ブレイザブリク㉓ vsゴルゴン(1)
妖術を解き、廃墟の物陰から姿を現したのは。
原生魔獣のゴルゴン。
体は炎上しており、恒常的に治癒術式を己に編纂し続けることで。
焼いた体を再生させて何とか生存させている。
「……ッ……ああ、貴方ですか」
同時に妖術を解き、遠方の高みから黄色のサイドテールを風で揺らし見下ろす。
赤色の竜の目――フレン。
「私はもう貴方に興味など無いのですが。スノトラ……という小娘ならまだしも、人間と魔族の半端者などには興味は惹かれません」
「術式回路を持ってないことがそんなに気になるのかしら。くだらないプライドね」
「……術式回路は、骨や髄と同じ……持ってることが前提。それが無ければ魔族の端くれにすらなれない……だからこそ貴方は、魔界から追放されたのでしょう……?」
「生憎、アタシは自分からあのインキくさい所から抜け出したの、自分の意思を持ってね」
「ああ、そうですか」
ゴルゴンはフレンにてんで興味がない――と言った様子で。
フレンを無視し、背中を向け。
頭皮に生えたヘビのように蠢く触手の数々をかきあげ、その場から去ろうとするが。
ゴルゴンの足元に、フレンが放った火の玉が着弾する。
行く手を阻むかのように。
「……邪魔なんですが」ゴルゴンは心底気だるそうな面で語る。
「なんでアンタら原生魔獣が、人間の……それもジギタリス家なんかと手を組んでるわけ」
フレンは廃墟の屋上から飛び立ち、ゴルゴンの前方へ着地し問う。
言うべきか言わぬべきか、言っても構わないと判断したゴルゴンは独り言のように呟いた。
「七代目邪神の呪術、その解呪のためにジギタリス家のルーン文字体系が必須なのです。確か……ジギタリス家はルーン文字を作り出したオーディンを祀る家系ですから……呪術には詳しいかと思いまして」
「孤高で他人とつるむことをしないアンタらが、なんでそれも人間なんかと手を組んでるのか、さっぱりだわ」
「こちらも込み入った事情があるんですよ。一刻も早く原生魔獣……懐古派閥の誰かが八代目邪神の座につかなくてはならない」
「なるほど……事情は分かったわ。急進派と懐古派の対立……ね、馬鹿みたい。どいつもこいつも、権力争いばかり……何が『孤高』よ、アンタらは結局群れないと何もできないわけね」
フレンの挑発を受け、ゴルゴンの腕の血管が膨れ上がる。
しかしゴルゴンはあくまで紳士的に、膨張した憤怒を抑えつつ平然を気取りながら
「で、なんですか? 私の行く道を阻むと? 貴方ごときが?」
「そうよ」
「止めておいた方が良いですね。貴方も魔族なのですから分かるでしょう? 圧倒的な力の“差”を。いや、魔族だからこそより深く理解できるはずだ。強者には平服をするしかない」
ジリリと、ゴルゴンのボルテージが上がる。
その圧倒的な内包樹素量、術式の含蓄、何千、何万年も生き抜いているが故の豊富な経験。
何をどの面を抜き出しても、フレンが勝っている所など皆無だ。
でも、だからこそ――逃げるわけにはいかない。
強い奴には平服して、弱い奴は虐げられる。
そんなことをしていたのは、昔の弱い自分だ。
(今のアタシは違う。強さは『一面』じゃない。力の強さだけが全てじゃない。人の積み上げてきたものを馬鹿にはしない。そこがアンタと……違う所よ、原生魔獣ッ!)
〔『略式』奔雷〕
フレンの指から空間を伝って流れ出る一本の電光。
直撃。
直撃部位、ゴルゴンの左左腕に十円玉サイズの傷が刻まれるが。
……がゴルゴンの治癒術式で一瞬で修復される。
そして。
ゴルゴンがフレンに向かって指を鳴らした。
するとゴルゴンを起点に4本の雷鳴が出現。
的確にフレンへと伝わり爆ぜる。
ぼんっと空気が膨張する音と雷が落ちる轟音が響き。
フレンの体は至る所に小さな穴が開く。
フレンも負けじと治癒術式を編纂、回復しつつ。
〔『略式』殃禍〕
風刀が大気を切り裂きゴルゴンに放たれる。
が、ゴルゴンは避ける動作すら見せずそのまま喰らう。
避けるほどの術でもない――そう判断されているからだ。
そしてゴルゴンは心底退屈そうな面持ちで。
フレンに向け右手を伸ばす。
無詠唱、式を経由することなく。
フレンのそれより十数倍は強力な殃禍が放たれ。
フレンを保護術式ごと切断し、フレンの左腕に届き、切り裂く。
ぶしゅり、と血が吹き出る。
「使用できる原型魔術は数個程度。内包樹素量は私の半分以下。外界樹素の吸収率も、術の精度もお世辞にも高いとはいえない。ごくごく一般的な上位の魔種程度の実力。しかも当人は人間と魔族の混血で、術式回路を持っていないときた。欠陥品も良い所ですね、何の面白みがあるのか。貴方が十人いたところで私には敵いませんよ。それは身を持って魔族である貴方だからこそ分かることでしょう?」
そうだ。
魔族の上下関係、序列。
それも力の序列に関しては魔族だからこそより深く感じ取れる。
相手は遥か格上。
逆立ちしたって勝てっこない相手。
だがそれが、フレンが逃げる理由にはならない。
(ヨータは逃げなかった。遥か格上の相手にも立ち向かった。策略と機転で絶望的な状況を切り抜いていた)
陽太の何が彼をそこまで動かす原動力となっているのか。
フレンは知らない。
だが、陽太の持つ理想を――その誇り高さをフレンは、いたいほど理解していた。
だから逃げられない。
(ヨータが理想を貫いているように、アタシもこの戦いからは逃げれない。魔族としての、アタシの生き方にケチをつけてきたコイツを倒すッどんなに絶望的であっても!!)
〔『式』系統は魔素――最善なる天則〕
フレンは自分が一番最初に身に着けた原型魔術――最善なる天則を発動。
炎の大鷲が分離し、ゴルゴンめがけて突撃する。
いつ、最善なる天則を習得できたのか。
フレンは覚えていなかった。
他の原型魔術は他者から学んだり独学で後天的に習得したのだが。
何故だろうか。
この術だけは、生まれた時から手にしていた。
生まれた赤子が呼吸をすることを忘れることはないように。
生まれた瞬間から、フレンは最善なる天則の発動方法を知っていた。
それは天啓のように。
誰かから――授かったかのように。
「……〔対立術式〕」
ここで初めて、ゴルゴンはフレンの原型魔術に対し対立式を組むことで対応する。
そして炎の大鷲を見たゴルゴンは、明らかに不機嫌そうな顔をした。
「その大鷲……嫌ですね。嫌な記憶を思い出します、触れたくもない記憶」
そうゴルゴンは。
無意識のうちに重ね合わせていたのだ。
何故かフレンに感じる嫌悪感の正体を。
無意識のうちに知っていた。
だがその真実から目をそらしていた。
もしかすると――。
なんて、あり得ないと、脳内で自分の考えを訂正する。
「…………気が変わりました。やはり今、ここで、フレン、貴様を斬り殺すことにした」
ゴルゴンの魔眼が光る。
魔族同士の矜持を賭けた本気の戦いが始まる。
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