支流
「お~ま~え~なぁ~!」
先ほどは友人の呪文を褒めるようなことを言ってしまったが、どうやらそれは、すぐに取り消さねばならないようだった。
「クリスせいだったのかよ! レッドキャップがそこらをちょろちょろしてるのは!?」
「いや、待てよ親友。たぶんーーだぜ? 何しろ光黄龍に、思いっきりブレスを吐かせちまったからな。南北に連なるコルゴア山脈の南側に、やつらの根城がいっこ、最近できてたなー、と・・・」
「このダメおっさんが!」
強力な魔物を突つくときは、極めて細心の注意が必要だ。
だいたい、平和というものはバランスによってしか成り立たないので、世界にとって存在が重い、ドラゴンなどに関与するのは当人だけの問題ではすまない場合がある。
「だから、今回はお前に頼んだんじゃないか! たしかニールは『姿消し』の魔術が使えたろう? 俺はほぼ攻撃系しか使えないから、そういうセコい手がーー」
「やかましい!!」
欲望に操られまくってるお前にだけは、言われたかないわ!
肩で息をしながら、俺は友人につめ寄っていた。
「ま、まあニールさま。とりあえず、先を急ぎませんか? レッドキャップがこんなところに出現した事実を、近くの村に早く伝えた方が・・・」
一番の部外者であるフリアが、極めて真っ当なことを言っている。
この道の先達としては、情けない姿だった。
「おお・・・そうだな。それじゃあ行くか・・・」
それを聞いて、喜びながら馬車にぴしりと鞭を入れるクリス。
待て、お前は。
フリアと俺が乗車してないの、分かってるだろう。
あわてて二人で荷車に乗り込んでから、友人の頭をはたいてやったのだった。
ーーまったく、この男は何も変わっていない。
俺たちのパーティー、『デモンズ』が解散してしまったのも、おそらく俺ではなく、こいつのせいなのだ。
ーーちなみに、であるが。
結果から言えば、『金羊毛』は簡単にゲットすることができた。
何しろ、最大の課題だった「ドラゴンが留守のあいだに、どうやって火口から内壁にある巣まで降りるか?」という問いかけが、必要なかったからである。
「すごいです・・・。マグマが固まった岩床や、岩脈を掘り進むなんて・・・! クリスさまは、”無限魔力回廊”という二つ名で呼ばれていたそうですが、噂以上の容量ですね」
火山に掘られた横穴を見ながら、フリアがつぶやいたものだ。
当の ”無限魔力回廊”は、いやあ~、適当に測量して、『牙風』で進んでいっただけだよ、と照れながら答えている。
・・・一度目はその横穴が見つかって、思いっきりブレスを貰ったくせに。
と、いうわけで、今回は俺が『姿消し』の魔術でその横穴に入り、サバンナに時々いるダチョウがメタボ化したような子供竜3匹に鼻をひくひくされながら、金羊毛をちぎり取ってきたわけである。
クリスのように、子に騒がれて親が帰ってきて、ブレスを「ゴォ~」などということは全くなかった。
ーー これにて、めでたしめでたし。
と、いうはずの予定だった。
「・・・」
たぶん、俺は冒険者として、頭がマヒしていたんだと思う。
ガラガラと。
一行はのんびり、馬車を走らせている。
自分にとっては、宝を持っていようが、手ブラだろうが、どうでもいい帰り道のはずだった。
だから、急ぐこともないのだと。
・・・俺たちが抱えていた、本当の『爆弾』は、フリアなどではなかった。
もうすでに、クリスにも事情は伝えてあったが、誰もそれが巨大化しまくっていることに、気づいていなかったのだ。
ランバルドはーー”東の隣国”は、すでにその時、俺たちの国に宣戦布告し、国境を越え始める寸前だった。