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槻影閑話作品集  作者: 槻影
2016年ハロウィン
6/7

ハロウィンの準備をせよ!:前編(堕落の王)

お久しぶりです。

ふと思いついたので書いた、堕落の王のハロウィン短編です。

本編を読んでから読むことを推奨します。


コメディ風味。

 まるで海に浮かんでいるかのような心地だった。

 感じられない重力。もはや現実と夢の区別もつかないし、つける必要もない。

 覚醒しているのかしていないのか、それさえも定かではない。それでいい。


 ゆっくりと瞼を開ける。枕から顎を上げ、僅かに寝相を変える。

 慣れ親しんだ天井。壁に明かり。室内には誰もいない。

 今何時なのか。ちょっと疑問に思ったし、時計があることも知っていたがそちらに視線を向けたりもしない。時間なんて俺にとってもはやどうでもいいのだ。


 しかし、ちょうどその時、ふと偶然卓上のカレンダーが視界に入ってきた。


「九月……か……」


 誰が付けているのか知らないが、過ぎ去った日にはご丁寧に斜線が引かれているので今日が何日なのか分かる。

 九月三十日。今日は九月三十日だ。


 九月三十日といったら、何があったか……


 しばらく頭を捻り、意図せず口から言葉が出た。意図せずにというか、もう最近は特に何を考えてるわけでもない。


「九月三十日……ハロウィン、か」


 自分で言葉に出した後に、気づく。

 ハロウィンは九月じゃねえ。十月だったはずだ。悪魔に転生してからもう随分と長いが、まだ人間だった頃の記憶もそれなりに残っている。確か、十月。十月三十一日。それが、ハロウィンの日。


「……はぁ」


 深くため息をつく。


 ……まぁどっちでもいいか。


 ハロウィンとかどうでもいいし、そもそもあまり日本人に馴染みのあるイベントでもないし、そもそもあれは何をやる日だったのか。異世界に転生した今、それを知る術はもうない。興味もない。


 頭を布団につっこみ、意識を再び闇の底に沈める。

 全てが黒に塗りつぶされる瞬間、俺の耳に何か声が入ってきた気がした。




◇ ◇ ◇




 私は、入るタイミング誤ったかなぁと思った。


「ハロ……ウィン?」


 レイジィ様の声が私ことリーゼ・ブラッドクロスの耳に入ってきたのはおそらく偶然だ。

 小さな声だった。とても小さな声だった。とても小さな声と――ため息。


 その言葉を呟いた当の本人は一瞬眠ってしまったらしく、室内はとても静かだ。


 眉を顰めもう一度レイジィ様の言った言葉の意味を考える。

 九月三十日。ハロウィン。

 その単語から記憶に浮かび上がってくるのは、去年やったクリスマスの事だった。


 あれは地獄だった。大魔王軍全体を巻き込んだ狂気の宴である。何が正しいのか正しくないのかもわからず繰り広げられたイベント。

 集められた悪魔の軍勢は天界を刺激し、魔界の他の勢力を刺激し、今も語り草になっている。今思い出しても現実味のない、まるで悪夢のような出来事だ。


「ハロウィン……?」


 もう一度呟く。その単語はクリスマスと同様に、やはり私の記憶にはなかった。

 それなりに長く生きているし、それなりに自分は学もある方だと思っていたが、レイジィ様は一体どこからそういう情報を得てきているのだろうか。


 結局クリスマスは人間界のお祭りだったらしいが、怠惰(アケディア)の大悪魔であるレイジィ様が地上に出たことがあるとは思えない。


「ハロウィン……ハロウィン?」


 もう一度呟く。


 無視するべきだ、と思った。何しろ今回は命令されているわけでもないし、前回散々な目にあったのだ。

 だが、それ以上に最後のレイジィ様のため息――腹が立つ。


 呆れたような、諦めたかのような深い深いため息。まるで私に失望しているかのようなため息。

 私は傲慢(スペルヴィア)の悪魔ではないが、それにしたって思うところは――ある。


 考えていたら腹が立ってきた。大体、前回のクリスマスだってレイジィ様がもっとちゃんと説明してくれれば――。


 つかつかとやたら大きいベッドの側に歩みを進めると、頭まで潜ってしまったレイジィ様を見下ろす。何時も通りの動作だと言うのに、腹が立っている状態だと煽られているかのように思えてしまう。


「……はぁ……」


 私はとりあえず全てを棚に上げて一度、大きくため息をした。怒りを沈める。怒っても仕方のない事だ。その辺の石ころかなんかに怒りをぶつけた方がまだマシだ。

 そして、そう考えてしまった自分に少し腹が立つ。何順応してるんだ、私!


