表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

一石

人間はしばしば、奇妙な感覚を働かせることがある。


コルゴア山脈から帰還し、その近隣の大きな街に戻ってきたときに、俺たちはそれを感じ取っていた。


「・・・遠巻きに眺めてだが・・・何かあったみたいだな」

「ええ。少し、不穏なモヤのようなものが立ちのぼっているように見えます」


「ほ~らみろ、クリス。きっと廃墟からあふれ出したレッドキャップが、ここまで来たんだぞ。あー、何てひどい奴。人災だよ、これは人災だ」

そんなことを言ってじゃれ合っていた俺たちは、そのまま市街に入ってもまだ、落ち着いたものだった。


心なしかザワついている市民を横目に、足を休める宿へ向かいながら、金羊毛を売って街に賠償金でも払えと、クリスに迫っていたくらいである。


ーーだが。

「何だってぇ!? ランバルドが攻めてくる!?」


ようやくそれを聞いてひっくり返りそうになったのは、幾度か入ったことのある料理屋、『黄金の泡沫うたかた』亭でのことだった。


その店の女将に、「なんだいアンタら、冒険者じゃないのかい。こういうことに詳しいのは、むしろそっちだろうに」と笑われたのだった。


オイ! 一体、どういうことだニール!!

茫然としながら、俺はテーブルに置いた両手を見ていた。


がなる友人を無視し、隣に座ったフリアに目をやれば、彼女は真っ青になりながら、震えるように唇を開いている。

・・・ああ、そうか・・・。

そういうこと(・・・・・・)か。


すぐには言葉が出てこず、俺は彼女の肩をたたいた。


「どうも暗部の追跡が甘いと感じてたが・・・どうやら向こうは、それどころじゃない事態になってたみたいだな。

ーーいいか、フリア。あんたは・・・いや、あんたのいたパーティーは、何も間違ったことはしちゃいねえ。人間が強大なモンスターに襲われてたら、それに加勢するのは当然のことだ。例えそいつらの親玉が、他の国に攻めこんで、民を殺そうと企んでるクズでもな」


「・・・?」

クリスは一人、話が分からないという顔をしていたが、ああ、嬢ちゃんたちが瓦解するはずの敵軍を助けちまったんだな、と無神経なことを言っていた。


もともと対人を想定した軍隊では、魔物相手ではうまく立ち回れないことが多い。

少数でも、柔軟に動ける冒険者のほうが、経験値もはるかに高いのである。


「いちおう訊くが、その現れた魔物ってのはーー」

骸骨翼竜(スカル・ワイバーン)です」

「!!」


さらに衝撃を受けて、俺とクリスは黙り込む。

『スカル・ワイバーン』・・・

俺たちの国(ディノス)も、相当本気だったんだな、とため息をつく。


羽毛はわずかしかないが、常時魔力の毒風をまとって空を飛ぶ凶悪獣で、風向きが悪ければ羽ばたきだけで20人は殺すと言われる、最悪級のアンデッドだ。


「念入りな準備もなしに、よく遭遇戦で倒したな・・・」

めずらしくクリスが、他人を褒めるようなことを言っていた。

しかしフリアは、表情を曇らせたまま、

「はい・・・。しかしそれ故に余力はほとんどなく、ディノスの諜報部隊に次々と・・・」

膝の上でこぶしをにぎり、涙を浮かべている。


店内の客が騒がしいなか、自分たちのテーブルだけが別世界のように沈んでいた。


「・・・けど、どうするよ、ニール。しばらくこの国を離れるか? なぁに、どうせ奴ら(ランバルド)は、フェナス魔石の鉱床がほしいだけだろう。時期を見て、またディノスが取り返すさ。この国はそうやって、復讐の果てに立国した国だしな」

「ああ・・・」

領土を奪われる恨みを、骨身に染みて知っているからこそ、他国には攻め込まない。


そんな敬虔な誓いは、隣国ランバルドにとって、さぞ愚かにうつっていることだろうが・・・。

それにーー

「俺たち”冒険者”ってのは、明日も知れない職業だ。だが、こんなときには簡単に逃げ出せる自由さがあるから、良いよな・・・」


俺は自嘲気味に言う。

「・・・わ、私はーー」

フリアは何も言うことができず、ただ俯いていた。


ーー自分たちみたいな人間が、大それたことを考えちゃいけないーー。


それが、三人の共通の見解である。

こんなことになる前からみながそう思っているし、たとえどんな事態が起ころうが、責任など問われない。

なんせ、ただの放浪者なのだ。


「クリス。S級魔導師の名前を貸せ」


だが、俺は。

「・・・何だ? 何かやろうってのか、ニール?」


明らかに間違った方向へ進もうとしていた。

「『灰塵(かいじん)槍』をやる。それで『ランバルド』が退かないというのなら、この争い、全面戦争で仕方ないってことだ」

「!」


それを聞いたフリアは、ぽかんとした表情をしていた。


しかし、やがてその言葉の意味を理解すると、驚愕に目を見開いていく。

俺は・・・そのとき、深刻な顔をしていたと思う。

だが友人は、すべてを知っているクリスは、これ以上ないほど愉しげな表情でうなずいたのだった。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