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赤刃Ⅱ

それからは、時間との勝負だった。


まず、その街の領主”レオニドー”はくの屋敷へ出向き、兵士の緊急召集と出征計画でてんやわんやしている所へ、高速連絡鳥『早鳩はやバト』を借りるよう申請した。


勿論、こんな国家の一大事に、民間人である俺たちがそんなものを使えるわけがない。


だが、そこは”S級魔導師”たるクリスの出番である。

魔道国家として名高いディノスにおいてすら、彼を含めても5人しかいないという、実のところ友人は相当な重鎮野郎なのである。


「おお・・・! そのような方に、我が軍に加わっていただけるのか。 これは有り難い!!」という領主の感謝の気持ちは置いておいて、とりあえず戦争を止められるかもしれない旨を告げて、伝書鳩だけを借りたのである。


あとはまた市街に戻り、隊商キャラバンのギルドに、自分たちの荷物を地元の町”サザーラン”まで届けるよう依頼して、早馬を借りたのだった。



ドドドッ。ドドドッ!



平野を疾走しながら、身軽になった俺たちは、それぞれの思いを胸に抱いていた。


いちおう馬は3頭借りて、各自バラバラに乗っているわけだが、これならば3日ほどで東の国境に着きそうである。

「間に合うと、いいんだけどなー!」


奔る速度と、向かい風の勢いに負けないよう、クリスが大声をあげて話しかけてくる。

(ああ・・・)

俺はうなずいて、手の合図だけで応えた。


「正直、ギリギリのところだろう! こっちの提案が王都に受け入れられたとして、そこから『ランバルド』には大使を送る転移魔術があるが・・・。その国家間のやり取り、果たしてうまくいくかどうか・・・!!」


「分かってる。けど、用意しておくしかない! 予定通りいかなくても、『灰塵槍』は使うぞ。ランバルド(隣国)の軍人なんかより、ディノスの民間人の方がはるかに大事だからな!!」

そこまでノンストップで行動していたので、お互いの目的が分かってる俺とクリスはともかく、フリアにはまったく説明できていなかった。


それでも彼女は、おおよそのところだけを受け入れて、不安な顔のまま、しっかり後についてくる。


(この子は・・・若いわりに、流される対応がうまいんだよな。自分の感情を度外視して、周りの変化に最適な行動をとろうとしている)

孤児として育ったせいか、それとも人に馴染めない冒険者として長く孤独にやってきたせいか、環境への順応力がいい。


いま余計な話をしていたら、それこそ後悔では済まないほど人が死ぬかもしれないのだ。

町を通るたびに新しい馬に変えながら、俺たちは国境を目指した。








「何者だあ、貴様ら! 止まれえ~!!」

そう言って前方を塞がれ、数人の兵士に止められたのは、時おりモンスターが現れる、ディノス『異界林』の南東、木がまばらに立つおかでのことだった。


とつぜん行く手をふさごうとし、手を広げた男たちに、クリスは舌打ちしながら、俺は「穏便にな」という思いで、馬を止める。


軍が街道を錯綜していたので、遠目に眺めながら、いつ干渉されるかヒヤヒヤしていたのだ。


「・・・貴様ら・・・こんな時に、このような東部地区を馬でうろついているとは・・・。冒険者風の身なりだが、間者の可能性が高い。身体を改めさせてもらうぞ」


そう言って、見晴らしのよい『ヨークの丘』の後方哨戒任務に当たっていたのだろう。隊長風の男が、四人の兵士のなかから歩み出てきたのだった。

多少、せっかち過ぎる結論ではあるが・・・

まあしかし、現在の状況で国境近辺を哨戒している兵士など、それが仕事と言ってもいいだろう。


俺ではなく、やや後方にフリアを置いて、クリスが馬から降りたのだった。

・・・何気なにげに、威厳のある様子で言う。

「自分たちは、この先の『ヨーク長城』に用がある。S級魔導師、クリストフ=アルノーだ。すまんが通させてくれ。急いでいる」

めずらしく真面目がかった様子で、頭を下げていた。

(・・・)

この場合、どこの馬の骨ともわからない、俺が話すより、了解を得やすいはずではあるが・・・


「ーー? S級魔導師だと・・・」

胡散臭そうな顔で、その隊長はあごに手をやっている。


あ、これダメな奴だ。

向こうでは兵卒たちがザワつきを見せたが、それもどうやら、驚いているためではなく、より警戒を強めているような会話が聞こえてくる。

当然と言えば、当然ではあるのだが・・・。クリスはどこの機関にも所属していないために、身分証のようなものはない。


魔術協会や冒険者ギルドの等級証はあるが、国に正式に仕えているこういった兵士などからは、「在野の一般人(パンピー)」として、鼻で笑われることが多いのである。


ーーギルドランク最高の・・・”獅子”? なにそれ? こっちは二番の大鷲イーグルです、って、ごっこ遊びかよ!


