【魔と王の血】
洞穴で孤独に過ごす。
味の薄い食べ物。
硬い寝床。
ぬくもりの一つも感じない岩肌。
だけどここがアタシにとって世界の全てで。
ここにしか居場所なんて無いと思っていた。
体育座りをして顔を赤くして淋しくなって泣いていると。
いつも勝手に、大鷹が出てきて、その翼でアタシを包んでくれる。
それだけが唯一の温もり。
そうやって暮らしていたら。
ある日、起きると異変を感じた。
洞穴から出ると、外の世界はいつも通りの野原ではなく。
暗く、冷たい、無機質な光景が広がっていた。
突如生じたダンジョンへ巻き込まれたのだとすぐ理解した。
ダンジョンは外界の樹素に大きな歪が生じた時に発生する場合が多い。
大体、ダンジョンの最終階層がダンジョンから脱出するための門になっている。
とりあえず、そこを目指せば抜け出せるか。
そんな軽い気持ちでアタシはダンジョンの最下層を目指した。
*
おかしい。
あまりにも馬鹿げている。
体には痣ができ、自分の血で塗れている。
疲労で息切れする、動悸が乱れる。
眼の前にいるのは。
ただのヘンテコな格好をした一般人。
内包樹素も全く感じられない雑魚中の雑魚。
ダンジョンの最下層にいたこいつは。
理不尽で理解できない力で支配し、ものの見事にアタシは敗北した。
「……『魔と王の血』……なかなか、素晴らしいスキルじゃないか」
その男ーー須田正義は戦闘後、アタシに拍手を送り言葉を口にした。
「『すきる』なんて褒められても嬉しくない」
アタシはボロボロになって、地面に大の字で寝ながらつぶやいた。
「何を言っているんだ? スキルは『端的にその人物そのもの』を示したものだ。スキルが素晴らしければ、その者の人生が素晴らしいものだったといっても過言ではない」
アタシは心のこもっていない声でつぶやいた。
そして殺されるのを覚悟していると。
スーツ姿の男は言った。
「そこでフレン、君には第四階層の守護を頼みたい。侵入者を片っ端から排除してくれ」
「……アタシを殺さないの?」
「有益な人物ならば、殺すのはおしいからね。断るっていうなら、ここで殺害するしかないが」
「……脅しってことね、分かったわよ。いつまでやればいいの?」
「…………君が倒されるまでだ、君を倒せるような実力者が来て、第四階層を突破してきたならば、その者たちと共に再び僕に戦闘を挑んできてもいい」
「はあ? 変わったヤツね」
この男の名は須田正義と言うらしい。
およそこの世の人間とは思えない思考回路とおかしな見た目。
ゲーム感覚で、遊戯感覚で戦闘を楽しんでいるとしか思えない。
もしかしてニンゲンってみんなこんなヤツばかりなの?って。
その時は勘違いしていた。
「……『魔と王の血』ね……一体、どこにアタシの要素があるっていうのよ」
第四層で守護するフレンは。
一人、須田正義のことを思い出し、そう呟いた。
*
「――〔魔眼〕」
フレンの全身が石化する。
主の石化を受け、自立可動する大鷲が反応。
すぐさまゴルゴンの背中に「神聖なる敬虔」を使用しつつ特攻を図り、主であるフレンを救おうとするが。
ゴルゴンがそれに気づかぬはずもなく。
驚異的な身体能力をもってして避ける。
(……いくらあの霊獣が自立可動してるとはいえ、主たるフレンの内包樹素が尽きた状態で石化されてしまえば、樹素の供給を受けられずいずれは消えていくッ! 私はこのままフレンに魔眼を掛けつつ……あの大鷲の霊獣が消えるのを待てば……私の勝利だッ!)
最善なる天則で発現した霊獣はそれ単独として自立可動し意思を有すが、樹素は術者から供給されたものを使用して動く。
フレンは先ほどの煉獄の使用で内包樹素のほぼ全てを失っている状態。
そんな状態で石化作用を受ければ、霊獣は消えてしまう。
(あくまで「神聖なる敬虔」を使用しているのはフレンではなくこの大鷲! 大鷲さえ消してしまえば問題はないッ!)
