表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日給100万円のアルバイト  作者: 三笠蓮
13/15

第13話

 慌てて立ち上がり、部屋を出て玄関へ向かう。


 にっぴゃくさんが来たのだろう。約束の時間ちょうどに鳴るインターホン。自宅を訪れる、不気味な存在であるにっぴゃくさん。この後何が起こるのかという疑念。本来ならばこれらの不安材料によって、とても冷静ではいられないような状況だが、母との思い出にどっぷり浸かったことでゾーンに入っていたのか、自分でも驚くほど泰然としていられた。


 ドアを開ける前に、一度ドアスコープを覗く。用心深くあれ、そう教育されてきたことによる、来客時の癖だ。


 するとそこには、予想だにしない人が立っていた。落ち着いていた心が、一瞬でざわつく。俺は一度ドアスコープから離れ、頭を整理しようとした。なぜ。なぜ叔母さんが、今日、この時間に?


 おもむろにガチャリとドアを開け、そっと顔を出す。


「こんにちは。いきなり来ちゃってごめんね」


 いつもと変わらない柔らかな笑顔を纏っている。


「な、なんで、叔母さん、が……?」


「とりあえず、中に入れてもらっていいかな」


 あまりの訳が分からない状況に言葉が出ず、ただ黙って首肯した。




「変わらないわね、この部屋も」


 先ほどまで手紙を書いていた母さんの部屋ではなく、普段俺が過ごしている部屋へ通すと、叔母さんは畳の上に正座してから傍らにバッグを置き、部屋中を見回した。叔母さんが我が家を訪れるのは久しぶりだ。


「一樹君の部屋は、相変わらず机の一つもないのね。この布団、敷きっぱなしでしょ。」俺が座っている万年床を指差した。「駄目よ、たまには干さないと」


「そんなことより、なんで叔母さんがここにっ?」


 ようやく、まともな言葉を吐けた。


「そうよね。いきなり来たりしてごめんね。でも、何も変なことなんてないから安心して」


「ど、どういうことですか。変なことだらけじゃないですか。なんでこのタイミングで、叔母さんが来たんですか? てっきり、にっぴゃくさんが来たものだと……」


「にっぴゃくさん?」小首を傾げながらそう言った。


 そういえば、日給百万円のバイトを受けたという話を伝えていなかったし、俺があのおばさんのことを「にっぴゃくさん」と呼んでいることも知るはずがないので、戸惑うのは当然だった。


「ああ、ごめんなさい。あの、日給百万円おばさんだから、略して『にっぴゃくさん』って勝手に呼んでたんですよ。――ていうか、散々怪しいだのなんだの言った日給百万円のバイト、実は受けちゃいまして……」


「知ってるよ。だから、来たの」


「へ?」間の抜けた頓狂な声が出てしまった。


「ということで、はい。約束の日給。百万円ね」


 バッグから取り出した、布で包まれた厚みのある「何か」を、畳の上にドサリと置いた。


「えっ? はっ? ど、どういうことですかっ?」


「だから、約束の百万円よ。開いてみて」顎をクイっと動かし、包みを開くように促す。


「開けて……いいんですか」


「もちろん」


 おそるおそる包みに手を出し、ゆっくりと布をめくってみる。すると、帯のついた札束が顔を覗かせた。慌てて、めくった布をかぶせる。


「なんですかこれっ?」


「だから言ってるじゃない。百万円よ。今日、そういうバイトをしたんでしょ」


「でもそれは、叔母さんとはなんの関係も――」


「そろそろ気付きなよ」


「え……?」


「私は仕掛け人の共犯者。今回のイタズラのね」


「イタズラ……?」


「そ。ここまで言えばそろそろわからない? 仕掛け人の主犯が誰か、って」クスクスと笑っている。


 何を言っているのか理解できず、無言で叔母さんを()めつけた。


 いや、本当は、ほんのりと頭を()ぎりはした。イタズラと言えば母さんだ。でも、母さんはもういない。一年以上前に亡くなった母さんが、こんなイタズラを仕掛けることはできない。でも……。でも……。


「その表情からすると、察しはついたみたいね。多分、正解だよ」


 母さんのことを思い出しながら宙を見やっていると、待ってましたとばかりに叔母さんが言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