私小説的詩集「日常を綴るためのノートより 1971年(18才)~72年(19才)の思索」
先日、若かりし頃のノートなどを保管していた行李を開けてみました。
そこには、日々抱いた欲求、憤怒、怠惰、希望、不満、夢、恋情、虚無等々の思いを思う様に書き記したノートが何冊かありました。そのノートの一冊一冊を読み返してみると、それこそ殴り書きにして書いた幾編の詩が散見されました。思いついたままの乱暴な詩作であり、且つまた無知蒙昧を絵に描いたような詩ではあります。しかし乍ら、その詩の中には無垢なままのそこはかとない心情が吐露されているようにおもわれ、今回、「小説家になろう」に発表した次第です。
私小説的詩集
日常を綴るためのノートより
一九七一年(十八才)~
一九七二年(十九才)の思索
作 火鷹 漣
無 題
ページを閉じよう
この詩本のページを閉じよう
軽やかな旋律 散文の詩に眠り
遙かな遠くへと
好奇の心を誘ってくれた
この手垢にまみれた
ページを閉じよう
もう心の中には 詩はいらない
詩よりも自由に奔放に
僕の心はあるべきだ
躍動しよう
あの碧色の大気の中へ
秋深き秋
宿酔の遅い目醒めから
まだ醒めやらぬ朦朧が
去らぬうちに
陽は薄色を帯び始める
山陰は枯れ葉色に色褪せて
鳥たちの帰り支度がはじまる
遅い目醒めが醒めやらぬ間に
遠い想いにこころうばわれ
薄暮は覚醒とともに蘇る
遠い道は近い道に繋がって
空のあか
山のあか
土のあかに 染められる
赤トンボの正体は透明のトンボか
帰り道を忘れてしまった子供のように
道は遠くも近くもなくなってしまう
歩みは道をつくって
人は先人の跡を踏破する
山を越え 河を渡り
人が住み 子が生まれ
通り過ぎるだけの人生は
人家を懐かしみ
我もまた通り過ぐるを知り
果てしない道を歩む
秋は深まり紅くなり
その余韻を枯葉に残すのみ
唐 変 木
唐変木といつもきみはそういっていた
あの冬の日の陽だまりを歩いていて
きみは急に枯葉の踏みを止めて
くるっと僕のほうに転廻して
唇をつき出してホホをふくらませた
淡い焦げ茶の枯葉を一枚
口許にもっていって
息を吹き掛けた・・・・・
枯葉は 一瞬 宙に躍動して
そしてすぐ力なく
ひらひらと枯葉の上へおりていく
そしてきみは ちょっと寂しい顔をして
唐変木・・・と つぶやいていた
そうきみの口癖 唐変木と・・・
イメージ・その極限は白昼夢
あるいは幻覚
雨はあなたの囁きのように
私を抱きすくめ
ひと晩中退屈させない
あるときは強く
その抱擁は烈しい
そして胸をくすぐる
あなたの吐息
静けさは
あなたの囁きだけ
あとは夜の闇の中で
眠っている
そしてあなたが
微かな寝息に眠ってしまうと
もう私は
孤りにうち慄えてしまう
私の不眠が
闇の中から迫ってくる
だんだんと
その圧迫に恐怖しながら
あなたの夢想の中へと
旅立っていく
永い夢想に浸っていく
その眠りから
醒めないように
あなたに呼び掛けられない
いまが戻ってこないように
深い眠り・・・・
無 題
踊っている文字が
ふらふらと踊っている
なんのリズムか知らないが
文字が揺れる
遠い昔を書くときも
くやしさかなしさを書くときも
文字は踊っている
帰るところのない 夢の安住の場所
そこには祭りがある
そして文字は踊っている
焚火を囲って 踊り狂っている
奔放ではあるが 文字の裏側は寂寥だ
でも 自由であろうとするだろう
新宿狂夜
ちかちか光るネオンの下で
ことしも狂喜乱舞のバカ騒ぎ
酒乱した男どもが我もの顔で狂奔す
この新宿の街で 一夜の狂宴
バカになろう 気狂いになろう
すべてが燃えつきるまで・・・
そして夜明けが待っている・・・
漁 村
足で一歩一歩
未知の旅路を
荒波に煙るさびれた漁村に
ふと足を止めると
静寂の中に活気があった
大漁・・・・・・
漁師の顔・・・・・
幸福だろうか これが・・・
初めての孤り旅
列車に揺れて出る旅は
希望と不安
未知を求める若者に
つきまとう希望
それは不安を乗り越える
そしてはじめて
能動的になれる
音だけの世界
遠くで汽車の汽笛が
ひきしまった空気を通って
凍えて震えるように
微かな振動
肌に伝わる
乾いた
舌に触れると塩辛い
鼻をくすぐる・・・アルコール
聴えてくる 聴えてくる 聴える
汽笛が 僕を縛った
無 題
落日を見たくて
何処まで行っただろうか
あてどもなく
唯 落日が見たいがために
ただ 歩いた
何を求めての旅だったろうか
寂しさを求める旅だったろうか
紅の夕陽の夢が
水平線に消えていくとき
なぜか涙がこぼれた
精一杯燃えつづけた太陽が
いま消えていく
冷たい海の底へと
眠りを求めて
潮は満ちて
乾いた海水が
足を濡らした
無 題
闇をまさぐりする
闇を彷徨う盲人
