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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
112/193

和解

【神代時代】


【それは創世の時代を指す、400年前の樹界大戦時より更に何十万年も遥か太古の時代である】


【神代では樹素の濃度が高く、生命体も少ないせいで、現在とは別格の豊富な外界樹素が辺りに満ちていた】


【原初ユミルより創世された世界と選ばれし少数の生物が調和と旋律をもって和やかに、そして麗しく生活を営むその時代はまさに『理想郷』】


【原初ユミルが望んでいた幸福と理想に富んでいた時代、遥か何十万年も前の創世記――それが神代時代】


【原生の生物が他とは別格の強さを有す所以は、彼らがこの『神代時代』の外界樹素を使役しているからという理由が大きい】


【ブードゥーやアルガードなどの原生魔獣が所有する強大な『原生術式』も、神代時代の樹素を元に構築されている】


【オーディンの『英霊召喚術』とて例外ではない。神種は世界樹の中枢『原初アダム』の魂と交渉を行うことで神代時代の樹素をアダムから供給される】


【その神代時代の樹素を用いて、歴戦の英霊たる猛者『エインヘリャル』を冥府から召喚した】



「ご無事の帰還、なによりでございます、主様。『枢軸主』様がご不在の間、臣下に命じ『幽霊都市』の『神器』回収させております」

「それは――有り難いな――私も――我が『英兵』の召喚に成功した所だ。早速――系譜を一体、討伐に回ろう。場を揃えよ」

「はっ……系譜の一体を王都ギムレーの北側にある『グニパヘリル』という渓谷内で待機を命じておりますゆえ……後は結界術を使用し、戦闘や樹素の痕跡を消してしまえば、他の者に発覚することなく、系譜を速やかに抹殺可能でございます」

「かゆい所に手が――届くな――中々に――有能だ――ジギタリス家211代目当主――貴様の名は何だ」

「…………」


 オーディンの前で頭を垂れていたジギタリス家当主「リーヴ=ジギタリス」の口が止まる。

 それを不審に思ったのか


「私に――名を問われ――名乗らぬとは――傲慢な者よ」

「申し訳ございません。『枢軸主』様に名乗るほどの者ではございませんゆえ」

「まあよい――たかが人間の名など――ものの刹那の間に忘れてしまうのでな――舞台を整えよ、神器を我が手に。今から3時間後に『グニパヘリル』にて系譜を打ち倒す」

「はっ……」


 系譜vs神種の対決が火蓋を切って落とされようとしていた。



「我も参戦してよいか?」


 場所は王家の治癒室。

 アマルネの看病室に移る。

 突然、会話に参加してきたのは「龍殺し」シグルド。


「それは……嬉しいことこの上ないが……シグルドさんは、それでいいのですか?」


 アマルネが顔色を伺いながら聞いた。

 シグルドは少し間を開けてから


「我なりに考えてみた。我は王家もとい十三神使族に忠誠を誓った身……その信念と決意は今でも色褪せない……だが一剣士として、なすべきことは――多くの市民を救うこと……我が忠誠を誓った王家が、魔に堕ちているならば、それを正すのも我が役目に他ならない」


 剣士は王家に忠誠を誓い、王家のために剣を振るう。

 そのためジギタリス家に反抗しようとしている僕らは、シグルドにとって明確な敵だ。

 だからこそシグルドはブレイザブリクでの決戦前に、僕らを暗殺しようと企てた。

 

「アンタは王家の犬でしょ。だからアタシをコロシアムでボッコボコにしたわけだし、ヨータを暗殺しようとした。なのに、ジギタリス家に反抗するような真似していいワケ?」


 フレンが真っ向から聞く。


「だからこそ証明したいのだ。王家、ジギタリス家とあろう聡明な一家が、悪に加担しているなど……あり得ないと。敢えて反抗の意を表してみて、ジギタリス家の真意を探る。我が敵に回れば、ジギタリス家も焦り、真意を見せるに違いない」

「……かたっ苦しい言い方はよせよ」


 陽太は厳しい口調で口を開いた。

 かなりイライラしながらシグルドに面と向かって言い放つ。


「シグルド、お前、僕を暗殺しようとしたこと、幽霊都市で封印されたこと……全部、ただ悔やんでるだけだろ? 剣士として王家に忠誠を誓って……僕を殺害しようとした奴の忠誠心が今更変化するとは思えない。素直に言えばいいだろ、『僕が間違っていた、皆を危険な目に合わせてまで剣士として振る舞いたくない』ってよ」

「……それは……」

「そんなに付き合い長くないけどさ、お前は『剣士』として振る舞うことに固執し過ぎなんだよ。正直に言えばいいじゃねえか、『友達や仲間を切り捨ててまで王家に忠誠なんかできるか』ってな。本音を隠す言い方、腹が立つよ」

「……」


 シグルドは黙って下唇を噛んだ。

 アマルネが僕の肩に手をおいて、耳元で「言い過ぎだぞ」と注意する。

 が、僕は謝るつもりなんか欠片もない。

 前々から思っていたことだったから。


「…………そうだ、我は……悔いている。大事な仲間に手をかけてしまったこと。剣士としての矜持と自分の本音の間で……葛藤していること……先のブレイザブリクでの出来事は、我の未熟な……くだらない葛藤から生まれた犠牲だ……剣士も何百人も死んだ……君たちも危険にさらした……我の個人的な感情一つで……全てが……救えた全てが消え失せたのだ……」

