#6 キャンブル
「うっし、またオレの勝ちだな」
「くっそ! また負けか!」
ジンは酒場のテーブルに座っている。目の前には先ほどジンに声をかけた大男が座っていた。テーブルの上、リオンの側には銀貨と銅貨が積まれている。
「おいおい、もうやめたらどうだ? これ以上、ゲームをしても賭けるもんなんかないだろ?」
「いや、だが……」
この大男は無類のギャンブル好きでジンにカードゲームを挑んできた。ジンも最初は乗り気でなかった。だが、あんまりにもしつこいので1ゲームだけ遊ぶことにしたのだ。
しかし、ジンがこの手の賭け事が得意だったため、ずるずると遊んでしまい、大勝ちをしてしまったのだ。
「いや、ここで引き下がれねぇ! 最後の大勝負だ!」
大男の目は血走っていた。かなり不味い状態に見える。
ジンは嫌な予感がした。
「オレも男だ! オレはこの命をかけてやる!」
大男はナイフを抜くと、テーブルに突き刺す。騒然としていた酒場が一瞬で静まりかえった。
「おっしゃ! 乗った! 」
ジンは銅貨を数枚残して、勝った分の全額をテーブルの真ん中の方に置いた。
二人は交互にカードを一枚づつ、合計二枚引いた。
ゲームのルールは、ブラックジャックとほぼ同じ――二十一を超えないようにカードを引く。ただそれだけのいたってシンプルなゲームだった。
これも過去の勇者が残したゲームらしいが、使うカードの枚数は一から十までの四枚組だったり、細かいところで多少の違いはあった。
ジンと大男は同時にカードをオープンする。
「よっしゃ! これで勝ちだな!」
男の数字は[二十]……ジンの数字は[十七]だった。
「じゃあ、もう一枚ひかせてもらうぜ……」
ジンはゆっくりとカードの山に手を伸ばす。まわりの視線もジンの動きに集中する。
ゆっくりとカードを手元に持ってくる。ジンはその数字を確認。目を閉じる。
「あーあ、幸運の女神さまはオレのことが嫌いみたいだな。こんな大事なとこで負けるなんてよ」
ジンは引いたカードをそのまま素早くカードの山に差し込む。そして、賭けなかった数枚の銅貨を持って立ちあがり、エルザのいるカウンターに向かった。それと同時に、周囲から歓声が上がる。
そして、酒場はいつものにぎやかさを取り戻した。
「や、やった! やったぞ! よし! マスター、みんなに酒だ! 酒をふるまってくれ!」
ジンの後ろでは大男が上機嫌でマスターに注文し、客たちは口々に大男に感謝の声をかける。
「ありがとな。これ、返すぜ」
「あ、それ位は持ってなさいよ。大の男が無一文ってわけにもいかないでしょ?」
「……そうか、なら取っておくぜ。ありがとな」
そう言いながらジンはポケットに銅貨を入れる。そして、ジュースを一口飲んだ。
「ほんとならメシ代とか返せるくらいは稼ぎたかったんだけどな」
「なーに言ってんの。自分からわざと負けたくせに」
「ははは、冗談。オレはいつでも真剣だぜ?」
「じゃあ、カードを相手に見せなかったのはなんでなの?」
マスターは大忙しで、酒を配るために動き回っていた。大男を見ると、とても楽しそうに他の客たちと話をしている。笑い声も聞こえてきた。
ジンはそれを楽しそうに見ている。
「まあ、ゲームは楽しくやるのが一番だろ? それに、これならだれも損してないしな」
「なによ、優しいじゃない」
「まあ、実は、前にチームのやつらと同じようなことやって、大喧嘩したからなんだけどな」
少し気まずそうにジンは笑いながらジュースを飲み干す。
「さてと、じゃあ、そろそろ休みましょうか。これからのことは明日にでも相談しましょ」
「え? もうか? まだ食い足りないんだけど……」
「大丈夫よ」
立ち上がったエルザはさっさと会計を済ませた。そして、店員からカゴを受け取る。
「はい」
「なんだこれ?」
「夜食のサンドイッチよ。どうせ足りないと思って頼んでおいたの」
ジンはカゴを受け取る。ずっしりと重い。
「マジか! ありがとな!」
「まあ、これが大人の女の気配りってやつね。感謝しなさいよ」
「はいはい、感謝してるぜ」
「ええ、思いっきり感謝していいわよ?」
