不可侵領域総力戦⑥
まず人間界には剣士や魔術師がいて、彼らの中でも強い奴らは『王家直属』の部隊に徴収されます。
その中でも選りすぐりの強者たちを全13名、徴収して作った精鋭部隊が『パトリアルフ』です。
つまり人類側の最高戦力です。
その筆頭が『バーラ』と『グリムヒルト』の二人。
前に書きましたが術式や属性には得意不得意があります。
現にフレンは光属性の術がほぼ使えませんが、フレンよりも魔術師として数段も弱いアマルネはフレンよりも強い光属性の術を使用可能です。
魔術はめっちゃ使えるけど、妖術はてんでダメ。とかそういう奴らは沢山いて。
バーラは全属性、全術式にMAXの精度で使えて、彼女のような存在をワイルドカードと呼びます。
ワイルドカードは、異世界全土で今までの歴史から見ても、片手で数えられるくらいしかいません。
【『術師殺し』バーラ=アリストロメリア】
【元々はアリストロメリア家に仕える魔術師だったが、バーラの曾祖母の代でアリストロメリア家と正式に婚約、以後、十三神使族の一員に数えられている】
【世界有数の魔術師教育機関『ルブレン魔術学校』にて文句無しの首席で卒業、16歳という若さにして直属精鋭部隊『パトリアルフ』の筆頭という地位を与えられた、疑いようのない魔術の天才】
【また術式への適応度を図れる式具『四方の天秤』にて『全属性全術式適応者』を叩き出しており、全ての術式、全ての属性を意のままに操れるという天性の才能を持つ】
【数十にも及ぶほぼ全ての『原型術式』をも習得しており、魔族よりも高い精度、高い出力でそれらを行使可能】
【その高い適応性から彼女は如何なる局面、相手にも対応できる術を選択、行使可能であり、相手の弱点となる術、属性を見つけ出し、その穴をついて戦う戦闘方法は単純だが非常に強力】
【対術師戦において無敗の戦績を誇る彼女を、人々はいつしか『術師殺し』という異名で呼ぶようになった】
*
〔略式。奔雷〕
先制攻撃をしたのはフレン。
短縮詠唱で一足早く術を発動。
フレンの指先から稲妻が走る。
が、十数メートル先のバーラの体表に当たった瞬間、放った稲妻は周囲に拡散され、威力が分散。
ほぼ無傷の状態でバーラはニヤリと笑う。
(……今のは『稚拙な律動』!! 樹素を拡散する術……体表周りに薄い結界を張り……、その術を常時発動している?! 向かってくる術を撹乱し威力を下げているのね!!)
フレンは一目見て、バーラの防御戦法に気づく。
そして同時に、彼女の術式の技量に感銘すら受ける。
(結界を無機物や建築物のような『動かない』ものに張ることは容易……だけどまさかそれを……自分の体に張り続けたまま戦闘できるなんて!! 普通、少し条件が食い違えば結界なんて簡単に崩壊するのにッ)
「まずはどれが効くのか、試してみないとね♪」
バーラは手にしていた指揮棒のような小さな杖の先端をフレンに向け
〔略式〕
瞬間。
杖から6つの光が照射。
赤、青、緑、茶、白、黒の6つの光がフレンを襲う。
が、威力は低く……着弾したとしてもフレンの保護術式を貫通することは無い。
だが、その一連の様子を観察していたバーラは
「成る程。水属性と光属性の術は少しだけ効き目があったみたいね。どっちも浄化作用の強い術……まあ当たり前っちゃ当たり前か、人間との混血といえど、アナタは一応、魔族だし」
「……アンタ……全属性に適応があるの」
「そういうアナタは器用貧乏タイプ? ふふ……術式って面白いわ、培ってきた術の精度や威力、種類で相手の人格まで手に取るように分かる……フレン=アリストロメリア、アナタの対応属性は『火』と『風』、出力や攻撃面には優れているけど、内包樹素の扱い方は下手。特に内部で回すタイプの繊細な樹素操作力はかなり苦手。対して、相手の何かを壊したり、自身から発射させるタイプの術は得意」
