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槻影閑話作品集  作者: 槻影
2015年クリスマス
3/7

クリスマスの祝い方:前編(夢幻のソリスト・ウォーカー)

もう27日なんですが、夢幻のソリスト・ウォーカーのクリスマス短編になります。

本編を読み終えてから読むことを推奨します。


本編はこちら。


夢幻のソリスト・ウォーカー

http://ncode.syosetu.com/n6410cv/

「はっ!」


 裂帛の気合を込めて剣を振り下ろす。

 打ってもらった直後には違和感のあった握りも、今となってはよく馴染んでいた。


 自身の身長と同様のサイズを有する剣だ。分厚い刃は非常に肉厚で、恐らく重さだけで言うのならば俺よりも余程重量があるだろう。

 だが、それを易易と操れる。自分の手足のように、とまではいかないものの、その重さが俺にとって苦になる事はない。


 振るだけで風を斬れる。轟々という空気を切り裂く音。金属塊のようなこの剣を自由自在に振り抜ける者はこの国に俺しか存在しない。


 騎士たちの間で人外じみた膂力という噂が流れているのは知っていた。

 この国の住民からしたらなるほど、その通りなのだろう。獣人種の渾身の斧を片手で受け止める膂力、木々を足場に森を容易く走破する俊敏性と身体能力。来てしばらくの間、違和感に気づかなかったそれらは全て、異常なものだった。


 しかし、本来ならば怪物と呼ばれるべきその力は、俺をこの世界に召喚したガリオン王国十五代国王、レプト・マダ・ガリオン十五世のお触れによって異なる称号で呼ばれている。


「はああああああああああああああああああああああああああああ!」


 巡り巡る思考を切り裂き、自身の力を十全に発揮するよう咆哮する。獣の如き咆哮が蒼穹に響き渡り、心臓が凄まじい勢いで熱を発する。

 滝のように流れる汗、俺は気合を解き放ち、最上級の龍から打たれた剛剣を解き放った。


 地震にも似た激しい揺れ。地面に叩きつけられた剣は大地を大きく切り裂き、打突点を起点とした十数メートル地割れを生み出す。

 びりびりと戦慄くように震える剣を再び天高く掲げ、そのまま柄を上に真下に突き刺した。


 魔族を超えた膂力に人並み外れた耐久性、攻撃系スキルを何一つ持たず、その肉体一つのみで魔を断つ者

 傷一つ負わず上位竜を殺戮し、聖剣の加護を持つ者。


 類まれな勇気と自らの身を顧みず魔王に立ち向かう善性を持つ者。


 竜殺しの英雄。

 六振の聖剣の試練を受けし者。


 一体どうしてこうなったのか。もはや誰の事を指しているのか全くわからないくらいの評価を一身に受けるこの俺の事を、全く俺の事を理解していない他者は――


「勇者様ー! また訓練ですか? お疲れ様です!」


「ああ」


 レビの声が近づいてくるのが聞こえ、剣を無造作に下ろし、太陽を見上げる。

 魔物を倒しているうちにいつの間にか発達した筋肉のついた身体。上半身裸、冬であるにも関わらず体内から練り上げられた熱量で身体は全く寒くない。


 鮮烈なリアリティ。完璧なまでの整合性。常識外れの世界法則が渦巻く世界、降り注ぐ陽光の下、俺はただただ、ため息を漏らした。


 ただの高校生である、ただの高校生であったはずの俺を、この世界の人間たちは――


 ――剛力の勇者、竜殺しの勇者、六聖剣の勇者。


 神矢 定輝(かみや さだてる)。と呼ぶ。



 夢幻の世界で生活して数ヶ月、未だ俺の眼が――覚める気配はない。







◇  ◇  ◇







「お疲れ様です、勇者様」


 黒いリボンで結わえられたポニーテールを揺らしながら、レビエリがタオルを渡してくれた。


 気精剣レビエリ。あらゆる生命体の気力を無差別に奪い取る極めて危険な権能を持つ聖剣にして、俺が一番目に顕現化を許された聖剣の少女だ。

 分類は聖剣、見た目は少女、力を解放するとあろうことか『盾』になるというかなり忙しい特徴を持つ女の子だった。


 王様から与えられた五人の聖剣と、追加で力を取り戻した一人の聖剣、合わせて六人の聖剣達のうちで付き合いが一番長く、仲もいい少女である。仲がよく、ついでに顔が凄く可愛い。聖剣の中では勿論、現実世界を全て合わせても一番可愛い。かーわーいーいー。