 一度大きく深呼吸をして、私はレイジィ様に交渉を試みる事にした。前回の名誉を挽回するのだ。自分から仕事をしないこの男から仕事をしていないと思われるのは業腹だ。


 盛り上がった掛け布団の上からレイジィ様を揺する。

 前回の失敗は、レイジィ様に遠慮して詳しい情報を聞かなかったことにある。


「レイジィ様!? 起きて下さい!」


「」


 凄い! まるで死体のように――反応がない!

 沈黙とかそういうレベルじゃない。完全に停止している。さっきまで確かに起きていたはずなのに……。三点リーダーすらない!


 くそっ! 私がまるで馬鹿みたいだ。


 仕方なく言葉を変えて声をかけ続ける。


「レイジィ様?」


「ぶち殺すぞレイジィ!」


「レイジィ様、レイジィ様に会いたいというお客様が来ているんですが」


 ダメだ。お客さん程度でこの男が起きる訳がないし、そもそも怠惰の王に客が来るわけない。何しろ、怠惰の王なのだから。それが理由になるくらいに、怠惰の王は怠惰なのだ。

 困った。非常に困った。非常に困って、私はヤケクソになった。


 もうここまできたからには如何なる手段を用いても堕落の王を起こさねばならない。

 声色を努めて穏やかな物に変えて囁く。


「レイジィ様、お食事の時間です」


 気分はメイドである。ローナが声をかけると、意識の有無はともかく顔くらいは出す可能性が高いのだ。

 しかし、恥を忍んでまで試した策に、布団の中のレイジィ様はぴくりとも動く気配がない。


 心臓止まってるんじゃねーだろーな。


 一瞬そんな疑いも持つが、そんなわけがない。私の目は誤魔化せない。レイジィ様の持つ途方もない力は健在だ。


「レージー様? 起きて下さい、レイジィ様ぁッ! あーさーでーすーよー!」


 声色を真似てヒイロ風に言ってみるが、起きるわけがない。

 さすがにヒイロみたいに馬乗りになるのは……ちょっと、私のプライドが許さない。

 眠っているのか、起きていて無視しているのかだけはっきりして欲しい。どちらも同じくらい有り得そうだ。


 しかし、ここまで反応がないとなるともう諦めた方が……。


「……レイジィ兄様、カノンは兄様に起きてほしいんだが?」


 沈黙が広がる。もちろん、レイジィ様の反応はない。


 ああああああああああああああああ!

 違う。これは違う。カノン様はこんな事言わない! 多分、きっと、恐らくは。


 てか、今のもしかしたら不敬罪じゃ……違う。ちょっと、ちょっと疲れていただけ! これはそういうことじゃない、そういうことじゃないんだ!


 突発的に頭をがんがんぶつけたい衝動に駆られる。違う。そうじゃない。そうじゃないでしょ、リーゼ・ブラッドクロス!

 貴女はそんなことしない! そんな事しないでしょ!


 違う。今のは違う。魔が差したのだ。少し魔が刺しただけで――というか、ヒイロの真似とかローナの真似とかも冷静に考えておかしいだろリーゼええええええええええええええええええええええええええッ!


 幸いなのは、今の言葉が他の人に聞かれなかった事だけだ。もしそんな事になったら私は口を封じるかあるいは身投げしなくてはならないところだった。


 ……と考えたところで、私はふと視線を向けられているのを感じ取った。


 頬が引きつるのを感じつつ、後ろを振り返る。レイジィ様の寝室の扉は閉まっているし、扉の外にも力は感じない。

 私は、表情が完全に固まるのを自覚しつつ、ベッドの方に視線を向けた。

 レイジィ様ではない。やはり、レイジィ様は起きていないだろう。

 だから問題は……布団とベッドの隙間から僅かに輝く赤色の目だ。


 忘れていた。すっかり頭から抜け落ちていた。レイジィ様の部屋には時折、寄生虫のようにベッドに潜り込んでいる悪魔がいた事を。

 ローナが気づき次第定位置に戻しているので、いる可能性は高くはないのだが今回は最悪最低な事に数少ない可能性にあたってしまったようだ。

 そして本人も、私が気づいたことに気づいたのだろう。まるで亀のような動きで、ぴょこりと頭だけ布団の外に出す。

 丁寧に切りそろえられた桃色の髪に深紅の眼。そして、何よりもやる気のなさそうな表情。


 努めて冷静に声をかけるが、動揺のせいか声は酷く震えていた。


「……ミ、ディ、あ……?」


「……何やってるの?」


 私の声とは真逆な、感情のこもっていない声。

 今の私の表情を見てそんな言葉をかけられるなんて、なんか最近、レイジィ様に少し似てきたかもしれない。


 全神経を集中させ、笑みを浮かべる。強張った笑みになってしまったが。


「き、聞いてた……?」


 ミディアは現在怠惰に寄っている悪魔だ。レイジィ様程極端なものは殆どいないが、怠惰の悪魔は面倒事を嫌う傾向にある。

 そもそも、ミディアも眠っていた可能性は高い。高いはずだ。高いに決まっている。


 ミディアは私の表情をじーっと見つめると、僅かに首を傾けた。



「……レイジィ兄様、カノンは兄様に起きてほしいんだが?」


 ――そして、僅かに笑みを浮かべ、『私』そっくりの声で言った。


 というか、私の声そのものだ。あはははははは、声帯模写うまーい。


 うううううううううううううまーいじゃねえええええええええ!


