時代鉄道
天国か地獄か知らない世界。
『次は、……11』
運命という敷かれたレール。そこを走るのは7両編成の鉄道だけだった。
鉄道の窓から眺める景色は綺麗な夕焼け空。ただ、空から下へ向かって視線を落としていけば光が薄くなっていき、宇宙の藍色に変わっていった。線路は少しずつ降るように設計されているようだ。
「………………」
そこに、何かを大事そうに握り締め、眠る男性乗客が1人いた。
ゴトゴトと汚く走る音、レールを走る振動。しかし、乗客は気にせずに意志が固く眠り続ける。
『次は11歳、11歳……』
アナウンスは数字を語り始める。停車駅を伝えるようなトーンであった。しかし、眠る自分の近くでは急に歓声が沸きあがり、ある人はその輝く空を指差し、ある人は決して開かぬ窓に張り付くほど見た。
『おおー!懐かしい!』
『この頃は良かったなー』
『ピアニストになりたかったんだ!』
鉄道1両分のスペース。乗客のその年の1日の一時を5秒ほど空に映し出す。
365日、うるう年なら、366日。
その時の出来事を思い出させるように映写していく。乗客はその懐古さに興奮もあれば、感慨にもふける。まるで今の姿からは想像もつかない別の生物が、これからこの自分になる事を奇跡か、不幸に思っている事だろう。
「………………」
それでも、1人の乗客は何かを大事に握りながら、まだ覚悟を決めた眠りのまま。しかし、騒がしい周囲の声に腹立つ事もないし、純粋に幸せそうに眠っている。
『次は27歳……27歳……』
鉄道は進んでいく度に大きな歓声と
『次は34歳……34歳……』
乗客を減らしていった。
鉄道は止まらない、窓も開かない、トイレもない。
『次は50歳……50歳……』
しかし、人は減る。どこかに行くのか、どこかに消えるのか。
『次は10000歳、……10000歳』
鉄道は乗客がいなくなるまで、走り続ける。たった一人の乗客がいるから、とうにない時代をも走り続ける。空は深い暗雲に包まれていて、酷い嵐に巻き込まれていた。土砂降り、落雷、暴風。揺れる鉄道は不安定な走行を続け、脱線してもおかしくないのに。乗客は幸せに眠ったまま。
『次は1000000000歳』
嵐は抜ける。そして、鉄道はようやく、止まった。
これ以上の運命がないからだ。でも、残った乗客には降りてくれないといけない。
みんな、自分の運命を見てきて、成仏されたというのに。
仕方ない。完敗と、認めよう。
しかし、気になるから。乗客が大切に持っているのはなんだろうか。ソッと、乗客の掌を開けてみた女性の車掌さん。ちょっとしたロマンチストな気分で見てみたが、
「えええぇぇぇっ!?」
驚愕と同時に、乗客を鉄道から降ろした。
◇ ◇
「先生!!意識が戻りました!」
女子更衣室。
「ううっ……な、何が起きたんだ?」
「舟~~~!!」
「舟くん!!」
記憶が戻らない。目を開けると仰向けで転がっている自分がいた。そこには不思議な事に、怒り顔の女子達がいた。目が覚めた瞬間、女子のスク水姿とはなんともご褒美なことだとスケベな表情を作るも、すぐに改めさせられる。
「あんたでしょ!最近の下着泥棒は!」
「更衣室で張り込みしていたから!言い逃れできないよ!!」
「……………」
もう一回、瞼を閉じてみる。
「コラァッ」
「気絶したフリはダメだよ!」
冷静に思考を巡らせる。さっき、死ぬほどの思いをしたのにどうしてこんな状況なのか?女子更衣室で男子が正当な倒れている理由はなにか?
「起きろーーー!」
「もう一回、バケツで頭を叩いてみよう!」
そうか。下着泥棒とバレて、死のうとしてたんだ。意識も断っていたんだ。
左手にまだ掴んでいた女子の香りがする下着を握れば、その思い出が確かに戻ってくる。
ちょっと、殺してくれよ。マジでやべぇな。
もう一回、もう一回。意識が無くなってくれと、舟は祈ってみるとそう簡単にできなかった。