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リンカーネーション  作者: 鹿十
第四章 ブレイザブリク応戦編
105/193

【手品師】

 私だけが知っている。

 皆は知らない恥ずかしいこと。

 私だけが知っている。

 本当は「虚勢」だったってこと。

 私だけが知っている。

 全て偽りに過ぎないことを。


 アグネ=ド・ノートルダム。

 魔術革命の樹立者。

 樹海大戦時裏で暗躍した英雄。

 人類がまだ術式を扱えず、ゴミのように蔑まれていた時代に。

 

 アリストロメリアの愚王を連れて。

 不可侵領域に至り、世界樹イルミンスールと「契約儀式」を結んで。

 人間でも術式を使えるようにした素晴らしい方。


 世間ではそう言われてる。

 でも私は知っている。

 

 重力術式と共に、受け継がれてきたアグネの日記。

 そこには彼の旅の全てが記載されている。

 それはとても愉快で。

 回り道で。

 示しが付かなくて。

 格好の悪い旅だったけれど。

 私はその旅の全てが好きだった。


 そして知ってる

 アグネの本当の姿を。

 

 稀代の魔術師と持て囃され。

 含蓄が深く、思慮深く、聡明な方として描かれているけど。

 実はそんなことなくて。

 

 情けない、嘘つきで。

 魔術なんか使えないくせに、手品を極めて嘘をついて。

 それで他人を騙して生活費を稼いでた浮浪者。

 それがアグネの正体。

 

 すぐ調子に乗るし。

 仲間には馬鹿にされていたし。

 アリストロメリア家の愚王にはこき使われてて。

 イジられキャラみたいなもので。

 弱音をはくし、すぐ嘘を付くし。

 女好きで、怠惰。働きもせず手品ばかりして子どもたちを騙して天狗になってる。


 そんな俗っぽい、到底偉人とは思えない人柄。

 それがアグネ=ド・ノートルダムの真の姿。

 日記には、その彼の弱みと本音が散々書き連ねられていた。

 仲間の愚痴ばっかりだった。


「アリストロメリア家の愚王は尊大でワガママ。少しはパンを俺にも分けろ」

「傭兵のアイツは苦労人、ずっと愚王にこき使われていて可哀想だ。王女に恋してるらしいけど、あまりに無謀だ止めておけ、身の程を知れ」

「受肉した邪神はアホだった。愚王といっつもつるんで悪巧みばっかしてやがる。魔界に行ったら、何故か付いて来やがった。今日も俺の靴の中に毛虫を入れやがったから、アイツの飲水の中におしっこを入れておいてやった」


 それはそれは壮大なお話。

 だけどちっぽけで、5人の仲間内でくだらない痴話喧嘩ばかりしていた日常の積み重ね。

 私だけが知ってる、本当の、アグネの旅。

 誰にもバラしたくないのよ。


 恥ずかしいってのも単純な理由だけど。

 一番の理由は、独り占めしたいから、こんな素敵な物語は。

 ずっと私の胸の中だけに。



〔『式』系統は重力子グラビトンーーイオ〕


 先ほどよりも更に重い重力の圧が、ブードゥ本体に加わった。

 体は四方八方に砕け散る。

 だが潰れるより早く、ブードゥはその驚異的な再生能力を持って分裂・増殖を繰り返す。

 絶えず再生する腐肉と、絶えず加わる重力。

 

