第5章 海岸地区
僕達は富裕層が暮らす海岸地区に向けて車を走らせた。車の中ではキマニの曲が流れた。キマニはアフリカのケニア出身のアーティストだ。三年前に若干十五歳で自ら作詞、作曲した曲が世界中でヒットし、貧困から一躍トップアーティストになった僕達の世代のヒーローだった。「羽ばたく僕の前に大地が広がる 浮かびながら隣にいる君を想う、上を見上げて宇宙にも行きたい、君は宇宙に興味がないのは知っているけど…… いい内容の詩だな。リズムもいい。やっぱキマニは最高だ」
「空を飛ぶ鳥の視点ながら、想いと情景が交錯する。こういう詩は中々書けない」僕もキマニの歌は好きだった。このような同世代のヒーローが映画、音楽、アート、スポーツ、ゲームやお笑いなどのエンタテイメントの世界にそれぞれいた。皆の心を掴めれば貧乏人でも一躍トップに立てる、ある意味では皆に機会が一様にある平等な世界だった。
海岸沿いの道は海の青さと爽やかな風を感じられて気持ちよかった。自然の美しさは僕達平民にも平等に感じられる喜びだった。しばらくして富裕層の住居地区に入った。広大な敷地を持つ邸宅が並び、どこもプールがあるのは当たり前、広大な庭で犬などのペットと遊び、友人を呼んでパーティーをしたり、中にはサッカーグラウンドや野球のグラウンドを持つ人もいた。そして自分のジェット機やヨットで世界中を巡る旅行も楽しんでいた。
「桁が違うな。あっちの家の塀なんて果てがここから見えないよ」
「すごいな。まあ僕は別にこんな豪邸を持てなくてもいいんだけど」僕は言った。
「そうだな。豪邸に住めなくてもいい。せめて平凡な何も変化のない生活を脱却したい」
「うん、今のままだと美味しい食事を食べることもできないし、海外旅行なんて絶対に行けないからな」
「一昔前は、ちょっと人より工夫ができたり、実行力があったりすればお金を稼げることがあったらしい。でも今はAIにできないことで、多くの人に評価、支持されることしか価値として認められない。それができなければ平民だ。飢えることはないけど、いい暮らしはできない。平等に貧しい」
「世界百億の人で分配すれば自ずとそうなる。世の中の0.1%の人だけが富を得て、それ以外は平等だ」
喉が渇いたので海岸沿いのカフェに車を停めて入った。
「コーヒー一杯500ドル……」僕の一か月のお小遣いの額より高かった。
「稀少なジャマイカ産のコーヒーだからってこの価格はないだろう。オレンジジュースも700ドルだって」ジュリアンも呆れていた。僕達は何も飲まずにすごすごと店を後にした。そして郊外のスーパーに行って一本3ドルのコーラを飲んだ。
「惨めだな」ジュリアンがつぶやいた。
僕達はひいおじいちゃんの家に戻ってスーパーで買った惣菜を食べた。野菜や肉、魚などの生の食材は傷みが早く、家で調理するのもエネルギー効率が悪いので、今は出来合いの惣菜しかスーパーには売っていなかった。それも味気ない惣菜。全て効率でAIが判断して食事は供給されていた。僕達は食事を終えた後、ギターを弾きながら即興で歌った。二人してしんみりとバラードを歌い暗く落ち込んだ心を鎮めた。