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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
118/193

悪魔の取引

 今日は6月3日。

 『ウプサラの神殿』でのオーディン復活の祭事まで残り1ヶ月を切った。

 ジギタリス家はこちらの目論見通り、僕らに暗殺を仕向けたりなどしていない。

 シグルドも王宮に戻り兵の様子を逐一監視しに行っているが、軍や暗殺部隊が動き出すような素振りは見 せていないらしい。


 やはりジギタリス家は僕らなど全く眼中にないのか。

 それともーー僕らに構っていられないほど重要な目的があるのか。

 その真意は定かではないが。

 とにかくこれはラッキーなことだ。

 この1ヶ月で、精一杯準備ができるからだ。


 僕の契約儀式で発生させる炎は幽霊都市ブレイザブリクにて限界を超えて使用してしまっている。

 そのため打てるのは、あと一回程度…たとえ打てたとしてもその時点で僕の魂が尽きて死ぬか、永続する炎の効力を持たずにただの「フレア」になるだろう。

 また剣術:居合流の基礎部分をマスターしたはいいものの。

 到底、実戦で使いこなせるものではない。

 実際、幽霊都市でもスノトラなどの味方のサポートがあったから何とか戦いが成立していた。


 つまり僕には今、戦力がない状態。

 一人でも戦える力が必要だった。

 迷う。

 スノトラほどの魔術師の才も無ければ、フレンほど万能なこともできない。

 アマルネのように光属性に長けた術が使えるわけでもなく。

 そしてガルムほど身体能力に優れてはいない。

 シグルドなんかは比べるのもおかがましいレベルだ。


 魔術や剣術を1ヶ月の準備期間で習ったとしても中途半端なものになるだけだ。

 ならば僕だけができる方法で、僕だけの長所を活かして準備をした方が良い。


 僕だけができること。

 僕だけがやれること。

 ……やはりこの肉体だろう、外界樹素をかき乱す肉体。

 魂の方は、契約儀式で消費しているので有効活用できない。

 頼れるのは肉体の特異な体質だけ。

 ……思い浮かばない。

 

 こういう時は相談をしにいくに限る。

 一人で悩んでいても糸口は見つからない。

 僕よりももっと詳しく、そして力を持つ者。

 そう…大月だ。

 

 そう思って巫女の社に久しぶりに訪れた。

 巫女ヴォルヴァさんや、大月に感謝と無事も伝えたかった。


 王宮の中庭、きれいに整えられた芝生の上にポツリと、小さな教会が建っている。

 これが巫女の社だ。

 巫女ヴォルヴァさんは十三神使族ですら平服するほど位の高い方であるのに。

 住んでる場所がこんなに質素なのはどうしてだろうか?

 やはりあまり無駄な装飾物を好まない性格なんだろうか?


「……似てるな、やっぱり」


 巫女のことを考えると、どうしても彼女が千歳緑と重なる。

 どうしてだろうか?

 容姿が似ているわけではない。

 巫女さんの方がよっぽど優雅で、品が良い。

 

 だが。

 そこはかとない雰囲気が。

 醸し出す所作の中に。

 亡きーー緑の面影が重なるのだ。


 一度伝えてみるべきか迷った。

 「異世界に漂流する前の記憶はあるのか?」と。

 もしかしたらーー覚えているのかもしれない。

 そして、もし、巫女ヴォルヴァが。

 千歳緑が転生した人物だったら?