 潰されれば再生し、再生すれば潰す。

 その繰り返し。


 重力術式。

 その名の通り「重力」を発生させ操作する術式。

 それを操ることで、相手の動きを操作。

 重力による圧で潰し殺す。

 その攻撃をーー「重力子」を解析できない異世界の生物が対応できるはずがない。


 それは原生魔獣であるブードゥといえ例外ではない。

 未知の力場、未知の系統変換、未知の術に対し。

 動揺しながら、ただ翻弄されるだけ。

 だが、圧倒的な「物量」が。

 重力による圧死を反発し、対抗する。


 拮抗している。

 無限に再生する腐肉と、不可知の圧力。

 新しく不慣れな重力術式に手間取るスノトラと。

 無尽蔵たる肉体を持つブードゥ。

 ほぼ互角と言っていいだろう。


 だが、勝敗を分かつのは。

 原生魔獣、神代の時代から生き続けてきた、ブードゥの圧倒的な「経験」。

 まだ十数そこらしか生きていないスノトラが。

 たとえ彼女が類稀なる術師の「才」を手にしていたとはいえ。

 その圧倒的な「経験」に勝ることはできない。


「ッ……ああ……」


 先に限界が来たのはスノトラの方だった。

 重力の力場、セーターの縫い目より細かく小さな隙間を掻い潜り。

 腐肉の弾丸がスノトラの左腕に着弾した。


対立術式コンフリクト!!〕


 原生魔術の対立術を編纂し終わっていたスノトラは。

 すぐさま自身の左腕に原生魔術「黄泉返りタナトス」の対立術を付与。

 腐肉化の作用は収まる……が左腕はもう使い物にならないほど傷んでいた。


 その痛みと、原生魔術への対立術の編纂による脳回路の披露。

 そしてまだ完全に治癒しきっていない喉の刺し傷と、系譜に続く原生魔獣との連戦。

 また、樹素を重力子に変換するための大きな負担。


 これらの障害が重なり。

 スノトラは押され。

 ついに。

 重力術式を維持できないまでに損傷を負った。


 ブードゥの攻撃によってではない。

 自滅だ。

 度重なる疲労と損傷に、ついに「がた」が来た。

 スノトラはその場に膝をつく。

 動機は乱れ、鼻からは大量の血が流れ出す。

 目の焦点は合わず、体は小刻みに震えていた。

 今にも倒れそうな体を、両腕で握りしめた杖で支える。


「ブ? ドゥ? ……フブ」


 突然、その場に膝を付き鼻血を流し始めたスノトラをブードゥは頭に疑問符を浮かべたような顔つきで見つめる。

 何十メートルもの腐肉に増殖し、クリーチャーのような見た目になっていたブードゥの形相がブグブグと縮小し、元の一体のーーブードゥの姿に戻った。


 ブードゥはすぐにスノトラの息の根を止められる状況。

 だがブードゥはスノトラが使った未知の術式ーー重力術式を警戒しているのか。

 すぐには近づかず、じっとスノトラを遠巻きで観察している。


(……はあ……ここまで……ね)


 スノトラの頭の中には巡った。

 今までの思い出。

 ガルムと過ごした魔術学校での日常。

 ガルムと討伐した魔物、ギルドで過ごした日常。


 だがしかしーそれらの走馬灯はすぐさま消え去り。

 頭の中にはアグネの日記、その内容が反芻していた。


(アグネは……どんな気持ちだったんだろう? 私だけが知っている。アグネはきっと、世間で言われているような尊大な人物でも、日記に自嘲気味で記載されていたような、くだらない矮小な人物でもない……)


 スノトラが読み取った日記。

 そこでスノトラはアグネの本当のーー彼自身ですら気づいていない自分の本質を察知していた。


(彼は「優しい」の。手品を極めていたのも、手品を極めて魔術を扱えるとホラを吹いていたのも……自分の生活費を稼ぐことが一番の目的じゃない。彼はーー彼はーー希望を与えていたのよ。幼い子どもたちに……人間でも魔術が使えるんだぞって。そんな馬鹿げたことを、ホラ吹きと否定する大人はいた。けど彼だけは……理想を追っていた。夢を見ていた。そしてその夢を本気で信じていたのだわ)


 術式も扱えない猿。

 そんな人間が、いつか、神の奇跡たる術式を扱え。

 魔族や獣族と対等に扱われるーーそんな夢物語を。


「それはきっと……とても美しい物語。とっても馬鹿げていて、とってもアホらしくて……だけどとても輝かしい旅……その旅を私は否定しない……私だけが……ド・ノートルダムの血を引く、私だけは否定してやらない!!!!!!」


 瞬間ーー。

 スノトラの視界は白く染まった。

 空間が歪み、気づけば、真っ白な世界に誘われていた。

 そこにあるのは、一枚の「204番 スノトラ」と描かれた木の扉。

 

「ここは……」


 境界門。

 異世界でも此岸でも彼岸でもない、虚数領域。

 そこへ、話声が聞こえてきた。


 周りを見ると。

 一人の男の影が何かを懸命に訴えていた。

 その影は曇りがかったように掠れ、声は途切れながら微かに聞こえてくる。


「これは……」


「だーーいいんだーー契約ーー俺はーーどうーーしーー人間がーー」


 スノトラは黙って聞き入る。

 掠れた音を必死に拾う。

 努めていると、途切れる音が段々と鮮明になり、スノトラの耳に入る。


「俺は、いいんです。ずっと手品を披露し、小銭を稼ぐだけの毎日でした。それ以外の才能なんか、俺には無かった。剣も振るえない、血にも恵まれない、嘘つき、ホラ吹きと罵倒され、それでも子供たちに、手品を披露し続けた。そうして嘘をつき続けました『どうだこれが魔術だぞ』って」