 見た目が中学生くらいなのでもうちょっと上だったらもっと良かったのに、と以前までは思っていたが、もしそうだったら夢から覚めて現実に戻った時に酷くがっかりする事になるだろう、そう考えるとこれくらいがちょうどいいのかもしれない、と最近は納得する事にしている。

 ……写真撮って持ち帰りたい。スマフォの壁紙にしたい。友人から引かれるだろうか? いや、きっと写真を売ってくれと言われるはずだ。そんじょそこらの芸能人じゃないて目じゃないのだ。……俺の好みなだけかもしれないが。


 そんな下らない事を考えながら、レビエリの渡してくれたタオルで汗を拭く。

 レビエリはそんな俺に酩酊したような陶酔したような目付きで見て、ため息を漏らした。


「? どうかしたか?」


「い、いえ……今日も素敵だなって思っただけです!」


「……ありがとう」


 いつも通り唐突なそれに若干引きながらも礼を言う。


 どうもレビエリは俺の事を気に入った(本人は愛しているとか言う)らしく、時たま……いや、かなり頻繁にそういった種の台詞を投げかけてくる。

 そこだけが、俺がレビエリに対して改善して欲しい点だった。女の子に大した耐性のない俺にはこういう時にどういう反応をすればいいのかわからないのだ。だから、いつも無骨な礼になってしまう。そして、それが何故かレビエリのツボにはまっているらしい。


 単純に陳腐な言い方をさせていただくと彼女は――愛が重いのだ。

 ふよふよ後ろで揺れている尻尾を軽く引っ張ると、「あうっ」とか細い悲鳴を上げて恥ずかしそうに頬を染めた。俺はそのどこか甘い声を聞いて考えを改めた。


 ……もう重くてもいいか。可愛いなら。


 そんな様子を眺めていると、レビエリがふと何か思い出したかのように手を叩く。


「あ……そうでした。勇者様、陛下がお呼びです」


「王様が?」


 珍しいな。王様が俺を呼んでいるなんて。


 この国にとって勇者である俺は重要人物らしく、自由に王に越権する権利を持っているし、逆に王は直接勇者である俺に命令を与えたり援助を与えたりしてくれる。が、ここ最近王様が俺を呼ぶことなんてなかったはずだ。


 思い当たる節は……あ、まさか――


「はい。何でも重要な話があるだとか」


「わかった。急いで向かう」


 事前に用意してあった着替えを手早く着替え、急いで王城の方に向かう。


 重要な話。このタイミングで来る重要な話となると間違いない。


 魔王についての新情報が入ったのだ。

 王都内に足止めされる事、幾日幾月だろうか。ようやくイベントを進められる、という事だろう。


 俺の心持ちが変わったせいか、王城へ向かう途中、街全体がどこか浮き足立っているように感じられる。


 さっさと魔王を倒しに行きたい、と言っても首を横に振り、情報が入るまでは訓練でもしておいてくださいの一点張り。

 じゃあせめて外に出て修行してくると進言しても、情報が入った際に勇者様がいないと伝達が遅れるので王都内にいてください、の一点張り。


 訓練以外にやる事と言ったら聖剣達とトランプするくらいしかなかった日々にようやく終止符が打たれるのか……。

 あいつらめっちゃ弱いんだよな……トランプ。

 







◇  ◇  ◇







 ガリオン王国十五代国王、レプト・マダ・ガリオン十五世は勇者である俺が跪く事を好まない。

 御前の前で堂々と立つ。剣も背に背負ったままだ。それが許される立場――この国の中での勇者としての地位の高さがわかるだろう。


 王様は人の良さそうな表情をした壮年の男性だ。蓄えられた髭に柔和な目付き。こんな風に歳を取れればいいなと思えるくらいにナイスミドルで、初めて会った際はハリウッドスターか何かかと勘違いした程である。多分、俺の深層意識が今までみた洋画の中からイケメンハリウッドスターを適当に何人か引っ張ってきてミックスして生み出されたのがこの王様なのだろう。お妃様についても、王様とお似合いの高貴な雰囲気のする女性だ。


