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リンカーネーション  作者: 鹿十
第二章 ダンジョン編
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異変

 真夜中。僕はいつもの屋根裏部屋にいた。そこに設置されている古びた木のテーブルの上に魔術大全を開いてひたすら読み込んでいる最中である。

 

 光を灯す術式の構築方法はまだ習っていないので、小窓から降り注ぐ月明かりで頁を照らして魔導書を何とか読んだ。

 ああそうだ、この世界に月は無い。正確には、天体術式、又は術式天体と呼ばれる、樹素を光に変換して地上を照らす人工物が発する、僅かな明かりで書物を読んでいるという表現が正しいだろう。

 

 昼間に空に浮かぶ光球や、夜の暗闇を照らすあの光源は、衛星や恒星ではなく、その正体は、太古の昔人間以外の種族が生み出した術式の完成形だというのだから驚きである。


 その光量は、現実世界の太陽や月と大きく変わらない。昼夜問わず地上を照らすその4つの術式は、天体術式と表記され、莫大な樹素量を誇り地上に多量のエネルギーを供給する。

 

 その動力源は謎に包まれているらしい。

 製造に関する文献はおしなべて焚書され、今は「天体術式」という名だけが残るそれらは未知の古代技術の総和により生み出された自立完成品であり、術式の極致と賞賛される。

 そんな天体術式が開発されたのは約2千年も前だ。

 

 2千年間という月日が経過しても尚、天体術式以上の技巧と精密度を有した術式は存在しないらしい。

 まさに最高傑作品である。

 

 術式も極めれば惑星規模の物体を構築できるというのだから驚きだ。

 この点に関しては、僕が暮らしていた現実世界の科学技術を遥かに上回っている。

 四種の光球、それらの軌道はそれぞれ固定されてはいるが、日によって上空に顕現するものが異なるようだ。


 式具と呼ばれる特別な器具を用いて術式への適正を図ったのも、もう二週間ほど前の話になる。

 あの時は診断結果を聞いて、絶望で三日間飯が喉を通らなくなったが、今は精神状態が良好に戻った。

 術式の才覚が0であるという事実を知った時は、もう何もかもを投げ捨てて引きこもりたくなったが、その後、術式の訓練を積んでみると、一般人と同様に難なく術式が酷使できたから驚いた。


 僕が普通に術式を扱える様を見て、ナンナさんは「四方の天秤」の故障を疑っていた。

 何はともあれ、術式が扱えて本当に良かったと思う。


「施錠術式とかは、日常的に扱うけど、今は無視でいいよな。まずは魔物と戦うための攻撃性のある魔術の習得に励んだ方がいい」独り言を呟いた。


(回復系統の魔術が必要だな。切り傷なんかを癒せる術式を学べば安心して戦えそうだ)

 

 そう考え、魔術大全の中で治癒の効果のある魔術を探した。

 治癒や施療を司る術式は幻術である。

 しかし、魔術は何でも出来る凡庸性が強みだ。

 難易度の高い幻術は無理でも、簡易的な応急処置を施せるくらいの魔術はあるはずだ。

 

 そんな僕の推測通り、簡単な治療を施す魔術が載っていた。

 その式を組むために用いる刻印も、既に習得済みであった。

 つまり僕にもこれが使える。

 基礎を網羅すれば、魔術大全の書に記載されているほとんどの術式は組めるようになっている。

 この書物は優秀だ。頁を読み進めていく度に、無理のない範囲で、段階的に難易度が上がっていくよう考えられ記載されている。

 

 どうやら言語形態は日本語と全く変わらないらしい。

 謎ではあるが、何故かこの異世界の人間は全員日本語を話し、書物に書かれている言語も全て日本語である。

 時折見慣れない語句が乗っているが、それはおそらく、こちらの異世界にしか存在しえない言葉だからだろう。

 

 何故日本語なのか、という疑問は拭えないし、とても気になる。

 が、そんな知的好奇心は今の僕にとってはどうでもよかった。

 どうせ考えたってきちんとした理由と理屈なんか思いつかないのだから。

 神様が都合よく翻訳してくれている、とでも思っていた方がいい。


「よし、保護術式と、衝撃吸収の魔術。あとは回復系統の魔術。これくらいなら今夜、夜通しで鍛錬すれば習得できそうだな」

 

 ちらりと壁にかかった時計を見つめた。夜明けまで、まだ七時間はある。

 十分な時間的猶予があることを確認した僕は、皮で出来た茶色のレザーバックに魔術大全と、ありったけの古紙、そして刻印を描くためのインクと筆ペンを入れ肩にかけた。

 

 首元に、靴紐のようにクロスされた紐がついている長袖の服を着る。

 レースアップと呼ばれる庶民の普段着として愛用されている服だ。

 ズボンは、ワイドレックパンツを着用している。

 腰から下に行くにつれどんどんと幅が広がっていき、膝下あたりで萎み、足首辺りはしっかりときつく縛られている。

 動きやすくて着心地のよいパンツだ。

 イメージだとラピ●タに出てきたヒロインが履いていた大きなズボンに近い。

 流石にあれほど幅が広くはないけど。

 

