新鮮な生活には友と美人と猫又が
「はぁー」通い始めて一か月が過ぎた大学の廊下で深くため息を吐くと、横を歩いていた友人の実渕佳奈がしたり顔で話しかけてきた。
「どうしたの、ゆきっち。好きな人でもできたの?」
「そ、そんなんじゃないよ。」と答えるが、佳奈は納得してないのか、まじまじと私の顔を凝視してくる。佳奈はこの手の話が大好物なのだ。顔を逸らすが佳奈はそんなのお見通しと言わんばかりに首を伸ばし、私の顔と佳奈の顔は並行したまだ。二秒程度、見つめ合う。或いは、にらみ合いが続いたが、佳奈は一度首を戻すと、勢いよく首を伸ばし、私の肩から首に季節外れのマフラーのように巻き付いた。佳奈はこの街で言う半妖で本人曰くお母さんがろくろ首らしい。まぁ授業中、黒板が見えにくいと、一番後ろの席から最前列の辺りまで彼女が首を伸ばしているのを目撃しているので、間違いないだろう。
「えー、でもひなっち知り合った時から、そのブレスレット触ってため息つくじゃん」
また、無意識に触ってしまっていたらしい。どこか、含みのある。それでいて粘り気のある声を耳元で囁かれる。
「だから、これは送り犬から助けてくれた神主さんから、お守りとして貰ったんだってば。」
「で、そのイケメン神主に惚れちゃったんでしょ」
「違うってば、神主さんはイケメンというより美人さんって感じだし」
「うーん、何回聞いても男で美人って言われてもなー」
「本当に綺麗で真冬の月と深海の真珠が交わって生まれたような人なんだよ」
へぇーと妙に含みのある笑顔で言われ言われ、本当なんだって。と力説するが、佳奈には私が彼に惚れているから贔屓目に見ているとしか、思われていない様子だった。
佳奈は図書室に私は学生食堂に向う。何でも、次のレポートの資料を集めたいそうだ。食事が終わったら手伝うと佳奈に伝え図書室前で別れた。少し歩けば食堂に着く、いつもの様に天ぷらそばをトレイに乗せて、空いている席を探すため、歩いているとその特徴的な髪と茜色の目をした。男性が黙々と相変わらずの無表情でチキンタツタ定食を食べているのが目に入った。
「あ、神主さん!」
思わず、そう声を荒げてしまった、食堂中に私の声が響き周りの視線が刺さる。頬が赤くなるのが自分でも分かった。恥ずかしい…
私の赤面事件の後、神主さんこと、東雲遙夏も私の事を覚えていたようで、相席でいいならと、ありがたいご配慮により、私は席を確保することが出来た。彼の椅子には白いニットの上着が掛けられている。一週間前の文豪の様な和服ではなく洋服だ。黒いタートルネックに茶色のチノパンという没個性的な服装なのに、着ている人が彼というだけで、スマートな印象を受ける。
「まさか、月宮が後輩とは思わなかった。」
三人での食事の中で分かったことは三つある。一つ目は彼は神座学院大学の二年生で人文学科文学部に所属している事。二つ目にあまり学校には来ていない事。
そして、三つ目は…
「私も驚きました。それに遙夏さんって神主さんじゃなかったんですね。通りでお礼を言うために、あの神社に行っても会えないはずです。」
「ああ、その件はすまない。俺の不手際で無用な労力を使わせてしまって…」
「とんでもないですよ。助けていただいたのはこちらですし、こうして会えたんですから、もういいんです。」
「そう言ってくれるとありがたい。で御守りの効果はあったかな?」
「はい、効果覿面です。あの日以来送り犬は見てませんし、特におかしな事もありません」
「そうか。ところで」
無表情だが、私の事を心配していてくれたのだろうか。テノールの声に安心感や心地よさを感じていた。しかし、そのテノールはソプラノによって途切れた。私も遙夏もそのソプラノのした方を向く。
「あ、先輩ここに居たんですね。探しましたよって…あれ」
そこには、独りの女子が立っていた。彼女は私を見て笑顔でこんにちは、というと直ぐに遙夏に向き直った。大きな茶色の眼に明るめの栗毛で、顔立ちは美人というよりかは童顔でかわいらしいといった方がいい。多分妖か半妖だろう。丁度人の耳の少し上の辺りに猫の耳がぴょこんと出ているし腰の辺りからはリボンを付けた二本の尻尾が退屈そうにゆらゆらと揺れていた。




