不可侵領域総力戦⑦
「……おい」
「どうしましたか? グリムヒルトさん」
「あの細目の男と、黒髪の男が、来ないではないか」
「「「「「「「……」」」」」」」
バーラとは分断行動をし。
「ヴィーグリーズの間」に繋がる「審判の回廊」にて。
巫女を守るために、アマルネと陽太の襲来を待っていたグリムヒルトら精鋭部隊「パトリアルフ」の一行。
だがグリムヒルトの思惑とは異なり。
いつまで経っても。
アマルネ、陽太は姿を表さない。
グリムヒルトの貧乏ゆすりがストレスで増す。
「……お前ら、俺は間違ってないよな?」
「……」
「普通、あの状況だったら、あの細目の野郎どもは分断行動をして、先回りして『ヴィーグリーズの間』に現れるはずだよな?」
「……」
「やっぱり、俺達はバーラと一緒に戦っていた方が良かったんじゃないか?」
「……」
「ヴィーグリーズの間」につながる何百段もの階段。
それを背にして。
グリムヒルトら、強引にバーラから引き剥がされた「パトリアルフ」たちは。
まだ来ぬ陽太たちを座して待っていた。
「まさか、このまま放置ってわけはないよな?」
「まさかあ」
しかし。
この後、敵戦力がこの場所に突入してくるまで。
グリムヒルト一行はあと40分ほどここで時間を潰す必要があるなど。
この時の彼らは知るはずがなかった。
つまり、普通に放置された。
*
場面は転換して。
世界樹の地表部分、不可侵領域内部。
見たこともない文明の形態、その廃墟を前にして。
突入してきた小人種たちは、「世界蛇」なんか見向きもせず。
廃墟の一部をピッケルで破壊し、その建築素材を回収しに回っていた。
「おお、すごい、こりゃ凄いぞ。これが不可侵領域の謎の『古代廃墟』! やはり伝聞は……間違いでは無かった。見たこともない『材料』で出来ている!! 確か『コンコリ』とか言うものだったか?」
「イーヴァルディさん! そこは危ないですッ」
若い小人種が、眼の前の廃墟に夢中になって周りが見えていないイーヴァルディに注意する。
イーヴァルディははっと上空を見つめると。
世界樹の上から巨大な木の枝が落ちてきており
「おっほッ」
イーヴァルディは間一髪。
前転することで落下物を回避する。
「そろそろ、違う所に行きましょう! ここはいずれッ『世界蛇』との戦闘に巻き込まれますッ!」
「うむ」
他、十数名の小人種の部下を連れ。
イーヴァルディは、探索場所を移動し始める。
その上空では、ヨルムンガンドと、各種族の猛者たちが凌ぎを削っており。
小人種は「不可侵領域内部の古代都市群の材料」と「立花陽太の肉体一部」を対価にして、他種族と協力、協力な式具を配ることで戦闘を補佐していた。
だが小人種自体は戦闘に特化しておらず。
不可侵領域内に侵入してからは、地表付近の廃墟の材料を収集して回っていた。
イーヴァルディはリュックに「コンコリ」という未知の材料をパンパンに入れて、その場を後にしようとする。
その前に、空を見上げ
「う~む。『世界蛇』ヨルムンガンドも参戦してくるとは……迂闊じゃったな……これは儂らの負けじゃ。儂らは大人しく、歯向かわず、素材収集に明け暮れるとしよう、裏切りじゃと思うなよ? もともとただの利害ありきの結託関係に過ぎぬからな」
世界樹の林冠部分で「世界蛇」を相手にしている各種族の猛者たちに。
申し訳なさそうにそう独り言を呟いた。
*
場面はそんな世界蛇の林冠部分に移る。
数十分前までは数百は超えていた各種族の連合軍。
だが、圧倒的な災害であるヨルムンガンドを前にして。
犠牲者は加速度的に増していっていた。
ヨルムンガンドが体を少しうねらせるだけで。
大陸自体が蠢き、大量の犠牲者が生じる。
もはや残っているのは――各種族の頂点に君臨する統治者集団のみ。