 屋根裏部屋から降りる階段を千鳥足で下る。

 下の階の寝室ではナンナさんが睡眠中である。

 もし起こしたら、「こんな時間に勝手に外に行くのは危険です」とかお母さんのようなことを言われて止められるに違いない。

 だから彼女を刺激しないようにこっそりと。

 

 入口の木造のドアを押した。

 施錠術式は外部から内部へ侵入するときにだけ限定的に機能する術式である。

 内から外へドアを開く分には関係が無い。

 

 真夜中だというのに天体術式の明かりが差しているためか、それほど暗くはない。

 石畳で舗装された道路を駆け足で走り、低級魔術が程よい密度で湧いている西中央広場へと向かった。いつもナンナさんから修行を受ける際に使用している広場だ。


(今夜は真夜中といっても天体術式の明かりが強いから魔物が活発化していそうだな)

 

 と自分自身を戒める。

 

 魔物は、低級以下は自然に発生する。交尾を必要とせず、大気中の樹素がある一定の密度に集まると出現する。

 しかしそれはあくまで低劣な魔物に限り、中位以上の魔獣や魔物は基本的に街中に急に表れ出でたりはしない。

 外界の樹素で作り出された後は、天体術式の光に含まれる樹素を皮膚から吸収し、生存のエネルギーに変換して生活する魔物が過半数だ。

 

 中には劣等な魔物でも、外界からの樹素量では己の生命活動を十分に営むことが出来ないので、他の生物を捕食してエネルギーを補う生体を持つ種もいるにはいるが、低級のそれは人間からしてみても恐れるに足りない稚拙な存在らしい。

 

 味が旨い魔獣や利用価値のある魔物は素人の人間により討伐される。

 が、利用価値の薄い魔物は野放しにされるか、道路を通る馬車に轢き殺され、好奇心の強い子供たちの玩具とされるなど、散々な目に合って死に至るらしい。

 

 なんて可哀想な生物なのだと思わず憐れみの念を抱く。昆虫以下の扱いを受けている。

 まあ、そんな不憫な存在の低級魔物を魔術の実験体として使おうとしている僕が、彼らを憐れむ資格なんて持ってないけど。

 

 なんてどうでもいいことを考えていると、10分もかからず目的地へと到着した。

 フェンスを飛び越え、雑草を踏みしめ、無限に湧く低級魔物が駆除されることなく放置されている箇所へと移動した。

 地面が隆起して小さな丘が三つある広い芝生だ。

 

 やはり予想通り、魔術の実験体として適していそうな低級魔物がゴロゴロといた。

 その数およそ数十を超える。至る所にスライムが発する粘着物が付着している。

 真夜中では通常、彼らの活動力は著しく低下するが、今夜は光が強いので日中とそう変わらず快活な様子でいた。

 

 僕は舌なめずりをした後、皮の鞄に詰めてきた古紙を取り出した。

 今夜で準強化魔術である「メゾフォルテ」を何とか習得したい、と意気込む。

 

 が、おかしい。

 何か違和感がある。

 魔物は平常では、人間を見つけると勢いよく襲い掛かるか、逃げ回るかのどちらかの挙動を見せるはずである。

 しかし広場にいた数十の魔物は、何をするわけでもなくその場でブルブルと震えあがり、一切動かず硬直していた。

 怯えている、という表現が一番的確であろう。


「何だ――」

 

 次の瞬間、大地が雄叫びを上げたかのように震えあがった。

 地震か? と疑う。だがよく回りを観察してみると、その認識が誤りであったことに気づく。

 

 正確には、広場のみの地表が震動していた。

 遠くにある住居や建築物は一切揺れていない。

 立ってもいられないほどの大震動だった。

 砲弾を撃ち込むような轟音が鼓膜に伝わり、耳が張り裂けるほど痛む。地表の地下にマグマが煮え立っていて、それが噴火直前にまで膨張しているかのような感じだ。

 

 等間隔に放たれる大衝撃が地面を抉り裂き、踵のひび割れみたいな痛々しい傷跡を残す。

 僕は何をすることもできず、ただその振動と衝撃にやられ、虫かごを揺らされたカブトムシの如く、ただ大地に翻弄されるしかなかった。

 

 その衝動が十数秒続いた後、ついに地面が崩壊を遂げた。

 硬いはずの地盤は、水で固めた砂かと思うくらい脆く瓦解していき、大量の瓦礫と共に僕は地中に飲まれていく。

 地底へと、ただ落ちていく僕は、擦れた意識の中、大気を掴み、もがき抵抗しようとする。


 しかし――その手はただ虚無を掴み、空を切った。


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