 …。

 聞かなかった理由は分からない。

 いや、分かっている。

 「違う、そんな人知らない」そう言われたら、僕がひどく傷つくからだ。

 こっちは勝手に幻影を重ねているだけなのに。

 勝手に期待しているだけなのに。

 そんなはずは無いと、決まっているのに。

 どうして、否定されると傷つくのだろう。


 そんなことを悶々と考えていると。

 巫女の社の扉が突然開き。

 その向こう側から、オーバーオール姿の猫背……大月が顔を出した。


「お、お前さん、久しぶりだな、どうした?」

「ああ……大月、久しぶり」

「幽霊都市からよく帰還できたな。まあ俺は信じていたからな」

「信じてた?」

「お前さんが、あんな場所でくたばっちまうような人間じゃねーってことを、さ」

「大月、オマエは僕をそんなに買っていてくれてたのか?」

「ま、少しはな。丁度暇なんだ、話なら付き合うぜ? どうせまた俺に泣きついてくるんだろ? おおよそ検討は付くがーーまあ、要件を一応聞いておくか」

「話が早くて助かるよ、要件はーー」


 僕は話した。

 1ヶ月後、「ウプサラの神殿」にてオーディンと模擬試合をすること。

 そこでジギタリス家当主の真相を告発すること。

 契約儀式で自分の魂を消費してしまったこと。

 そして今、パワーアップが必要なこと。


「……あーまあ、予想通りだな」

「すまない、毎回、僕ばっかりがオマエに頼ってしまって」

「いいんだ、同じ同郷の者だしな。それに俺らにとってもリーヴ=ジギタリスの野郎は邪魔だ。目的は同じだしな」

「大月たち? ……つまり巫女ヴォルヴァさんやアザミも?」

「そうだ。アイツが逐一、巫術の研究を邪魔してきやがる。最近になって、更に加速してるぜ」


 どうやらジギタリス家は今、僕たちよりも大月たちへの処置で手一杯らしい。

 巫女の社サイドとジギタリス家がお互いに敵対関係だとは。

 まあ当たり前といえば当たり前か。

 ジギタリス家は神種オーディンに仕える一家。

 対して、大月は神種に反抗する系譜だしな。


「まあ俺らもジギタリス家には手を焼いていたっつーところだ、味方が増えるのは都合が良い。手、組むか?」

「勿論だ」

「……」

「どうした?」

「いや意外だな。即答だとは、もう少し悩むもんだと思っていたぜ」

「なんでだよ」

「こっちの目的も真意も分かってないのに、協力するか? フツー」

「だって巫女ヴォルヴァや大月には凄いお世話になってるしな。今更疑ったりしないよ」

「まあ、そうか……助かるぜ、変な詮索や疑惑があると、信頼関係にヒビが入るからな」


 大月は首に手を当て回す、そして


「パワーアップか……なら丁度良い話があるぜ」

「なんだよ」

「『眷属』って知ってるか?」

「ケンゾク?」


 大月の声のトーンが若干低くなる。

 これは大月が大事な話をする時の癖だ。

 僕は注意して聞き入る。


「『系譜』から『根源の異なる力』の一旦を譲られた者のことだ。系譜と契約儀式を結ぶことで系譜の魂と共鳴し、『根源の異なる力』を部分的に引き出せるようになる」

「!! ……そんなことができるのか?」

「ああ、可能だ」

「つまり……僕が大月と『契約儀式』を結び、『眷属』とやらになると?」

「あー俺のは駄目だ、俺のは『そういうのじゃない』からな」

「……じゃあ他に誰がいるんだ」

「こっちにきてみろ」


 そう言って、大月は僕に向かって手招きし、巫女の社の教会内に入っていく。

 ステンドグラスを通り様々な色に変貌した光が教会内をきらびやかに照らしている。

 教会内の、前から三番目の左側の長椅子を大月が左手で操作すると。

 長椅子がずれて、下から隠し通路が出現した。


「こっち来い」

「……ああ」


 何やら異質な雰囲気がした。

 大月に招かれ、続いて階段を降りる。

 

「寒いな……」


 一段下がる事に、周囲の温度が低くなっていくのを感じた。

 奥に行けば行くほど冷気が蔓延しており、口から出した空気が白くなる。

 そして十数段ほど階段を降ると、ようやく目的地に到着した。


 そこはまるで洞穴の中のような薄暗い空間だった。

 かなり広く、壁には碧色の火が灯されたロウソクが数本等間隔に置いてある。

 目がなれるまで暗闇で前が見えない。

 そのため、大月の足音を頼りに彼の後を恐る恐るついていった。

 そして


「これが見せたいモンだ」


 大月は半円形の物体を擦りながら言う。


「暗くて見えない」

「そこの壁にかけてあるロウソクをもってこい」


 言われるがままロウソクを外し、大月が指さしているモノを照らす。

 それは……


「うわッ……これは……おい……どうして大月、オマエがこれを……」

「ああ、お前さんのお陰で手に入ったもんだ」


 それは。

 僕が見たことの在る「もの」。

 いや、僕が、手をかけた「者」だ。


「……樂具同の……遺体ッ?!」

「そう、お前さんが幽霊都市で討伐した系譜、樂具同の遺体を冷凍保存したものだ」

「なんでこんな……」


 樂の遺体は半円形のガラスケースのようなものに入っていた。

 体は僕のフレアで焼け焦げており、眼や鼻はなく、まるで焼かれた丸太のような形相をしていた。

 僕は思わず恐怖で後退りする。


「さっき話したろ? 系譜の眷属になるためには契約儀式を結ばないといけない。そしてその契約儀式を結ぶためには、系譜の肉体を媒介にする必要がある」

「どういうことだ?」

「つまり、系譜の肉体の一部を体内に取り込むことで契約儀式が成立し眷属になるんだ」

「……」

「眷属になるのも簡単じゃない。相性や負の因果律などの条件もある。だから適合するかどうかは運なんだ」


 動揺が収まらない僕に向かって、大月は淡々と解説を続ける。


「この前、俺を襲撃してきた奴らの一人が、この樂具同と契約儀式を結んだ『眷属』だったんだ。樂具同の肉体を検査してみたところ、『左目』だけは完全に消えていて、焼け焦げた後も残っていなかった。おそらく、幽霊都市での戦いの前に『眷属』に左目を譲って『根源の異なる力』の一旦を授けたんだろう。系譜である樂具同が能動的に『眷属』を作りたがるとは思えないから、おそらくリーヴ=ジギタリスの根回しだろうな」

「……死体からでも、眷属は作れるのか?」

「お、やる気になったか? まあちと難しいが……巫術と組み合わせれば可能だ。魂の情報を巫術で引き出し、強引に契約儀式を結ばせる。後はお前さんが樂具同の遺体の一部を取り込めば、完成だ。適合には一週間から長くて1ヶ月くらいかかるが……まあ、ギリギリ間に合うだろうな」

「……そうか」

「悪い話じゃないだろ? お前さんが望む、『簡単に』『迅速に』『確実に』『大幅に』パワーアップできる手段……おそらく、これが最善手だぜ? まあ俺は別に強制しているわけじゃない。だが、やってみる価値は大アリだ」

「…………」

「決めるなら今だぜ。俺は巫女の社に暫く戻らないし、これから巫女様も忙しくなる。今なら巫女様も社の中で寝ているからな。叩き起こせば、巫術も使える。逆に言えば、今日今この場しかチャンスはないぜ」

「…………そうか、なら、決めた方が良いな、すぐ」

「ああ」


 僕は唾を飲み込んで。

 決心をした。

 強く心の中で。

 決心は変わらない。

 どんなことがあっても、あれだけはーー。


「大月……僕は……この契約をーーーー」

 

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