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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
138/193

月光に追いつけぬ狼

今回で書いてあるとおり、「狂凶暴虐」はとてつもなく消耗が激しい技なんです。

ノストラードファミリーの長、獣人の中でも指折りの実力者なゲリですら発動して1分程度持続することが限界。

対して、ガルムは「狂凶暴虐」状態でず~っと戦えますので、実はこれ、かなり凄いことでした。

【ガルム】


【それは、獣人種の中でも最大規模のビックファミリーである『ノストラードファミリー』に伝わる一種の異名・称号である】


【『神喰い』のフェンリルは、伝説の獣人であり、樹界大戦にて獣人族でありながら『枢軸主』オーディンを噛み殺すという偉業を成し遂げた。異世界に住む者なら知らぬ者はいないと断言できるほどの英傑】


【その本名は『フェンリル=ノストラード』。そう、元々『神喰い』はノストラードファミリーに生まれし獣人であった】


【ノストラードファミリーでは、彼は神と同列かそれ以上に崇拝されており、獣人族の男児は皆、『フェンリル』を目指し鍛錬を積む】


【そんな『フェンリル』は樹界大戦終結後、死亡時にとある遺言を残した】


【 “術式天体の動力源たる『ソール』と『マー二』が会合する時、獣人族の中に二人の双子が産まれ落とされる。彼らのうち片割れは我の意思と力を継ぎし者にて、その者はもう一度、神の喉元を牙にて噛み砕くであろう。ならば産まれたその片割れに『ガルム』という名を授けよ” ――と】


【そして立花陽太が異世界に転生する17年前、予言通りにノストラードファミリーは長たる『ゲリ=ノストラード』と『フレキ=ノストラード』の間に二人の男児の双子を授かった】


【ノストラードファミリーは『神喰い』のフェンリルの再誕に喜び、歓喜し、片方には『スコル』もう片方には『ハティ』という名を授けた】


【だが、ここで問題が発生した】


――“一体どちらが『ガルム』なのか? ”――


【『スコル』と『ハティ』は全く似通っていて、能力値もほぼ差が無かった。容姿外見共に同じで、『スコル』の方は少し思慮深く、『ハティ』の方が少し大雑把で、それくらいの下らぬ差異しか無かったのだ。ファミリーの者たち、全員が見間違えてしまうほどの瓜二つで、彼らを正確に識別可能なのは、母である『フレキ=ノストラード』くらいだった。それくらいそっくりだったのだ。更に二人とも潜在能力も申し分なかった。獣人の柏を外し、闘争本能を意図的に激化させる術『狂凶暴虐アエーシュマ』の状態で、何一つ問題なく数日過ごすことができるほどの逸材だった】


【ノストラードファミリーは困った。悩み、議論を重ねて、数ヶ月が経とうとし、堂々巡りに陥りかけていたその時、どこかの獣人がこう提案した】


【本当に双子のどちらかが『神喰い』の再来だとしたら、その者は『神食い』を縛っていた『鎖』を簡単に引きちぎれるはずだ。ならばその『鎖』で拘束し、それをどちらが己の力で破壊し開放できるか、その結果でどちらが『ガルム』か決めようではないか、と】



「ァアッ?! 神さまっつってもこンなもンかッ?! 蛇野郎ッ!!」


 世界蛇を前にして。

 先制攻撃を食らわせたガルムは。

 かつて「神喰い」を縛るために用いられた伝説の足枷「グレイプニル」を右手、右足、左足に付着したまま、その引きちぎられた鉄鎖部分を靡かせながら。

 落下しながら、大声で世界蛇を煽る。

 

