ウプサラの祭儀
「スノトラ……は、どうですか?」
ウプサラの祭儀、その2時間前。
弓を背負い、戦闘準備を整えたアマルネはスノトラが寝かされている医務室へと足を運び。
彼女の養生を確認しにきた。
だが、スノトラは相変わらず、顔を白くして眠り込んでいる。
「……今は術式でなんとか延命している状態ですが……脳の回路の損傷が酷く、呼吸を行えません。やはり……回復は絶望的かもしれません」
「そう……ですか」
白いローブに身を包んだ治癒部隊の魔術師の一人がアマルネの質問に答えた。
アマルネは分かっていたような顔をしながら下唇を噛む。
アマルネは眠って気を失っているスノトラの顔を見つめて
(重力術式……この世に存在しない架空の力場を再現する術式を……スノトラは幽霊都市で……最大出力で長時間限界を超えて使用し続けた……ゾンビの原生魔獣を倒すために……術式回路を持たないスノトラは……脳の回路にその負担を代用させたらしい……無理……か)
スノトラの廃人化。
可能性としては考えていた。
あの偉人 アグネの遺した秘技だ。
スノトラがいかに魔術の才能に恵まれていようと、彼女も人間、限界がある。
だが、まさかここまでとは。
スノトラが目を覚まさないことに対しやるせない怒りがふつふつと湧いてくる。
責任感の強いアマルネは、自分がもしも光術式でスノトラのサポートに回っていれば。
あの時、樂具同と戦っても尚、戦闘不能状態に陥っていなかったのならば。
もしかしたら、スノトラは廃人化しなくても済んだかもしれない。
そんな後悔が頭をよぎっていると。
「?! ……その花は?」
スノトラのベッドの真横に、一輪の「ハナミズキ」の花が添えられているのに気づいた。
「ああ、スノトラさんのお仲間の獣人さんが、ここを出る前に送った花です」
治癒部隊の魔術師は答える。
「そうか……」
踏ん切りをつけるように、アマルネはくるりと踵を返して
「では、獣人ガルムが帰ってきたら、ウプサラの神殿にいると伝えて下さい」
そう魔術師に伝えて、アマルネは介護室を後にした。
覚悟を定める。
今日の祭儀で、枢軸主を打倒し。
僕が、王家となり。
ネリネ家の罪を、ヨゼフとの約束を。
僕が、全て贖罪するんだ。
そう固く決意して。
アマルネは首にかけてあった、ヨゼフの所有物であったペンダントを握りしめた。
*
ジギタリス家の崇拝神「枢軸主」オーディンの生誕祭――ウプサラの祭儀がついに幕を開けた。
ウプサラの神殿は金色で装飾された派手な円形闘技場で、神殿を取り巻く金の鎖が建物の切妻から下がっている。
ウプサラの神殿は、オーディン、トール、フレイの3神を祀る神殿だ。
そこでの祭儀は雄のあらゆる動物が9体行きたまま犠牲のために献上される。
剣士は神楽を披露し、魔術師は地形を操作し祭儀らしく派手な余興が行われた。
神殿内の客席には、ありとあらゆる種族の王や統治者が招かれていた。
人類種の十三神使族を筆頭に。
魔種では、邪神候補に挙げられる原生魔獣のベルゼブブの他、少数の最上位魔種。
獣人種の中で最大の規模を有すビッグファミリーの面々。
伝説上の数々の式具や、神器まで作り上げ精錬した小人種の職人に。
何十万年も悠久の時間を行き続ける森霊種の長。
そして人体を共有する巨人種「霜の巨人族」の現ボス「スリュム」に。
空想種の代表として、四大精霊「ランドアールヴァル」の一角たる「西の雄牛」が招かれていた。
特定排斥種(仮名)と神種を除いた七種族それぞれの統治者がウプサラの神殿に集結していた。
魔種と人類種の対立、小人種と森霊種の因縁…種族間で様々な竜戦虎争が繰り広げられても尚。
彼らは神種の復活の祭のため、恥と屈辱を噛み締めるも、この祭儀へ出席しなければならない。
神種への信仰もとい、その復活の祭儀に参列しないことは、世界樹の意思に反抗することと同義すなわち異世界の否定その表明に他ならないからだ。
