最終猶予
「ありがとう大月、悪かったな、時間取らせちゃって」
「いいぜ別に」
巫女の社の地下空間から出て、社の教会前で大月と会話をする。
僕がその場から去ろうとすると
「いいのか? 本当に。『眷属』にならなくても」
「いいんだ」
「……やっぱ人体を取り込むのは抵抗感があるのか?」
「いいや、そんな理由じゃないよ」
僕は下を俯く。
【ああ、理想を追うことでしか生きることが出来ない脆くて愚かなクズでしかない】
【……君は違うだろう? 陽太君、君は逃げたんじゃなくて理想を追うことを選んだのさ】
【……それを証明するのはこれからの君次第だ。現実から逃げたのか、あるいは理想を追ったのか。どちらかを選択するのは、未来の君だ】
…。
【夢を……見たかったんじゃ。何も見えない、何もできない、そんな儂でも、……自由に……点字ブロック以外の領域を……歩ける……そんな夢を】
【陽太先輩よ。アンタさん、今のこと、零式には話さんでくれんか? あの者が命を掛けて戦った日本が、再び大戦に巻き込まれる事実を知ると思うと……不憫でならん】
振り返る、過去の記憶。
僕が手にかけ、僕が殺し、僕が彼らの理想を潰し上回ったこと。
そうしてここに立っていること。
「……どうした?」
「いや、なんでもない。うん……理由は僕にもはっきり分からないけど……さ……系譜といえど、同じ現実世界の人間だ……彼らと話して見て分かった。僕と何も変わらないってことに。誰もが、この異世界に夢を見て、理想を追って生きていた…………彼らに了承も無しにさ、彼らの力を借りて使うのは……ちょっと……駄目な気がしたんだ」
「そうか、まあお前さんの判断なら仕方ない」
「大月はなんで樂具同の死体を回収したんだ?」
「あー……」
大月は頭を掻いてから
「此岸の肉体は特別な体質を持つこと……お前さんも知ってるだろ?」
「ああ」
「その死体を変なことに流用されることがあるんだ。特に……神種や小人種に見つかっちまうとやばい。アイツらからすれば物質で構築された俺達の肉体は希少な金属と同義……遺体を使って変なモノを構築されたケースが過去にあるしな、だから俺が回収しておいた」
「なるほど」
確かに。
唯一、樹素で構築されていない僕らの肉体は一部の人間にとっては超希少な資源なんだ。
変なことに流用されてしまえば後々面倒なことになるのは目に見えている。
「じゃあ、ありがとな、大月」
僕はそう言って話を切り終わらせ去ろうとすると。
大月はそんな僕を止めて
「あー……そうだな、一個、お前さんに良いことを教えておいてやる、死なれたら困るしな」
「……なんだよ」
「因果律って概念だ。大事なことだから覚えておけ。俺達、魂を所有している者が描く軌跡を因果律と呼ぶ。それは樹素とは異なる旋律で奏でられる。魂を持つ者だけが描くモンだ」
「因果って……巡り巡って行いが返ってくる……とか、そういうことか?」
「厳密には違うんだが、そんな認識で良い。因果律には『正』と『負』の側面がある。お前さんはその『正』の方角の因果律が極めて高い。これが表す意味が分かるか?」
「え……どういうことだ?」
「お前さんは、最終的な世界の結果に大きな寄与をする未来が決まっているってことだ。それがどのタイミングで、どこで起こるのかまでは分からない。だが、いつか、そう遠くない内に、その時は訪れる」
「……僕はとんでもない厄介事に巻き込まれるってことか?」
「そうだ。超重要な場面でお前さんが関わってくるだろう。まず間違いなくな」
「それで、僕にどうしろって?」
「…………なるべく、良い方を選んで欲しい」
「良い方?」
「お前さんだから言うが、近い内に、異世界か此岸、どちらかが消滅するんだ」
「ッ?!」
いきなり衝撃の事実を聞かされ唖然とする僕。
だが、大月はいつになく本気の顔で
「『もし』だ、もし……その選択権がお前に任された時……お前はどちらを選ぶ?」
「僕は……?」
「どちらを選ぶつもりでいる?」
「…………分からないよ、そんなの。異世界のことも知らないし。現実世界だって帰れるかどうかも分からないんだ……」
「『もし』だ。『もし』お前さんがその時に、誤った方を選択するつもりならーー」
大月の黒い目に青く、不気味な光が宿ったように見えた。
「ーーお前さんを消さなくちゃならないことになる」
「……」
「なんてな、全部仮定の話さ。まあ、よく考えてくれ。どのみちお前さんは、逃れられない運命の渦にいる」
「ああ」
「覚悟しておけよ? 言いたいことはそれくらいだ」
