みんな大好きなのは同じでも、伝えられたり伝わらなかったり間違ったり忘れたりするよね。
お久しぶりです。はじめまして。
紲 長良 夏穏 (余)
「お前、好きって言ったことないの?」
「きーくんそれはダメじゃない?」
そう夏穏と長良に僕は非難された。
僕と余は夏休みをつかい夏穏の元を訪れていた。夏穏は地元を離れた大学で一人暮らしをしている。もちろん夏穏の彼氏である長良に引き連れられて。
夏休みだし、ちょうど旅行によかったのだ。
僕ら4人は夏穏がよく行くというバーのようなお店で談笑いている。まあ、余はもう寝てしまったけれど。
僕ら4人は高校と同級生で、僕と長良は地元の国立大学に通っている。夏穏だけ別の地方国立大だ。夏穏と長良は付き合っている。長良は時々来ているらしい。この町にも、この店にも。
余はいろんなことを省くと僕の妻だ。ちなみに幼なじみ。僕ら4人は高校の同級生だった。けれど、余は色々あって、今、通信制の高校に通う女子高生だ。
そんな余は僕に「JKの奥さんもてるきーは幸せものだねぇ」が口癖だ。まあ、もっとも言い方は違うけれど。
夏穏と長良には結婚届の証人をしてもらった。僕らはこの二人に大きな恩がある。まあ、それ以外でもすごく助かっている。
夏穏は元々別の難関大学を志望していたが、これもまた色々あって落ちたのでここに来ているらしい。本人曰く「勉強が足りなかっただけ」だそうだ。
落ち込んでいるかと思っていたが、何だか楽しそうだ。大学生活も、こっちの街にも。
こんな、なんかオシャレでそんな高くなくて居心地のいい、お店を見つけてるくらいに馴染んでいる。
正直、少し安心した。
僕は机につっぷして寝ている余を一瞥し、カバンからカーディガンを出して掛けてやる。
「まあ、なんか機会なくてさ。好きって言う。」
僕は余の指輪のない左手を見つめながらそう呟く。
「結婚指輪もしてないみたいだし。」
夏穏は僕の視線を追ってそういう。
「それは……今度一緒に……お金は貯まったから。」
「それ、あんまり考えてないやつでしょ。」
大学に入り、眼鏡が無くなった夏穏は、丸い顔をクシャとさせ、目を細める。
「まあ、バレるよな。」
「余の方は?」
長良はつまみのなんこつ唐揚げを頬張りながら言った。
「きー、好き」
余はハッキリそう言いきった。
もちろん、ヨダレを垂らして寝ている。
「寝言でなら。」
僕は苦笑しながらそういった。
「はぁ。お前らの関係って不思議なのな。ずっと。」
「それは昔から。」
俺はさらに苦い顔になる。
「夏穏ちゃん。お酒、足りてる?」
僕らがそんな話をしていると、夏穏の友達らしい店員が声を掛けてきた。
なんというか細長い女性だ。180くらいあるんじゃないか?
「ありがと、大丈夫、そろそろ帰ろうかな?」
「まあ、そろそろそんな時間だね。」
「うん、ありがと。バイト、頑張って!」
「おう、じゃ。」
夏穏はテーブルから離れていくその友達に手を振ってこっちに向き直る。
「帰るか。」
「ああ、余、起こすか。」
僕は寝こけている余を揺さぶる。
「ふっ。」
余は僕の手を無理やり払う。
これはもう起きないな。
「これ、もう起きないや。おんぶするから手伝って。」
「俺がしようか?」
「いや、大丈夫。慣れてるから、ホテルも近いし。」
「ならいいけど。」
僕は先にお金を夏穏に渡し、長良に余を背に乗せてもらう。
本当、軽いな。
いつもそう思う。
「おお、本当にお前、余担げるんだな。」
「まあ、昔からだし、余は軽いし。」
「まあさっき持ってみた感じ、そうとう軽いな。こいつとは大違いだ。イッテ」
夏穏は長良の軽口に蹴りで答える。
「なんだよ、いってえな。」
「帰ったら覚悟しろ。」
長良の文句に夏穏は半眼でそんなことを言う。
それから身長の小さい女性店員と話し合って支払いをする。
「じゃ、僕らはここで、部屋反対なんだろ。」
僕は夏穏達に聞いてみる。
「まあ、そう。じゃあ、ここで、明日は朝迎えに来るからそれまでに支度しといて。9時くらいで。」
「了解。」
僕は少しずり落ちてきた余を担ぎ直し、近くのホテルに向かう。
紲 (余)
いつも使うホテル予約サイトでとった安宿は、想像以上にキレイで広い。サービスは少ないけれど、基本的にそういうのは使わないから、部屋の広さと清潔感で僕らのホテルの善し悪しは決まる。
