第三話―クレアの過去なのじゃ
今回はちょっと暗い話だから苦手な人は気を付けるのじゃ
クレアの走り去った室内は静寂に包まれていた。
「クレア……」
あー、さすがに会って初日にカミングアウトは早すぎたかのぉ。ただでさえ魔族を嫌っていたのはわかっていたことだったのに。
「って、こうしてる場合じゃねぇぞ!村に近い森の中とはいえ、夜はモンスターも増えるんだ。囲まれたりしたらヤバい」
「……追いかける」
「すまぬ、軽率じゃった。わしも探すぞ。わしが追いかけたら逃げるかもしれんが、何かあってからでは遅いのじゃ」
わしと狩人のフォルク、剣士のカイルと魔術師のレン、前衛と後衛でペアを組み、二手に分かれて森の中に入る。
「あやつはどうしてあそこまで魔族を嫌うんじゃ?」
「悪いが、俺たちも知らないんだ。聞いてみたことはあるんだが教えてくれなくてな。悲しいような何かに怒っているような複雑な顔をするもんだから、それ以来聞けなくてなぁ」
ふむ、何があったかは知らんが、それでは本当にわしがついて行っても逆効果じゃなかろうか。見つけてもフォルクに任せて後ろで見ていた方がいいかもしれんのぉ。
「……不味いな。これはオークの足跡だ。しかもまだ新しい」
「オークとはそんなに強いのか?二足歩行の豚にしか見えんが」
「一匹なら武器さえあればその辺の村人でもなんとか倒せるぐらいだな。だけどオークというのは一匹ではまず行動しない。相当な実力差がない限りは、相手が一人増えただけでも何倍も戦うのが難しくなるもんだ。しかも厄介な事に、オークってのは人族の女を攫って孕ませちまう。放っておくと繁殖力が高いからどんどん増える。そして村を襲い、また増える。そうなるともう手が付けられねぇ。だから普段誰も入らないような森でも定期的に調査する必要があるんだ」
なんと、そこまで厄介なものだったか。つまりオークに見つかれば巣にお持ち帰りされ、生きてはいても手遅れだろうという事じゃな。
「いやああああああああ!」
「チッ、言ったそばから……こっちだ!」
そこにはオークに囲まれてへたり込むクレアの姿があった。
オークの数は目算で3匹じゃな。
「レンちゃん!前衛を頼めるか?無理はしなくていい。回避に徹してくれれば俺が後ろから弓で仕留める!」
「承知した!」
後ろからフォルクが弓でオークを一匹仕留めると、残りのオークが「ブモ?」とまぬけな鳴き声をあげてこちらを向く。
わしが短剣を構えると怒りの表情でオーク達が棍棒を振りかぶる。
短剣で棍棒による攻撃を逸らし懐に入り込む。動きはのろく、簡単に攻撃が入るが肉が厚いため短剣では致命傷には程遠いダメージしか入らない。
「面倒じゃな……せめてもう少しまともな武器があれば」
しかし、そこにフォルクからの援護射撃が入る。頭部に射撃を受けたオークは一瞬で絶命する。残り一匹。一対一であればオーク程度ただの雑魚である。
「ナイスショットじゃ!後はわしに任せよ!」
縦に振った棍棒を避け、オークの腕を踏み台に高くジャンプする。短剣で首を掻っ切る。いかにオークの肉が分厚いと言っても首を斬られては生きてはいられない。
この世界に来てから初めての戦闘だったが、手足が縮んだ分だけリーチが短くなった以外は特に問題はなさそうだ。慣れればすぐにでもある程度戦えるようになるだろう。
「レンちゃん、なかなかやるじゃねぇか!」
「そちらも頭への一撃、見事じゃったぞ。さて……」
クレアの方に顔を向けると、怯えて後ずさる。
「いや……」
「……大丈夫じゃ」
「いやぁ!来ないでぇ!」
肩に剣が突き刺さる。血が滴りクレアの手に伝う。
「あ……」
クレアは剣から手を放すと自らの手を凝視した。
その姿はか弱く、とても出会った時の気丈さは感じられない。
「もう、大丈夫じゃ。敵はいないから安心せい」
「ごめ……ごめんなさい……」
抱きしめてやるとクレアの体から力が抜ける。
十分程すると落ち着いたのか少しずつ昔の事を語り始めた。
「私には、双子の妹がいたの。本当に可愛い妹だったわ」
妹の名前はリリア。太陽のような、活発で笑顔の眩しい子だった。
私とリリアは両親と一緒にエルフの里で幸せに暮らしていたの。
いつまでもこの幸せは続くと思っていた。
それが、間違いだと知ったのは十歳の誕生日の時だったわ。
村の掟で十歳のお祝いの時に適正属性を調べるの。
妹は風属性。シルフの祝福をもらったと皆喜んだ。
私は火属性。森に住まうエルフにとって禁忌の属性。
その日から私は忌み子として扱われた。
当然のように村から出て行けと言われたわ。
妹が庇ってくれたので、追い出されることはなかった。
だけど、私は村人から存在しないものとして扱われた。
石を投げられる事もあったし、父には暴力を振るわれた。
それとは反対に、妹は村一番の風魔法の使い手として成長した。
皆から慕われる妹。皆から蔑まれる私。
妹なんていなくなってしまえばいい。
そんな風に思った事もあったわ。
それから数年の時が流れたある日、家の外は喧騒に包まれていた。
里に魔物が侵入してきたのだ。
森を護っていた結界は壊されていた。
長い時の流れで綻んでいたのだろう。
私は大切な妹の手を取り一緒に逃げた。
森は燃え盛り、里は失われた。死者もたくさん出た。
禁忌の子がいたからだ。穢れた子がいるからだ。
たくさんの仲間が死んだ。何故お前は生きているんだ。殺せ!
