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第1章 エピソード3:さよなら退屈な日常

読書の秋とともに季節の変わり目で風邪を引きやすい時期になりました。

自分は喉をやられたので、のどぬーるスプレーを使用しています。

皆さんもお気をつけて。

 どこからが床で、どこからが壁で、どこまで続くかも分からない真っ白な空間のなかにもかかわらず、個として独立し、我を強く放つ純白の輝きを纏った美少女が、我が物顔でこちらを見つめていた。


「へぁ?」


 なんてことだ。あまりの美しさに不意に変な声をあげてしまった。綺麗な女性に耐性がないため、こういう場合、なんて話を振ればいいか全く分からない。そもそも、こんなところに人がいるなんて思いもしなかった。ひたすら歩いていたのも何かを見つけるという列記とした目標のもとやっていたわけだし、途中からボケーっとしてたけど、ノーカンだ、ノーカン。さっきの声はどうか聞かれてないことを願う。


「ふっ……」


「?」


「ふふふっ……あっははははははは!ふひっははははははははははははははぁあ〜…何? ふふっその声、その顔? 車に轢かれる寸前の猫みたい……ブゥッふふふふふっあはははははははははははははははは!」


 さっきまで綺麗だなと思っていた少女は、現在目の前で床を手でバシッバシッ叩きながら、腹を抱え、涙が滲み出るほど大笑いをしている。こんなにも笑われてしまうと、怒りより先に、呆気にとられてしまった。


「あ……あのう……」


「むふふふ……はいはい、なんでしょう迷い猫さんっふふふっあはははははははは! ダメだ! 堪えられないンフフフフッ」


「はぁ〜もう猫でもなんでもいいですよ」


「あれ? 怒っちゃった?ごめんよ〜笑い上戸でさぁ こうして人と会うのも久しぶりだし、ちょっと気分が上がってたのさ」


「別に怒ってないですよ。ただあまりにゲラゲラ笑うんで、少し、ほんのすこぉおおおおおし気分を害しただけなんで、気にしないでください」


「それ絶対怒ってるやつだ! ほんとにごめんよ! 悪気はなかったのかと言われたら微妙な線だけど、許してよ〜。神様がこんなにも頭を下げるなんて、滅多にないんだよ〜」


「まぁ、その……そんなに頭を下げていただくと逆に気まずいっていうか、なんというか……ってあれ? 神様?」


「はいはい神様です! なんでしょうか?」


「あなたが? 神様? ……いやいや、神様なんていないでしょ。ちょっと頭をどこかでぶつけました?」


「いきなり当たりが強くなってきたね! そういうところ嫌いじゃないよ! むしろ好き! 大好き! 愛してる!」


「あの、そういうノリほんとにめんどくさいんで、やめてもらっていいですか?」


「ひどいなぁ〜これでもれっきとした神様なのに〜しかもボクって可愛いじゃん! 可愛くて、しかも神様! 最強じゃん!」


 神様と自称する少女は、腰に手を当て、えっへんポーズをしているのだが、彼女の言う通り、可愛いのが憎い。


 キリッとした顔つきだが、澄んだ青空色をした瞳と整った鼻とぷっくりと艶めいた唇。腰まで伸ばした白髪は髪先あたりで結衣られ、一本一本が細く透き通って、互いに乱反射を繰り返しキラキラと輝いている。おまけにボクっ娘。


「確かに可愛いのは素直に認めましょう。でも、どうしても神様っていうことが信じられないんですよ」


「そんな真顔で可愛いなんて言われちゃったら、嬉しくて子宮が下がってきちゃうぅううう」


「うわぁ……」


「ちょっとそんな露骨に顔のシワ全部寄せて引かないでよ!」


「そりゃ引きますよ。ドン引きですよ。どこの世界に下ネタを撒き散らす神様がいるって言うんですか?」


「こっこで〜す! こっこ、こっこ!」


「いや、だから信じられないんですっt…」


 瞬き、そう、ただ一度の瞬きをしたその瞬間。目の前にいた彼女が消えた。音も無く。忽然と。辺りを見渡しても、らしき人物がいる気配がない。いた形跡もない。ただ真っ白な空間の中で、まるで最初から存在していなかったように……。


 どこからか湧き出た雫が背中を伝う。驚きの表情が隠せないまま高まる動揺とともに、吐息が耳元に流れ込む。



「これでも信じてくれないの?」


「あぎゃろっぱぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


「あははははははははははははははははっ! 最ッ高! そのリアクション! ブフフッあははははははははっ!」


 振り返るとそこには当たり前のように、先程と同じくゲラゲラと笑う彼女がいた。


 おそらく自分は呆然としていたのだろう。当たり前だ。目の前で消えた人物が、自分の背後に突如として現れたのだ。普通の人間では、こんなことできるはずがない。いや、これはマジックだ。デタラメだ。そんな風に頭が理性が誤魔化そうと必死になっている。


「あらあら〜まだ信じてなさそうな顔をしてますなあ。ま、信じるか信じないかはさておき。自己紹介がまだでした。ボクの名前はアリシア。アリシア・テ・ルース。とある世界で神様をしています。そして、君の恩人です」


「おん……じん?」


「そ! あのままだったらトラックに轢かれて死んでたから、ボクの気まぐれでこっちの空間によっこらせっと引き入れたんだ。感謝してよね〜」


 今、こいつはなんて言った?


