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ふたりで

 一面ガラス張り。ああ、すごい。星の光がちかちかと、輝き、光って、部屋に飛び込む。赤いの、青いの、緑の、黄色の。名前も知らない、きっと今まで見たことのなかった星が、ここでははっきり、私の両目に映っている。

 私はガラスの真ん前に備えられたベンチにとっと腰掛ける。だんだんと小さくなっていく月を見ながら私はそのまま、弁当も広げず、ただ外を眺め見る。

 キレイ。無意識に呟く。

 普段見ていた夜空と、比べるのもおこがましいくらいに、ただホントにキレイ。

 私は必死に思い出す。いつも見ていたはずの夜空を。でもどうしても思い出せない。あったはずの夜空。私の頭上に落ちっぱなしになっていた星空も、果たしてこんなにキレイだったのだろうか、私が気づいていなかっただけで。ずっと下を見ていた私が、空を見上げることをしなかったから。

 よかった。呟く。

 今なら言える。きっと、いろいろ方法はあったけど、この銀河鉄道を選んでホントによかった。

 この景色を見れて、うん、そう、ホントに、よかった。

 星が流れる。目の前で。

 いや、違うかもしれない。流れているのは私。

 進んでいく。この鉄道も、時間も。

 胸に手を当て、私は私を確かめる。冷たそうな宇宙の闇。暖かく感じる私の身体。寒くはない、けれど震える。

 息を吸う。胸が暖かな空気に膨らむ。心臓の鼓動。内側から私を叩く。遠くに見える一等星。眩しい光で私を焦がす。目を閉じる。宇宙の中に浮かぶ私は、ぽつねんとただそこに浮かんでいる。

 寂しそう。寂しそうな私。

 私って、可哀そう。

 あはは、聞こえないはずの嘲笑が、確かに私の耳に聞こえる。

 旅の終わりはいつ来るの? 私は、私に聞く。

 結局さ、私はさ、この胸ポケットに入った、この帰りのチケットを、使う、の? 帰るの? 帰らないの?

 とん、と音が鳴った。

 あ、気づく。

 いや、ホントはとっくに気づいていた。

 もう私の胸の中で答えの花は咲いていた。揺れていたのはその花。私ではない。躊躇が、未練が、何かが、その花をそっと揺らしていただけで答えはとっくに決まっていたんだ。ずっと前に芽は出ていた。きっと物心ついたころから。幼稚園に行って、小学生になって、中学生になる頃には既に蕾は大きく膨らんでいた。私がそれと気付かなかっただけで。それはもう、この暖かな胸の内で私から養分を奪って、りんりんと咲き誇っている、『答え』の花。綺麗すぎてとても、摘めない。

 頬を伝う、ホント。拭いたくない、ホント。ホントのホント。暖かいホント。

 ウソがばれるのはそんなに恐ろしいことではない。怖いのは、ホントはばらしてしまいたいようなウソがいつまでもウソだとばれないこと。ウソが私自身のホントまで飲み込んでしまうこと。

「食べないの、お弁当? 銀河でお弁当、きっと教室で食べるよりおいしいよ」

 私の隣に、彼女は腰かけ、とん、と言った。

 ……いいわよ、食べても。食べたいんなら。食べればいいでしょ。私の分を。あなたが。大して変わらないわよ。あなたが食べようが、私が食べようが。このお弁当にとっては大して。

 私は広げただけで手つかずの弁当を彼女に差し出す。

「ううん、違うよ。そう意味でいったんじゃないよ。だってわたしはウサギだもん。生の野菜しか食べられないよ」

 きゅん、と小さく鳴く彼女。

 うさ、

 私は呟く。

「何? やっぱり、怒ってる?」

 うさの困った顔。

 別に。とはとても言えなかった。

 代わりに私は意地悪く言う。

 毛、すっかり生え変わったのね。あんま、似合ってない。

 うさは困ったように、恥ずかしそうに、えへへ、と笑った。茶色の毛並で。夏色。夏の夜空に夏色うさぎ。ぴょんと跳ねて、星々をかける。

 せっかく、彼女が隣にいるけれど、だからと言って特別、今話すようなことは、多分、もうない。

 十分話した。今まで、十分に。今更、例えここがお空の上だったとしたって、私たちの間に飛び交うべき言葉は、きっとない。

 黙る。沈黙。きん、と響く。

 黙ったまま私はそっと弁当を開く。高そうなお弁当。お腹だけが喜びの声をそっとあげた。

 箸と口だけが動く。静か。鉄道が星のレールを踏み叩く、その音だけ。静か。

「美味しい?」

 …………、

「ねえ、美味しい?」

 ……うん。

 弁当箱が空になった。おじいさんには悪いけれど、このお弁当、私のせいかな、味がしなかった。まるで、騒がしくて蒸し暑いあの汚い教室でつまんだそれと同じ。

 美味しかったですよ。ホント。御馳走さま。アリガト、おじいさん。

 わざとらしく言って私は手を合わせる。いい子、ぶりっ子。誰に見せるわけでもなく。

 手を合わせて、目を閉じて、息を吐いて、そのままの私。やはりこれが一番、楽。これが私。そうやって生きてきたんだもん、ずっと。

「ねえ、」

 ……何?

