「悪魔」対「偽神」③
【系譜 零式の『根源の異なる力』は展開する自己世界領域を己の体に限定して起動する】
【モデルは『兵器』。あらゆる近代兵器の機能をトレースし、自身の体で再現する能力】
〔九二式重機関銃――装填:射出〕
怪我を負った右手で左腕を固定するかのように掴み。
手掌の方角をオーディンの首元に向けると。
大口径の弾薬が何十発もオーディンめがけて射出された。
オーディンは咄嗟に射出された銃弾をグングニルを盾にして防ぐが。
その何発かは防ぎ切ることができず着弾。
オーディンの体には数個の穴が空き、損傷を負った箇所は霧のように漏れ出していく。
(系譜の攻撃は――霊体である――私の体にも通用する――そして――)
オーディンは首元に空いた銃弾の穴を手で擦りながら
(――系譜は気づいているのかッ! ――私の首元の傷に――)
自らの弱点を看破されたことに焦りを見せるオーディン。
その様子を見て、零式はニヤリと笑い
(やはりな、あのデカブツの首元にはッ! 古い噛み傷があるッ! 猛獣にでも噛まれたかッ?! まだ癒え切っていないようだッ あそこに攻撃を当てられれば……勝算はあるッ!!)
オーディンの首元の噛み傷。
それは生前、樹界大戦時に。
枢軸主の命を奪った――伝説の獣人種「フェンリル」により刻まれた古傷。
(死亡し、そして復活しても尚――この体に刻まれた――あの獣の傷が癒えず――我が体を蝕む――嫌な記憶だ――だが)
フェンリルによって首を噛みちぎられた。
以前の死の記憶が蘇り、オーディンは恐怖で震える。
〔『式』系統は神素――
(来るッ! 絶対命中の投擲ッ! 避けるかッ?! 否!!)
オーディンが後方へ退避し、詠唱を始めたため、零式は注意し、一旦距離を取ろうとした。
が、しかし
――投擲〕
グングニルが投げられると同タイミングで。
あろうことか零式は、自分に向かって投擲されるグングニルに真っ向から近づき、距離を詰めた。
そしてグングニルが、零式の左腹部を貫き、血があふれる。
「ぐッ……だが、これで防げまいッ! 〔天照大神ッ!!〕」
零式の伸ばした右腕を沿うように。
一閃の碧色のレーザーが放たれる。
「なッ」
グングニルが手元にないオーディンは。
零式が撃ち出した荷電粒子砲を避けられるはずなく。
零式の体内で亜光速まで加速され発射された荷電粒子が、オーディンの右胸に風穴を開け焼いた。
(馬鹿な――到底――マトモではない――向かってくる我が神器を恐れず――真っ向から貫かれにいくとは――そして――系譜は――いつ気づいた?!――我が神器の『弱点』にッ!!)
【『完遂』を司る神器グングニルの弱点は、その真髄たる『命令を完全に遂行する』点にある】
【『完遂』の神器グングニルは命令を遂行し終わると持ち主の手元に自動的に帰還する】
【だが持ち主の意思と命令を『完全に遂行』するということは、逆に言えば――『完全に遂行し終わるまで手元に帰ってこない』ということ】
【極めて持ち主に忠実な神器であるからこその弱点】
【実際、『立花陽太を抹殺する』という持ち主の命令を受けて投擲された時は、命令を阻まれ、命令が未遂行で終わったため、持ち主に帰還する契機を逃し、投擲されたグングニルは遥か地平線と時空を超え、400年後の人間界の北部高原にて発見された】
【オーディンは神器グングニルの『完遂』という性質ゆえの弱点に気づいてた】
【その対策としてオーディンが取った方法は、グングニルに与える『命令』を出来る限り『曖昧』なものにすることであった】
【『曖昧』で『広義な意味』の命令ならば『完遂』の条件を満たし、帰還する確率が劇的に高まるからである】
【だが神器グングニルは『曖昧』な命令であるほど効力を落とすという特性がある】
