プロローグ
母のいない独りきりの夜、テレビをつけて、わざと電波の届かないチャンネルにする。
砂嵐。うるさいほどの静寂が好きだった。
膝を抱えて、モノクロの海を眺めていた。
膝に顔をうずめると、音は優しくもない機械仕掛けの夢と無を心に満たした。
けれど、その束の間の安らぎさえ長くは続かなかった。
『千香へ』
『ごめんなさい』
『これからは、ひとりで、がんばって生きてね』
朝、空腹に耐えきれず目を醒ますと、家のなかは虚ろだった。
いない──誰もいない。
男の人と一緒にいることが多くなってからは私を怒鳴ってばかりだった母がいない。母が甘える男の人もいない。あるのは、ただ紙きれ一枚の書き置きと、ちゃぶ台の上のラップに包まれたお握り二つだけだった。
呆然としたまま、お握りを手にとる。
まだ温かいと分かって、私は粗末な身なりのまま家を飛び出して走った。
走って走って走って、せわしない息は渇き果て、足は重く鈍く痛むようになったとき、私は、まだ母が優しかった頃によく連れて来てくれた森林公園に辿り着き、大きな木の下で『眠れるお姫様』を見つけた──。
* * *