「いや〜ほんとによかったよ〜。死に際がかなり酷だったからさ〜。はらわた全部出てたし。やばっ思い出すだけで、吐き気が……うっ……」


「死ぬ? 俺が? ふざけるな! そんなありえない話、はいそうですかって信じられるか!」


「ひどぉ〜い。そこは、ありがとうアリシアちゃん! このご恩は一生忘れません! って言って涙ながらにボクにひれ伏してもいいレベルなのに〜」


「誰が全く確証もない恩義にひれ伏すか! そもそもここはどこなんだ! 俺をどうする気だ!」


「まぁまぁ落ち着いてよ〜。うんうん、そうだねちゃんと説明しないとね。まずここはどこか。君のいた世界の時間軸と別の世界の時間軸との狭間。別の言い方をすると君の世界と異世界を繋ぐ断絶された空間。だから、ひたすら歩いてもどこにもたどり着くことができないんだ」


 息が整い始め、なんとか彼女の話が耳に入るようになった。まだ疑いが山ほど残っているが、どうやら、ここは日本ではないことになる。さらにひたすら歩いていた自分の努力が水の泡と化したということも明かされた。


「そして、君をどうするか。ここが一番の問題なんだ」


「なんだよ。元いた場所に帰せばいいだけの話だろ?」


「まぁ帰らせることは可能なんだよ。でもその場合、君は死ぬことになる。トラックに轢かれる寸前の地点に戻すことになるからね。それこそ元いた場所に、元いた時間に、元から決まっていた運命のままに帰さなければならない」


「………じゃあ、死ぬことが分かってるんだから」


「トラックに轢かれないようにするだって?残念ながら、それは不可能だ。ここでの記憶を君の世界に持ち込むことはできないんだ」


「…………」


 絶句。逃れられない運命。死。ありとあらゆる全てを否定されている気分だ。ただ生きていた。敷かれたレールを走らされた挙句、交通事故というありふれた死で終わる。なんのために生きてきたのか。自分は何を成したのか。自身の中に何も蓄えられず、加倉井 奏太は消えて無くなる。胸に穴を開け続ける虚無感が身体を縛りつける。締めて、締めて、締めて、きつく締まっていき……



「な・の・で、君を異世界に転移することにしました!」


 あっけらかんと黄色い声色で彼女は放った。


「転移だって? 一体どこに?」


「そりゃもちろん、ボクが住んでる世界。君の世界で言うところの異世界転移をするってことさ!」


 異世界転移という単語に、先ほどまでの虚無感が削ぎ落とされたのか、期待と興奮が募っていくのを感じた。


「そこには……エルフはいるのか?」


「うん! いるよ! 気難しい性格してるけどね〜」


「ドワーフは?」


「もち! のろん!」


「リザードマン、獣人も?」


「そりゃもう、たっくさん住んでるよ! 君が思ってる以上にボクの世界は豊かで美しく素晴らしい世界さ!」


 鼓動が速くなっていく。胸が弾むのはいつぶりだろう。現に幼子のように目をキラキラとさせていることに気づいていない。


 自分が追い求めた理想郷がまさか存在していたなんて、夢にも思わなかった。


「今すぐ! 今すぐにでもその世界に行かせてくれ!」


 気づいたらそう叫んでいた。行きたいという希望的、短絡的な気持ちが現実を見るより優っていた。


「めちゃくちゃ乗り気だね! 神様のボクも嬉しいよ!」


「たしかにあなたは神様だ! 今ならひれ伏すことも惜しまない!」


「なんかボクの神様の価値が安く見られてそうだけど……まぁいいか。でも一つだけ忠告をさせておいてほしい」


「ああ! なんでも言ってくれ!」


 急かす自分とは逆に、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気とは違った少し切ない影を落とし



「たしかにボクの世界は豊かで美しく素晴らしい。でも、文化の本質が君達の世界とはまるっきり違う。そこだけはしっかり心に刻んでてほしい」



 この時は、興奮のあまり曖昧にしか理解することしかできなかった。


 あの平凡で退屈な生活とはおさらばだ。俺は異世界で最高の人生を歩むんだ。これからが楽しみで仕方がない。頭の中が希望に満ち溢れている。ああ早く、早く、自分の望む世界に……。


 一歩ずつ、一歩ずつ、一歩ずつ、着実に、着実に


 加倉井 奏太は餌につられて、罠に近づいていく。


この小説を読んでくださり、ありがとうございます。

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