ゴルゴンの見立て通り。
フレンの石化後、大鷲は急速に力を失っていき。
その炎はどんどんと小さく、火の粉のような火力にまで低下。
完全に消え失せるのを待ってから、フレンに近づき。
石化したフレンを破壊しそのまま殺害。
そして中央街にいるフレンの仲間を殺戮して「龍殺し」の復活を阻止し。
契約通り、ジギタリス家の「ルーン文字」体系を使用し七代目邪神の掛けた呪術を解呪し。
(私は、八代目邪神へと至りッ! 革命を起こすッ! 七代目邪神が……しなかった……選ばなかった魔族としての……生き方、尊厳を取り戻すのだッ!)
未来を見据え。
野望を抱き。
勝利を確信していた最中――。
火の粉程度にまで小さくなった霊獣――大鷲が。
石化したフレンの胸の中に入り込んだ。
瞬間。
フレンの体は発光し、幻想的な光に包まれた。
(「神聖なる敬虔」の使用ッ?!)
ゴルゴンはあまりの明るさに目を細めた。
そして光の向こう側から姿を現したのは。
石化が解除されたフレン。
あろうことか石化だけでなく、怪我をした左脇腹まで完治している。
「……何が起こった?!」
ゴルゴンは動揺する。
(フレンの枯渇した内包樹素量も元に戻っている……いや、それ以上にッ!)
フレンは生まれ変わったかのように。
ただその場にいた。
彼女の目からは涙がこぼれる。
(大鷹は…………)
【フレンの霊獣「大鷹」は。】
【母親である七代目邪神から引き継いだもの】
【守護霊獣は敢えて術者の指揮下から外すことで『自立』して動く生命体として稼働する】
【霊獣は核は持たないものの、式神や準精霊のようなものに近く】
【術者が使用し続けていると術者の樹素の副次的効果により――】
【霊獣そのものに――術者、主の人格の一部が宿るという】
大鷲の霊獣がフレンの中に入ったとき。
フレンの脳内には力と共に記憶の断片が流れ込んできた。
それは――フレンを抱く、七代目邪神の姿。
そしてその傍らで笑顔を見せている、八重歯の王子、アリストロメリアの愚王たる父親。
幸せそうな笑顔と、母親の胸の中で幸せそうに眠るフレンの――赤子だった時の姿。
「……ずっと……ずっと…………一緒にいてくれたんだね。……お母さん」
【『大鷲』はフレンが母親である七代目邪神から受け継いだ霊獣】
【故に――七代目邪神の影響を色濃く受け、七代目邪神の自我と意思の片鱗を有す】
「ずっと……ずっと見守っていてくれたんだね……お母さん」
フレンは歓喜していた。
涙を流していた。
大鷲に宿る母の一部に触れ。
母がずっと自分を見守ってきてくれていたこと。
そして自分が一人ぼっちではなかったこと。
そして自分に流れる邪神と愚王の血を知る。
その全ての経緯と意味と責任と罪と愛。
全てを、自身のすべてを、フレンは受け入れ泣いた。
(明らかに異変が起きているッ!! 先ほどまでとは別人だッ! あの大鷹の力を引き継いだのか?!
殺さなくてはならないッ! 私の野望のためにも、私の矜持のためにもッ!)
ゴルゴンは飛び出した。
そしてフレンに向かって、己の全ての内包樹素を凝縮し。
放つ。
「〔魔眼ッ!!!〕」
だが。
フレンは。
全てから解放されたような、眼の前のゴルゴンをもはや認識していないような。
こころここにあらず。
そんな形相のまま。
極めてゆっくりと、歌い奏でるように詠唱をした。
〔『式』系統は呪素――器は『身』。揺籃歌〕
瞬間。
ゴルゴンの体に刻印が走り。
弾ける。
魔眼は粉々に砕け、触手の髪はチリヂリに焦げ、体には亀裂が走り四方八方に飛んだ。
掠れる意識の中。
ゴルゴンは思考を続けた。
(今のは……呪術?! 呪術を定型式で発動した……?)
