#10 エピローグ
「うーん……ここは……」
ベッドの上でジンは目を覚ます。月明りが窓から差し込む薄暗い部屋……見覚えがある。村の宿屋の部屋だ。服は特攻服ではなく、この村の人が着ているような、ありふれた服を着ていた。
体には包帯がまかれている。
「あ! そうだ! エルザは――いたた……うー……」
ジンは起き上がる。しかし、全身の痛みに顔をゆがめる。だが、耐えられないほどの痛みではない。歩こうと思えば歩けそうだ。
「……無理はいけない」
部屋の片隅から声……セラだ。
セラは椅子に座りこっちを見ていた。
「セラか。ここは……」
「……運んできた。大変だった」
「そうか、ありがとな……しっかし、体がいてぇな」
「……三日間眠り込んでたし仕方ない」
「三日ぁ……じゃあ、仕方ねぇか」
ゆっくりと体を動かし、ジンはストレッチを始める。
「あー……この世界には魔法があるんだから回復魔法の使い手みたいな便利な職業があればいいのにな」
「……いるよ。とりあえず、旅の回復師に治療してもらった。これ以上は大きな町でかなりのお金を積まないと無理」
「まったく、どこもここも金かぁ」
「……仕方ない。ジンの世界でも特別なスキルは高いはず」
「ああ、そうだな。オレの……え?」
ジンは気付く。
「セラ? もしかして?」
「……おかしいと思ってアンジュやエルザに聞いたらあたりだった」
セラはその小さな胸を張り自慢する。どうやら、全部お見通しらしい。
「そうか。悪かったな。騙しちまって」
「……それはいいけど、心配じゃないの?」
「なにがだ?」
「……他の人にばらすかもしれない」
「ああ、でも、そんなことはしないだろ?」
ジンは体をゆっくりと動かしながら言う。まるでセラを疑っている様子はない。
「……まいった。その信用には答えるしかない」
セラは言いながら立ち上がる。そして部屋を出ていこうとする。
「あ、おい……」
「……ごめん、実は国からの依頼があっていかなくちゃならない」
「なあ、もしかして、オレが起きるのを待っててくれたのか?」
「……友達だから、気にしなくていい。アンジュとエルザは外にいるはず」
「そうか……なあ、よかったら手伝っても――」
ジンの言葉をセラは手を突き出しさえぎる。
「……極秘任務だから」
「そうか……でも、本気で困ったらいつでも言ってくれ。ダチのピンチには駆けつけるからよ」
「……うん、ありがとう。じゃあ、名残惜しいけど行く。またいつか」
セラはそう言い残すとそのまま出て行ってしまった。
「ありがとな」
ジンはつぶやくとベッドから起き上がる。やはり体は痛むが、歩けないほどではない。
ジンは周りを見る。少し長めの木の棒が置いてあった。ジンはそれを杖代わりに部屋を出る。
そして、ゆっくりと慎重に階段を降りると宿屋の外に出た。
「ふぅ……風が気持ちいいな」
ジンは深呼吸する。隣の酒場からは笑い声が聞こえ、料理のいい臭いが漂ってくる。
『ジンさん。ご無事でなによりです』
アンジュが静かに近寄ってくる。
「よう、相棒。心配かけたな」
『いいえ、ジンさんは大丈夫だと信じていましたから』
「さすが相棒だな」
ジンはニヤッと笑うと、アンジュのタンクを優しくなでる。
こっちの世界に来てから、一番支えられたのは間違いなくアンジュだった。
エルザとの出会いも、なにもかもアンジュがいなければはじまる前に終わっていたのは間違いない。
「なあ、エルザがどこにいるかわかるか?」
『エルザさんですか? 確か、丘の方にいると思います』
「そっか、ありがとな」
ジンはそう言うとアンジュに背を向ける。
『ジンさん』
「ん? なんだ?」
『エルザさんのこと、よろしくお願いしますね。まだ、色々と悩んでいるみたいですから』
「ああ、任せてくれ」
アンジュのタンクを二回軽くたたくと、ジンは村はずれの丘へ向かってと歩き出す。
村を抜け、丘へと続く道を歩く。起きたばかりの体には少しきついが、なんとか歩く。
すると、だんだんと丘の頂上が見えてきた。
「エルザ……」
ジンは思わず見とれてしまう。大きな満月を背に、エルザは月を見ながら丘の上に立っていた。
風が吹く。エルザの着ているゆったりとした白いローブのような服のすそがたなびく。
「誰?」
エルザは気配を感じたのか振り向く。顔には右側には包帯がまかれていた。
「よう、隣に座らせてもらうぜ」
ジンは杖を突きながら近づくと、月の方を向きながらエルザの隣にあぐらをかく。
エルザは複雑そうな顔でジンを見る。
「リハビリのつもりだったんだが、ちょい歩き過ぎたかもな」
「ジン……」
「なんだよ。おまえも座ったらどうだ?」
エルザはジンに促され、ぴったりとくっつくよう距離で隣に座る。
しばしの沈黙――ジンが意を決したように話しかける。
「……あー、わりぃ。なんか気の利いたことでも言おうと思ったんだけど、ダメだわ。だから直接聞くけど、顔、大丈夫か?」
「ええ、だんだんと元に戻ってるから、少ししたら完全に元に戻ると思うわ」
「そうか、まあ、そのままでも別に悪くはないけど、さすがにお前が困るからな」
ジンがそう言うとエルザ笑う。ジンは困ったような顔でエルザを見る。
「なんだよ。なんかおかしいことでも言ったか?」
「だって、普通はこんな顔は不気味だとか、直った方がいいとか言うはずでしょ?」
「なんでだ? 別のお前はおまえだろ? なんだったら、あの魔神の姿でも……いや、ダメだな。一緒にいると暑すぎるからさすがにあれは勘弁だ」
ジンは笑いながら月を見る。その言葉に嘘はない。いや、例えエルザが魔神そのものになっても最後まで友達でいることを辞めることはないだろう。
エルザもそのことが分かったのか、安心したようにジンの肩にもたれかかる。
ジンはわずかに緊張し、身をこわばらせた。だが、それを払いのけることもなく、そのまま月を見続ける。
「ねぇ、ジン」
「なんだ?」
「ありがとね。三百年ぶりの友達があんたでよかった」
「オレこそ、こっちでできた初めてのダチがおまえでよかったぜ」
遠くから村の酒場の喧騒が聞こえてくる。
二人はお互いの顔を見ることもなく、お互いに同じ月を見ていた。
第二章 炎の魔神 完
お読みいただきありがとうございます。これで完結となりました。
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では、また別の作品でお会いしましょう。