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REALIZE ~スピンオフ~  作者: しんた☆
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Half Moonでよろしく 2

今回のお話も、珈琲専門店Half Moon でのお話です。

Half Moonでよろしく1 より、少し前のお話です。


「Half Moon」でよろしく 2


 その日は朝から本降りの雨だった。店の入り口前に置いてある傘立ての底にも雨水がたまり始めている。客足が少ないこんな天気の時は、絶好のチャンスとばかり、マスターは新しいデザートのメニューを考えていた。

 コロンっとやや湿ったカウベルの音が響き、マスターは反射的に顔を上げて「いらっしゃいませ」とほほ笑んだ。


「すみません。すごい雨でぬれてしまって…」


 入ってきたのは20代半ばの女性で、店に入るなり、カバンからハンカチを取り出して、急いで服についている水滴を抑えていた。マスターはおしぼりを差し出し、「どうぞ」と手渡した。


「随分降りますね。」

「そうですね」


 注文のホットコーヒーをテーブルに置くと、マスターは再び厨房に入ってデザートのメニューを考え始めた。ケーキとパフェはすでに置いているが、これから暑くなる季節なので、涼やかなデザートも考えたい。


 考えあぐねているマスターの耳に、はぁとか細いため息が聞こえた。店内には先ほどの女性客が一人だけ。


「どうかされましたか?」


 柔和にほほ笑むマスターに、ちょっと恥ずかしそうにしていた彼女は「実は…」と話し出す。


 彼女、橘さつきには、好きな人がいるという。


「その人、隣の課の人で、おしゃれでかっこいいと多くの女性からモテているんです。だけど、私がその人を好きになったのは、通勤途中の駅でおろおろする彼を見かけたときなんです。腰の曲がったおばあさんの背中をさするようにして、駅員さんを探していました。いつもはそんなことをするように見えないんですよ。朝のラッシュ時ですから、たくさんの人が駅構内を行き来している中で、ビジネス街には不似合いなそのおばあさんに目を向ける人なんて、なかなかいないのに。大きな声で駅員さんを呼んでいて、ああ、この人は本当の優しさを知っているんだろうなって、思ったんです」


 ためらいがちに話し出した彼女の表情が、ふっと和らいだ。


「そうなんですか。なかなか勇気がいるでしょうのに。素晴らしい人ですね」


 さつきは自分が褒められたように、少しはにかんだ。そして、目の前のコーヒーを一口飲むと、だけど、と続けた。


「先ほども言いましたが、彼はとてもモテるので、私なんかに気づいてもらえないだろうと思っていて、そっと見ているだけでいいと思っていたのです。ところが、最近、他の男の人から、よく声を掛けていただくようになって、同僚はきっとあなたに気があるのよ、なんてはやし立てるのです。」


 そういいながら、少し頬が赤くなっているのをマスターは見逃さなかった。


「その方はどんな方なんですか?」

「そうですね。さっきお話した人とはまるで反対で、あまりおしゃれには興味がないみたいです。がははっと豪快に笑う人で、女子社員の間ではおじさん扱いなんです。

でも、後輩の面倒見がよくて、私はいい人だなあと思っています。私の好きな人が入社したとき、新人教育の担当として彼についてくれた人なので、もしかしたら彼のあの優しさは、先輩から受け継がれたのかもしれないと思うのです。」

「しかしそれは悩ましいですね。かっこいい彼にするか、優しい先輩にするか」


 からかうような声に視線を上げると、にやっと笑うマスターがいて、彼女があたふたした。


「や、やめてください!」


 さつきは焦って思わず声が大きくなって、はっとした。


「すみません。そんな、どちらにも何を言われたわけでもないのに、恥ずかしいです。だけど、自分がずっと大事にしてきた気持ちをそのまま手放すことができなくて」

「そうですねぇ。僕は、ご覧の通り、見眼麗しいとよく言われています。ああ、厚かましいのを承知で言いますよ。あは。」


 マスターの思い切ったいいように、さつきは思わず声を出した笑った。


「でもね。どんなにたくさんの人にモテても、自分が好きな人に好かれていないと意味がないと思うのです。正直に言うと、見ず知らずの人にいきなり好きですって言われても、困惑します。」

「あ…」


 飲みかけのコーヒーを口に運ぼうとした手が止まってしまう。


「ただ、ご自分の気持ちを誠実に相手に伝えなければ、相手に自分の気持ちはやっぱり伝わらないのですよ。」


 コーヒーカップをソーサーにそっと乗せて、さつきは褐色の液体の水面が揺れるさまを見つめていた。


「恋とは、ほろ苦いものですね。だけど、とても深い。マスター、今日はありがとうございました。」

「いえ、拙いアドバイスでお恥ずかしい。ぜひまた、お話の続きを聞かせてください。おまちしております」


 店を出ると、ひどかった雨が上がっていた。 雨上がりのしとやかな空気を胸いっぱいに吸い込んで、さつきは顔を上げて歩き出す。その様子を、店内でそっと見守るマスターだった。


「ほろ苦くて深いか…。よし、新メニューはコーヒーゼリーにしよう。お好みでホイップクリームを乗せるのもいいな」


 手元のスケッチブックにデザートのイラストを書き込み、窓の外を確かめると、雨上がりの街に夕陽が差し込んでキラキラと光が飛び跳ねていた。


おしまい


いつもは朝に更新するのですが、明日は早朝出勤なので、今夜のうちにUPさせていただきます。

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