迷惑+迷惑=良縁
翌日からは、しばらく息をひそめて生活するはずだった。
そのちょっとした仕草から、フリアが相当に使える剣士だということは理解できたが、何より彼女の疲労がひどかった。
数日で心身が全快するはずもなく、俺は最大限に警戒をしながら、対策を立てるつもりだったのだ。
だが・・・”人生の客”というやつは、来ないときはサッパリ来ないのに、ある時から立て続けに来訪するようになる。
「ニール様」
そうフリアに呼びかけられたのは、彼女がやって来てから二日後、夜明け前のことだった。
こともあろうに、その『来訪者』は、家人が確実に寝ているであろう時間に、扉を叩きまくったのである。
「おいニール、いるんだろう!? お前にいい話を持ってきてやったぜ!! 聞いて驚くなよ? なんと『金羊毛』だ!! コルゴア山脈の火口に棲む竜がな、寝床に使ってやがったんだよ。 今から取りに行こうぜ!!」
あの・・・バカが・・・!
フリアに「大丈夫だ。心配ない」と手で示していた俺は、がっくりと項垂れていた。
いくら知り合いとはいえ、暁七ツ(朝の4時)あたりに、こんなハイテンションな男を紹介したいわけがない。
下手をすれば、こっちの人間性まで疑われそうな友人を、俺は仕方なく戸外で迎えたのだった。
「・・・何!? お前、その包帯」
せめて夜が明けてから来いよ、と文句を言おうとしたが、三角巾で腕をつり、他にもあちこち包帯だらけの友人を見て、驚く。
なにか、世間では今、怪我人フィーバーでも起こっているのだろうか・・・。
「いや、だからさっき言ったろう」
友人の”クリストフ=アルノー”は、バカなのか?というような目でこちらを見てくる。
「コルゴア山脈に棲んでる竜がよ、『光黄龍』なんだよな。それで、巣穴から『金羊毛』を盗もうとしたら、烈光ブレスを吐かれてよお・・・。俺の魔術、”エーテル・シールド”がなかったら、マジで死ぬとこだったぜ」
もう半分死んでるだろ、とつっ込みながら、俺は仕方なく、”クリス”を中に入れることにした。
さすがに怪我人を家から締め出すほど、人は悪くない。
足につっかけていた草履をぬぐと、居間に上がって、囲炉裏に薪を足す。しばらくして、くすぶっていた火が大きくなったのだった。
家の中がほのかに明るくなり、また少しのあいだ、沈黙が続いた。
「・・・?」
しずかに息を飲む音が聞こえたのは、俺が茶を沸かすために、台所で水を汲んでいるときである。
「・・・な」
あー、はいはい。
分かってるよ、クリスの言いたいことは。
「何だ、この美女はぁー!! お前ニール! 俺たちのパーティーから脱けて解散させといて、お前はこんなスレンダー美女の中に、毎晩濡れながら入りまくってんのかぁー!!」
「生々しいだろ!」
パアン、と頭をはたいて、俺は天井から釣っている自在鉤に、茶瓶をかけた。
真っ赤な顔をしたフリアは、まだ奥の部屋のすみで、正座をしている。
・・・いや、ごめんな。紹介したらクリスが騒ぎまくるだろうから、どう切り出そうか悩んでたんだ・・・
さすがにそのままという訳にはいかず、俺は「カルナック」のフリア=イーストンだ、と友人に告げたのである。
「・・・ふーん・・・」
ーーカルナック・・・ねえ。
彼はしばらく腕をくみ、頭を傾けていた。
こいつは、せっかちな所があるけど、魔術の素養だけは大したもので、大陸全土を見渡してもそういない”S級”の魔術を使える導師である。
ぼんやりと胡座をかいていたあと、続けた。
「ああ・・・! いつだったか、一人で飲んでて見かけたことがあったな。ギルドのテーブルで。・・・なかなか良い仲間がそろってるみたいじゃないか」
普通に先輩らしいことを言いながら、クリスは板間で膝をうっている。
「ーー」
しかし、その『カルナック』のメンバーが全滅したってのは、言うべきなんだろうか・・・。
俺ははた、と迷ったが、当のフリアはかすかに首をふっているようだった。
まあ・・・できるだけ人を巻き込むのは避けた方がいいよな。
俺の家にいる時点で、そもそもやばいんだけども。
「えー、ところで」
話を戻すために、俺は友人の目的を思い出させてやることにした。
「なんか、大層な『魔道具』を見つけたんじゃないのか」
「おお。そうだよ」と、彼はまた目を輝かせる。
ーー金羊毛ってやつは、雨を降らせることで有名なんだ。それがあれば、俺の苦手な『水系』魔術の研究が、進められそうなんだよなー。
「・・・」
金羊毛・・・
俺は、アゴに手をやりながら聞いていた。
水のエレメンタルの純度が半端ではない、ただの魔道具というより、『高文明遺物』と呼ばれるレベルの品である。
「お前はホントに、魔術オタクだよな・・・」
他に言うこともなく、俺はあらためてため息をついていた。
友人は、そんなことはどうでもいいとばかりに、
「だいたい、『S級魔術を使える』ってだけで、国からの宮廷召集がうるさいんだよな。お前のことはまだ話してないけど、もしニールがこの話を断るんなら、『彼も不完全だけどSランク使えます』って密告してやるからな。放浪してる俺でも、月に一度は誘いが来るんだぞ。持ち家に住んでるお前なんか・・・」
待てい。
そんなこと、されてたまるか。
そもそもその”国”の暗部と、もめそうになっているのだ。ただ事ではすまない。
「あの・・・ニールさま・・・」
そこまで話を聞いていたフリアが、とつぜん口を開いていた。
「?」
俺は、ふとクリスと目を合わせると、そのまま黙る。
「もし、その・・・クリストフさまの旅に同行されるなら、私も連れていってもらえないでしょうか」
「・・・」
「えっと、ですからーー」
ーーん?
この子は、何を言っているのかな?
これ以上、問題をややこしくしてどうする。 そんな風に俺は、一瞬感じたのだった。
「・・・!」
しかしーー
「ああ、そうか・・・! よしクリス。お前は、とてもラッキーな男だ。俺だけでなく、このフリア=イーストン嬢まで、旅に加わることになったぞ」
「!?」
いきなり意見を変えられ、友人は何やら戸惑っている。
・・・だが、どうやらフリアは、思った以上に機転の利く女だったようだ。
『自分たちにとって、予想外の旅ーー』
それは、とりもなおさず『”暗部”にとっても、完全に予想外の動き』という図式が成り立つのだ。
・・・うむ。我ながら、良い案だと思う。
本当はフリアの案なのだが、まあこうして、早すぎる引退でくすぶっていた男と、美女と、その他一名、どうでもいい知人の旅は、始まったのだったーー!




