ウプサラの幽閉
「……グリムヒルト」
「はっ」
リーヴ=ジギタリスが呼びかけると、颯爽と姿を現したのは剣士 グリムヒルト。
「悲願は達成した。我はこれから、仮死状態の巫女の体を持ち、計画通り世界樹の根に向かう。お前は『パトリアルフ』の精鋭を招集し……予定通り警備に付け」
「承知しました」
「……ああそうだ、約束通り、お前を次の表の『ジギタリス当主』に任命する。フィマフェングの代わりだな」
「ありがたき光栄」
「ではお前たちも遅れて不可侵領域に来い。想定通り、おそらく……決戦になろうからな」
そう言い終わると、リーヴは着用していた長いロングコートを靡かせ、通路の奥へと歩いていく。
途中、とある少女とすれ違う、少女は通路の脇によって、ペコリとお辞儀をしてリーヴに敬意を示した後、グリムヒルトに近づき
「リーヴ様は、『根源の異なる力』と『神器』両方を手に入れなさったみたいね」
「ああ、予定通りだ。それより……バーラ、結界の方は大丈夫なんだろうな?」
バーラと呼ばれたその少女は、アリストロメリア家の魔術師。
闇夜の月光よりも輝く金色の髪をボブにして、毛先はカールを巻いており。
瞳はサファイアのような青色で、小さな口には八重歯が光る。
「ワタシを誰だと思ってるの? ①ウプサラの神殿にいる奴らを閉じ込める結界 ②大月桂樹の出入りを禁ずる結界 ③闘技場内の被害・攻撃を食い止める結界 どれも完璧な精度よ」
「よくやった、リーヴ様に代わって、この次期ジギタリス家当主が褒めてやる」
「何も嬉しくないわ」
「パトリアルフを招集せよ、俺達も不可侵領域に向かう」
「キシㇱ、ついに魔術で遊べるのね、楽しみだわ」
「あいつらが辿り着ければ、の話だけどな」
「……それより」
バーラは視線を斜め下にずらした。
そこでようやく通路の脇にあったモノが、人間であることに気づく。
「この男はどうするのかしら?」
「……誰だコイツは」
グリムヒルトはうずくまっている陽太の髪の毛をひっぱり乱暴に持ち上げ、顔を確認する。
大量の出血と痛みで、陽太はほぼ気を失っていた。
「外界樹素を乱してる……おそらく異世界転移者でしょう」
「……殺しておくか?」
「系譜ではないだろうし、必要ないわ。その出血量、放っておいてもじきに死ぬでしょ、それに、返り血で服が汚れたら困るわ♫」
「そうだな」
グリムヒルトは右手を広げると、陽太の髪を引っ張っていた力が消え、陽太の顔面は勢いよく地面へと激突する。
そして二人は、リーヴを追うように通路の先、暗闇の中へ歩いていった。
バーラとグリムヒルトはリーヴ=ジギタリスを追って不可侵領域に向かう。
一人取り残された陽太は、かすれる意識の中
「待て……リーヴ……ジギタリス……」
と呟き、意識を失った。
*
ウプサラの神殿内部は混乱に満ちていた。
各大陸から集いし、種の猛者たちが動揺している。
ウプサラの決勝戦ーーシグルドとフリングニルの対決が終わって3分も経過していない。
「結界の様子が変」
一番初めに気づいたのは森霊種の最長寿種たるベイラ。
その後、神殿内にいる多くの者が結界の異変に気づく。
そして1分も経過すれば、何者かが結界の真の意図に気づき、脱出を計るため内側から破壊しようと力を加えるもびくともしない。
こうして、神殿内部にいる猛者たちは自分たちが外界とは隔離されたことを把握した。
神殿内部はもはや模擬戦どころではなく、混乱と波乱に満ちていた。
観客席にいる者達が騒ぎ出し、焦りだす。
だが、その群衆を静止するのはーー各種族の長達。
彼らの一声で神殿内部の騒ぎがピタリと止まり、完全なる無音に包まれた。
鶴の一声、とはこのような状況を指すのだろう。
やがて3分も経てば、各種族のボスたちは集い初め打開策を練るために会議をしだす。
「結界は少なくとも3層張られている。極めて高度な代物」
「何故、破壊できん?」
「構成要素に『神素』が使われているからですよ」
「ありえん。となると……結界を張った主は神種に通ずる者?」
巨人、フリングニルに視線が集中する。
「あ? 俺じゃねえぜ、神器『レーギャルン』は戦闘以外てんで使用できん」
「それくらい分かっていますよ。敢えて詰めてみた、だけです」
「性格悪いなおい」
「そうなると一体誰が……」
「ジギタリス家当主です」
皆の視線が一人の細身の人間の男に集中した。
その先にいたのはアマルネス=ネリネ。
「信じられないかもしれませんが、一から説明します」
皆が懐疑的な視線を送りながら。
アマルネは「ジギタリス家当主」のこれまでの悪行について語り始める。
一方。
フレンはというと。
結界の異変を察知すると。
十数分前に「何か嫌な予感がする」と言って観客席から駆け出した陽太のことが心配で。
彼を探すために神殿内部を奔走していた。
探し回ること数分後、地下通路の脇に血が付着しているのを発見。
脳裏によぎった最悪の展開を想像。
そして想像通りにーー血を流して倒れている陽太の姿が視界に入った。
「ヨータッ?! 大丈夫ッ?!」
右手首から下が綺麗に切断されており。
大量の血が流れ出し、地面の岩肌を紅く染め上げている。
フレンは急いで陽太に近づき、応急処置のための止血と治癒術式を編纂。
消えかけていた命がなんとか紡がれ、陽太は微かに意識を取り戻し始めた。
その様子を見てフレンはほっと胸を撫で下ろす。
あと数分でも遅れていたら、助けられなかっただろう。
「全く……何があったのか、ちゃんと説明してもらうからね、アンタ」
瀕死のヨータを担ぎ、フレンは涙目になりながら元の観客席に戻ろうとした。
対して陽太はーー掠れる意識の中。
何か心に大きな穴がぽっかり空いたような言いようのない欠乏感を感じながら。
長い長い、夢を見ていた、千歳緑と巫女が重なる、そんな夢を。