし此岸からやってきた物質界の刺客――13人の系譜たちが、こちらの異世界に干渉し歴史を乱すことで。なんとか今日までラグナロク確定の時間は伸ばされている。現実世界から、こちらの異世界に訪れる13の系譜たちは、『現実世界の抵抗力』そのものだ。原初ユミルと動揺に魂を2つ保有し、原初ユミルと比べたら酷く小さく微弱たるものの、第三世界を展開する『根源の異なる力』を有している13人。私たちにとっては、彼らは異世界の安定を乱す『悪魔』に他ならない」

「なんで13人現れるって前持って分かったんだ」

「私が因果を観測し、ラグナロクの一旦を垣間見て記したのだ。私がユミルと『寄生樹』から与えられた神器は『詩の蜜酒』。これを飲み干すことで、樹素を『因果』に変換し観測する力を得ることが出来る。私に任された役目は、その『因果』を観測し、ラグナロクの結果、変えられぬ未来の姿を『旋律書』に記すことのみ。その大切で変えの効かぬ役目ゆえに、『寄生樹』から重宝され、旧神でありながらも、その存在を許された。まだ『寄生樹』は私を酷使するつもりらしいな」


 ブラギが改めて神であることを再認知し。

 僕は少し警戒心を強めたが。

 

「安心しろ。それ以外の力は一切与えられていない。単純な実力ならば君にも負けるくらいだ。私はただ……一生、この狭い部屋の中で幽閉され、ここから一歩出ることさえ許されず、『寄生樹』に『因果』の旋律書を記載し、伝えるだけの役目を、一生、続けるだけだ」


 ブラギの声の中には諦めのような悲痛な叫びが込められていた。

 それを聞いて、僕は思わず彼に同情してしまう。

 ブラギも又、『世界樹」いや「寄生樹」に良いように使われる奴隷に過ぎないのだ。

 神としての存在を許された特別待遇などではない。

 それは、彼が一生、奴隷として生き続けることを示す。

 終わりがない、旋律書とやらを、ずっと「寄生樹」のために書き続けるだけの毎日。


 リーヴ=ジギタリスも同じなのかもしれない。

 無理やりに異世界を展開するために青年Rとして魂を使われ。

 その魂の情報を複製し、作られ新たな神の座に選ばれた者。


 しかしリーヴは、あくまで模造品。

 青年Rをコピーしたクローン人間に過ぎず。

 そんな彼が、異世界の恒常的維持なんて役割を任されているという皮肉。


 僕はここで初めて理解したんだ。

 異世界ってのは、理想に満ちた世界ではないってこと。

 現実世界のために、切り離され、良いように使われ、捨てられ、 疎まれる。

 誰かの欲望、渇望。

 いや、僕ら現実世界の人間のエゴのために、犠牲となり出来たもの。


 空を飛ぶドラゴン。

 術式という魔法、超能力。

 獣の尻尾を持った人間に、ドクロやゾンビみたいな魔族。

 面白いものが溢れているけど。

 それらは全部、虚構に過ぎなかった。


 本質的な「悪」。

 孕んだ「」を隠すための表層の部分。


 その実体は。

 薄汚れていて、あまりにも酷かった。


「だからもう、終わらせてくれ。『寄生樹』が魂を得るために全てが犠牲となるこの異世界の『理想』を。他ならぬ『立花陽太』、君が、その理想を塗り潰すんだ。それが……『座』に匹敵するほどの正の因果をその身に宿す、君にしか出来ぬ『使命』なのだ」


 ブラキは深く頭を下げて、頼み込んだ。

 僕は……僕は。

 分からなくなった。

 どうすればいいか。


 何をしたいのか。

 何をすべきなのか。

 異世界を破壊するのか。

 そうしたらフレンやスノトラはどうなってしまうのか。


 考え込んだら分からなくなって。

 ふと原点に立ち直ってみた。


 そう。

 僕のやりたいことは。

 この異世界に渡った理由は。

 

 悲しく苦しい世界でも尚。

 輝き続ける千歳緑。

 彼女の『理想』に吸い寄せられたからだっただろう?

 

 始めはそれだけに。

 過ぎぬ旅だった。










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