まあ街角の飲み屋などでは、不愉快な争いも起きるわけである。


「・・・ふん。そんなものは、どうだっていい。とりあえず、お前たちが望む『長城』の砦には連れていってやる。しばらく拘置所で、おとなしくしておくんだな」


これからそこが激戦地になるかもしれないのに、まったく平然として言う。

・・・もし俺たちが、何かの拍子に戦いに巻き込まれて死んだら、あんたが三人を殺したことになるんだからな・・・。


疲れたように首をふりながら、俺はクリスを見ていた。

友人は友人で、もう両手をあげるような仕草をしている。


(やれやれ・・・。”作戦決行”は明日の正午だから、まだ時間はあるんだが・・・どうしたもんかね)

俺たちが王都に申請した、『灰塵槍』の提案は、《明日の正午に国境で》ということだった。

それまでに、ちゃんと現場にまで連絡が届くのかーー


「ーー!」

そんな、先行きを考えていた時である。

「何だ!?」

「・・・!!」


信じがたいほどの殺気が、いきなり近くに出現していた。

いや、殺気ではない。

異様に耳のいい俺でも、知らずにここまで接近されたのは久しぶりのことだ。


ーー上位者の圧力、というものだろうか。

まあ、俺とクリスはしれっと受け流したけどな。


「むう!」

目の前にいるアホ隊長も、なかなかの使い手のようである。

20メートル先の木立から音を立てて近づいてくる、一人の男に目をやっていた。


その黒装束の男は、”表”に出てくる時の決まりとして、血の色に黒筋が入った腕章をしている。

「・・・あれは、まさか!」

「フン」


「暗部”赤刃”か」

話が早い、と思った。

彼らは、独自の連絡手段や交信魔術を有している。この国難に際しての、王都からの返答を、ここですぐさま聞けるはずだ。


これでムダな拘束はまぬがれた・・・そう単純に考えたのは、完全に俺の誤りだった。

「ーー!?」

「嬢ちゃん!?」


そこで、本物の殺気がふくれ上がったのは、俺たちの後方だったのである。


「やめろ、フリア!」

彼女が。

これまで、何一つ自分の感情で動きを見せなかったフリアが、目にも止まらない速度で剣を抜いていた。

どこにそんな気性を隠していたのか、瞳に烈火の怒りを宿して、前のめりに刺突の構えをとっていく。


「ーーめろ!!」

俺は”本気で”吼えた。

驚いて構えを取る『赤刃』とは対照的に、フリアはその声量にギョッとしたあと、手をかざす俺に従って、剣を収める。


いま、暗部は完全に戦うつもりがない意思で近づいて来たのだ。

そして・・・。彼らが正体を隠さずに人前に出てくるということは、”王都”執政部直々(じきじき)の、諜報部としてのお達しがあるということである。


「・・・ニール=ダンセルだな」

フリアを見やり、牽制じみた眼差しを投げかけた後、俺に話しかけていた。

ーーうん? クリスじゃなくていいのか?


「そちらの案、実行の許可が出ている。ヨーク長城正門より、東北東。5°の誤差なく撃ち放て。ラーカント導師よりの伝言だ」

「・・・ラ、ラーカント!? 師匠!?」


とっくに引退してたのに、まだ執政部にパイプ持ってたのかよ・・・!

今さらながら、クリスに出させた書状に『ラーカントの弟子だ』と書いて良かったと思う。

いちおう、俺の師匠は、宮廷魔術師の中でも執政部、軍部、魔術学院の三大機関すべてに所属した、なかなか顔の広い人物なのである。


「そちらは・・・確か、ウェイグ騎士長だな」

「は・・・ハッ!」

続いて、初めて実物を見た、と言わんばかりに茫然としていた隊長に、赤刃は声をかける。


「この三名を、明日まで長城で待機させてやれ。守備総大将のカスパル将軍には、話を通してある」

「ハッ!」

思考に優先する反応で、その騎士長は敬礼する。

・・・まあ、国家の諜報部とは、大抵が恐ろしいものなのだ。

たとえばこの国の現場においては、今やられたように、実質国境守備隊のトップにすら匹敵する権限を持つ。

騎士長()ら下士官は、新兵教育の頃から、イヤというほど”腕章”に畏怖を植えつけられてきているのである。


「どうにか、話はついたようだな・・・」


苦い思いでいる俺とフリアをよそに、クリスだけがまるでわけ知り顔のように、鼻を鳴らしていたのだった。















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