クイーンサイズのベッドに余を放り投げる。
ティーシャツにジーンズ生地の短パンを穿いているだけの格好だ。無理に着替えさせる必要もない。
否、一応聞いておくか。
「余、着替えなくていいか?」
「んっ。」
余は呼びかけた僕の手を払い寝返りをうつ。
「まあ、いいか。」
シャワーを浴びよう。
否、風呂入るか。
これまた安い宿とはいえ、新しいホテルだからか風呂とトイレが別になっている。風呂くらい入らないと損だ。
夏穏 長良
「あの二人は、ああいう感じになったんだね。」
二人と別れてから一言も発することなく歩き続ける彼氏に、マシュマロくらいふんわりした会話のボールを投げる。
大学生になって、私たち二人には隔たりが出来た。
愛していることは変わらないが、今まで感じていた一体感はない。
「俺もよく分からないけど、まあ、ある程度良くはなったみたいだな。余。」
私たち四人がまだ同じ高校のクラスだった時代とは余の性格はガラッと変わった。クラスの中心の華であった余はもうどこにもいない。
けれど、けれど今の余の方が綺麗で、自分らしい。
その美しさは様々な困難を乗り越えてたどり着いた先のもので、いらないものを脱ぎ捨てた無垢さだ。
「今の、今の余はすごく綺麗だね。」
私がそういうと、長良はまた口を閉ざした。
毎日のように通学で利用する道なのに、全然前に進んでいると感じられない。
私たち、いつからこんなんになってしまったの?
「きーは前より強くなったし、気を張らなくなったよ。でも、」
長良は「でも」の後に続く言葉をもたなかった。
紲 (余)
風呂から上がってホテル備え付けのバジャマに着替える。
余の様子を伺うと、うつ伏せで寝息を立てている。
2人での旅行は高校生の時からよくあった。けれど、他の人がいるのは、修学旅行以来だ。まあ、あの時も長良と夏穏がいたけれど。
余の横に寝転がり、布団を被る。すると、行倒れたように突っ伏していた余が「んっ」と呻きながら肩に頭を乗せてくる。
少し飲み屋の匂いが鼻を通る。
油とタバコの香りだ。
僕は彼女を抱き寄せながら、瞼を下ろした。
クイーンサイズのベッドは僕ら二人には見に余る広さで、半分も使えていない。
長良 夏穏
俺の彼女は大学に入って少し変わった。
明るくなったし、積極的になった。
元々、そういう性格ではあったけれどもっと空気を読んだ性格だった。
彼女の受験の失敗は彼女のせいでは無い。
育ての親だった祖父母が立て続けに亡くなり、家に一人になった彼女は、受験どころではなくなったのだろう。
性格が変わったのは、受験のせいではないのかもしれない。
俺はポケットからタバコを取り出して、火をつける。
彼女はアパートのシャワーにいる。
きーたちと別れた帰り際、コンドームは買わなかった。でも、前のが残っている訳では無い。
「お先、次浴びていいよー。それとも先にする?」
彼女は開けっぴろげにそんなことを言った。
「いや、今俺ゴム持ってない。」
「え、ゴムならいつものところに、あっ」
彼女は、彼女はそこまで言って俺に苦笑いを返した。
もう何度目だろうか。
大学に入って半年、彼女の性格は変わった。
俺は好きと言い続けられるのだろうか。
余(紲)
わたしはきーの奥さんだ。奥さんと言っても、きーがほとんど家のことはやってくれる。
かわりばんこですることもあるけれど、わたしにはうまくできないことがおおい。
しばらく前までは出来ていたことも、できない。
医者は脳のせいだと言った。精神的なものもあるという。
でも、わたしはわたしのせいだと思う。
脳に障害があるのはきっとわたしがわたしを傷つけたからその時に脳がわるくなったと思う。
精神は元々壊れていた。それか誰かが壊した。
それでもきーはわたしを許してくれる。きーはわたしを守ってくれる。
きーはわたしをわたしで居させてくれる。
わたしはきーに守られている。
だからわたしはこう言う。
「きー、大好き。」
私の声は多分きーには届かなかった。
だってきーはわたしを胸に抱きしめて離さないから。寝ている時はいつもそう。
きーはわたしをさらに強くだきしめた。
他の作品にも彼らは出てきます。良ければ読んであげてください。
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