「だからなんだってのよ」
バーラはにっこりと笑って、分析内容を語りだす。
「分かるわあ。きっと……常に緊張していて排他的な性格。ずっと魔術を『自分の身を守る為』に使用してきたような子……まるで樹素を爆発させて炸裂させるような使い方ばかりしてきたのでしょう? 魔術を使って何かを作ったり、何かを治癒したり……そういう繊細な事に使用してきた経験に乏しい。常に周りが敵だらけで、生き残るために内側に『殺意』を抱えてきた……だけどアナタの激しくて刺々しい樹素の中に、少しだけ慈愛と寂しさを感じる……どうなのかしらね、それは最近、アナタの心境に変化があった証……意中の男でもできたのかしら?」
「何よアンタ、まるでカウンセラーと話してる気分!! 敵なアタシが言うのも何だけどね! もっと真面目に戦闘しなさい!!」
「ワタシは至って真面目よ? これも大切な敵戦力の分析……内包樹素量は流石に多いわね……単純な力比べではワタシに勝ち目はない……だけど、どんな強い術師でも、『穴』はあるの。埋められない大きな弱点が……光が強ければ強いほど、闇は強まるのと同じ……長所が大きければ大きいほど、それは致命的な欠点に繋がる……見えたわ、アナタに一番効果のある術……」
バーラは語りを止めると、フレンとは対照的なサファイアのような碧色の眼を開き
〔『式』系統は幻素――霧〕
杖から綺羅びやかな蒸気が発生。
瞬時に「審判の回廊」内を蒸気が埋め、視界が曇る。
と、同時にフレンの体の節々に痛みが走った。
(ッ!! 『属性の拡張』!! しかもこれは!!)
【『属性の拡張』】
【術式の応用分野の一つ】
【術者が基本属性の術を行使し続けると、精霊術の霊素のように、術者の体内で術式の属性が変化、独自発展するケースがある】
【例えば『原型術式』の一つに数えられる『奔雷』のような『雷』の属性の術も、元々は『光』の属性から後天的に変化、拡張したものである】
【基本6属性の『火』『水』『土』『風』『光』『闇』の全てにMAXの適応値を持つバーラ=アリストロメリアは、人為的に属性の『拡張』現象を起こすことができ、これら6属性の術を配合、編纂することでケースバイケースでオリジナルの属性を自らで拡張・創造する神業を可能としている】
(この蒸気……アタシの嫌いな『水』属性に浄化作用のある『光』属性を混ぜ、その上で幻術によって何かしらの細工をした上で発動されている!! この体の痛みは……不適属性の術を連鎖的に浴びてることによる内包樹素の乱れか!)
フレンは気分が悪くなり、がくっと膝を地につけた。
まるで体の中の臓器をかき乱されているかのような不快感、気持ち悪さがフレンを襲う。
「アナタの弱点……それはさっきもいった通り内部での繊細な樹素のコントロール……だからそこを責めるために、アナタの苦手な属性の術を内包樹素に関与するよう編纂した上で発動し浴びせ続ける……これじゃあ基本の術式すらもうまく発動できないでしょ♪」
無警戒に近づいてきたバーラに対し、フレンは「奔雷」を浴びせようとするも。
人差し指の先に雷が走るだけで、出力を上げて上手く放てない。
「ほらね。……はあ……」
バーラは勝利を確信してニヤリと笑った後。
一気に落胆の表情に切り替わり、ため息を吐いて肩を落とした。
「……基本、魔術師って剣士や獣人と違って基礎腕力や機動力でゴリ押しできないから、対策さえ見つかってしまえば、どんな術師でも簡単に崩せるのよね……基本、魔術を発動する時ってそれ相応の編纂能力と樹素の緻密なコントロールが必要だし……剣士みたいに体に樹素を流す……みたいな単純な構造で動いているわけじゃないから、一度崩してしまえば上位魔種でもこんな程度……」
ここでフレンはアマルネの発言を真に理解する。
対術師、対術式に特化した魔術師。