(『曖昧』な命令であればグングニルが放棄されてしまう危険性は低くなる――があまりに『曖昧』がすぎれば系譜に通用するほどの神秘を持たない――かといって――命令を『具体的』で――『明白』なものにすると――威力は劇的に高まるが――その代償として――命令未遂行時にグングニルが放棄される危険性が高まる――恥ずかしいものだ――我が神器であるのに――樹界大戦時から――我が手元に無かったせいか――十全に扱えないとは――)
(あの槍での投擲攻撃はおそらく避けようがない。ならば避けることなど考えずカウンターに全力を注ぐべきだなッ!! 痛みなどッ、気合で耐えれるッ!! だが、問題なのは――)
零式はグングニルの特性と弱点を看破しきってはいないが。
判明している情報を整理し、推測を立てることで。
グングニルへの対処法を確立していた。
しかし。
零式が以前として劣勢なのは変わらない。
貫かれた右腕は戦闘に使えず、左足も歩き立つのがやっとだ。
また腹部の大怪我。
血が溢れ出る、激痛が走る。
そして付与された呪術が体を蝕み、更に追い打ちをかける。
(――自分の最大出力の技『天照大神』でも倒しきれんとは、ははっ……これはまずいな……意識が朦朧と……してきた……)
その場に零式は座り込んだ。
もう限界である。
万物の理から外れ、己の理を強要する絶対厳守の「根源の異なる力」の持ち主であるといえど。
限界が近づいている。
ジギタリス家の策略と、神種オーディンとの戦闘。
(罠にはめられ……負けるとは…………なんだろうな……何か……自分は似たようなことを……経験した覚えがある……)
命が事切れ掛ける中。
零式は此岸での――現実世界での自分の記憶を回想した。
転移の影響で大半を失った此岸での記憶を、手探りをしながら懸命に――掘り起こす。
*
「豪都ッ!!」
「どうした輪島」
誇り臭く、西日が差す航空機の格納庫内で。
零戦の整備をする筋肉質な男――零式に声をかけたのは。
軍服に身を包む軽快な様子の男だった。
「山里隊が正式に特攻作戦をすることに決まったそうだ!」
「何?」
「もう弾薬も尽きかけている。日本に残されているのは戦闘機のみだ」
「そうなると近い内に、自分らの隊も……」
「……可能性は高い。とりあえず準備しておけ! おめーも、疎開先の妹や母親に遺書の一つでも書いておけ!」
そう言って輪島と呼ばれた男は零式――豪都の背中を叩いた。
叩かれた背中は、豪都の筋肉質な体にしては、空虚な音を鳴らした。
「特攻……」
豪都は自らが操縦する零戦の機体を優しい手つきで整備しながら呟く。
日本の敗北が近づいている。
そのことは一兵の操縦兵に過ぎない豪都にも明らかな事実だった。
母国のために命を捨てる覚悟など、とうの昔に揺るぎないものになっている。
だが、心の奥底では、自分「だけ」は死なない――そんな希望的な願望と本音があって。
本当に「死」に直面した際の想定と心構えなどは、豪都はまだ持ち合わせていなかった。
*
「――駄目だ――聞こえるか?――番」
ノイズが走る。
通信機が破損している。
爆撃音が鳴る。
大地が鼓動している。
火花が散る、爆発する。
「ああ……これは……駄目だなもう……」
乗っている零戦はすでに大破している。
爆発して空中分解するのも時間の問題だ。
弾薬も尽きている。
このまま太平洋に落ち沈み死ぬ――。
「……まだ、あるじゃないか。武器は」
自らが搭乗する機体を手の甲で擦った。
そしてスロットルを力の限り一杯上げて、プロペラピッチを「高」に設定し。
そのまま機体を急降下させる。
狙うは――米国の母艦。
急降下すると、機体と豪都の体に大きな重力がかかる。
機体が分解しないように、コックピット内で力を振り絞る。
そんなことに意味はないのに。
意味は――ないのに。
「ああ……百合子に……遺書、書いておくんだったな……すまんな母さん、百合子……父さんが死んでから、無理させてばかりでした!! いや……最後くらいッ、元気に逝くかッ! これではッお天道様にッ示しがつかんッ!!
