#5 酒場のひと時
「じゃあ、行きましょうか」
エルザは村に入るなり、フードを被る。
「なんで、そんなもん被るんだ?」
「え? あ、ああ、その……そう! 元盗賊たちの仲間だったってばれたら面倒でしょ? だから、顔は隠しておきたいのよね」
「ふーん、そうなのか」
ジンはエルザの言葉に違和感を感じたが、空腹感には勝てずに、とりえず先を急ぐことにした
何気なく周りを見渡しながらジンは道を歩く。素朴なつくりの木造の建物が、道の両側に立っている。道には石が埋め込まれ、簡単な舗装がされていた。
家の側には小さな畑や、動物を飼っていると思われる柵なども見て取れる。
正面に目を向けると、やけに明るい、大きい建物が見えた。中からは笑い声も聞こえてきている。そして、肉などを焼く料理のいい臭いが漂って来ていた。
「ここは旅人が休憩所として利用するから、酒場もなかなか立派で、料理もおいしいのよ。ちなみにその隣が宿屋ね」
「ああ、確かに、いい臭いがしてくるな」
「じゃあ、とりあえず、酒場で食事にしましょう」
「そうだな」
二人は酒場に入る。酒と料理の臭い。壁や天井のランプが昼間のような明るさで店内を照らしている。
広々とした店内にはいくつもテーブルが置かれていた。
そして、中では何人もの男や女が酒を飲みながら、騒いでいる。
外でも感じられていたが、かなり騒々しい。
「いらっしゃい! こちらへどうぞ!」
中年のマスターは二人を見るとカウンター席へと案内する。
「こんばんは。マスター」
「こんばんは! さあ、どうします? まずは酒でもいかがですか?」
マスターは気さくに話しかけてくる。
「そうねぇ……じゃあ、あたしはビールと……料理をここからここまでお願い」
「はい、承知しました」
エルザはテーブルの上のメニュー表の端から端までなぞるように指をさし注文する。
マスターは注文を受けると裏の厨房へと指示を出した。
「おいおい、そんなに食えねぇぞ」
「え? なに言ってるの? これはあたしの分よ?」
「はぁ?」
ジンは、信じられない様子で顔をしかめる。一方のエルザは、さも当然と言った顔をしている。
「なによ。あんたのはあんたで、好きなのを選んでいいわよ? あ、支払いは心配しないでね。ここは、お姉さんに任せなさい」
エルザは胸を張りながら言う。
「いや、そうじゃなくって、よく食うよな。そんなに食えるのか?」
「え? 食べられないのに注文するはずがないじゃない……って、あんたは字が読めないのよね。じゃあ、こっちで適当に注文するわ」
「ああ、量は普通でいいぞ」
「わかってるわよ。マスター、この特大ステーキをお願いね」
「はい、承知しました」
マスターは注文を聞くと再び裏の厨房へと指示を出した。
「あ、あんたはなに飲むの?」
「あー、酒は……な」
「なに? あんた、お酒は飲めないの?」
「いや、親父がな……すげぇ酒飲みだったんだけど、酒癖が悪くてな。それがもとでおふくろと離婚したから、酒は飲まないようにしてんだよ」
「ああ……そうなんだ? ごめん、じゃあ、ジュースか何か頼むわね」
「はい、ビール、お待ち」
マスターはビールが並々とつがれた木製のジョッキをエルザの前に置く。そして、そのままエルザに笑いながら話しかけてくる。
「ところで、お客さん。彼はお客さんのいい人なので?」
「え? 彼のこと? へぇ……そう見える?」
「ええ、お似合いだと思いますよ」
「そうなんだ。あ、マスター。彼になにかジュースを。あと、ビールも追加で」
エルザは満面の笑みで、嬉しそうに追加で注文をする。そして、ビールを飲み始めた。
ジンの目の前にもすぐに黄色のジュースが置かれる。
「おいおい、オレと恋人とか迷惑じゃないのか?」
「なんで?」
「だって、恋人くらいいるんだろ?」
「いないわよ」
エルザはいいながらビールを飲む。
ジンはエルザの顔をよく見た。フードのせいできちんとはわからないが、かなりの美人だ。ジンは芸能人にはあまり詳しくはないが、前に見た海外の映画で出てくるような女優を思い出した。