 だが、俺は知っていた。彼らは若干頭がおかしい、という事を。

 いや、おかしいというと若干言葉が悪いかもしれない。正確に言うのならば、お花畑のような思考回路を持っている、とでも言えばいいだろうか。

 危機感がないというか何というか……完全に外様のはずの俺が心配で心配で仕方なくなる程に脳天気なのだ。王様は勿論、その配下で各地を治める貴族一同も同様に。


 相好を崩しこちらを見ている王様。

 王の間を訪れ、王様の表情を確認したその時点で俺は、あ、これは魔王についての話じゃないなーと感づいていた。にっこにこしてるから、にっこにこ。

 さっさとイベント進めさせてくれよ。


 息を整え、じろりと王様を威圧するように睥睨する。少しでも俺が不機嫌である事が理解できるように。初めは可能な限り礼を尽くしていたのだが、今となってはこんなもんだ。

 ちなみに、巷ではこの王様、『極運』という二つ名で呼ばれているらしい。武功も低く賢王というわけでもないが、運だけは凄まじくいいのだとか。どんな二つ名だよ。


 そんなラッキーパーソンな王様は俺の視線を一切気にすることもなく口を開いた。


「カミ殿、聞いた話では貴方の住む国では『くりすます』という風習があるそうではないか」


「……ああ、まぁ」


 クリスマス? 何をいきなり。

 予想外の単語にまじまじと王様を見つめる。王様の言葉から考えると、この世界にはクリスマスはないのだろうが。

 まぁ、魔王が率いる魔王軍と人族が徹底的に対立していて、人族側が押されている最中クリスマスとか、もし仮にクリスマスがこの世界に存在していたとしても祝っている暇はないわな。


 王様が俺の返答に嬉しそうに笑う。


「はっはっは、それは良かった。その『くりすます』な、我が国でも祝おうかと思う」


 何を言っているのかわからない。

 まるで名案でも述べるかのような、にこやかな王の表情に、頭が痛くなる。

 王妃も大臣も同じようににこにこしている所を見て、さらに頭痛が深くなる。まさか全員その意見に賛成なのか。


 ……もしやこの世界、そんなにやばくないのだろうか。

 そんなどうしようもない疑問まで浮かんでくる。この考えはやばいな。魔王を倒す気が削げるぞ。

 一抹の希望を込めて聞いてみる。


「クリスマスもいいが、魔王はどうした?」


「ガリオン王国特殊諜報部を派遣し、調べさせておる……が、相手は魔なるもの――ただの獣ではない。高い警戒心を持つ知恵ある獣だ。もう少しかかるだろう」


「……そうか」


 尋ねる度に毎度毎度聞かされていた台詞を再び聞かされる。

 毎回毎回、同じこと言いやがって……お前はRPGの王様かよ。


 ……もしかしてRPGの王様なのか?


 しげしげと緊張感の欠片もない王様を見つめる。

 もしかしたら、この国で一番魔王討伐に乗り気なのって俺? いやいや。


 その思いを振りほどくかのように一度咳払いをし、説得を試みた。

 素人考えだがこの国、このままじゃいつか滅ぶような気がする。むしろ何で今もこの形で残っているのかわからない。


「クリスマスなど祝っている暇はないだろ。そんな暇があったら訓練をやるぞ、俺は」


 さっさと魔王を倒してエンディングを見たいのだ。

 ずっと同じ事を繰り返すのにはもう飽き飽きしていた。ここ最近の日常はまるで行き詰ったRPG。完結した小説みたいに閉ざされた世界。


「はっはっは、さすがカミ殿、貴方を勇者としてお招き出来たことは――私達の勝手によるものだったとはいえ、誇りに思います」


「そ、そりゃ、どうも」


 この、やたら唐突に褒め殺しかけてくるのやめて貰えねーかな。正直……かなり照れる。

 現実で大人に褒められる機会など殆どないし、女の子に頼られる機会も殆どない。このままこの夢の世界にとどまっていたら天狗になってしまうかもしれない。


 王様の言葉が純粋なものだと何となくわかってしまうから尚更だ。もしかしたら褒めるスキルもまた王に必須のスキルなのかもしれない。豚もおだてりゃ木に登る、という諺もある。

 まぁ、流石に、程度はあるが。


 穏やかな声色に敬語で王様が続ける。王様は俺を褒める時に敬語になる癖があった。

 恐らく、公人と私人の使い分けなのだろうが、どちらも公共の場でやってくるもんだからこちらとしては溜まったもんじゃない。この国で王の威厳はどうなっているのか。以前、耐え切れなくなって尋ねてみたら、勇者の権威の方が大きいのですと返された。ガッデム、そんなわけあるか!


