適正無し
魔術とは、代表的な術式の一例として挙げられることが多い式である。
それを説明するためにはまず術式とは何かという話をしなければならない。
術式とは……大気中や全身に満ちている樹素を、とある機構を通すことで任意の形またはエネルギーに変換する技術、または行為そのものを指す。とある機構は「式」と呼ばれ、術式と式は区別されていることが多いが、よく同一のものとして扱わる場合もある。
原則として、効力を発揮した式は、媒体となった物品が黒く焦げて変色するが、そのように正常に作動した式を「術式」と呼ぶ。
つまり術式と式を分ける決定的な点は、効力が付与されているか否かであり、外界に影響を与えた効果、効力それ自体を「術」と呼ぶ。
まあ簡単に言っちゃうと、魔法陣は「式」と言い表せ、その魔法陣がちゃんと術者の予想通りの魔法を繰り出せることが出来たら、それは「術」が付与された「術式」ということだ。
「式」(魔法を使うのに必要な媒介物。魔法陣や杖のようなもの、その総称)+「術」(魔法による効果。炎が発生したり物を浮かせるなど、多岐にわたる)=術式(術が付与された式のこと)。という加算方式で表すことができる。
魔術とは、術が付与された式――術式の一種である。
術式は時代を経るにつれて多様化していき、その用途目的に合わせて分岐、学問のように分野に分けられ、それぞれが独自の発展を遂げてきた。
巷で広く流通している術式の代表例は三つ。
魔術。剣術。幻術である。
これらは人間界では三大術式と呼ばれる。
その基礎部分に魔術があり、そこから派生して、幻術、剣術が存在する。
更に細分化され、術式の形態の種類は現在、確認されているだけでも十種以上存在するらしいが、それらは発展的な内容であるので、まずは術式の基礎となる三大術式の内どれかを習得する所から始めるらしい。
それらの術式は各自、付随する効果が異なる。
一般的には、幻術は治癒と回復を、剣術は武器を用いた攻防を司る術式であるそうだ。
そして、魔術は超常現象を司っている。
魔術は全ての術式の基盤であるために、魔術の定義は広範囲に及び、他二種類の術式の基礎に該当する部分ならば、魔術で大体全て再現可能らしい。
術式教育を施された子供は、特別な資質が無い限りは、通常十歳前後で魔術の習得を義務付けられる。この城門都市における術式使用者の約八割以上が、魔術の習得を選択するらしい。
つまりは、人間界では術式=魔術のことを指していると断言しても過言ではない。
「魔術の強みは、圧倒的な凡庸性と習得難易度の低さですね。単純でありながらも、基本的な刻印を組み合わせることで、出力できる術式の数は千を軽く超えます。術の発動率も比較的高く、安定性もあり、幻術や剣術、挙句の果てには妖術、精霊術まで、一部再現可能です」
「つまり、強くて万能でなんでもできて、おまけに簡単だってことっすか?」
「はい、そうです」
「すげえ! そんなの魔術一択じゃないですか! 」
勢いよく手を挙げる。ナンナさんも何故か満足気な表情を浮かべて腕を組んでいる。
「そうですね。私も何がいいかと問われれば百%魔術を進めます……が、しかし」
「しかし?」
「魔術はある意味では器用貧乏です。何でも出来るからこそ、何か一つの術式を極めたいと思う人間には適していません。広くて浅い。他の術式の才覚がある者に魔術を教えれば、その才能を潰すことになります。何かに長けていて、才覚満ち溢れる人間には、魔術は向きません」
「なるほど、数学の天才に、全教科を学ばせても意味ないということですね。数学に長けているなら、数学だけをやらせた方がいいと……ギフテッドってヤツだな」
「?」
ナンナさんは首を傾げた。僕は口を閉じ、笑って誤魔化す。
「もしかしたら陽太君は魔術以外の術式に優れている可能性もあります。だとしたら安易に魔術を勧め、それを習得させて極めても、大した実力者にはなり得ません」
「はあ、なるほど。でもどの術式に適しているかなんて、どうやって確かめるんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! そ こ で!」
