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究極のテレビ

作者: 春名功武

 例えば、そうだな。君が洋服店の経営者だとしよう。そんなに嫌そうな顔をしなくても、少しぐらい年寄の戯言に付き合ってくれてもいいだろう、すぐに終わる。


 君は洋服店の経営者。お客さんが2つの商品で迷っている。君なら、どういう根拠でどちらを勧めるかね。なぞなぞじゃないよ。ああ、もういい。ワシが思うに、やり手の店員なら、どちらが似合っているかというよりも、在庫の多い方を勧めると思うんだよ。商売ってそういうもんだろう。客を騙して、利益を得る。君らもそうなんだろ。自分たちの利益のために、黙っていることがあるんだろう。ワシらには言えない秘密が……。


 何の話かって?なるほど、とぼける気か。仕方がない。これを見せるしかないな。ここに、球体の置物がある。ご覧の通りの手のひらサイズ。実はこれ、テレビなんだよ。冗談なんかじゃない。なぞなぞでもない。とにかく最後まで話を聞いたらどうだ。


 忘れもせんよ、この球体の置物が作られたのは、昭和32年。そう、カラーテレビの本放送が開始されるよりも3年も前だ。


 前にも話したがワシは技術者で、当時カラーテレビの開発に関わっていた。同僚に丸岡という男がいてね。ワシの知る限り、彼ほど優れた技術者は見たことがない。集中すると周りが見えなくなって、食事を取ることも、寝ることも忘れてしまうような男でね、いわゆる天才だな。その丸岡が、この球体のテレビを作ったんだ。今思えば、その当時の丸岡は神がかっていたよ。


 一度だけ二人で飲みに行ったことがあるんだよ。何処だったか、駅前の入り組んだ細い路地に、小ぢんまりとした店が立ち並ぶ界隈があってね。そこに、当時ではまだ珍しい洋食居酒屋みたいな店があったんだよ。クジラの赤ワイン煮込みが最高でね。丸岡にもそれを食べさたくて、連れていったんだ。今思えば、丸岡に喜んで貰おうなんて的外れも甚だしいがね。丸岡は食べる事に関してはとても無頓着で、お腹が膨れれば何だって良いってタイプだったんだ。ただ一緒にご飯なんかを食べるとね、普段は見ることのできない一面を拝めたりするもんだろ。


 丸岡の食べ方が、あれなんだ。一点集中型っていうの。三角食べが出来ないんだよ。一つの料理を食べ始めると、ずっとそればかり。テーブルに料理がズラッと並んでいるんだぜ。普通は、目移りするだろう誰だって。それが人間ってものさ。だけど他の料理には見向きもしない。ずっと同じ料理を食べ続ける。口の中で色んな食材が混ざるのが気持ち悪いんだってさ。


 それなら、揚げそばはどうするんだよ?野菜炒めは?と言う疑問が頭をよぎったけど、詮索はしなかったね。丸岡が困るところを見たくなかったし、自分の事をペラペラ喋るタイプでもなかったからさ。


 でもまぁ、丸岡と食事をしたのはそれっきりという事は、あいつの食べ方が気に入らなかったんだろうな。ほら、こっちはさ、色んなものを万遍なく食べたいじゃない。こっちが他のものを食べている間に、丸岡は確実にひとつずつ皿を空にしていくんだから、焦っちゃうんだよ。その日ワシは、クジラの赤ワイン煮込みを、ほとんど食べられなかったんだ。別にいいんだけどさ。いや、根に持っているとかそういうんじゃないよ。


 え、何の話かって。クジラの赤ワイン煮込みの話じゃないよ。丸岡だよ。その男がこのテレビを発明したんだ。


 本当にテレビなのかって。いいね、段々興味湧いてきているじゃない。ある操作をすると、球体が大きな画面に変形するようになっているんだ。画面の大きさは変幻自在。だから映画のような大画面で観ることもできるし、掌サイズにもできるんだよ。


 画質だって桁違い。細部までくっきりと再現されるから、リアルできめの細かい映像表現を楽しめる。今市場に出ている最新テレビの約300倍の画素数はあるんじゃないかな。


 3D映像で観ることも出来る。専用のメガネなんて不要。その映像は、目の前にその人物がいると錯覚するほどなんだ。いや、本当だって。疑うなら、後で見せてやるよ。だけど、これぐらいの事で驚かれてもらっては困るね。


 言っておくけど、画質だけじゃないぞ。音質も凄いんだ。本格的なサラウンドシステムが搭載されていて、包み込むような音場感が得られる上に、耳にも優しい。


 録画機能に関して言えば、過去50年まで遡って録画ができるタイムマシン機能付き。音声や動作で操作することも可能だよ。ああ、あと防水機能も備えているから、お風呂や水中でだって観ることが出来るんだ。


 まぁ、他にもたくさん優れた機能はあるんだけど…今の君に話したところで、とてもついて来れそうにないから、このへんにしておこうか。


 おい何だよその顔は。信じてないのか。まぁ無理もない。しかし全て事実だよ。ワシが言いたいのは、要はテレビは、昭和32年に行き着くところまで行き着いたというわけだ。ひとりの天才の手によってね。それなのに、この球体の置物は発売されることはなかった。何故だか分かるかい。


 あの当時、もしカラーテレビよりも先に、この球体の置物を発売していたら、消費者はこぞってこの置物を買い求め、それからの50年間、テレビを買い換えることはなかっただろうね。現にワシは、テレビを買い換えた事がない。これを持っているから。


 消費者の事を思えば、その方が良かったのかも知れないが、家電業界としては、テレビを何度も買い換えてもらえた方が儲かる。だから少しずつ機能をグレードアップして販売する、という戦略を取ったんだ。


 まずはカラーテレビ。次は着脱式リモコン付きテレビ。そしてビデオ内蔵テレビと続き、ハイビジョンテレビ、液晶テレビ、薄型テレビ、3Dテレビ、ネットテレビと来るわけだな。少しずつ着実に進化させていった。目先の利益より、もっと先を見据えたんだよ。


 さぁ、こっちは洗いざらい白状した。そっちも言っちゃいな。往生際の悪いやつだな。小芝居はいいから。あれだろ?医療業界もそうなんだろ。ひとりの天才の手によって、本当は何年も前に、どんな病気でも治せる『薬』が完成しているんだろ?


 その薬をもとに、少しずつ着実に進化させていって、色んなタイプの薬を販売して儲けているんだろ。隠さなくてもいいから。本当はどんな病気でも直せる薬があるんだろう。それこそ、末期癌だって治せるんだろ。その薬でワシを治してくれよ。手遅れなんて言わないでさ。その薬でさ……


 え、ない?そんな薬はない?本当にないの?またまた、隠さなくていいから。この球体の置物、あげるから。ほらよ。早くその薬を持ってきてくれ。え?本当にないの。医療業界の丸岡は。いないの。嘘だろう。じゃあ、ワシ死んじゃうじゃん。え、今の話は本当かって。どうやって画面が現れるのかって。うるさいよ。返せ、返せよ。誰があげるか。何やってんだよ医療業界は、しっかりしろよ。ああ~ワシ死ぬのか~。死にたくないよ~。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 老人の狂気だったのか、本当の話なのか、曖昧なまま終わらせるのが絶妙な読後感になってますね。 [気になる点] オチが取ってつけた感じになってしまっているがもったいない。 序盤で話し相手が医療…
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