【呪術】
【発動するためには多くの条件を満たし、工程を経る必要がある】
【まず第一に刻印…ルーンを刻みつけ、その祭器に魔力を込める
二、解読.用いようとするルーンに対する知識と理解。他者が刻んだルーンと、それに込められた魔力の解読する
三、染色.刻まれたルーンに塗り込む染料と、その意味
四、試行.ルーンに秘められた魔力を解放するための条件と、その方法。
五、祈願.ルーンとそのルーンを司る神に対する、願いを込めた祈り。
六、供犠.その神への信仰と感謝を表すための生贄を捧げる儀式。
七、送葬.生贄の魂を神のもとに送り出すための儀式。
八、破壊.使用後、あるいは使用前のルーン祭器を、安全に処理、または無力化するための方法】
【『オーディンとエインヘリャル』に記載された呪術の代表的な使用工程は上記の通り】
【これら大量の工程を経ずして呪術の発動は不可能である】
【ましてや――定型式と呼ばれる、予め形が決められた詠唱での発動などもってのほか】
(……ああ、そうか。これが……)
乱れ消えかける意識と朦朧とした思考。
薄れる自我と儚く散りゆく命。
その狭間で、ゴルゴンは全てを理解していた。
(八代目邪神……貴方は始めから、我々にその席を与えるつもりなど無かったのですね……いや、この子を超えてから……渡すつもりだったのだ)
【邪神の選定の儀】
【魔族のトップたる邪神の位に選ばれるためには先代邪神の遺した『選定の儀』を突破する必要がある】
【選定の儀の内容は特に指定はない。先代邪神が自由に定めてよい】
【七代目邪神が設けた『選定の儀』は『自らが付与した呪術の解呪』】
【そのために八代目邪神候補たちは呪術を学び、ルーン文字、刻印を解読しに世界を回る】
【そんな時、ルーン文字開祖であるオーディンを祀る『ジギタリス家』に目をつけたのが、八代目邪神候補であり、昔ながらの魔族の『孤高』なあり方を希求する懐古派閥の原生魔獣:ゴルゴン、ブ―ドゥー、アルガードの3名】
【だがしかしーー八代目邪神の呪術はルーン文字体系を使用しておらず定形式で発動されていた】
【その解呪方法はーー彼女の遺した唯一の子『フレン=アリストロメリア』の守護霊獣『大鷲』に『神聖なる敬虔』と共に刻まれ受け継がれている】
【それはフレンが霊獣『大鷲』に命令し城郭都市ブレイザブリクの大規模ダンジョン、その第四階層にて】
【『龍殺し』に使用した呪術と同類のものである】
【つまり七代目邪神の設けた『選定の儀』とは】
【自らの愛した子に会い、そして彼女に認められ、そして彼女を超すことであった】
(この子が……貴方が……邪神の座を降りた原因、受肉を選んだ理由……)
フレンの真っ赤な龍の瞳を見つめながら。
ゴルゴンは笑い。
(七代目邪神様……すみません、不出来な舎弟で……)
【なあ、ゴルゴン。オマエはアタシが教えたこと、ひとっつもできねーな!】
かつて七代目邪神から言われた言葉。
それを胸の中で噛みしめる。
(私は……元から……八代目邪神の器ではなかったということか……)
「いいでしょう。見届けますよ。フレン=アリストロメリア。貴方や八代目邪神が望んだ、新たな魔族の『カタチ』『あり方』とやらを」
懐古派閥に属し。
ついぞその「孤高」な矜持を捨てきれなかったゴルゴンは。
最期に、新たな魔族のカタチに少しばかり期待を持ち。
満足して死に絶えた。
そして戦場に残り、勝利したのは。
フレン=アリストロメリア。
彼女こそが。
魔の頂点たる七代目邪神と。
アリストロメリア家の愚王。
人間と魔族の血を混ぜて生まれた。
新しい、魔族のカタチ。
そう。
彼女を端的に表すのならば。
「魔と王の血」。