――皇國ノ興廢此ノ一戰ニ在リッ!!!!!!」
目の前が真っ暗になった。
長い、それはそれは長い、時間が、悠久の時間が流れたような気がした。
気づけば、黒く染まった視界は、真っ白に染められていき。
自分が自我と意識を取り戻すより早く、異世界の――清く育った温かな草原に体を寝そべらせていた。
*
「……あの時と同じだな。駄目だな、もう……」
立膝をつき、体を震わせ、大量の出血をする。
その生と死の間で、零式は、己に語りかけてくる声を確かに聞いた。
それはかつての戦友の声。
「まだ武器は残っているだろう? メソメソすんなよ、豪都勇、お前らしくない」
「この声は……輪島……か」
「あー俺は、お前が勝手に特攻して死んだ後も、運良く生き残れたんだぜ。全く勝手に特攻すんなよ、俺達は別に特攻隊じゃなかったろ」
「……竹槍でも何でも……戦える武器があるならば……戦うのだ」
「そうか……」
「日本は負けたのだろう? あの後」
「知っていたのか? ……ああ、そうだ負けちまった。米兵の野郎、最低最悪の兵器を生み出して……それでヒロシマとナガサキがやられて、日本は降伏したんだ」
「ふふ……そうか、自分らの犠牲は無駄だったわけだ」
一人、地面に立て膝を尽き、何やらブツブツ呟いている零式を見て。
オーディンは
「何を一人で――喋っているのだ――幻聴でも――聞こえているのか?」
と問いかけるが、零式は反応しない。
「ははっ……輪島……自分は……また負けるみたいだ……騙されて……負けるんだ……すまない……な」
「いいんだよ謝らなくて。お前も俺達の世界に戻って、その力で太平洋戦争をやり直そうとしたんだろ?」
「ああ」
「……俺達、兵っつーのはそういうもんさ。捨て駒、都合の良い、捨て駒にすぎない。だけど……このまま無駄死にするっつーのは……ちっとばかり可哀想だ。だから……利用してやれ」
「利用……?」
「今から俺が、教えてやる。アメ公の使った、あの最低最悪の兵器を。お前がいいなら、それを使え……武器になるなら、なんでも、だろ?」
暫くすると。
零式が立ち上がった。
フラフラとした足取りで空中で浮遊するオーディンに近づいていく。
オーディンはもはや警戒すらしていない。
「――もうよせ――系譜――貴様の命――私が手をかける必要もなく――そのまま呪術に蝕まれ――出血多量で死ぬ――」
「……再現、摸倣……どんな構造物なのだ? 樹素を重水素に変換……衝突……融合……臨界……ふん、考えても分からんか……だが……輪島、感謝するぞ。貴様の実家はヒロシマだったな。うむ、よく見えているさ。自分らの郷土を破壊しつくした……あの残虐極まりない業火を……」
そして零式はゆっくりと詠唱を奏でる。
〔装填――
【系譜 豪都勇の「根源の異なる力」:あらゆる兵器の摸倣と再現】
【摸倣できる兵器は――豪都勇が認識したモノに限られる】
【が――認識した兵器ならば――構造や原理を熟知せずとも摸倣が可能】
【それは太平洋戦争時代には存在せず、21世紀の大戦にて実用化に至った『荷電粒子砲』を――】
【――樂具同の記憶と口述から導き出し認識した後、再現できたことから明らかである】
それは――太平洋戦争を終結に至らしめた大量殺戮兵器。
それを、盟友であった輪島康介の記憶と体験から認識し――摸倣する。
全てを焼き尽くさんとする、人間の手には余る産物。
その名も
――――原 爆〕
大地そのものが心臓のように、どくんと動いた。
大気が瞬間的に拡張する。
原子核が引き起こす核分裂反応による膨張と破壊。
周囲の樹素はこの世の理から外れしその圧巻の力に揺さぶられ振動する。
強大な火球と衝撃波、そして放射線が広がる。
だが、それらを外界樹素が拒絶。
この世のものとは異なるその莫大なエネルギーに反発し。
モンガータ現象が生じながら、異世界の修正力がそれらの莫大なエネルギーを抹消しに動き出した。
結果として。
被害は広島型原爆の被爆地ほど大きくはなく終わる。
その大半のエネルギーが世界の修正力によって消去されたからだ。
とはいえど――。
その爆心地の中心にいたオーディンの体はその8割が霧になり外界へと溶け出し。
発動者である零式の体も耐えきれなかったのか、黒く焦げてしまっている。
オーディンは火の粉のように縮んだ霊体をこれ以上漏れ出さないようにしつつ。
黒く焦げて動かない零式の心臓に向かって、グングニルの槍を突き刺した。
ピクリと、零式の体が痙攣して事切れる。
「――悪魔――たる――系譜に――このような言葉をかけるのは――許されぬ行為だが――あっぱれであった――零式という男よ――」
オーディンは既に死亡して動かない零式を称賛して高らかに笑う。
そんなオーディンの後ろで、手をたたき拍手をする音が聞こえた。
オーディンが何事かと思い振り向くと、そこには
「『枢軸主』様、流石でございます。我の助けなど必要ないご様子で」
白髪と白の髭に三白眼。
リーヴ=ジギタリスが主の勝利を祝い、姿を表した。