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赤刃

(お・・・気がついたみたいだな。俺が識字障害じゃなけりゃあ、書き置きでもしてやったんだが・・・)


自分の小屋にやって来た女が動き出したのは、買い出しを終えて、もう自宅が見え始めるくらいに帰ってきたころだった。

山小屋周辺にかけてある魔術”クモの巣(結界)”は、今も大気の精霊を伝って、こちらに感覚を教えてくれている。


女はゴソゴソと部屋の中を動き回っていたが、自分の持ち物でも見つけたのか、また元の位置に戻った。


この魔術は、ほとんど魔力を消費しない代わりに、驚くほど繊細な反応しかしてくれない。

庭先でコオロギがくしゃみしたのが聞こえるくらい静かなわが家だからこそ、ここまで敏感に相手を感じ取ることが出来るのだ。


(もし追っ手がやって来たりすれば”帰還リターン”の魔術でも使おうと思っていたが・・・ちょうど良い頃合いみたいだな)


俺は足を早めながら、小屋の扉の前にたどり着いたのだった。


・・・コン、コン。

自宅をノックするという、おかしなマネをした後、かちゃりと取っ手をもつ。

「!」

女は寝かせておいた毛皮の上に座って、腕に巻かれた包帯をはずそうとしていた。

「おい。副木そえぎはそのままにしておいた方がいいぞ。他はすり傷程度のケガだったが・・・何かの強烈な打撃でも受けたのか? 骨にヒビが入っているかもしれん」


へこんでいたアームガードは裏打ちして直しておいたが、それはまだ作業小屋の方にある。

「・・・すみません」


女は俺に気づくと、即座に立ち上がり、まだフラついた体で頭を下げる。

「私は、フリア=イーストンと申します。『カルナック』という冒険者パーティーにいました。これからすぐここを・・・」

「待った」


俺は、右手をあげて話をさえぎった。

「もう夕方だ。今から風呂を焚く。釜風呂だがな。入るのが嫌なら、身体だけでも拭けばいい。あと、トイレはここを出て右の建物だ」


それだけ告げると、俺は回れ右をしてまた出て行こうとする。

「待ってください!」

フリアという女は、胸の前で腕をかばいながら叫んだ。

「ご迷惑をかけてすみませんが、これ以上お世話になる訳には・・・。あなたにも害が及ぶかもしれません」


もっともだ、と俺はうなずいていた。


「誰かに追われてるんだろう。 そんな時にちょっとでも関わったのなら、『イエ、知りません』なんて言葉は通じない。あんたを万全でないまま放り出して、死なれるのも迷惑なんだよ。余計にとばっちりを受けるのは、こっちなんだからな」


俺はそんな言葉を残し、軒先のきさきにつんであるまきを取りに向かった。

女は、それっきりシュンとしてしまったようで、もう家の中から物音もしなかった。







だいぶ迷っていたみたいだが、彼女ーーフリアは、風呂に入ることを選んだようだった。


俺が元同業者なのは知っててここに来たらしいし(いやあ! これでも有名だったからなあ!!)、『結界』があることは伝えたし、何しろ数週間ほど逃亡生活をしていて身体を洗えず、しかも人殺しをしていた身だ。

竹で編んだ”立て”に囲まれた簡素な釜風呂だが、湯から上がった後には、ずいぶんとサッパリした顔で俺の前に現れたものだった。


「すみません・・・。このような服まで・・・」


さすがに恐縮する彼女だったが、別にその衣服は高くもないし、俺が選んでもいない。

ダークレッドのふち取りが入った白の上衣に、黒のパンツ。

おっさんのチョイスだと気持ちが悪いだろうから、ちゃんと身の丈を伝えて、人に選ばせたことを告げてやった。


「ーーところで、あんたさっき、『カルナック』に所属していたって言ったよな? あのパーティーはたしか、ギルドランクで”獅子”・・・冒険者で最高位の人間が、けっこういたと思うが・・・」