 ああああああああああああああああ!

 ダメだ。殺さなければ、私が死んでしまうッ!


 頭の中が真っ赤に染まり、どくんと魂核が強く脈打つ。

 目の前の小娘が矮小な存在に見えてくる。元々ミディアの能力は私よりも一歩下なのだ。


 膨れ上がった力、渇望を、ミディアは感じているはずだが、些かも表情を変えない。

 変えずに、私に呼びかける。


「りーぜ、りーぜ」


「……」


「冗談、冗談」


 冗談? ……じょう、だん?

 冗談なら……しょうがないわね。


「冗談じゃねえええええええええええええええええええッ! ああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」


 絶叫する私に、ミディアは眉を潜め、


「レージー様? 起きて下さい、レイジィ様ぁッ! あーさーでーすーよー!」


「ててて、てめえ、どこから聞いてやがったんだッ!」


「……『レイジィ様、お食事の時間です』から」


 最悪のパターンじゃねえか!

 何? なんで最初で止めてくれなかったの? え? いや、あれ?


 てか何? なんでそんなに私の声真似うまいの? あれ? そんな特技あった?

 私がやった声真似よりも全然上手い。というか、そっくりすぎる。壁一枚隔てて聞かれたら間違いなく私が言っていると思われるだろう。


 ……やばい。今潰しておかないと、間違いなく今後私の敵になる。敵になってしまう。カノン様に吹き込まれたらどうなるか――。


 拳を握りしめる。一撃で殺す。やむを得ない。やむを得ないのだ。どうせベッドを丸焼けにしたところでレイジィ様にはダメージはない。

 ミディアがこちらを見上げている。今から殺される事も知らずに。


「こ、声、上手い、わね?」


 私の賞賛に、ミディアが僅かにその小さな唇を開く。


「『これからは勤労のレイジィと呼ぶといい』」


「え……なにそれ、怖っ」


 ぞっとするくらいに、レイジィ様にそっくりの声だった。レイジィ様そのものだった。

 ってか、レイジィ様そんな事言わねーよ!?


 なにそれどうやってんの? ……怖すぎる。


 予想外のミディアの特技に、一瞬怒りを忘れる。得体の知れない化物に遭遇した気分だ。

 ミディアは珍しくしたり顔を作った。作って、言った。一文字一文字囁く様に。


「ス・キ・ル」


「……いやいやいや、そんな馬鹿な」


「リーゼッ! ミディアちゃんに迷惑を掛けるじゃないッ! さっさと失せろッ!」


「いやいやいや、カノン様はそんな事言わないからッ!?」


 ミディアちゃんって。自分の事『ちゃん』って。

 言わないのはわかっているが、カノン様の声で言われるとびくっとする。それくらい似ているのだ。


 何その特技……怖ッ。いくらでも悪用できそうなんだけど。

 同じ唇から漏れてくる多種多様な声は見ていてとても違和感がある。


「ふん。リーゼ、僕の前でそれ以上醜態を見せるな。あんな事やこんな事するぞ」


「貴女、ハードに殺されるわよッ!?」


 命知らず過ぎる。もしかしたらあのヒイロよりも命知らずかもしれない。

 あんな事ってどんな事だよ。


 目を大きく見開き睥睨する私に、ミディアが今までで一番大きな声で言った。私の声で。


「レイジィ様、起きて下さい……あんな事やこんな事しますよ?」


「そ、そんな事言ってねええええええええええええええええええッ!」


「おやすみ」


 散々特技を披露し、まるで亀が首を引っ込めるかのようにミディアの頭が布団の中に消える。


 一瞬呆然としたが、すぐに我に帰る。

 ベッドを睨みつけ、憤怒の感情から手の平に炎を絞り出す。煌々と燃える炎に、私は悪鬼羅刹の如き自分の表情を幻視した。


 あんな事やこんな事ってなんだよ。



★★★スキル解説★★★


成りすましの影スプーフィング・フレンド


嫉妬のスキル

嫉妬した対象の声や外見を模倣する。

その嫉妬の深度によって模倣できるものが変わる。

最大でも表面しか模倣できず、力やスキルの模倣には別のスキルが必要。

悪魔は皆、魂を判別出来るため、模倣したところで簡単にバレてしまうという不遇なスキル。嫉妬の悪魔達の間ではネタスキルとして有名。


ミディアは怠惰の悪魔になってから、暇で暇で仕方なく、時間が有り余っていたため、練習した。

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