#1 冒険者としての基礎知識
(第二章 あらすじ)
ジンはエルザとの冒険の途中である秘密を知ってしまう。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
以前、酒場で助けた褐色白髪の凄腕冒険者・セラを仲間に加え、ジンはエルザのために突っ走る!
二週間後、ジンとエルザ、それにアンジュは森の中を歩いていた。
「うーん……ちょっと寒いが天気もいいし、朝の森を歩くのも気持ちがいいな……なあ、エルザ、相棒、そう思うだろ?」
「もう……ちょっとは緊張しなさいよ。薬草の採取は魔物退治ほど危険じゃないけど、なにがあるかわからないのよ?」
「わかってるよ。あんまり怒ってるとしわが増えるぞ?」
「ちょっと、ジン! 怒るわよ!」
「冗談だよ。頼りにしてるって。エルザせーんせい」
「まったく……」
ジンは笑いながら言う。エルザも呆れたような顔で返す。
出会った次の日、三人は今後のことを相談した。
ジンは元の世界に帰る方法を探すことを考えたが、エルザがそれを止めた。帰るための方法を探すにも、まずは先立つもの――お金が必要だったからだ。
そこでエルザは、依頼の受け方や、交渉の仕方、この世界の物価など「冒険者として生きていくための方法」をまずはジンに教えたいと提案してくれた。
最初はジンもアンジュを頼れば大丈夫だと思った。しかし、知識と実践は大きく違うとエルザに説得されて、とりあえず、色々と教わることにした。
実際、それは大正解だった。
依頼の受け方を一つとっても、アンジュが知らないような暗黙のルールや細かいしきたりのようなものがあり、エルザに教えて貰えなければいいように騙されていたかもしれない。
「でも、本当に感謝してるんだぜ? こんなによくしてもらってさ」
「なに言ってるの、あたしたちは友達でしょ?」
エルザは楽しそうに笑っている。
「しっかし、勇者だっけ? そいつの事を調べれば帰る目星もつけられると思ったんだがなぁ」
『すみません。どういう冒険をしたかはわかるのですが、魔王を倒す直前から元の世界へ帰ったという部分の情報がないのです』
「まあ、いいさ。元々は帰れねぇと覚悟はしてたんだ。ゆっくり探すしかねぇだろ」
「あんた、本当に前向きよねぇ」
「当たり前だろ? うだうだ悩んで解決することなんかないからな」
ジンは頬の傷を触りながら笑う。
『ジンさん、エルザさん、ここから奥に入れます』
そんな事を話していると、突然、アンジュが声を出す。三人は立ち止まった。
「えーと、ここが近道なんだよな?」
『はい。きちんとした道もありますが、ここを抜けるのが一番の近道ですね』
「ほんと、アンジュがいてくれて助かるわね……じゃあ、行きましょうか? あ、とりすぎちゃだめよ? 必要な分をとるのがルールだから」
「ああ、わかってるよ……じゃあ、相棒。この先は進みにくいだろうからちょっと待っててくれ」
『はい、お気を付けて』
ジンとエルザは茂みをかき分けながら進む。
「いたっ!」
「おい、大丈夫か?」
少し進むとエルザが声を上げる。ジンが振り向くとエルザの顔に小さな傷ができ、血がにじんでいた。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、小枝が当たったみたい」
「まったく、気を付けろよな。まあ、そんなにひどくなさそうだし、つばでもつけときゃ直るだろ」
「え?」
ジンは自分の指にツバを付けると、エルザの傷口にそれをつける。
「なんだよ。こっちの世界だとやらないのか? オレのいた世界だと――」
言いかけてジンは、エルザの顔が真っ赤になっているのがわかった。そして、自分がなにをしてしまったか気付いた。
「わ、わりぃ! まったく気づかなかった!」
ジンは手のひらを合わせて謝る。ジンの顔も赤くなっている。
「あ、だ、大丈夫よ。あんただってあたしを心配してくれたんでしょ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「あのね。確かにびっくりはしたけど、それはあたしを友達だと思って気を許してくれてるからなんでしょ? 前にも言ったけど、あたしはそう言う風に友達扱いしてくれるのがうれしいんだから……って、なに言わせるのよ。もう、行くわよ」
エルザはそう言うとどんどんと先へと進んでしまう。
「ありがとな」
ジンも、小さな声でそうつぶやくとエルザのあとを追った。
草木が生い茂る森の中を二人はどんどんと進む。朝もやも晴れ、少し暑くなってきた。時間は昼近くになっているらしい。
「お、明るくなってきたな。そろそ――」
「待って」
エルザが突然小声で言いながらジンを制止する。そして、茂みの中に身を隠す。ジンも黙って身を隠す。
「このくらいでいいっすか?」
「いや、まだだ。根こそぎだ」
二人から十歩ほどのところ。背の高いやせた中年の男と小柄な青年が話をしながら何かを集めている。花畑は踏み荒らされ無残な姿となっていた。
「おい、あいつらは……」
ジンはエルザに声をかける。エルザは下唇をかみしめ悔しそうな顔をしたままそれを見つめている。
間違いない。盗賊団の一味だ。
「うっし、このくらいでいいだろ。さてと、最後の仕上げは……」
やせた男の一人が革製の袋を取り出す。
「こいつをばらまいて火をつけるだけだな」
「アニキ。しっかし、お頭は頭がいいっすね。薬草を集めて、花畑を燃やせば、こっちの言い値で薬草が売りつけられるなんて、考えもしなかったっすよ」
「ああ、お頭はインテリだからな。おかげで俺たちもいい目が見れるってもんよ」
男たちは笑いあう。ジンとエルザは、息をひそめそれを見ている。
「エルザ、どうすんだ?」
「……トラブルは避けましょう」
「いいのか?」
「あいつらには色々と思うこともあるけど、あんたを危険な目に合わせるわけにはいかないでしょ?」
エルザはジンを見ずにつらそうに話す。
かつて一時的にでも自分が関わったことがある盗賊を見逃すことはつらい、だが、ジンを危険な目に合わせたくない。
エルザがそう思っていることはジンにもはっきりと分かった。わかったからこそ――
「エルザ、ありがとな」
ジンは一言だけ言うと茂みを飛び出す。
友達が――エルザがつらそうにしているのを見るのはジンには耐えられなかった。
「流死不壊留 特攻隊長 神崎 仁! ただいま参上!」
男たちは突然のことに動揺。ジンは一気に距離を詰める。そして、やせた男の顔面に拳を叩き込む。
「アニキ!」
小柄な青年が叫ぶ。やせた男は倒れ込み、花びらが舞い散った。
「ざっけんじゃねーぞ! コラァ!」
ジンはそのまま小柄な少年の腹部にボディブローを叩き込む。小柄な青年は抵抗もできずに倒れ込んだ。
ジンは二人を見下ろす。二人とも苦しそうにうめいているが、まだ意識はある。
「ジン!」
突然、エルザの叫ぶ声が響き渡る。ジンは嫌な予感を感じ、花畑の奥を見る。
「おいおい、なんだりゃ……」
地響き――そして、巨大なトカゲのようなテカテカと光る皮膚をした生き物がゆっくりとその姿を現した。