巨人フリングニル、ハイエルフ ベイラ=ビアトリス、原生魔獣 ベルゼブブ、獣人 ゲリ=ノストラード、それと他数名。
奇しくも、最後に残ったのは、ウプサラでの祭儀にて、代表者として戦場に立った実力者のみ。
「クソッ、『霜の巨人族』も3分の2がやられたッ。もうまともに戦えるのは、俺達しかいねえッ」
焦るフリングニルに対し、森霊種のベイラが近づき
「冷静に。ここは一旦、『世界蛇』を無視して……私たちだけでもリーヴ=ジギタリスの元へ向かうべきでは?」
「そんなこと、あの蛇が許してくれると思うか? 見ろあの目を……」
フリングニルは肩に背負っていた大剣「レーギャルン」の刃先で、遥か高く、世界樹の幹に巻き付いているヨルムンガンドの蛇の目を指して
「あんだけノロノロ動いているクセに、目だけはこっちをしっかり捉えてやがる、『世界蛇』はこれを戦いだとも思ってねえのさ、ただの狩りだ。本気の欠片も出してねえ、俺達がリーヴの野郎の元へ行こうとすれば瞬殺だろうよ」
「……やはり私たちは……」
「ああ、先に世界樹の根深くに侵入した『龍殺し』らに任せるしかねえ、とりあえず俺達は、ここで『世界蛇』の時間を稼ぐッ」
「しかしそれでは……私たちは」
「ああ、全滅だ。時間の問題だろうよ、だが、やるしかねえ。今この瞬間、命を掛けなきゃ……異世界全土がリーヴの手に堕ちる……そうなれば……少なくとも」
「神種だけでなく、他種族も全滅させられるでしょうね」
「そうだ」
フリングニルは震える足を叩き、そのまま空高く飛び。
世界蛇を相手にする。
もはや全滅は時間の問題。
世界蛇の乱入によって、全ての勝機は奪われようとしていた。
その瞬間だった――。
今まで穏やかな動きを見せていた「世界蛇」。
その蛇の目が、まるで脅威を前にするかのように開き。
体の動きが止まり、一点を凝視した。
その蛇の目の視線の先には――。
巨大な一匹の竜が飛来してきている。
だが。
ヨルムンガンドが真に警戒しているのは、突如、不可侵領域内に侵入してきた竜そのものでは無かった。
正確には――竜の背中にいる「一匹の獣人」。
彼は。
銀色の逞しい毛並みに。
溢れんばかりの筋骨隆々な鍛え上げられた肉体。
右足、左足、右手には――鎖が引きちぎられた金色の手錠が3つ。
猛スピードで飛来してくる竜の背に仁王立ちで乗り。
風を受けながらも、全く動じることなく、両の手を組んでいる。
その獣人は、竜の背から勢いよく飛び上がると。
空中で身をよじりながら、世界蛇の頭に接近。
そして両の手をクロスさせ、輝く爪を出し。
繰り出されるは樹界大戦にて、枢軸主を屠った「神喰い」の秘伝。
〔鳥葬ッ!!〕
十字状の巨大な傷が、世界蛇ヨルムンガンドの左目を切り裂く。
大量の血が流れ、爪は世界蛇の体表を深く抉り。
ここでヨルムンガンドは400年前の樹界大戦以降、久しぶりの「痛み」を思い出し、大声で鳴いた。
世界蛇を切り裂くその姿が。
その様子を傍観していたゲリ=ノストラードには、とある姿と重なる。
そう、あれは。
ファミリー内で伝聞され、おとぎ話として何回も何回も聞かされた。
あの「神食い」フェンリルの戦い様。
「……ッスコルッ?!」
ゲリは思わず叫ぶ。
突入してきた獣人――ガルム=ノストラードは。
世界蛇が痛みで苦しむ様を見ながら
「ァアッ?! 神さまっつってもこンなもンかッ?! 蛇野郎ッ!!」
突如として乱入してきた獣人の先制攻撃を受け。
意思を持たぬ怪物「世界蛇」ヨルムンガンドは。
切り裂かれた蛇の目で、獣人ガルムを捉え。
彼をそこらの有象無象の「獲物」でも「玩具」でもなく。
「雷帝」トール、「神食い」のフェンリルなどと同じく。
「敵」として再認識した。