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黄色い花・1

 ひらりと落ちてきた花が、石畳を数えていた目を奪う。薄く色づいた花は路地に降り落ちていた。石畳に触れた途端、ほろりとほどけて花弁が割れる。私は顔を上げた。空は雲っていたが、道は明るい。レンガ造りの建物にも、電球の外れた街灯にも、街角のベンチにも、私にも、花は降り注いだ。

「綺麗だね」

 声をかけられて、私は声の出所を探した。声の主は軽やかな声で笑う。

「探したって見つかりっこないよ。それとも、かくれんぼでもして遊んでみる? 僕が絶対に勝つかくれんぼでよければ」

「おしゃべりしてくれるの? じゃあ見つけなくてもいいや」

 私が花の積もり始めたベンチに腰を下ろすと、声の主は密やかに笑う。

「負ける勝負はしないの?」

 私は首を傾げた。変わったことを言う人だ。

「おしゃべりしてくれるんでしょ。探す必要がないじゃない」

 声の主はちょっと黙った。私は笑おうとしたが、その沈黙がやけに固くて頬が動かない。ただ、瞬きしかできなかった。顔をかすめて花が落ちていく。いつの間にか、膝下までが花弁に埋もれている。うっすらと甘い香りがした。花吹雪は次第に勢いを強めていた。声は言う。

「そうやって忘れるんだ」

 忘れる? 何を? 私は瞬時にそう思った。その問いが消えると、胸のうちに滴り落ちるような後悔が穴を開けた。

「僕を探さないままでいるから、いつまでたっても何にも分からないんだよ」

 何が分からないの? 聞こうと思うのに、喉が震えてくれない。まるで歯車が空回りしているように、息だけが唇をくすぐる。どうしたというのだろう。降りしきる花弁が喉をふさいだのかな、なんて。声の主は笑う。

「あれ、声が出なくなっちゃったの? おしゃべりできないじゃない。早く僕とかくれんぼしようよ。見つけ出せたら、しゃべれなくたって友達になれるよ。それとも、探し方も分からなくなっちゃったの?」

 私は喉をさすりながら首を横に振った。何を言われているのか分からなかった。胸まで積もった花弁から、強い花の香りがしていた。くらっと眩暈がする。後頭部を引っ張られたように首が仰け反る。水の中に潜ったように、遠い耳鳴りがした。

「ほら、また忘れようとしてる。忘れたらなかったことになるとでも思ってるんでしょ。そのうち、何にも見えなくなっちゃうよ」

 何を言っているのか分からない。むせかえるような花の香りで頭がいっぱいだ。何も考えられない。すべての音が耳鳴りになっている。全身に触れている花弁がくすぐったい。ぼうっと広がる意識いっぱいに、息苦しいほど花の香りが立ち込めている。見上げた空から無数の花弁が落ちてくる。鼻に落ちる。顎に落ちる。唇に落ちる。瞼に落ちた。


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