着替えを彼女にあてがった部屋に置き、フリアは居間の囲炉裏の前まできた。

座らせてから、俺は尋ねる。


「もしかして・・・仲間内で揉めたのか? 相当な宝でも手に入ったとか」

まずはお茶でも、と言いたいところだったが、さすがにそろそろ事情を聞いておかねばならないと思った。

フリアが悪事を働く人間ではないことは、俺の鋭敏な”耳”が感じ取っているが、このままでは確実に追っ手と殺し合いである。


「・・・」

板間に正座し、彼女はしばらく黙っていた。

ぼんやりとだが、悲しげに囲炉裏の火を見つめ、やがて俺の視線を、まっすぐに受け止める。

「私は、メンバーに誘われてからまだ日が浅かったのですが・・・仲間は、すべて亡くなりました。私だけが、乱戦のなか、逃がされて・・・。いきなり敵に襲われた場所は、東の隣国『ランバルド』。その相手はーー刺客は、『わが国(ディノス)』の諜報暗部です。






「!」

運が悪い場所に居合わせたな、と俺は思った。

おそらく、『ランバルド』絡みで暗部”赤刃”に追われたとなると・・・

「強力な魔物が現れたんだな。その隣国に」

「・・・!」

今度はフリアが押し黙り、目を見開いていた。

知っていたのですか、という表情をするが、別段驚くような話でもないのだ。



ウチの国(ディノス)の東部にある、『異界林』と呼ばれる霧深い場所から、たびたび上級モンスターが現れることは、周知の事実である。

問題は、ときどきその魔物が『ランバルド(隣国)』に襲いかかってしまうことなのだ。


「こっちの人間はほとんど知らないんだけどな・・・。実はしばしば、タイミングが良すぎる出現だったんだよ」

俺は、彼女がどこまで知ってしまったのか、気になっていた。


国の上層部しか知り得ないことだが、何しろ俺のもと魔術師匠は、引退した宮廷魔術師なのだ。

その弟子の一人に、異様な才能の男ーーまあ俺だな、えへんーーがいると分かると、厳しく言いつけたのだった。

「隣国のランバルドという国は、昔からわが国に攻め込んで、多くの人の命を奪ってきた・・・。奴らは、国境沿いにある『フェナス魔石』の鉱床を狙っておってな。そこで、国境侵犯のために軍を集める動きを見せたのなら、なぜか(・・・)異界林から現れるモンスターが襲いかかることになったのじゃよ」


お前はこの『召喚』問題に、どんな形でも絶対関わるな! と俺の師匠は言った。

ただでさえ、人が唱えるのを聞いて、呪文志向をなぞっただけの、暴発気味の魔術を使う俺だ。

”数を憶えれば憶えるほど、精度は高まる”

とも教えられたが、もし有用な召喚術を憶えて、あげく国に利用され、戦争問題になれば困る。


・・・いちおう、『異界林』からは、普通にモンスターが現れてウチの国も被害に遭ってはいるし、すべての話は闇の中にほうむった方が、この世は平和でいられるのだった。


「では、それを隣国にもし知られてしまったらーー」

フリアが、そこまで聞き終えて言う。

「まあ、確実に全面戦争だな。今まで残虐非道に殺してきた数は向こうの方がはるかに上だが、さすがに騙されていたとなれば、拳を震わせるだろうよ」


あちらさんの一般人には、「『ディノス(他国)』に攻め込もうとした罰じゃ! やはり、神様は見ておられるんじゃあ~!!」などという宗教団体もいるようだが・・・


「私たちは、その、魔物に襲われていたランバルドの砦に駆けつけたのです。ちょうど国境沿いにいて・・・」


その討伐を終え、仲間うちの『シーフ』が、怪しい動きをする人間を見つけたらしい。

あとをつけて、いらぬ話を聞いてしまったのだろう。


「・・・」

しゃべり終えた俺は、むっすりと黙ってしまった。

これは、本当に困ったことになった。


「仲間は・・・戦いの疲労も癒えぬまま、ほとんどが毒刃で・・・」


声をふるわせて、フリアが下を向く。

今日はもう休もう、と俺は彼女に告げた。


国の『暗部』とめるのは、終わりがなく、地獄だ。

わずかな解決策を考えながら、俺は用意していた食事を提供したのだった。






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