「言ってよ。言いたいこと。ホントのこと」

 何のこと。

「怒ってるんでしょ」

 そんなこと、

「あるでしょ」

 ないよ。とは言わない。

「わたしだったら。もしわたしがアナタの立場だったら、やっぱり怒るもん」

 何当たり前のこと、言ってるの? バカみたいね。馬鹿みたい。分かってるなら、

「分かってたけど、けど、ダメだったの」

 どして。

「言わせるの?」

 言ってよ。

「アナタのせいでもあるのよ」

 私のせい。

「つまりはわたしのせいでも」

 そんなこと。とは思わない。その通り、とも言わない。

「ごめんね」

 謝らないでよ。言う。

「ごめんね」

 何も言わない。

「ごめんね」

 何も言えない。

「私ね。アナタのこと大好きなの」

 ウソ。

「ホント、よ」

 ウソだってば、そんなの。

「ホントだよ……」

 だって、

「だって?」

 うさの、私の、コトだもん、分かるよ。

「そっか」

 だから、お願い。言わないで、ウソは。ホントのことだけ言って。お願い。ホント、お願い。

「……」

 私、私ね。思ったの。今日。いま。サンタクロースみたいなおじいさんに会って、変態なドラキュラさんに会って、甲高い声の桃太郎さんに会って。そして、うさがいまここにいて。今日、私、思ったの。

「うん」

 ……うぅ、

 勝手に嗚咽が漏れる。ホントが後から後から流れて止まらない。私のホントが枯れてしまいそう。ホントに枯れるならいっそ枯れてしまえばいいけれど。ホントが流れれば流れるだけ、私の胸の内の『答え』が喜ぶだけで、一向に止まる気配を意地悪にも見せてはくれない。

 だから、必死になって私はうさに答えの花を差出しみせる。




「このまま、ふたりで、どこまでも、行きたい。私、もう、帰りたく、ない」




「いいの?」

「うん」

「いまなら帰れるんだよ。アナタは持ってるでしょ、帰りのチケット。ほかの人とは違う。この鉄道を降りて、元の場所に帰る権利をまだ持っているのに」

 私は必死になって、まるで子供に戻ったかのように、首を横に振る。

「来てくれるでしょ、うさ、一緒に。私と、一緒に。ジョバンニが言っていたホントのさいわいまで。私も行きたい。どこまでも、どこまでもいける切符を私はもってるんだもん」

 うさは、困ったように、にこり、と笑っただけだった。

「決まった。ううん、決まってたの。もう帰ることなんてないって、これに乗った時から、もう」

 やっぱりうさは黙ったまま。

 私は突然、もうこれ以上ないほど恐ろしくなった。身体の芯から、私のすべてが恐怖に揺さぶられる。どんどんどんと胸の鼓動が私を殴りつける。こんな身体をびりびりと破って逃げだしたくなるくらいにもう私はダメなんだ。

 震える手で、私は彼女を抱きしめる。

「お願い、うさ、お願い」

 それしか、もう、言えない。

 私の背中を温かいうさの手がそっと撫でる。私の口が何かを叫ぶ。

 聞き取れない。

 言葉じゃない何かを、ただ叫んだ。

 涙はもう零れない。乾いた言葉だけがただ溢れる。

 私がこんなに弱い人間なんだと初めて知った。これまではきっと見ないふりをしてきた。私は、一人じゃ、生きていけない、弱い人間。

 ツンと気張って、カンと強がって見せても、所詮は私も赤べこ連中と何も違ってはいない。普通の、どこにでもいるような、ただの子供だったんだ。

 だから、私は、私はうさを、

「ごめんなさい」

 私は謝る。

「ごめんなさい」

 繰り返す。

「私は私のことが大っ嫌い」

 吐く。

「だから、私はうさのことも、ずっと、ずっと嫌いだったの」

 漏れる。

「あなたは、そう、私だから」


 ※※※


 夜中の電車と言うものは人の本性が現れる、その際たるものだ。

 ドアが開いた途端に始まる醜いイス取り合戦。

 日本人はマナーがいいって言われるけど、だとしたらこいつらみんな日本人じゃない。私以外みんな。きっと冥王星人か何か。侵略者。インベーダー。

 揺れる、揺られる。そのたびにコツンコツンと額をトビラにぶつける。痛い。痛いけど、うん、その痛みが少しだけ心地いい。

 電車の中に籠った熱。宇宙人共はまるで私がそこにいないのかのように振る舞い、私は端っこで縮こまる。私は一人じゃない。私はここにいる。心の内で何度も呟く。窓から見えるのはただの闇。一片の光もそこにはない。

 怖い。怖い、夜の空。

 ここで、そう、ようやく。私は見る。

 私の姿が、ガラスに、黒をバックに、映っている。

 悲しげに、淋しげに、今にも死んでしまいそうなほどに怯えて。真っ赤眼をして、少し震えていて、もごもごと口を動かしている。そんな小さな生き物。

 それが私。

 私は闇に浮かんだその姿をゆらゆらと揺られながら見続ける。

 うさは私だ。あの白い毛の時々ぶるると震える赤眼の小動物は私だ。

 腕の中にあったはずの、歩道橋の上で抱きしめた彼女の温もりが、今はもう最初からそんなものなかったのかのように、跡形もない。

 あはは、あは。私は肩を揺らす。

 目の前のウサギも泣いているみたいに肩を揺らす。

 鏡よ、鏡。唱えてみようか。

 そして聞くんだ。もう分かり切った答えを。

 ホントの私は、だあれ?


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