大月は言いたいことを言い切ると。
巫女の社の扉の後ろに消える。
もっと聞きたいことが出てきて、僕が彼の後を追いかけたが。
扉の後ろにいるはずの大月はその場から忽然と姿をくらましていた。
*
怪我をした部位に包帯を巻いた糸目の男ーーアマルネ。
腰に剣を携えた銀髪の剣士ーーシグルド。
その二名が暗い道を歩く。
コツコツと、足音が回りの岩肌に反響して響く。
そして目の前には、大きな大きな厳重に鎖で封鎖された鉄の扉が。
「着きました。ここが、ネリネ家の財宝庫です」
「アマルネ……まさか君が……十三神使族だったとは、今までの無礼許して欲しい」
「いいんですよ、十三神使族といえど悪名高いネリネ家の……一番不出来な側室の子でしたから」
シグルドは視線を鉄の大扉に移し
「ここに……あるんだな?」と確認すると
「はい、確かに。樹界大戦後、ネリネ家の先祖が『隻腕』の遺言をしっかりと聞き入れていればの話ですがね」
「……適合するかどうかという問題があるが」
「大丈夫です。『霊剣』は極めて自分勝手な神器、浮気性で気分屋……持ち主に対する忠誠心なんて皆無らしいです、伝承によればね。それに、シグルドさんの剣は、シグルドさんの力に耐えきれずすぐに刃こぼれし折れてしまう。その欠点を克服するには『霊剣』に頼るしかない」
「そうだな……では」
アマルネが4つの錠前に鍵をそれぞれ差し込んで回し詠唱を唱えると。
ネリネ家の財宝庫が鉄の音を鳴らしながら開き。
その向こう側から輝かんばかりの金銀財宝と様々な式具。
そして、その中でも一際、異彩を放つーー『霊剣』の姿があった。
*
場面と時は移り。
王都にある中央公園の草原で。
アマルネとフレン、陽太が修行をしていた。
「やっぱり『最善なる天測』は使えなくなってるわ」
「霊獣がフレンに取り込まれたんだろう? ならばフレンがその力を継承しているはずだ」
右手をピストル型に構えて詠唱するが、フレンは大鷹の守護炎獣が顕現できなかった。
そんなフレンを見て腕を組みながら冷静に分析するアマルネ。
「そうね、実際、内包樹素量や外界樹素のコントロール力もあの日から向上したのを感じるわ、でも……『神聖なる敬虔』は発動できない……」
「究極の浄化・中和作用を持つ原型術式か……」
「幽霊都市では発動できたんだろ? なんで今は無理なんだ?」
僕は芝生の上にあぐらをかき、質問する。
すると口を開いたのはアマルネ
「おそらく脳の回路が疲弊してるのが原因かな?」
「いいや違うわ。それもあるけど……おそらく何かしらの発動条件があるのよ」
フレンはもどかしさを表現するように拳を握りしめる。
「同じく光、浄化術式が使えるアンタなら何か分かるかと思ったんだけど」
「うーん……見てみた感じ、僕の使える光属性の術とは原理が全く違うな……どちらかというと森霊種の使用する治癒術式に近いような気がする」
「まあ、アタシの方はアタシで解決するわ、それよりアンタの方はどうなの?」
フレンは両手を腰に置いて、アマルネに尋ねる。
「問題ない。調伏の必要がないからね。おそらく僕のことも気に入ってくれるはずだ。だからウプサラの祭儀までに何とか術式を仕上げるよ」
「は~どうかしらね、アタシだったら1ヶ月で別の男に心代わりするなんてありえないけど」
「……」
アマルネは黙り込む。
フレンはため息を吐いて、陽太の方に視線を向け
「で、一番の問題はヨータよ。どうする気なの?」
「……取り敢えず、フレンから学べる術式を学ぶ、原型術式を片っ端から教えてくれ」
「残り3週間で一つでも習得できたら大金星ね、いいわとことん扱いてあげる♪」
「お手柔らかにな」
フレン、シグルド、アマルネ、陽太。
それぞれが、ウプサラの神殿での祭儀に向け最終調節と準備を行う。
*
そんな中。
一人、誰よりも早く人間界を飛び出し。
獣人界へと向かっていたのはガルム=ノストラード。
辺りは生い茂った森林。
百数メートルはあろう巨大な木々を抜け。
木々に絡まるように建設されてある一つの集落へとたどり着く。
そこは獣人種が暮らす集落。
ガルムの故郷だ。
そしてガルムが、飛び出し、逃げ捨てた故郷でもあった。
「久しぶりっつーか。あンま変わってねエ~なア、相変わらず、質素なトコだぜ」
ガルムは背伸びをしつつ。
その集落へと足を踏み入れていく。
それぞれの人間が、残された1ヶ月の期間を使い。
己が考える最善の特訓を行う。
全ては、諸悪の根源たる「リーヴ=ジギタリス」彼の理想と夢を打ち砕くために。