ウプサラの悲劇
場所はウプサラの神殿、地下廊下にて。
リーヴ=ジギタリスは巫女を前にしながら思考をする。
三白眼はしっかりと巫女ヴォルヴァを見据え、一挙手一投足をも見逃さない。
(巫女ヴォルヴァの魂が“座”に据え替えられていた。おそらく大月桂樹が不可侵領域に乗り込み、世界樹とユミルの契約儀式を断ち切ったのだ。方法は分からない……が。既に巫女ヴォルヴァの因果律はユミルのそれを超えている。早めに奪還せねば……書き換えられてしまう、巫女の予言の方角に!!)
顕現した槍を右手で掴むリーヴ。
それを見て巫女は戦慄した表情を浮かべた。
「神器の使用……無理やりオーディンを受肉させたのね」
「巫女ヴォルヴァ、貴様には2つの選択肢がある。一つに大人しく不可侵領域まで付いていき、我の手駒となるか。または、今ここで“座”を我に譲り渡すか……どちらか選べ」
「貴方の提案になんて乗るわけない」
「ほう、拒否権があると思っているのか? まだ自分が何かを選べる立場にあると信じているのか?
大月桂樹がいない今、貴様を守る者がどこにいる?」
後退りをする巫女にゆっくりと歩み寄ろうとした瞬間。
前方の闇の中から雷撃が走り、リーヴの右手を打つ。
少し焼け焦げた右手の人差し指を見つめ、リーヴは違和感を感じ取った。
(……今の攻撃……ただの術式ではない……魂への干渉?)
「離れろ、リーヴ=ジギタリス」
暗闇の向こう側から姿を表したのは立花陽太。
その姿を見て巫女ヴォルヴァは彼の名を叫ぶ。
「……はて、誰か……そうだ……貴様は……魔族フレンとド・ノートルダムの小娘の仲間か」
陽太はリーヴに注意を向けながら、巫女ヴォルヴァに近づき、自分の背中の後ろに隠させる。
「助けにきてくれたの?」
「はい、なんだか、嫌な胸騒ぎがしたので」
小声で後ろにいる巫女に話しかけ、鋭い視線をリーヴに向け直す陽太。
「楯突くというなら、貴様も消すまでだ、小僧〔ーー投擲〕」
リーヴが手にしていた槍を軽く陽太に向けて投げた。
するとグングニルは陽太の眼の前で速度を減衰、空中で停止する。
その様子を見て
「我が神器は……片手間では貫けぬか、此岸の人間は」
後ろで怯えている巫女をチラリと見つめ。
得意げになって陽太は小さな声で
(大丈夫です。あの槍は幽霊都市ブレイザブリクで、僕みたいな異世界転移者には効かないってことは確認済みですから)
と勇気づけるように言った。
神器グングニルは光の粒子となって消え、再び主であるリーヴの手元に帰還する。
余裕な表情を崩さない陽太を見て、リーヴは嘲笑い、そして
「〔ーー投擲〕」
二度目の神器グングニルでの攻撃を仕掛ける。
当るはずはない、そう高を括っていた陽太だがーー。
一瞬にして。
赤色の血が視界を覆う。
そして右手への強烈な痛み。
気づけば、グングニルの槍先は陽太の右手を居抜き終わり、主のもとへ回帰しており。
その槍先にはーー陽太の右手首から上だったもの、が刺さっていた。
「がああああっ……ああああああああ」
陽太は激痛に喚いた。
気づけば右手首が無くなっており、綺麗な切断面があった。
激痛に嘆き、苦しむ陽太を虫を見るような視線でえ見下し、リーヴはグングニルを振るい、槍先に付いている肉片ーー陽太の右手首を取る。
肉片は壁に打ち付けられ、赤色のシミを残しながら地面へと落ちた。
「間抜けな餓鬼よ。我がグングニルを前にして、貴様の粗末な特異体質とやらが通用するとでも思っていたのか? 我がグングニルを、明確な意思と殺意を持って投擲すれば、貴様が此岸の人間であったとしても、我が神器は我が意思を『完遂』する」
「陽太くん!」
痛みでうずくまる陽太を心配して声をかける巫女。
リーヴはゆっくりと巫女に歩み寄り、そして地面でうずくまっている陽太を蹴り飛ばした。
陽太は血の染みを地面に作りながら、転がり壁面に打ち付けられる。
リーヴはそうして巫女に十分接近すると。
「〔ーー巫女ヴォルヴァ、その魂を貫き、抽出せよッ!〕!!」
手にしていた槍は形状を変化させ、三叉槍に変化し、巫女の胸を貫くと光が漏れ出す。
その光と共に、巫女の胸から抜かれたグングニルの槍先にはーー蠢く光の球体があった。
その光の球体を大きく口を空けて飲み込むと。
リーヴは笑い…
「ついに、ついに手に入れたぞッ! 神器グングニルの神秘とッ! 系譜 郷登勇と巫女ヴォルヴァの魂!! これで我は……神種の『神秘』とッ! 系譜の『根源の異なる力』を得たッ!! 樹素と魂の両立ッ!! もはや我を……止められぬ者は存在しえないッ!!」
らしくなく、取り乱し、気分が高揚し。
叫ぶ、リーヴ。
神種の神器と根源の異なる力。
相反する超越的力の両立。
それが実現化できているならば、もはやーーリーヴに比類する者などいない。
偽神と悪魔、両方の力を内包したリーヴは。