黒い太陽のうっとうしさに
泣き叫びながら
涙が膚をつたい
唇を濡らす
黒い味覚が舌を刺激するとき
死を感じる
苦いおもいが心をよぎるとき
死を感じる
闇をまさぐりし 彷徨う盲人
黒い太陽の喧噪
黒い味覚の苦痛
死はすでに死んでいた
白 昼 夢
小羊が萌える若草の上を走る
軽やかなメロディーに
小羊は振り返る
一人の少年がオカリナを吹いている
優しい透きとおった少年の瞳
何か素晴らしい
オトギ話を語りそうな口許
その少年を見た小羊は
一目散に少年のところへ走った
そして一瞬の悲鳴のあとに
黒い太陽と真っ赤な鮮血だけがあった
小羊が萌える若草の上を走っている
初夏の午下がりに
無 題
鬱然と青葉の茂る並木の路に
恋人たちは青葉の香りに包まれて
どこかへ消えて見えなくなってしまう
うららかな太陽も青葉も
春の快い風もみんな
どこかへ消えうせてしまう
ただ自分の靴音だけが響く
時を刻むように
無 題(1972・4・浪人時代)
人間の心は廻る廻る
愛に飢え
情に飢え
笑っているか 泣いている
人間の心は廻る廻る
恋人に飢え
友人に飢え
叫んでいるか黙っている
人間の心は廻る廻る
廻り疲れて
止まってしまう
愛が欲しくて 目をつむる
無 題
あいつがひょいと来そうな気がする
そんな勝手な想いの中に身を包み
まだ こうして起きている
灯りを光々とともして
まだ 眠らずにいる
音楽のしらべが聴こえるように
ボリュームを上げる
遠くからでも聴こえるように
もうこんな夜耽けだというのに
あいつがひょいと来そうな気がする
ちょっと寂し気な顔をして
黙ってドアをたたく
そんな想いにかられて
いつも誰かを待っている
ひとみ
宙空には幾万という星が輝いているのに
わたしにはひとつの星しか見えない
首をもたげて目を大きく
みひらいてみても
わたしにはひとつの星しか見えない
夜が明けたったひとつの星が消えると
もはや宙空にはなにもなくなってしまう
遠くの山肌が白くひかっても
窓の硝子が銀いろにまたたいても
わたしには山の影と
硝子の影しかみえない
太陽はあまりにも眩しすぎる
地上には無数のひかりが踊っているのに
わたしのひとみまでとどかない
首をもたげて目を大きく
みひらいてみても
この穴の中は真っ暗でしかない
無 題
かなしいかな人生の敗退者よ
彼の身体は沼の底深く沈んでいった
自殺であった
その身体は彼が沼に飛び込んでから
十日後に浮き上がった・・・
かなしいかな人生の敗退者よ
沼の底に深くゆっくり沈んでいった
もう声もだせぬのだ
もうこの一瞬からふたたび
人間となることはないのだ
そう考え考え男は
沼の奥へ奥へと沈んでいった
彼の意識はまだはっきりしていた
そして己の名を小さくつぶやいてみた
身体が沼の底についた
両足をしっかりと汚泥のたまっている底につけた
腕を組み胡座をかいてそこに坐った
意識の覚醒した頭で考えてみた
何故 死んだのだろうと
無 題
山稜を紫色に染めながら
今日が去っていった
街に闇がふって ネオンを抱き込む
若草の芽の匂いのする丘には
愛撫のような空気がささやき
潤んだすっぱい匂いを窓辺に運ぶ
そして僕はゆっくり窓を開く
部屋にぬくんだ空気が入りこみ
若草の匂いが充満する
僕は窓辺に腰掛け 煙草をのむ
山稜の上に浮いている
金星がウィンクする
そして僕もウィンクする
煙草のけむりが僕の目のまえをよぎる
ゆっくり拡がるけむりが紫煙となり
僕を抱く
並 木 道
夕陽が並木道のむこうにある
木々は道にならって点になっていく
道は通り雨の残した水溜まり
夕陽が無数に道の中にある
自動車は点からあれわれ
点の中に消えてゆく
水をはねかし 自動車がはしる
水溜まりはレコード盤
シャーッという新鮮な音をだす
並木道は黒い点から青葉になって
鮮やかな緑になって眼のまえを彩る
木々の葉は水溜まりの音に揺れる
ゆるくやわらかく音をつつむ
すでに陽は落ち 並木道のむこうから
闇がおとずれる
木々はみな黒い影となり
風の中でざわめきはじめる
夜が来た 長い夜がきた
ヘッドライトが一つの光から
二つの光となり
やがて水溜まりを照らして通り過ぎる
もう最後の自動車が通り過ぎてしまうと
テイルランプのあか色が
夕陽の面影を残し
水溜まりに吸い込まれる
それも消えてしまうと
並木道は静かな眠りに入る
無 題
一寸先は闇かといえば・・・しかり
光はまだ届いていないのだから・・・
そうだなとも想う
私は闇の中にいない・・・
それほど悲愴じゃない
信じることがない・・・
魂はどこを浮遊しているの・・・
ところできみは何者・・・
俺は嘘者で・・・きみは何者・・・
一寸先は闇かといえば・・・
納得できるかな・・・
信頼するとは・・・夢みることヨ
疾走しても一寸先には追いつけない