今日、この日のみは、あらゆる種族が調和と平穏を保つ。
神種への尊敬のために。
祭儀が終わると。
ついに、御前試合が行われる時間が訪れた。
復活したオーディンの強さを誇示し、その誇り高き様を拝むための模擬戦闘である。
とはいえ……模擬試合といえど、殺害はNGなだけで、本気で戦う分には結構だ。
それは武者として、御前試合とはいえ、生半可な気合で戦いに望むことは両者の冒涜になるという思想からの風習、しきたりであった。
とはいえ、各種族の統治者に値する者が戦い合えば。
ウプサラの神殿は大破され祭儀どころの話ではなくなる。
そのため、各種族の統治者の側近、2番手の者などが、参加することが習わしである。
それは先程語った通り、統治者同士が本気で戦えば神殿がもたないという理由もあるが。
なにより、統治者の戦いの手札をおいそれと公の場で見せることはできない、という暗黙の了承があるからだ。
御前試合に参加するメンバーは、各種族の中から最大で4名まで。
御前試合はトーナメント方式で行われる。
戦い方は問われない、呪術などの禁術に指定されている術式・式具を除き、全ての式具、術式が使用可能である。
また戦闘形式は1対1で行われる。
そして一度出場した選手は、その後の戦いに出場することはできなくなるのが原則だが。
その前の試合で勝利した場合、勝利した者は続行して戦うことが可能だ。
また参加は強制ではない、決闘ではなくあくまで御前試合だ。
戦闘に不向きな種族は、訳あって参加できないことも許されている。
現に、戦闘に向かない小人種、そして外界に干渉できない空想種の大精霊は棄権した。
よって今回の祭儀では魔種、巨人種、獣人種、森霊種、人類種の5種がエントリーすることとなった。
「やはり僕たち以外に立候補した者がいなかったのか……いや、ジギタリス家が僕らが人類種代表の4名になるように画策したのか……」
控室では、アマルネ、シグルド、フレン、陽太の4名がいた。
アマルネが独り言を呟いている。
「ていうか、アタシはどっちかというと魔種の方に分類されると思うんだけど、人間として出ても良いワケ?」
フレンが疑問を呈する。
「一応、問題はない。参加する資格は種族の血が流れていることだからね」
「ならいいわ。でも……スノトラがいないのは痛いわね」
「……ガルムも、だな」陽太は口を挟む。
「何をやってるのかしら? あいつ」
「獣大陸に帰ったようだ……ウプサラの祭儀までには返ってくると言っていたんだがね」
「こんな大切な日に……馬鹿じゃないの」
「まあ良い。我らだけで勝ち上がってしまえばいいだけの話だろう?」
腰に携えていた剣を外し、鞘の上から大切そうに撫でるのはシグルドだ。
「そうだね、シグルドさんがいる。そんなに問題はないよ……それに、運が良い……僕らはシード枠だ」
ウプサラの御前試合に参加する種族は5枠、それでトーナメントが行われるから、一つの種族が最初のシード枠に割り振られることになる。
陽太たちは運の良いことに、第一戦目はシード枠になった。
よって何をするまでもなく、準決勝まで上がれることが決まっている。
ガルムとスノトラがいなくても、陽太らがここまで冷静でいられるのはその要因が大きかった。
「おそらくそれもジギタリス家の采配だろう……クソ、どこまでいっても……ジギタリス家当主は……僕らのことを舐めているらしい……」
悔しそうにアマルネは歯ぎしりをした。
「良い。我らは勝ち上がるだけだ」
「そうね……」
リンゴン、と鐘のなる音が響く。
「どうやら、1戦目の巨人種vs魔種の戦いが始まるようだな」
シグルドが呟くと。
陽太も続いて
「相手の戦い方、見ておくか」
「交代制で選手が変わるだろうから、あまり意味はないかもしれないけどね」
「一応だよ」
こうしてウプサラでの御前試合が始まろうとしていた。