察しの悪い男
浜辺に流れついた遺体? おまえ、そんなもん撮ったのかよ……うわぁ、なんだこれ、サーファーか? 絶対に配信できないやつだな。手足が四本ともちぎれるとか、どういう死に方したらこうなるんだ?
ああ、なるほど、サメか……おいおい、おれは察しの悪さが自慢の男だぜ? あの海に人を襲うサメが出るとは思っていなかったし、それに、この死にざまをみて思い出したこともあってな。
ん? まあ、聞きたいっていうなら話すけどよ。
どこから話せばいいのか……。
中1のとき、権力者の息子ってやつが、おれたちのクラスにいたわけよ。品性とか自制心とかいうもんを母親の胎内に捨ててきたようなクズで、とにかく声がでかいんだ。ちょっとでも気に入らないことがあると大声でわめきちらしてたな。
入学早々、おれたちクラスメイトは未来を悲観したが、そいつはすぐに学校に来なくなった。登校拒否ってやつだ。
こいつ絶対に知能指数低いなって、おれでもわかるくらいだ。教師にも命令するような奴が、学校の勉強なんてするはずもない。勉強を好きなわけもない。相手にしてくれるやつもいないとなれば、楽しいことなんて何もない。まあ、なんで学校に行く必要があるんだって思うよな。
おれたちとしては二度と学校に来てほしくなかったが、そいつは登校してきた。どうやら父親に命令されたらしい。ぶちぶちと独りで愚痴ってるわけよ。廊下を歩いてるときも、トイレに入ってるときも、授業中だって関係なく恨み言をつぶやいてたよ。寝るまでの五分が長かったな。
で、そいつが、いつからか本を読みはじめたわけよ。
集中というより執着だな。薄っぺらくて古くさい本を読みながら、わけわかんねぇ文字みたいな図形みたいなものを、汚くノートに書き写している。不気味だろ? 教室のなかでそんなことされるとなると、見たくなくても目にするわけだ。なにやってんだこいつはって、気味が悪くても気にはなるだろう? おれたち以外のクラスメイトは近づかなかったけどな。
おれたちがそいつの斜め後ろから様子をうかがっていると、
「おしいな」
って声がきこえた。もらしたのは、おれのとなりにいた友人だった。ささやくような声だったんだが、声が届いたのはおれだけじゃなかった。
頭がぐるんと回って、ギョロっとした赤い眼がこっちをみた。
おれが気持ち悪さに鳥肌をたたせていると、友人はそいつの席に近づいた。本を指さしながらアドバイスみたいなことをしていたな。あとでたずねてみたけど、なにをいっているのかさっぱりわからなかった。
その三日後くらいか、権力者だった父親が死んだ。
猟奇的な事件と知ったのは、被害者の息子のおかげだ。事件後、醜悪な笑みをたたえて登校してきたんだが、そいつは何枚もの写真を手にして、教室の黒板に貼りつけはじめた。
事件現場の写真で、警察がくるまえに撮影したらしい。まさに血の海ってやつだ。そいつの父親の無惨な姿が写っていたよ。なにかに食いちぎられたみたいに四肢が欠けていて、表情は苦痛と恐怖に歪んでいた。そう、おまえが撮ってきた男とそっくりだったよ。死にざまも、死に顔もな。
ああ、すぐに悲鳴があがったね。教師がすっとんできて、写真はすぐに没収されていたけど、たぶん、データは残していたんだろうな。腹をかかえて笑ってたよ。ぼくがやったんだ、呪い殺してやったんだぜって、自慢しながらな。
それ以来、そいつは二度と学校にこなくなった。
父親が死んで、命令する存在がいなくなったんだろう。警察相手にも似たようなことを言って病院に連れて行かれたって話もあるが、まあどっちでもいいな。おれに関わらないのならどうでもいい。
ん? ああ、事件の犯人は捕まっていないが……いや、会ってみたいといわれてもな……そういや話にもでた中学時代の友人から、そいつの近況みたいな情報をもらったな。SNSで自慢ばかりしているとか、女をひっかけるために波乗りをしてるとかなんとか。
興味があるなら自分で……ちがう?
会いたいのは友人のほう?
なんで?
まあ紹介してやらんこともないが、おまえ……いいのか?
おいおい、おまえもなかなか察しが悪いな。
おれの金。
とっとと返せってことだろうが。
そんな暇あるのかってことだろうが。