妹が立ちふさがり私を守る。
お姉ちゃん。逃げて。どこまでも遠くへ。
リリアを置いていくなんてできるわけがない!
お姉ちゃん。さよなら。ごめんなさい。
妹の風魔法が私を空へと舞い上がらせる。
遠くで妹の悲鳴が聞こえる。
ああ、妹なんていなければいいと思ったからだ。
これは私への罰なんだ。
目を開けると見知らぬ男が立っていた。
おはよう。よく眠れたかね?
我は魔王イラ。
君の妹の、仇だ。
そこには、妹の首があった。
滑稽だったよ。少し煽ったら簡単に扇動される村人。
禁忌の子だ。なんて、そんなものは幻想だ。
人の命の価値に差なんてないはずなのにね。
赦さない。
おかげで簡単に村の秘宝を手に入れることができた。
赦さない。
感謝するよ。名前はなんだったかな?
お前だけは絶対に、赦さない!
復讐を誓った時、私の炎は黒に染まった。
ははっ、心地よい憎悪だ。その力で我を殺すか。
いいぞ、実にいい。この憤怒の魔王が貴様の怒り受け止めよう。
黒い炎が踊り狂う。森が悲鳴を上げる。
森に在る全ての命が等しく灰に還る。
森の命が尽きた時、そこに立っていたのは私と魔王だけだった。
なんで……なんで死なない!
私は絶望した。私は泣いた。私は哭いた。
全ての元凶である魔王が憎かった。
しかし、それと同時に私は魔王が怖かった。
私の憎悪全てをぶつけても微動だにしていない魔王が。
素晴らしい……ああ、素晴らしい。
その憎悪。その絶望に満ちた瞳。
ゆめゆめ、忘れるでないぞ。
それは貴様の赦されざる罪過だ。
魔王はそう告げると、空へ飛び去って行った。
残ったのは虚無。魔王に対する憎悪。
だけどそれ以上に自分が憎かった。
何もできない自分が憎かった。
それから私は森のあった場所に妹の墓を建てた。
私はいつか、あの魔王を滅ぼすと墓前に誓ったわ。
私は何があろうと、妹と共にあれば、それで幸せだったのに。
何もかもを奪ったあの魔王を決して赦さない。
「今でも復讐の黒い炎は胸で燻っているわ。これは、あの魔王を滅ぼすまで決して消えることはない」
沈黙が降りる――。時の流れが何倍にも遅く感じる。
これは、わしが軽々しく踏み入ってはいけないものかもしれない。
だが――。この子はずっと一人だった。仲間に気を許すこともなく。
信じることが怖いのだろう。裏切られることが怖いのだろう。
「なれば、わしと共に来い。わしが命を手放すその時まで、わしはお主の友であろう。共に魔王を討ち、争いのない世界を創ろう」
争いのない世界。もちろんそんなもの幻想に過ぎん。
本当の意味で争いのない世界などない。
どこまでも公平で、どこまでも幸せな世界。
そんな世界は有り得はしないのだから。
全てが公平ということは、自由がないということである。
だけど、争いのない幸せな世界。
それは誰もが夢見る世界。
仲間と共にそんな世界を目指すのもいいのではないだろうか。
「私は、あなたが怖い。魔王だから怖い。仲良くなって裏切られるのが怖い。この復讐の炎が消えてしまいそうで怖い。それ以上に、それでも友人が欲しいと思ってしまう私自身が怖い」
「もうお主は充分傷つき苦しんだ。友人の一人や二人作ってもよかろう。お主がどう思おうと、わしはお主の友人じゃ。よろしく頼むぞ、クレア」
再び抱きしめると、安心したのかクレアはひとしきり泣いた。
「眠ってしまったようじゃな」
「それじゃ戻るか。クレアは俺が背負って行こう」
……そういえばフォルクもいたんじゃったな。忘れてたわ。
「いや、わしが運ぼう。せっかく友人になったのじゃ。体格もわしとそう変わらんし、問題ない」
家に戻り、クレアを床に寝かせるが、離してくれない。
「リリア……ありがとう……」
クレアは幸せそうに笑う。
これからは妹に代わって、わしがこの笑顔を守るんじゃ。
「ゆっくり休むがよい。おやすみ、クレア」
・無駄な空白を削除
・言い回しなどを細かなところを微妙に修正(物語に影響はなし)
・前に言っていた母の件を削除
出会って初日にこんなこと言うか!という突っ込みが誰からも入らないのじゃ