今までのような原生魔獣とは違う。
圧倒的な物量と圧倒的な底力で押し負けるわけじゃない。
相手の苦手な属性を瞬時に見抜き、どんな相手にも対応できるだけの万能性が彼女にはある。
いわば、パワー特化型ではなく、テクニック型。
相手の弱点を見つけ出し、相手の弱点から術を編纂する。
簡単に言うが、そんなことが出来る術者なんてごく一握りだ。
全術式全属性に適応する彼女だけが出来る戦法。
スノトラや原生魔獣とは別ベクトルの、圧倒的才能のなせる技。
大抵の術師は得てして得意不得意が決まっており。
だからこそ、不得意な術でも編纂できるよう「定型式」と呼ばれる式を使用し発動をする。
その場、その場で柔軟に術の内容を正確に繊細に変更できる者など皆無である。
「じゃあね、アリストロメリア家の生き恥、フレンちゃん♫」
そう言って、バーラは杖の先をフレンに向け。
最大出力で術を放った。
保護術式すらも編纂不可能なフレンは。
最大出力に耐えきれず、肉体が崩壊して終わるーーと思われた瞬間。
フレンの体が白色の光に包まれ。
鋼鉄を打つような甲高い音を発し。
バーラが放った術と、周囲に満ちる「霧」を一時的に打ち消した。
(ッ……まさか……それが……アリストロメリア家の……!!)
バーラはアリストロメリア家に伝わるとある原型術式を書物の形で予め知っていた。
それは、あらゆる術式の効果を打ち消し相殺する究極の浄化術式。
「今のは……『神聖なる敬虔』?!」
一番驚いていたのは発動者本人のフレンだった。
幽霊都市ブレイザブリクでのゴルゴンとの戦闘以降。
使用が不可能になっていた「神聖なる敬虔」が。
どういうわけかこの土壇場で勝手に発動したのだ。
しかしフレンは動揺したのはつかの間。
細かいことを考えず、今はこのチャンスを利用し。
右手をピストル型にして、放つは
〔『略式』煉獄〕
「しまッtーー
威力よりも速度を重視して放つ煉獄の火炎放射が。
油断したバーラを襲う。
「ッ……痛いッ……やってくれたわね! 魔族がッ」
バーラの体表は、「稚拙な律動」を付与しているといえど。
一点に特化し凝縮され放たれたフレンの「煉獄」を乱しきれず。
左腕が焼け焦げ、大きな火傷を負った。
バーラに先程の余裕は無く、隙をつかれダメージを負ったことに対して激怒していて、冷静さを欠いていた。
「『神聖なる敬虔』があるなら……勝機はある!!」
フレンとバーラの、本気の戦闘が始まろうとしていた。
*
「204番 スノトラ」。
そう書かれた木の扉がある。
他は何もなくて、真っ白な空間に、どこまでも果てしなく続く地平線に。
それだけが、存在している。
前にも訪れたことがある。
いつだっけ?
ああそうだ、幽霊都市でのことだ。
それも2回目じゃない、何回か。
具合が悪くなったり、気分が落ち込んだりした時は決まって。
ここに来る。
この場所に訪れる。
ここに私がいる、一人だけ。
だけど、今日は一人じゃないみたい。
誰か、私を呼ぶ声がした。
荒っぽくて、鈍感で、馬鹿で間抜けで、気の抜けた声だけど。
私はその声を聞くと何故か安心する。
「なあ、スノトラァ――いい加減、起きろよ。お前の好きな花、持ってきてやったんだぜ、これ――すげェ高かったんだよ」
私は返答をしないで。
不貞腐れたように、体育座りをしたまま動かないで泣いていた。
そんな私の頭をワシャワシャと大きな手で撫でると
「なら――俺だけ――先、行ってるからなァ――早くしねェと、置いてっちまうぞ」
その毛むくじゃらの、狼のような手には―― 一本のハナミズキの花が握られていた。
「ガルムッ?!」
消えていく彼の幻影を掴むように手を伸ばした瞬間。
スノトラの視界には白色の天井が映る。
そうして、長きに渡り昏睡状態にあったスノトラはようやく、現実世界で目を覚ました。