「言ったでしょ? あたしは自由気ままな一人旅をしてきたの。恋人なんか作ってる暇なんてないわよ」
エルザはさみしそうな顔でジョッキの水面を見つめる。ジンは様子になにを言っていいかわからずに見つめるしかできなかった。
「なによ? あたしの顔になんかついてるの?」
「べ、別に、なんでもねぇーよ」
「って言うか、あんたこそ、どうなのよ。恋愛体験とかお姉さんに聞かせなさいよ」
「おいおい、もう酔ったのか?」
ジンも言いながらジュースを一口飲む。甘酸っぱい、リンゴのような味がした。
「で、どうなの? 恋したことくらいあるんでしょ?」
「いいや、ないぞ。オレも今まで恋人すらいないからな」
「えー! 今まで恋人がいないとか嘘でしょ?」
「チームの仲間や男友達とバカ騒ぎしてた方が楽しかったからな。残念ながら幼馴染みも男ばっかだ」
「ふーん……そうなんだ」
「はい! お待ちどうさまです! どんどん持ってきますね!」
カウンターに所狭しと料理が並べられていく。
ジンの目の前にも、ジンの両手でも隠しきれないほどの大きさの、ぶ厚い肉がが置かれた。その肉からは湯気が立ち上り、香ばしい肉の焼けた臭いが鼻をくすぐる。
「さーてと、じゃあ、食べましょうか!」
エルザはそう言うとナイフとフォークを持ちすさまじい勢いで料理を食べ始める。
みるみると料理を乗せた皿が空になっていく。
その様子をジンは口を開け、思わず間抜けな顔で見つめてしまった。
「なひほ、はやふあんはもたへなふぁいよ」
「おいおい、口に食い物を入れながらしゃべるんじゃねぇよ……さて、じゃあ、オレも食べるか。いただきます!」
手を合わせながらそう言うと、ジンはフォークを豪快に肉に刺す。そして、そのままかじり付いた。
「うっま、なんだこれ……」
肉汁があふれ出してくるし、口いっぱいにうまみが広がる。ソースも酸味の利いたさっぱりとしたもので、これも食欲をまたそそる味だ。不思議とジンの味覚にもあう味付けだった。
「お客さん! どうです? うちの味は、昔ながらの勇者様が好きだった味を守ってますからねぇ。最高でしょ?」
「ああ、うますぎるな」
ジンはステーキをどんどん食べる。特大の名にふさわしいボリュームだったが、空腹感から一気に肉を食べ切ってしまった。ついでにジュースも一気に飲み干す。
「あんた、すごい食欲ね。あ、ほら、口のところ、ソースが付いてるわよ」
「ん? ああ、ありがとな」
ジンは何気なくソースを袖で拭こうとする。
「ちょっと、汚いわねぇ」
エルザは苦笑いしながら、ハンカチを取り出すと、そのままジンの口を拭く。
「なんだよ。ガキじゃないんだから、大丈夫だって」
「はいはい、いいから、お姉さんに任せておきなさい」
その様子を見ていたマスターが楽しそうに笑う。
「お客さん、いちゃいちゃするのは部屋に帰ってからの方がいいんじゃないですか?」
マスターにそう言われたジンとエルザの顔はお互いの顔を見合わせる。そして、二人の顔は真っ赤になった。
「べ、べべ別にこいつの事なんか好きじゃ……いや、違う。嫌いってわけじゃなくて、その!」
「そ、そう、オレとこいつはダチだからな」
「ははは、本当に仲がよろしいんですね」
マスターの笑い声に、ジンとエルザは気まずそうにお互いの目を合わせる。すると、自然に二人とも笑い出してしまった。
「まったく。あんたのせいで変な誤解されちゃったじゃない」
「いや、だってさ。この店の料理は本当にうまいから仕方ねぇだろ?」
「まあね。このお店はほんとに数百年前から味が変わってないのよねぇ」
「なんだよ。まるで数百年前の料理を食べたみたいなことを言うんだな?」
「え?」
きょとんとした顔でエルザはジンを見る。そして、その顔は次第に青ざめていった。
「えっと、その、なんて言うか……それは……」
エルザは急におどおどし始める。ジンは声をかけようとした。しかし、突然、背中から野太い男の声で話しかけられる。振り向くとそこには大男が立っていた。
「よう、兄さん。ちょいと顔かさねぇか」