#4 自己紹介
三人は村へと向かって並んで歩きだす。ジンが真ん中となり、エルザは左側を、アンジュは右側にいる。アンジュからはエンジン音がしないが、普通に動いていた。どうやら、この程度の速度ならエンジンを動かす必要はないらしい。
「じゃあ、改めて自己紹介だ。オレは流死不壊留の特攻隊長、神崎 仁だ」
「るしふぇる?」
「あー……そうか。オレが仲間たちと組んで一緒に走ったり、ケンカしたりしてたチームの名前だ。いいやつばっかだったんだぜ?」
ジンはにやりと笑う。
「へぇ、面白そうなことやってたのね。で、そちらの、お嬢さん……でいいのかしら?」
エルザはアンジュを物珍しそうな目で見る。
「ああ、こいつはアンジュだ。オレが元の世界で一緒に走り回ったり、無茶した相棒ってやつさ」
『よろしくお願いします』
アンジュはヘッドライトを点滅させながらあいさつをする。
「こちらこそよろしく……って、手がないから握手はできないわね」
エルザは差し出した手を引っ込めると、頭をかきながら小さく笑う。
「えっと、そのアンジュはあんたの世界ではしゃべったりしないのよね?」
「ああ、オレのいた世界だと普通はしゃべらないな。こっちの世界だとこいつみたいにしゃべる機械とか普通にいるのか?」
「まあ、珍しいは珍しいわね。生物なら比較的簡単に作れるけど、無生物を魔法生物化するのはそれなりに高度な魔法よ。あっ、魔法って言うのは――」
「あ、その話、長くなりそうか? オレは馬鹿だからあんまり小難しい話は勘弁してもらいたいんだけどよ」
「まあ……確かに、詳しく説明する必要もないわよね。理論とかこの世界でも魔術師でもなければ知らない人も普通だし」
ジンはなにげなくアンジュを見る。アンジュは相変わらず、音もなく動いている。
「さて、じゃあ、あたしのことを説明しないとね。あたしの名前はエルザ。冒険者で炎魔法が得意な魔術師よ。冒険者って言っても色々いるだけどね。、あたしは特に誰かと組んだりしないで、モンスター退治や探索、採取とかそんな感じの依頼を自由気ままこなしてるの」
「へぇ、冒険者なんてますますゲームやマンガの中みたいな話だな」
「あんたの世界にはあたしらみたいな冒険者とか魔物とかはいないの?」
「ああ、いないな。平和なもんだ」
「それにしては戦い慣れしてるわよね。あの奇襲とか度胸とか」
「ああ、まあな。ケンカの場数はそれなりに踏んでるからな」
ジンは得意そうににやりと笑う。遠くから犬か何かの遠吠えらしきものが聞こえてくる。
「ああ、そうだ……そういや、この辺はなんてところなんだ?」
「あっ、ちょっと待って」
エルザはそう言うと立ち止まり、腰に付けた袋から紙きれを取り出す。
「アンジュ、ちょっと明かりを貸してちょうだい」
そう言いながらアンジュのライトでその紙を照らす。
「えーと、今いるのがこの辺ね。グラスター王国の端の方だけど……わからないわよね。その指輪は文字までは読めないし」
「ああ、ぜんぜんわからん」
ジンもそれを覗き込んだ。川や山などの絵ははなんとかわかるが、地名などはさっぱりだ。
「まあ、なんだ。地名なんて覚えてなくてもどうにかなるからいいんだけどな」
「あんた、変に前向きなのね」
エルザは紙を袋にしまいながら呆れたように言う。
「まあ、そこがオレのいいところだからな」
『ジンさんはもう少し後ろ向きでもちょうどいいかもしれませんけどね』
「うるせぇよ」
ジンはアンジュのタンクを軽くたたくと、また歩き出す。村の明かりがだんだんと近づいてきた。村からの騒ぎ声と、料理のいい臭いが風に乗ってここまで漂ってくる。
「そう言えば、なんで襲われてたんだ?」
「ああ、それ、それはね……」
エルザは言葉に詰まる。その表情からかなりかなり言いにくそうなのがわかる。。
「あー……別に無理には聞かないから、言いたくないならいいぞ」
「いや、言うわ……うん、恩人に嘘をつきたくはないし、あんたも自分のことを正直に話してくれたものね」
エルザは前を向き、ジンと視線を合わせないようにする。
「その、まあ、なんていうか、すごく簡単に言えば、あいつらに雇われたのよ」
ためらいがちな口調でゆっくりと話し始める。やはり、盗賊の仲間だったという事実は、彼女の中でも重く。言いにくいことではあるらしい。
「で、まあ、いざ仕事しようってあいつらについて行ったんだけど、相手は抵抗もできない旅人だったのよね。だから、馬鹿らしくなちゃったの。それで、旅人を逃がしたんだけど、あいつらが激怒しちゃってね。で、逃げてる最中にあんたに助けられたってわけ」
村の前、エルザは立ちどまり、ジンを見る。
「ねぇ、金のために盗賊に手を貸すとか、最低でしょ? もしかして、軽蔑した?」
強い風が吹き、エルザの茶色く長い髪を揺らす。その顔は月明りに照らされ、ひどく不安そうに見えた。
エルザはジンをじっとみながら、言葉を待っている。
「いや、別になんとも思わねぇけどな」
ジンは頬の傷を触りながら答える。
「だって、おまえは無抵抗の人間を襲うのを辞めたんだろ? オレもいろんなやつを見てきたけど、結局は最後に踏みとどまれるか踏みとどまれねぇか……それが大事だと思うぜ?」
その言葉い嘘はない。その口調は嘘や同情とは無縁のものだった。その様子にエルザは大笑いした。