 自由落下し、逃げ場が無いガルムに対し。

 世界蛇は2つに別れた長いスプリットタンを、瞬時に伸ばし。

 ガルムの肉体に風穴を開けようとした。

 が――


 ガルムは何も無いはずの空中を「蹴り」上がり上昇。

 世界蛇の舌での攻撃を華麗に回避した後。

 弧を描いた軌道で空を移動。

 世界蛇の頭の上に乗っかり、体表に爪を刺し。

 そのまま世界蛇の頭から胴体に掛けて、超高速で走った。


 逆立てた爪は、世界蛇の体表を抉り血を吹き出しながら。

 ぱっくりと一本線の傷が、世界蛇の頭から胴体にかけて刻まれる。


「グギャァアアアアアアアアアアアアッ」


 世界蛇の悲鳴が、山脈を震わせるほどの轟音になって響きまわる。


「すげえ……」


 フリングニルはただ呆然と立ち止まって呟いた。

 「雷帝」の不在の今、異世界最強の存在と名高い「世界蛇」を、一方的に蹂躙する獣人。

 その姿は樹界大戦時の「神食い」フェンリルそのもの。


 皆がただ圧倒され、その様子を傍観していた時。

 いち早く動き、ガルムの元へ駆け寄ったのは、父親であるゲリ=ノストラード。

 ガルムが世界蛇の胴体を走り下がる後を追いながら


「おいッスコルッ」

「ア? アッ! ……テメエ、ゲリッ!! 今更何をッ」

「お前の目的は、仲間を助けることだろッ?!『龍殺し』や『ネリネ家の末裔』たちは、既にもう世界蛇の根の深くにいる! お前は早くそこに迎えッ!!」

「……ゲリ……」


 てっきり里を捨てて出ていった息子である自分を叱りつけてくると思っていたガルムは驚く。

 そして笑い、唇をぺろりと舐めると


「了解ッ! 先ィ、向かわせてもらうぜッ! ゲリッ!!」


 そう言ってガルムは世界蛇のことは無視して。

 そのまま自由落下すると共に、空気を蹴って加速をつけ、いち早く地表部分へと向かおうとする。

 地表部分――不可侵領域内部には、世界樹の根に向かうことができる穴があるからだ。


 だが、ガルムを「敵」だと判断したヨルムンガンドがそれを許さない。

 世界蛇の口元からチロチロと伸びた舌が、ガルムが落下するより早い速度で彼を追い、再び貫こうとする。

 全ては「枢軸主」いや、新たな「神」として認定されしリーヴの邪魔者を排除するためだけに、それだけを目的として動く化け物。


「やらせるかよ、――燼滅」


 しかし、フリングニルが、ガルムと世界蛇の間に割って入って。

 舌での攻撃を神器「レーギャルン」で紙一重で跳ね返した。

 続いて、ベイラ=ビアトリスが霊術を用いて補佐。

 更には原生魔獣のベルゼブブまでもが、大量の魔蟲で、ヨルムンガンドの右目を覆い、視界を封鎖させ協力。


 各種族の長たちの助力を受け。

 ガルムは世界樹の林床付近から、地表付近まで――数十kmは優に超える高さを僅か3分足らずで駆け下がった。

 

 不可侵領域内部に到着したガルムは。

 世界樹の木の幹に空いている、地下部分へと繋がる穴を見つけ出し、底へ向かって走る。

 だが、ヨルムンガンドは必死の力を振り絞って。

 ガルムに向かって死角から尾の先を振るった。

 

 だれも止める者はいない。

 ガルムは尾に貫かれ終わる――と思われたが。


「ッあああ」


 ゲリ=ノストラードが。

 身を挺してガルムを庇う。

 反動で左手が吹き飛び、文字通り無くなって血が吹き出ていた。


「ゲリ、テメェッ?!」


 ガルムは進行方向を変え、父であるゲリに近づこうとするが。

 ゲリは右手を伸ばして


「来るなッスコルッ! お前にはやるべきことがあるッ!! 樹界大戦での『神食い』のように、枢軸主オーディン……いやリーヴ=ジギタリスのッ! 喉元を噛み切ってこいッ!!!」


 その発言を受けガルムははっと冷静になり。

 踵を返して、世界樹の地表深くへと繋がる穴に入っていく。

 ガルムが無事に、世界樹の根、つまり「審判の回廊」への方向へ進んでいったのを見て、ゲリは


「……があ……はは……スコル……俺ァ、お前に、沢山の重荷を背負わせちまってたかもな……駄目な親父で……すまんな……」


【ねえ、なんでハティばっかり! 皆、ハティばっかりを見て。僕のことは見てくれないの? 父さんッ!】


「いつからか……スコル……お前が……俺のことを……『父さん』と呼んでくれなくなったのは……」


 ゲリは口から大量の血を吐き、そのまま大量出血で倒れ。

 死に際で、息子スコルとハティの、数少ない、団らんの記憶を想起したまま、命を散らしていった。



 馬車が揺れる。

 見たこともない速度で、馬車が荒れ地を走らされており。

 二頭の馬たちは、息切れをしていて限界が近い。

 そんな馬車の荷台で、一本の木の杖を握りしめ。

 うずうずと体を動かしているのは、紫髪のぱっつんジト目少女、スノトラ。


「早く……もっと早くできないの?!」

「これ以上は限界です。大丈夫ですよ、あと3分もすれば不可侵領域に到着します」


 スノトラは荷台から体を出し、御者に向かって催促した。

 そしてスノトラは荷台の中でくるくると歩き回った後。

 正座して俯き、自分を落ち着かせるためのまじないを発する。


「大丈夫よスノトラ、大丈夫。きっとなんとかなるはず……きっと」


 彼女は医務室に添えてあったガルムからのハナミズキの花を持ち出し。

 それを見つめることで自身を落ち着かせる。

 

 こうして。

 ガルム、スノトラと続けて。

 立花陽太率いるパーティのメンバーが無事、不可侵領域内に集まろうとしていた。

 因果の終末地点は刻一刻と迫っている。

 そのことを知らせるように、空はモンガータ現象で真っ赤に染まり。

 更には甲高い黒板をひっかくような不協和音が鳴り響く。

 その地獄絵図は

 スノトラたちには既に時間が残されていないことを告げているようだった。

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