 スノトラは確信する。

 これは400年前のアグネ=ド・ノートルダムの声だ。


「子供たちは目を輝かせました。だけど大人たちは俺を否定した。『人間が魔族に勝てるはずもない』って。『人間が神の奇跡を扱えるようになるわけない』って。でも俺は信じて歩み続けた。旅の道中で沢山のモノを見てきました。獣族に魔族、巨人にエルフ、精霊に龍、ドワーフ、神……様々な、可能性を見ました。多くのことを学びました。けど俺は、結局、魔術を使えるようにはならなかった……でもそれでいい。俺はホラ吹きのままでいい。だけど、僕のホラを信じて、目を輝かせていた『子供』が彼らの『未来』が俺と同じなのは許せない。彼らに、力を。彼らに神の庇護を、寵愛を、そしてーー希望を下さい」


 スノトラの目頭には涙が溜まる。

 間違いない、これは400年前のーー世界樹と契約儀式を結ぶ際のアグネだ。

 そしてまた時間が飛ぶ。

 数分後か、数時間後か。

 アグネの体は先ほどとは異なりボロボロになっている。

 何が起きたのかは分からない。

 だが、息絶えそうなアグネは、地面に這いつくばりながら語る。


「…………最後に…………一つ、ワガママを言っていいですか? 神様」

「ーーーー」

「俺の子孫にゃ、魔術の才を与えて下さい……それこそ……邪神や原生魔獣に匹敵する……素晴らしい才覚を持った……彼らにゃ、俺と同じような悲惨な人生は歩んでもらいたくないんです」

「ーーーー」

「いいですかい? 今際の際のワガママっす……これくらいは?」

「ーーいいよ。約束してあげる。君の9世代後に、紫髪の聡明な子が生まれる。彼女はド・ノートルダム家に生まれた中で唯一魔術の才覚を有した子だ。その子に、莫大な魔術の才を与えることを約束しよう。ここまでよく頑張ったね、アグネ=ド・ノートルダム。樹界大戦の終結に大きな貢献をしてくれたこと、真に感謝している。ゆっくりとお休み」

「はは…………ありがとう……ございやす……神様……いいえ『原初ユミル』様」

「ふふーーやっぱり人間は面白いね」


 途切れる意識。

 はっと目を開けると。

 廃墟。幽霊都市ブレイザブリクに戻っていた。

 眼の前には原生魔獣ブードゥが。


(今のは……走馬灯? 違う……あれが……巫女様が言っていた『境界門』なのね……)


 スノトラは笑った。

 振るえた細い小さな身体に力を込め、杖を支えにして立ち上がり、右腕で鼻血を吹いて。

 いつものドヤ顔で笑い、杖の先端をブードゥに向け。


「貴女はね。いつも、弱音を吐いたりしないで、凛と立ち上がるものなのだわ」


 大気中の樹素と全ての内包樹素を凝縮する。

 そして放つ。

 だが不思議とーー気分が良かった。


 アグネの過去。

 魔術革命樹立の瞬間。

 そしてアグネの「契約」がもたらした私の才能。

 

(それを否定させたりしない! アグネの旅が無駄だったなんて言わなせないッ!)


【僕は、いいんです。ずっと手品を披露し、小銭を稼ぐだけの毎日でした。それ以外の才能なんか、僕には無かった。剣も振るえない、血にも恵まれない、嘘つき、ホラ吹きと罵倒され、それでも子供たちに、手品を披露し続けた。そうして嘘をつき続けました『どうだこれが魔術だぞ』って】


 それでいいじゃない。

 それでいいのよ。

 私は、私に流れるホラ吹きのーー【手品師】の血を否定しない!

 それを誇りに思う!!!!!!!!


