プロローグ
少年時代の恋愛は美しいものだ。それがどんな形であれ、僕らはその淡く、幼く、純粋で、輝かしい青春時代を夢見られずにはいられない。
その繋がりはいつしか壊れ、その幻想はいつしか完膚なきまで砕かれるけれど、その一瞬の青臭さは、たとえ大人になったとしてもずっと自分の鼻腔をくすぶり続けるはずだ。
例にも漏れず、僕もその一人だった。
高校に入学して五か月。中学時代は大人しく、陰気な人間だった僕にも初めて彼女が出来た。
真っ直ぐ生きることは不慣れで向いてないと自負していたはずだった。
いつしか崩れ終わる関係性に多大な労力を割く行為は、最も避けがたい苦痛であったはずだ。
青春映画やスポーツ漫画に出てくるような、好青年で何もかもに本気で取り組む男を冷ややかな目で見つめ、冷笑しているような人間だったはずだ。
そんな僕が、どうして恋なんかをしてしまったのだろう。
相手は自分と同じ十七歳の、隣のクラスの少女だった。千歳緑という名の少女である。
そんなに美人な方でもない。クラスに一人か二人はいるような、目立たない少女だ。
出会いは放課後の図書館で。ずっと同じ本を眉間に皺を寄せながら読んでいる彼女に興味を惹かれ、会話を試みた瞬間から、僕たちの関係性は始まった。
家の方角も一緒であったので、いつしか二人で下校をするようになり、他愛もない下らない会話に華を咲かせながら共に帰路についた。
彼女は生まれつき視力が悪いようで、度の強い丸眼鏡を着用していた。直毛の綺麗な黒色の髪を肩の上でばっさりと切った髪型が可愛らしくて好きだった。
普段は大人しくて控えめな性格をしているけれど、本の話題になると身振り手振りを使って調子よく語り出す様が面白くて愉快だった。
そこまで美人というわけではないけれど、見栄を張らない自然体な姿勢で人と接する様に惹かれた。気づけば、好きになっていた。
半年も経過したころには、お互い気心知れた仲になっており、僕は思わず告白をした。
それも凄く遠回しで分かりづらいものだった。
けれど彼女は僕の言いたいことを的確に聞き取り、受け入れてくれた。
そうしていつの間にか、恋人同士になっていた。
恋人という関係性に変化したといっても、やっていることは以前と変わらず、下校時に喋りたまに休日に遊びにいくことが増えたくらいだった。
沢山のことをしようと提案した。
今までやったことのない行為に挑戦しようと決めた。
二人で多くの思い出を作ろうとした。
なるべく多くの時間を、悔いの残らない形で一緒に過ごしていこうと決意した。
だから自分に似合わないようなこともした。
彼女にプレゼントをあげたり、ちょっとキザな言葉もかけてあげたりした。
その度に顔が暑くなって、死にたくなるほど恥ずかしくなったけれど、いつか僕たちの関係性が壊れた時に「ああしておけばよかったな」と後悔することの方が回避すべき未来だと思ったから、僕は迷わずにそうした。
順風満帆な日々だった。けれど僕は知っていた。
諸行無常という言葉があるように、世の中は絶えず変化し、永遠という概念は存在しないことを。
それを嫌というほど分かっていたのに。受け入れられなかった。
十七歳になった時だった。
彼女は、倒れた。
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