二人は楽しそうに笑いあう。酒場では相変わらず客たちが楽しそうに騒いでいた。
「じゃあ、宿屋はこっちよ」
エルザはそう言うと、入口とは別のドアに入って行った。
ジンもそれについて行こうと思ったが、後ろで何やらマスターと女の声がする。
「お客さん、申し訳ないんですけど、これじゃあちょっと足りませんね……」
「……そう」
「ええ、その金額ではちょっと……」
カウンターのところでマスターと女性が話しているのが見えた。小柄な、子供と見間違うような女性だ。真っ白な短い髪に褐色の肌、マントで口元までしっかり隠している。
「どうしたんだ?」
「ああ、お客さん。この人がお金が足りないって言うもので」
マスターは小柄な女性を見る。
「……困った。財布を落とした」
「うーん、でも、お金がないのに食べさせるわけにもいかないんですよねぇ」
「……わかった。帰る」
小柄な女性はそのまま小柄な女性は出ていこうとする。
「ちょい、待った!」
ジンは小柄な女性を呼び止め、手に持ったカゴを差し出す。
「……なにこれ」
「えっと、サンドイッチなんだけど、夜食で食べようと思ったら実は腹がいっぱいなんでな。やるよ」
小柄な褐色の少女はカゴを見つめている。
「なあ、捨てるのはもったいないし、助けると思って貰ってくれねぇか?」
ジンは小さく笑う。褐色の少女は無言でそれを受け取った。
「……ありがとう。名前は?」
「なぁに、名乗るほどでもないさ」
ジンはそう言いながら振り返ると、片手を振りながら隣の宿屋へと入り、ドアを閉めた。
「いやー、一度はやってみたかったんだよな。なかなかこういう機会もないからな」
ジンはついにやにやと笑ってしまった。正直、こんなところで「名乗るほどでもない」などと言うセリフを言うなんて、念願がかなうとは思っていなかったからだ。
ジンは上機嫌でカウンターのところを見るとエルザが不機嫌そうな顔で立っていた。
「へぇ、女の子には優しいのね」
「な、なんだよ。別に女だからって助けたわけじゃないぞ?」
「……わかってるわよ」
ドアの先はカウンターがあり、廊下には等間隔で5つのドアが並んでいた。
奥には二階へと上がるための階段が見える。
エルザは不機嫌そうな様子のままカウンターの女将さんに話しかけた。
「部屋が二つ欲しいんだけど、空いてる?」
「二部屋ですか……えーと……すいません。三人用の1部屋しか空いてませんね。先ほどの方が泊まられてしまいましたから」
「あー……そうなの? まいったわねぇ……じゃあ、そこでいいわ。はい、代金」
「はい、確かに。お部屋は三階の一番奥ですね。お風呂は突き当りの左です」
「ありがとう。じゃあ、ジン、先に行ってて、あたしはお風呂に入ってから行くから」
そう言うとエルザはさっさと歩いて行ってしまおうとする。ジンは慌ててエルザの腕を掴み呼び止めた。
「お、おい、どういうことだよ!」
「ちょっと、大きい声は出さないでよ。もう夜も遅いんだから」
「あ、それは悪かった……って、そう言う事じゃないだろ」
ジンは小さめの声でエルザに抗議する。エルザは悪戯っぽく小さく笑った。
「だって、部屋がないんだから仕方ないじゃない。あんたがさっきの女を助けないで早く来てれば、もう1部屋とれたんだけどね」
いたずらっぽくエルザは笑う。
「いや、なら、オレが外で寝ればいいだろ?」
「あのね? あたしが恩人を外で眠らせるような薄情な女だと思うの?」
「いや、そう言う話じゃなくってだな」
「すいません。お客さん。喧嘩なら外かお部屋でお願いできますか?」
女将さんがたまらず二人の間に割って入る。確かにこの場所で言い争うのは宿屋に迷惑なことは間違いない。
「まあ、ここで議論してても仕方ないし、とりあえず部屋で話しましょ」
「おい、ちょっと……」
「あ、外に逃げたらあたしも外で野宿するから。お風呂上がりで野宿だと風邪をひいちゃうかもしれないけど、まあ、あんたは女の子にやさしいからそんなことはさせないわよね」
最後に意地わるそうな笑顔を残して、エルザは風呂場へと消えていった。
ジンはその姿を見つめていたが、宿屋の女将さんの視線を感じとりあえず部屋へと向かった。