表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リンカーネーション  作者: 鹿十
第一章 異世界転移編
10/193

異世界生活

 この異世界に転移をしてから約一か月が経過した。

 異世界転移……響きは良いが、その実態は無残なものだ。

 やっていたことといえば、ただひたすら、掃除、洗濯、料理、勉強、読書、筋トレ、書写。

 この七つを永遠にサイクルし続ける生活。

 

 おかげで基礎的な生活能力は向上したし、体つきも良くなってきた。

 健康的な生活を送っていたことで調子も良い!

 

 しかし……異世界に転移をしてすることか? という根本的な疑問は拭えない。

 自分よりも一回り歳の高い美人な女性との同棲、とだけ記載すれば素晴らしい夢の生活のように感じられるが、実際は、ただ自分磨きのような努力と研鑽を積み上げていただけの一か月である。

 これじゃあ、現実世界と何も変わりやしないじゃないか。という疑問を自分自身にぶつけてみた。勿論、回答は返ってこない。

 

 術式教育について、まずは基礎中の基礎である、媒介物への刻印方法を学ぶ。

 術式は、古紙に魔法陣のような刻印を記載し、詠唱をすることで使用する形が一番オーソドックスな発動方法である。

 そのための刻印の書き方をナンナさんから教えてもらった。

 

 媒介物――この場合は「古紙」だが、この紙はただの紙ではなく、ある特定の植物を原料に作られたものらしい。その植物は、大気中の樹素が多い場所に限定して咲き誇り、そのエネルギーを吸うことで成長を遂げる。そのため花の内部に大量の樹素が蜜のように詰まっているようだ。その植物を原料に扱うことで、術式の発動率が上昇する。

 

 その紙に、ある特定の魔物の死体からとれる油を混ぜ込んで作られたインクで刻印を記載する。その刻印の種類は、魔術大全という術式の基礎が網羅された書物に書いてあるものだけで、その数ざっと三千以上に及ぶ。

 

 その刻印の数々を組み合わせたりして、より大きな力を持った式を組むらしい。

 ということは、僕がまずすべきことは、その刻印の暗記である。

 これがまあ、また面倒であった。まず、超基礎的な五十の刻印を学ぶ。

 円形のものもあれば、某有名ドイツ自動車会社のシンボルマークに似た刻印もあった。

 それらを学び、ひたすら頭に詰めていく。

 

 まあ、凄く簡単に言っちゃえば、魔法陣を作っているようなものだ。

 もっと、なんか、ゲームみたいに杖とかを振るだけで簡単に魔術が使えたりとかしないのかなと思っていたが……そんな希望的な観測は木っ端みじんに打ち砕かれることになる。

 ただただ面倒くさい。これじゃあ、現実世界でせっせと受験勉強に励んでいるのと変わらないじゃないか。と文句ばかりが頭に浮かぶ。

 そうやって、魔術大全(術式について色々書いてある基礎本)に記載されてあった刻印を何度も摸写した。その形を覚えられるまで何度も……何度も……何度も……

 

 こうして暮らしていくうちに、早くも一か月が経過しようとしていた。

 異世界での暮らしにもある程度慣れてきた。

 どうやら、この世界では、料理に必要な炎などは術式を用いて生み出しているらしい。

 

この街にある家のそのどれもが、木の板よりも脆そうな扉で構築されている理由は、施錠術式というものがあるからである。

 それは、現実世界における鍵のような役割を担っており、掛けた本人以外がドアノブにいくら力を込めたところで全く開かない、といった効力を発動するらしい。

 

術式は、異世界での生活において、ありとあらゆる場面で使用されている。

 まあ、現実世界でいう「科学」以上に普遍的な技術として広がっているようだ。

 術式の基礎部分が抜け落ちている僕は、現実世界で言う所の「足し算すらできない人間」と同じか、それ以下の扱いのようである。

 

この世界の住民の殆どは、術式を学ぶ教育機関にぶち込まれ、そこで義務教育と同じように術式についての知識を詰め込まれるそうだ。だからこそ、街中で遊んでいる子供たちも基礎的な術式なら易々と組めるくらいのレベルには達している。

 

対して自分は……その基礎根本部分すら瓦解しているような感じだ。

 まあ、今更ああだこうだ不平不満を並べた所で現状が変わりはしないので、しょうがなく素直に、術式について学ばなくてはならない。

 

そうやって己に課し続けて、ようやく身に着けた術式は、三種。

 微細な物体を数秒間空中に浮遊させる術式。火花程度の火力を生み出す術式。そしてそよ風程度の微風を吹かせる術式だ。

 ……微妙だな。とか言いたくなる気持ちは抑える。

 一か月鍛錬し続けたんだから、手からビームを出せるくらいの力は欲しかった。

 どう考えても費やした努力の量と成果が釣り合っていない。


「はあ……」

 

