#3 急転直下
「相棒、怒るなよ」
「そうよ、アンジュ。アンジュだってあたしの大切な友達なんだから」
『別に怒ってもいませんし、お二人は大切な友達だと思っていますよ』
歩きながらジンとエルザはアンジュに声をかける。
もう村の目の前だが、アンジュの機嫌はなかなか治らない。
「いや、だからな……ん? なんだ?」
ジンは立ち止まる。エルザとアンジュも立ち止まった。
酒場の前に村人たちが集まっている。しかし、雰囲気がおかしい。
殺気を感じる――しかも、槍を持った自警団の団員までいた。
「おい! いたぞ!」
村人の一人がジンたちを見つけ、声を上げる。村人たちはジンたちの前で陣取った。
ある者は怯え、ある者は怒り、ある者は不審に満ちた目をしていた。しかし、敵意を持っているのは共通していた。
ジンはアンジュとエルザを守るように一歩前に出る。
「こいつは一体……」
村人の中から白く長いひげを生やした老人が歩き出してくる。この村の村長だ。
「……なんか用っすか?」
村長からは敵意を感じないが、ジンは警戒しながら声をかける。
「ジンさん。申し訳ない。今回はエルザさんに用がある――」
「あ、あいつだ!」
村長の言葉をさえぎり、村人の一人が怯えたようにエルザを指差す。
「あの女は盗賊の仲間だ! オレが森に行ったときにあの女が盗賊と歩いているのを見たんだ!」
村人たちはひそひそとなにかを話している
エルザはジンの後ろでその服をしっかりと握る。村人の言葉にエルザは困惑し、小さく震えているのがジンにはわかった。。
「ふむ、お分かりじゃろう? エルザさんが盗賊の一味だというものがおるのじゃ。それが本当なら見逃すわけにはいかん」
「じゃあ、こいつをどうする気っすか?」
「とりあえず身柄は預からせて貰い、その女性が盗賊の仲間かどうか調べさせてもらうしかない」
「で、盗賊の仲間ってことになったらどうするんすか?」
村人のひそひそ声が聞こえてくる。宿屋の窓からも客たちが騒ぎを見ている。
村長はゆっくりと口を開く。
「その場合は王都に連れて行き、刑罰を受けてもらうことになる」
「……じゃあ、オレが断ったらどうするんすか?」
「その場合は、わしらも覚悟を決めねばならぬ」
ジンは村人たちをもう一度だけ見る。かなり殺気立っているのは間違いない。
自警団のメンバーが槍を構えながら一歩近づく。
一触即発の空気が場を支配する。
「もういい、さっさと捕まえろ!」
「そうだ! 捕まえろ!」
村人の中から突然、声が沸き上がる。その声はどんどん大きくなっていく。
「い、いや……」
頭を抱えながらエルザは膝をつく。ジンはエルザの肩をつかむ。
今度はアンジュが二人を守るように前ででた。
「エルザ!」
「いや……違う……違う違う違う、あたしじゃないあたしが悪いんじゃない!」
エルザは完全にパニックになっている。
すると、エルザの体が徐々に熱を帯び始めるのがジンにはわかった。
花畑の事をジンは思い出す。小柄な青年はあれほど混乱し、逃げ出した。
エルザが魔神だとバレれば間違いなく大混乱になる。それだけは避けたかった。
「エルザ! オレを見ろ!」
エルザは怯えた目でジンを見つめる。ジンは真剣なまなざしでエルザを見つめる。
「オレはダチを絶対に見捨てねぇから、だから信じてくれ……」
「ジン……」
「ちょっと、行ってくるからさ。少し待っててくれよな……」
ジンはそう言うと村人の方を向く。その目には決意が満ちていた。
「相棒、ありがとな」
そう言いながらアンジュのタンクを軽くなでる。そして、村人の方へと歩く。
「わりぃが、ダチを渡すわけにはいかねぇからな」
そして、村人の前で仁王立ちとなる。ジンの気合のこもった視線に村人たちは圧倒されている。
「盗賊団じゃないと証明できればいいんすよね?」
「そうじゃ。だが、どうするつもりじゃ?」
ジンは村長に言う。村長もジンのお顔をしっかりと見つめる。
「どうするつもりじゃ?」
「盗賊団をぶっ潰す! それしかないっすよね?」
その一言に村人たちは騒然となる。
「そう言って逃げるつもりではないのか?」
「心配だったら誰かついてついてきてもいいっすよ」
ジンは村人を見渡す。しかし、誰もジンの提案に賛成しようとはしない。
「すまぬが、わしらはそんな危険を冒すわけにはいかんのじゃ……素直にエルザさんを渡してくれんか」
「そいつはできない相談っすね」
ジンは腕を組み、仁王立ちのままその場を動こうとしない。
再び沈黙が場を支配する。
それを破ったのは意外な人物だった。
「……私が同行する」
宿屋から出てくる褐色の小柄な女――あの時にサンドイッチを渡した女だ。
「申し訳ないんじゃが、部外者では――」
小柄な女性は村長の前に行くと、右腕に付けた腕輪を差し出す。その腕輪は淡く光りだし、表面に文字が浮かんだ。
「……王立冒険者ギルド所属、セラティリリス・フォン・バンエーデン」
その名前に周囲が騒然とする。
「……本物なのか……」
「……インビジブルアームズ……」
「……なんでこんな場所に……」
村人たちからはそんな声が聞こえてきた。村長は腕輪を確認すると、小柄な女性を見つめた。
「確かに本人のようですな……わかりました。しかし、本当によろしいのですかな?」
「……借りは返す」
「そうですか、わかりました。では……」
村長はそう言うとジンをもう一度見る。
「お主は本当に盗賊を退治するというんじゃな?」
「ああ、目の前でダチを連れていかれるのを許せるほどオレは人ができちゃいないっすからね」
「ここまで来たら引き下がれぬが本当にいいんじゃな?」
ジンはローブを脱ぐと投げ捨てる。
その時、ひときわ大きな風が吹いた。
黒の刺繍が入った白い特攻服が風にたなびく。
「おう! 流死不壊留、特攻隊長、神崎 仁! こんなところで引き下がるような漢じゃないぜ!」