「だからどうしたんだよ」


 シグルドの本音に対し、敢えて角が立つ言い方をした僕を。

 あろうことかフレンが「やめなって」と止めた。

 意外だった。

 僕ははっと我に返る。

 あのフレンが心配するくらい、今の僕はかなりひどいことを言っているのかもしれない、と。

 だが止められない、いや止めるつもりはなかった。

 ここで全部、言いたいことを言ってやる。

 それで関係性が終わるなら、その程度の関係性だったというだけの話だ。


「だから何だよ。救える命を救えなかったから何だよ。それくらいでメンタル病んでんじゃねえ、知らねえよ剣士としての葛藤なんざ」

「……」

「大体、偉そうでムカつくんだ。剣士として世界を救う? はっ、痛い中学生か? 英雄様なら世界を救うことが義務で、それを達成できない自分はゴミも同然ってか? 偉そうなもんだな。自分に対する理想が大きすぎるだけだぜ、自意識過剰っつーんだよそういうのは」

「……」


 場が凍りついた。

 だが僕の口は止まらなかった。

 次から次へと本音が濁流のような強い言霊となって押し寄せる。


「全員を助ける ? 世界を救う? 皆を幸福にする? 良い身分だね。僕らは目の前のモノすら救えず、溢れ落とすのに。アマルネは長年の付き合いのヨゼフを亡くしたんだぜ。ミミズクさんだってボドカさんを殺されている。スノトラは意識が戻らない、このまま植物人間状態になってもおかしくない。フレンだってガルムだって、僕だって重症だ。皆死にかけだ。そんな中必死に自分の命を守るために戦った。お前が呑気に封印されて寝ている暇にな。それで起きたら、メンタルがヘラって、英雄様の愚痴を聞かされなきゃならねえのか? はっ良い身分だよ、お前は本当に。そうやって現状を嘆いて、自己憐憫に浸ってればいいだけだもんな」

「おい、よせ陽太。言い過ぎだぞッ!」


 アマルネが僕の肩に置いた手の力を強めた。


「……じゃあ、じゃあ、どうすればいいんだ……我の剣士としての責任を果たせずに……散っていった命にどうやって見切りをつけたらいいというんだッ?!」


 僕の言葉に触発されて、シグルドはここで始めて涼しげな顔を崩し、必死な顔で僕に訴えかけてきた。

 それを見て、ようやく僕は。

 彼の本音を見れた気がして。


「……『悲しいから一緒に戦いたい』って言えばいいだけだろ。『僕が間違っていたごめん』って言えばいいだけだろ。『龍殺し』は本音を語ることすら許されないのかよ」


 シグルドの顔がはっと驚愕した。


「僕は悲しかったよ。お前が僕を暗殺しようとしたことじゃない、お前が封印されたことでもない。お前が僕に掛ける第一声が謝罪でもなく、『剣士』いや……『龍殺し』としての一言だったことにな」


 シグルドの脳内にいつぞやの会話が反芻した。


【ちょっとは、申し訳無さそうな顔を続けろよ。言っとくけど貸し一つだからな。遠慮しろや】

【分かった分かった。貸しを一つ。覚えておくよ】

【いつか返せよ?】

【必ず返すよ。全く、ヨータ、君も遠慮が無いね。この『龍殺し』に借りをつけるなんて】

【『龍殺し』って言葉を、自分で自分に言うとダサいな。そうゆうかっこいい異名は、他人の口から発せられるべきものだろ? 自分で『龍殺し』なんて言ってる英雄を見たくなかったよ、僕は】

【友人以外の前では僕も言わないさ、そんなこと……ね】


 あれは――。

 大規模ダンジョンの攻略が終わって、宴会が開かれて、皆酔いつぶれている最中。

 陽太と共に朝日の、アウストリの光を見た時のことだった。


(友として……そうだ……『我』は……いや『僕』は陽太を……いや彼らを……仲間として……見ていたはずだろう? いつからだろう……仲間すらも『庇護対象』として……『守るべき市民』として扱うようになってしまったのは)


 シグルドは懺悔する、心の中で。


(いつからだろうか、本音を話せなくなったのは。誰も科したわけではない、自分から『剣士』『英雄』として振る舞うようになったのは)


 生まれた時から?

 いや、剣士になった時から?

 龍を殺したあの日から?

 自分の力に気づいたあの瞬間から?


【 救えなかった命のことを考えたことはある?】


 救えない命の数々を数え、亡くなった者ばかりを悔やみ。

 自分に課された責任を、ただこなすだけの毎日に。

 飽き飽きしていたのではないか? 僕は。


「……」

「救えなかった者ばかり、考えなくてもいいだろうが。不幸の全ての原因が、自分にあるなんて、悲しいことを言うなよ」

「……そうか。そうだな、そういえば、陽太、君はそんな人間だったね」


 シグルドが笑った。

 いつもの張り詰めた肩の力を抜いて。

 一人の人間として笑った。


「……分かったか? シグルド、じゃあ僕が言いたいこと、言わなくてももう分かるだろ?」

「ああ、そうだね。うん、心の底から分かった。もう間違えないよ」


 シグルドは一杯空気を吸って、肺に溜め込んでから。

 清々しく、そして和やかに、吹っ切れたように、言った。


「殺そうとしてごめんな。僕はもう仲間を失いたくはない、ジギタリス家の奴らが不愉快だから一緒に倒すのを手伝ってくれ」


 シグルドはそう言うと。

 陽太はニカっと笑い。

 シグルドの手めがけて、ハイタッチした。








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