夜中。食卓に着いている時、対面に座っているナンナさんに向けわざとらしくため息を漏らしてみた。木製のテーブルにはスープとパン、そして数枚の干し肉が置いてある。

真上には、術式で構築された光が灯るランプが吊るされている。ちなみに、スープは僕のお手製である。 

現代の豊富な食事に慣れ親しんだ僕にとっては、この毎日の食事は少し質素に感じてしまうが、ただで飯を食べさせてもらっている手前、文句など言えない。

 

しかし、一か月が経過し、ついに限界が来た。ナンナさんの目の前でネガティブ全開な様子を見せてしまった。すると彼女はフォークを口にくわえたまま


「どうしたのですか? いつになく落ち込んでいますね」と尋ねてきた。

 

彼女は、普段の正装とは異なり、シフトドレスと呼ばれる、ウエストをしばらない、ゆったりとしたワンピースで身を包んでいた。仕事以外では大体このような緩めの服を着ている。


「この世界に来て一か月……一か月も経ちました。一か月、決して短くはない時間です。その時間のほぼ全てを術式の習得にあてました。なのに……一向に上達している気配がないんですが」


僕は本音を漏らす。


「うーん。そうとは思いませんがね。家事を全部こなして、こうやって美味しいスープまでちゃんと作れるようになってますよ。このスープ凄く美味しいです、最初に作った時は、ジャガイモの剥き方すら分からなかった少年が、今やこんな美味な料理を作れるようになったのだから、誇るべきですよ」


「料理人になるために、この世界に来たわけじゃねえのに。はあ……」


「家事も料理もこなして、同時進行で術式を習得しているのですから、時間はかかりますよ。しかも陽太君は、無知も同然でした。ゼロから一にするのは一から十にするよりも何倍も難しいです。けど陽太君はしっかりやってますよ」ナンナさんは必死にフォローを入れてくれる。

 

 しかしそれでも僕の気分が晴れることは無い。

 緑を探すため、彼岸花を探すために、この世界にやってきた。現実世界の命を捨て、自死をして、魂までも差し出して。だが、現状の僕は相も変わらず、目の前の仕事に追われているだけ。

 一か月も経過したのに何も進歩していないような気がする。

 これでは、目的を達成するのに何十年も必要としてしまう。


(糞、これじゃあ何年かけても一向に目的にたどり着かねえ)

 

 下唇を噛み、スープを掬う右手を止めた。僕の内心の取り乱し様を察したナンナさんは


「そうですね。陽太君には彼岸花を探しに行くという目的がありましたね」

 

 ナンナさんは僕を黙って見つめてきた。一か月も同棲をしているけど、相変わらず彼女の美貌には慣れない。毎日顔を見合わせてはいるが、それでもこうやって黙って見つめられると、胸の鼓動が早まり、緊張してしまう。


「何か理由があるのですか? 陽太君はいつも何かに焦っているように見えますけど……」

 

 図星だった。僕は使命に追われていた。

 そしてその使命については、一か月も経過した今でも、彼女に伝えたことは無い。

 伝える必要性が無いと判断したからだ。

 しかし、面と向かって問い詰められた僕は、異世界に転移してから益々高まる重圧やプレッシャー、焦燥感に耐えきれず、ふと相談をしてしまった。


「大切な人いたんです。その子は死んでしまって……そんな時、聞いたんです。ここにはあらゆる万病を治癒し、死すらも超越する彼岸花がある、と」

 

 彼女は、スプーンを持つ手を止め、真剣に聞き入った。


「僕は何も知らないまま、こっちへ来ました。それを探したい一心で」

 

 ナンナさんはどこか遠くを見るような眼で、僕を見つめている。そして


「そっか。じゃあ少し急ごうか。いいよ、基礎がまだ定着していない君には、本当は教えてあげられないのだけど、より応用的な領域に足を踏み入れましょうか」

「え」

「だって急いでいるのでしょう? 術式の刻印、その基盤となる五十種はもう頭に叩き入れていますね? ではそれを使って本格的な術式を組んでみましょう」

「は、はい!」僕はナンナさんに思いが伝わり、少し高揚して勢いよく返事した。

「では、はい。早くこのテーブルの上にある食材を平らげてください」

 

 と言い捨て、ナンナさんは手を伸ばし僕の口の中にパンを詰め込んだ。

 口中の水分が急速に吸われ、口に詰められたパンが喉に詰まりそうになるが、何とか飲み込み、その後、急いで残ったスープや干し肉を胃に掻き込む。急いで食器を片付け、タワシで洗い、綺麗にふき取る。その間、ナンナさんは奥の棚から何枚もの古紙や書物を引っ張り出して机に置いた。

 どの文献も年季が入っているのか埃が積もっている。


「では、陽太君。本格的な術式を教えましょう。まずは全術式の元祖――魔術について」

 

 ナンナさんは、得意げな顔をしながら本を開いた。


ブックマークと評価を入れてくださると震えて喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