「な、なんだよ。なにがおかしいんだよ?」
「いや、だって……ねぇ、あたしが嘘を言ってたらどうするの? もしかしたらすっごい悪党であんたらをだましてるかもしれないでしょ?」
「そうか? オレは人を見る目には自信があるからな。おまえはいいやつだと思うぜ? それにダチを疑うなんてオレにはできないからな」
「え?」
「いや、だって、あんなピンチを一緒に切り抜けたんだ。もう、仲間どころか友達みたいなもんだろ? あ、いや、そっちが嫌だって言うなら話は別だけどな」
ジンは頬の傷を触りながら苦笑いする。
「そ、そんなことない!」
エルザは大声で言う。ジンはその声に驚いたような顔をする。
「あ、いや、その……ごめん。あたしって今まで、そう言う風に信頼してくれる友達っていなかったから……その……」
そう言うと、恥ずかしいのか顔を赤くしながら、エルザは頭をかく。
「まあ、なんだ。あらためてよろしくな」
それを見たジンは小さく笑いながら、左手を差し出す。エルザはその手をしっかりと握った。
「さて、行くか。腹が減って仕方ねぇからな」
「あ、ちょっと、待って。そのかっこうで行く気?」
エルザはジンとアンジュを交互に実ながら言う。
「ああ、そうか……上を脱げば大丈夫か?」
「そうねぇ。大きな街ならあんまり目立たないかもしれないけど、村じゃさすがにねぇ……あ、そうだ! ちょっと待ってて!」
そう言うとエルザは急いで一人で先に村に向かう。エルザの姿が消えた後、アンジュが急に話しかけてきた。
『ジンさん』
「なんだ?」
『あの人を信用してるんですか?』
「……なんか知ってるのか?」
ジンは村の明かりを見ながら問いかける。戸惑いがちにエルザは言う。
『はい、たぶんですが、エルザさんに関わると思われる情報はありますが、普通の人間ではない可能性が高いです』
「そんなことまでわかるのか?」
『はい、ですから、気を付けた方がいいと思います』
ジンは腕組みをしながらアンジュを見ずに村の明かりを眺めている。
「なあ、相棒。命を預けあった……そんな理由でオレが、あいつを信じるとか言ったら馬鹿だと思うか?」
『……はい、思います』
村からは騒ぐ声が聞こえてくる。
『でも、そこで信用しないと言ったら、ジンさんらしくないと思います』
「ああ、だよなぁ。まったく、この性格は直したいんだけどな」
ジンはにやりと笑いながらアンジュを見る。アンジュもまるで笑うようにライトを点滅させる。
そんな事を話していると、エルザが何かをもって戻ってきた。
「はい、これ」
「ん? これは?」
「マントと布よ。村の人に譲ってもらったの。これを使えばあんたもアンジュも目立たく……って、あんたの目ってどこなの?」
エルザはジンにマントを渡すと、アンジュに近づく。そして、そのボディを眺めながら聞く。
『目はありません』
「そうなの?」
『はい、これはうまく言えないのですが、感じ取るというか、どこから見ているというものではありませんので、布で覆ってもらっても大丈夫だと思われます』
「そっか、じゃあ……この光ってるところを隠すのはもったいないから、ここだけ開けてっと……そして、こうして……よし、これでいいわね」
エルザは器用にライトの部分だけ残し、アンジュの体を綺麗に包み込んだ。
「見える?」
『はい、問題ありません』
アンジュはヘッドライトを点滅させながら答える。その姿にエルザは満足そうだ。
ジンも貰ったマントを羽織る。
厚手のローブ。足下までしっかりとか隠すことができ、フードまでついている。
色は地味な茶色だが、ジンは特には気にしなかった。
「よし、大丈夫ね」
「手間をかけさせて悪いな」
「なに言ってるのよ。命の恩人なんだから、これくらいは当然でしょ。じゃあ、行きましょ……あ、そうだ」
「なんだ?」
「異世界人ってことは言わない方がいいわよ。ああいう状況だからあたしは信じたけど、普通の人が聞いたら頭がおかしいと思われるから。それに、厄介ごとに巻き込まれかねないしね」
「そうか……ああ、わかった。気を付ける」
「じゃあ、あらためて行きましょうか」
そう言うと、エルザとジンは村の中へ向かおうとするが、アンジュが急に立ち止まる。
「どうした? 相棒?」
『やはり、私は外で待っていますので、お二人で行ってきてください』
「え? なんでだよ?」
『いくら目立たないようにしていても、村の人たちに見つかれば、余計な騒ぎを引き起こすかもしれませんから』
「あー……そうか……だがな」
ジンは目を閉じて悩む。
『大丈夫です。なにかあればクラクションを鳴らしますから』
「そうか……わかった。じゃあ、何かあったら呼んでくれよ、相棒」
ジンは小さく笑いながら軽くタンクを叩く。
『はい……それから、エルザさん』
「ん? なに?」
『ジンさんをよろしくお願いします。信頼していますから』
アンジュははライトを点滅させながら、しっかりとした口調で言う。
エルザは一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに胸を張り、その胸を叩く。
「大丈夫、お姉さんに任せないさい」
アンジュはそれを見ると、近くの茂みの中に身を隠した。
「じゃあ、行きましょうか」
エルザは村へと向かう。ジンもその後に続いた。