テンションを上げて大声で叫ぶナンナさん。ここまで陽気な彼女を見るのも初めてである。
「ある式具を使います!」
彼女は、背中の後ろの隠していた道具を勢いよくテーブルの上に出した。
天秤のような形相をした道具であった。現実世界の天秤と異なる点は、皿が4枚あることだ。
その四枚の皿はチェーンで吊るされ、二本の棒が垂直に交わり、棒の交点が支点となっている。金色で塗られ装飾された跡が確認できるが、その塗料の殆どは剥げてしまっている。
これまた年期を感じさせるアンティーク品だ。
「これは『四方の天秤』という式具でね……あ、式具っていうのは、術が付与された道具のことでね。この四つの皿の底に東西南北を表す印が刻まれているの、これをこうやって、ちゃんと方角に合わせて……」
ナンナさんは説明しながら、その式具を動かし位置と方角を調節した。
「これで完成。そしたら血液を四つの皿に一滴ずつ垂らして頂戴」
彼女は、僕に一本の針を渡した。おそらく針先に血を付けろという意味だろう。
僕は指示に従い、人差し指を針で刺し血液を付着させ、四枚の皿に垂らしていく。
「はい。これで終わり。あとは五分くらい待てば、適正のある術式に対応した皿が傾くよ」
北が霊術。東が妖術。西が幻術。そして南が魔術に該当する皿らしい。
僕はワクワクしながらその天秤を見つめる。
「どんなに才能が無くても、少しくらいはどこかの皿が傾くから気長に待っていてね」
(まあ、陽太君は術式の飲み込みは早いから、魔術の皿が少し傾くくらいだと予想)
ナンナは心を躍らせている陽太を見つめながら、ふと口に出さず脳内で呟いた。
彼を一か月訓練してみた感覚から推測するに、彼女は陽太に術式への才覚を感じていなかった。
それは元ギルド隊員であり、魔術を扱い、王族直属の魔術師に匹敵する高い知見と実力を有した経験がある彼女の、根拠の乏しい素人のそれとは違う肌感覚から齎された確信である。
術式に適正のある人物には、樹素が導かれるようにその才覚ある人物へと集中するのだが、陽太にはその傾向が見られない。
ナンナは、樹素を視認できる目を持たないが、魔術を網羅した彼女は、視覚に頼る形ではなく、肌触りや感覚で大気中の樹素の流れをある程度把握する技能を有している。
そんな彼女からしてみれば、陽太はやはりギルド隊員として相応しい人物ではないと思う。
ギルド隊員は危険な仕事だ。幼い頃から隊員として魔物を討伐してきたナンナからしてみても、その事実は一寸も変わらない。
そんな危険な仕事を、適正の無い者にやらせれば、簡単に重症を負う。
何度も何度も、過去に負った古傷のせいで生活に支障が出る者や、死にゆく仲間たちをその目で見てきたナンナは、陽太にギルド隊員を任してよいか懸念し続けていた。
才覚の無い者を騙して戦場に送り、無駄死にさせる行為は、ナンナからしてみれば命の冒涜に値するからである。
そんな彼女の心配も露知らず、ふと陽太は呟いた。力の籠っていない腑抜けた声で
「え……あ……え? ……あ、あの、あれ?」
「どうしたの?」
ナンナは目を開けて問う。しかし質問の意味もなく、目の前に映った天秤の姿が、彼が動揺している理由だと一瞬で気づいた。
「……天秤の皿が……どれも傾かないんですけど……」
冷や汗を垂らしながら語る陽太。
ナンナは中腰の姿勢になって、横から天秤の皿を見つめる。
天秤を支える柱には0から五のメモリが刻まれており、沈めば沈むほどその値が大きくなると同時に、沈んだ皿が表す術式への適正も高くなる。
が……その四枚の皿はどれも沈むことなく、完全に0を指していた。
陽太が血を投与してからもう五分ほどが経過している。待ち時間が足りないということは無い。どんなに長くとも解析に必要とする時間は、ものの数十秒である。
解析は終わっているはず。にもかかわらず、どの皿も全く沈む気配がない。ということは。
「陽太君……どの術式にも、適正を見せませんね」
「つ、つまりは……えーっと……」陽太は動揺している。
「端的に言います、才能ゼロです」
そう告げられ、陽太は文字通り膝から崩れ落ちた。
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