#4 新たな仲間と戸惑いと
その日の午後、ジンたちは街道を歩いている。目的地は盗賊の根城である森の中の屋敷だ。
ジンとセラティリリス――セラとジンは先を歩き、アンジュとエルザは二人の後ろを歩いている。エルザは不機嫌そうだ。
本当ならきちんと宿屋で休んでから盗賊退治に出たかったが、状況的にそれは無理だ。ジンにはあの悪意の中にエルザを置いておくことはできない。
とりえず、最低限の準備だけをし、そうそうに村を出発した。
「さて、じゃあ、バタバタしてたけど、自己紹介をしないとな。えーと……セラティリリス……さん?」
「……セラでいい。敬語もいらない」
「そうか、じゃあ、改めて。オレの名前は神崎 仁だ。えーと……見習い冒険者ってとこだな」
ジンは自分の素性を隠した。セラを信じていないわけではないが、エルザのアドバイスもある。
ジンはまだ、この世界のルールや常識的な部分を把握できてはいない。
「で、向こうにいる魔法使いが、オレのダチのエルザと、魔法生物で相棒のアンジュ。見た目はちょいと個性的って言われるがオレの大切な相棒だ」
『よろしくお願いします』
アンジュはライトを点滅させながら挨拶する。エルザは顔を背け、こちらを見ようともせず、挨拶もしない。
「……セラティリリス・フォン・バンエーデン。王立冒険者ギルド所属の冒険者」
セラは短い言葉で言う。会話はあまり得意ではないらしい。
「相棒。王立冒険者ギルドってなんだ?」
『はい、王立冒険者ギルドは名前の通り、王国が運営する冒険者のギルドです。国からの依頼なので、腕のいい冒険者しかなれません』
「そうなのか?」
「……腕利き」
セラは得意げな顔で、その小さな胸を張る。
「なにが腕利きよ。国の犬のくせに……」
エルザが聞こえる程度の小さな声で悪態をつく。場の空気が悪くなる。
「おい、エルザ――」
言いかけたところでセラがジンの服をつかむ。
「……気にしてない」
「まあ、おまえがいいって言うならいいけど……いや、でも、本当に助かったぜ。でも、なんで助けてくれたんだ?」
「……サンドイッチのお礼。借りは返す」
「ずいぶんと義理堅いんだな」
「……他人にごはんをくれてやる人間に言われたくない」
「いや、だって、困ってる人間を見たら見捨てられないだろ?」
「……なら、お互い様」
ジンは頬の傷を触りながら笑い、セラも小さく笑ったように見えた。
「助けなんて誰も頼んでないわよ……」
また、エルザが不機嫌そうな声で悪態をつく。場を空気がまた悪くなる。
ジンは気まずそうな顔をしながら、セラを見る。やはり気にしている様子はない。
「あ、そうだ! 昼飯にしようぜ。ちょいと遅いが、まあ、いいだろ」
ジンは立ち止まる。アンジュたちも立ち止まった。
ジンはアンジュに掛けられた布に縫い付けられているバッグから紙に包まれた何かを取り出す。サンドイッチだ。
「こっちがエルザだな」
ジンはエルザにサンドイッチを渡す。エルザを相変わらずこちらを見ずに受け取った。
「なあ、おい、エルザ――って、なんだ?」
ジンはさすがに何か言おうとしたが、セラがまたジンの服を引っ張る。
「……おなかすいた」
「ああ、わりぃ……じゃあ、こっちだな……さてと、じゃあ、歩きながらでも食べるとするか」
セラにサンドイッチを渡すとジンは歩き出す。三人もそれに続いて歩き始める。
「お、うまいなこれ」
ジンは野菜とハムのサンドイッチを食べすすめる。こっちの世界に来てから食事が口に合うのは幸運だった。ただ、ときどき和食――特に米とみそ汁が無性に恋しくなったが。
「なあ、相棒。そう言えば、こっちの世界に米ってあるのか?」
『ありますよ』
「え? マジかよ!」
『はい、ただ、育つ地域が限られているので大都市か、その地域に行かないと手に入れるのは難しいですね』
「おお、じゃあ、これからどっかの街に行った時には店のやつに聞いてみるか」
ジンは上機嫌になり、どんどんとサンドイッチを食べすすめる。
「……アンジュ、頭いい」
セラがアンジュを見る。
「だろう? オレの自慢の相棒だからな」
ジンはさらに上機嫌になり、自然と笑顔になる。
「……それにかっこいい」
「お、わかるのか! だろ? こいつを改造するには金も時間も、手間も暇もかけたからな……そうだ! これが終わったら、一緒に相棒に乗ってと走ろうぜ。風を切って走るのは最高だからよ」
「……楽しそう」
「ああ、本当に最高――」
言いかけたところでエルザが突然、立ち止まる。その体は小刻みに震えていた。
「なんだよ。エルザ……どうした? なんかあったのか?」
ジンは最後のサンドイッチの欠片を口に放り込みながら聞く。しかし、エルザは答えない。
「おい、大丈夫か? どうしたんだよ。ダチにも言えないようなことでもあるのか?」
エルザはうつむいたままだ。
「ねぇ、ジン……」
「なんだよ、そんな真剣な声なんかだして」
「あの女はあんたにとって何なの?」
「あの女って、セラのことか? なんだよ。そんな他人行儀な呼び方なんかするなよ。一緒に飯も食ったし、助けてくれたし、ダチみたいなもんだろ?」
ジンは頬の傷を触りながら言う。エルザは右手に自分の左手を当ててを思いっきり握りしめる。
「おい、本当に大丈夫か? なんなら、少し休むか? あんなことが――」
ジンは言いながらエルザの肩に手をかけようとする。しかし――
「うるさい!」
突然、エルザは大声を上げ、ジンの手を叩き払いのける。
「あたしなんかほっとけばいいでしょ!」
「おい、いきなり、なに言ってんだよ」
ジンは困惑する。エルザは顔を上げジンの顔をしっかりと見つめる。
その目からは涙があふれていた。ジンはその姿に言葉を失ってしまう。
「そんなにその女と一緒がいいなら、あたしなんか放っておいて、三人で旅でもなんでもすればいいでしょ!」
エルザは叫ぶと、突然走り出し、近くの林の中にその姿を消してしまう。
ジンは追いかけようとしたが混乱していた。友達からの拒絶……あまりの衝撃に足が動かない。
「……ここはまかせて」
ジンの後ろに立っていたセラが言う。
「でもよ……」
「……女の子同士の方がいい」
セラがまっすぐにジンを見る。ジンも振り返り、その目を見つめ返す。
「わかった。じゃあ、あいつのことをよろしくな」
「……任された」
セラはそう言うと疾風のごとく駆け出し、その姿を林の中に消した。
ジンは二人が走って行った林を見つめていたが、うつむき、目を閉じる。
異世界に来て初めてできた友達からの拒絶……その事実はジンにとっては何よりもつらく、苦しい事だった。
『ジンさん』
アンジュはジンに近づき、心配そうに声をかける。ジンはアンジュを見ずに目を閉じたままだ。
しばしの沈黙、ジンはつぶやく。
「なあ、相棒……オレ――」
だが、ジンは言いかけて目を見開く。そして、自分の頬を力いっぱい叩いた。
「なに悩んでんだ! ダチが困ってるのに人任せにする馬鹿がどこにいるんだよ!」
大声でジンは自分自身に気合を入れる。
「相棒! 行くぜ!」
『ジンさん……はい! 行きましょう!』
ジンは林に向かって走り出す。エルザもそれに続いて走り出した。