 ゆっくりと奏でるように詠唱をする。

 スノトラは思い出す、魔術を始めた扱えた日のワクワクを。

 奇跡を駆使し、奇跡をものにして、奇跡に愛される。

 なんでもできるような、不可能なことなんてないようなあの万能感とトキメキが。

 彼女を動かしうるーー稀代の魔術師としての原動力となっている。

 

〔『式』系統は重力子ーーエウロパ!!〕


 ズンっと圧力がかかる。

 ブードゥは術の発動を予期し体を増殖。

 無論、その一撃でブードゥが完全に圧死することはない。


 そんなことーースノトラは分かりきっていた。


〔『式』系統は重力子ーーイオ!!〕


 更に術の威力を強める。

 膨張したブードゥの体に強い圧力がかかり弾け散る。

 だがそれより早く、ブードゥは増殖を続ける。


 そんなことでーースノトラが怖気づくはずがない。


〔『式』系統は重力子ーーカリスト!!〕


 それよりも遥かに強い術を発動。

 もはや何百メートルにまで巨大化、肥大化した腐肉が歪み潰れる。

 だが、更にーー腐肉は増殖を続けた。

 とどまることを知らない、無限の物量。

 スノトラの鼻から再び血が吹き出す。

 

 だがーーそんなことで、スノトラが止まるはずがない。


〔『式』系統は重力子ーーガニメデ!!〕


 莫大な、尋常ではない重力の不可が空間自体を歪ませ大地を震わし割いた。

 無限の物量、腐肉の津波が全て弾け飛ぶ。

 だがブードゥは「黄泉返りタナトス」を最大出力にし。

 そして街中の何百体ものゾンビを全て解除。

 その腐肉は何千mもの巨体と化したブードゥに集約し、ブードゥは大きな球体状の肉の塊と化した。

 廃墟を破壊し、幽霊都市ブレイザブリクを包み込み。

 外部で囲う、ヨルムンガンドのとぐろを巻いた体表を圧迫するにまで巨大化。

 

 スノトラは吐血する。

 限界だ。

 重力術式に耐えきり、一度で全てを破壊するーーというブードゥの唯一の弱点を。

 阻止するためにブードゥは己の腐肉を最大限まで増殖させた。

 ブードゥ側も、自身のあまりある内包樹素と、ゾンビ化した剣士や人間の樹素をも吸収し、その全てを腐肉に変化して耐えている。


 だがーーそんなことでーー


「貴女たる私が、『理想』を捨てると思っていらっしゃるのかしら?」


〔『式』系統は重力子。器は『身』ーーーー


 スノトラの背後から気配がした。

 その気配は、スノトラの右肩に手をおいて微笑む。


「ーーーーやれ、スノトラ」

「うん、ありがとうね。アグネ」スノトラは振り替えることなく爽やかな声で返し、そして。


ーーーージュピター〕


 幽霊都市全体ーー約直径30kmの範囲内を、基盤から粉々に破壊する。

 大きな大きな重力圧が。

 無限の腐肉たるブードゥに一斉に掛かり。

 ブードゥは耐えきれず、肉体の全てが微粒子レベルで弾け飛んだ。


「ブ……?」


 遥か上空から。

 ブードゥの血が、幽霊都市ブレイザブリク全てに、雨のように降り注いだ。

 一瞬で全てを破壊するーー原生魔獣ブードゥの唯一の殺害方法。


 それを達成した稀代の術師「スノトラ」はその場に倒れ眠った。

 その寝顔はあまりにも愛おしく、幸せそうにほほえみ眠っていた

 我が子の頬を撫でるように、そんなスノトラの頬に手の甲を当てるのは。

 アグネの幻影。

 そして彼は涙を流しながら。


「……ははっすごいや、本当に人間が、魔術を使って、原生魔獣に勝っちまった。……これが俺たちの……旅の……『結果』か…………」


 そんなアグネの幻影に話しかけるのは。

 同じく、フレンに取り付いていた、かつての同じパーティメンバーのアリストロメリア家の愚王。

 彼は八重歯を見せて笑い。


「キシㇱッ!悪くなかったろ? 吾輩たちの旅は」

「ああ……アンタに振り回されてばっかりの旅だったけどさ。こんな『未来』ならば悪くなかったと思うよ。ヘグニにも言っておいてくれないか? あっちで会えたらさ」

「吾輩が覚えていたらな」

「ひッ……そりゃ無理な話だ。じゃあ、一緒に行くか? 冥府に」

「そうだな。『ヘグニ』もそこにいるかもしれないしな」

「またアンタと一緒の旅か。まあ……悪くはないな」


 そう言って、アグネの幻影と、アリストロメリア家の幻影は。

 二人揃って、歩き去っていった。

 やがて背中は遠のいていき、そのまま光の粒子となって消えた。





 



 


 



 

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