魔女のスープ ~色が紫色のただの味噌汁~
これは私が高校生の頃の話。
当時、私はお小遣いをもらいながら夕食を作っていた。
と言うのも、父親が単身赴任となり、母親は時間が不定期な仕事をフルタイムでしていて、夕食時に誰もいないことが多かったのだ。
今まで夕食はずっと母が作っていたのだが、仕事の都合上難しくなり、私に白羽の矢が立った。
私は以前から料理に興味があり、少しずつではあるが料理の本を読みながら作り方を勉強していた。そんな私になら任せられるかと思ったのか、母は一回に付き500円の報酬という条件で夕食づくりを任せた。
コンビニやスーパーの弁当で済ますよりは、私の手料理の方がまだいいと考えたのだろう。
私には弟と妹が一人ずつおり、弟は中学、妹は小学生で、まだまだ幼い。
そんな二人に満足のいくものを食べさせるべく、私は料理の本を片手に試行錯誤しながら夕食を作った。
参考にしたのは小林カツ代さんのレシピ。
どれもシンプルで分かりやすく、私にとってちょうどよかった。
一番よく作ったのはキャベツの炒め物。
油でいためたキャベツに醤油を絡めるだけのシンプルな料理。
これもレシピにのっていたものだ。
作るのが簡単なうえにとてもおいしかったので、よく作った。
二人ともよく食べてくれた。
成功体験と言うほどではないが、自分の作った料理をちゃんと食べてもらえたので、モチベーションアップにはつながった。
それから本を眺めて好きなレシピを選び、毎日のように違う料理を作っていた。
んで……当時私が作った料理の中で、忘れられないものが一つ。
弟はとても衝撃的だったと、たまに顔を合わせるといつも話してくれる。
それはタイトルにもある通り、魔女のスープ。
と言っても実態はただの味噌汁なのだが。
味噌汁を作るとき、わかめや油揚げ、ネギなどの具材を入れると思うのだが、たまーにサツマイモを入れたりする。
サツマイモが味噌汁の中に入ると仄かに甘くなり、食べ応えも増す。
なので、特に変な味噌汁になるわけではない。
私は家に置いてある材料で作るものを決めていたのだが、その置いてあった材料の中に紫芋があった。
紫芋は読んで字のごとく、紫色の芋だ。
以前にも食べたことがあったが、味は普通の芋。
サツマイモの一種らしい。
どぎつい見た目はしているものの、味は普通の芋だと知っていたので、特に疑問もなく味噌汁に入れた。
他にしめじやシイタケ、あとは豆腐なんかを入れたと思う。
普通に味噌汁として作って、普通に調理した。
しかし……一つだけ失敗を犯す。
少しだけ煮込みすぎてしまったのだ。
鍋の中でコトコトと煮込まれる紫芋。
小さめに切ったのでぐずぐずに崩れて汁と溶け合う。
そして……でき上ったのは見事なまでに紫色の味噌汁。
こんな色合いのものは今まで見たことがない。
紫色の汁の中で泳ぐキノコ類が不気味さをいっそう引き立てる。
しかし……味は普通の味噌汁だった。
ちょっと甘いと感じるくらいで、別に普通。
だから普通に出した。
弟も妹も驚いていたが、普通に食べた。
そう、特に変わらない普通の料理だったのだ。
二人は食べた後にこれは魔女のスープだと言って笑って話した。私もそれを聞いて笑った。今思い返すと微笑ましい光景である。
魔女のスープを作ったのは、これっきり。
後にも先にもこの一回だけ。
しかし……それから時が経って20年近くたった今でも、弟の記憶の中にはあの紫色の味噌汁が残り続けている。私も忘れないで覚えている。
それほどまでに衝撃的な色合いだったのだ。
これは決して悪い記憶ではない。
私にとって大切な思い出だ。
決して失敗したわけではないけれど、何十年も記憶に残り続ける料理。私だけでなく、弟もしっかり覚えてくれている。
私が作った食事を食べたことを、ちゃんと記憶してくれているのだ。
だから……この料理の話をすると、とても気持ちが暖かくなる。
あのあまりに美しい紫色は忘れられそうにない。
紫色の味噌汁。
機会があれば、また作ってみたいものである。