「しかし、カミ殿。カミ殿はここ最近毎日過剰な訓練をしていると聞いております。訓練はほどほどにしないといざという時に怪我でもされては……」


「いや、大した事はしていない」


 即座に否定すると、王の後方に佇んでいた大臣――政務を取り仕切るウィレット卿が言葉を引き継ぎ、王様は口を閉ざした。

 こいつらはこういう時だけコンビネーションバッチリだな。


「勇者殿、勇者殿はいいかもしれませんが――」


 ウィレットが顎鬚を静かに撫で、きっぱりとした口調で言った。


「――この国の騎士たちは勇者殿程頑丈ではないのです。武人の頂点であり英雄である勇者殿が休まなければ、騎士たちも堂々と休めませぬ。頭を下げてお願い申し上げます。どうか、休んでは頂けませぬか?」


「ちょ……下げんでいい、下げんでいい! わかった! わかったから!」


 この国で王族を除いてトップクラスの権力を有する大臣の暴挙を慌てて止める。

 何で部下達の目の前でこういうことやろうとするかな、この人。

 俺は別に王政にも歴史にも詳しくないが、もはや誠実とか通り越して頭おかしいようにしか見えない。夢につっこむのもあれだから口には出さないが。


 しかし、何となく大臣の言い分はわかった。

 上司が休まないと部下も休めない、と。なるほど、完璧な理論だ。


 俺が騎士たちの上司ではない事を考えなければ、だが。


 俺と騎士たちって全然関係ねえだろ、どういう理屈だよ! 何? この国の騎士は俺が訓練していると訓練やりすぎちゃうの? 大体、そもそも騎士たちの目の前で訓練したりしていないんだが。


 騎士用の訓練場もあるにはあるが、俺の力は強い。危険なので訓練は誰一人いない場所で行うようにしている。最近は屋敷の庭でやることが多い。

 大体、俺だって別に休んでいないわけではない。やる事がそれ以外にないので、日々の訓練は欠かしていないが、一日中やり続けているわけではない。夜はちゃんと寝ているし、たまにレビエリ達とトランプだってしている。

 それとも、この国の騎士たちは毎日訓練していないのだろうか? 魔王に脅かされているのに? いやいや、そんな馬鹿な。


 脳裏に渦巻く数々の疑問を、俺は気づかない振りをして無理やり捨て去った。

 難しく考えてはいけない。所詮夢の話だ。クールに行こう、クールに。


 深呼吸を繰り返し、気を落ち着かせる。きっと俺は、ここに来てからそれなりに人間的に成長していると思う。

 しかし、何とか出した声は自分で聞いても明らかにわかるくらいに引きつっていた。


「ま、まぁ、そういう事なら……」


「勇者殿に感謝致します。それでは、くりすますの件なのですが――」


「おい、俺は休むとは言ったが、クリスマスを祝うという意見に賛成したわけではないぞ」


 大体、クリスマスなど祝っている場合でもないだろう。魔族との戦争はどうした!


 若干いらいらしながら床をぐりぐりと踏みつけていると、大臣が至極真面目な表情で続ける。


 何だ? 俺か? 俺が悪いのか?


「勇者殿、クリスマスとは……何ですかな?」


「ん……イエス・キリストの誕生日だ」


 この世界にイエス・キリストはいない。つまり、クリスマスなど存在しない……はずなのだ。

 大臣が俺の言葉にゆっくりと首を横に振る。


「そんな事はどうでもよろしい」


「は……?」


 自分から聞いてどうでもよろしいとか、頭沸いてんのかこの爺さん。


「私達が行いたいのは、クリスマスという祝い事そのものであり、由来などどうでもいいのです」


「ん? え? ……お、おう」


 何を言っているかわからなかったが、なんかもう面倒になったので取り敢えず頷いておく事にした。

 ……これは強制イベントだな、きっと。


「今この世界は闇に包まれつつある」


「お前らの態度は闇に包まれつつある世界に生きる者の態度じゃないだろ」


「今こそ必要なのは……そう、希望。カミ殿の召喚もその一旦にすぎません」


 俺の言葉をスルーして大臣がそれっぽいことを話し始める。何故か無性に、真面目な表情の大臣をぶん殴ってやりたくなった。


「人類は今、強大なる魔族という天敵を前に結束を強めております。しかし、これは所詮共通の敵が現れたことにより自然と強めざるを得なかった仮初の結束に過ぎないのです」


「ほう」


「人々は暗中模索、いつ終わるのか予想すら付かない長い長い戦いに疲弊している。このままでは結束が瓦解するのも遠くはないでしょう」


「俺がさっさと魔王をぶった斬ってきてやるから魔王の場所を教えろ! いや、知らないならそれでもいいから、とっとと俺に王都から出る権利を寄越せ!」


「その事態の解決方法をガリオン王国はずっと探っておりました。しかし、カミ殿の、我らが英雄の召喚成功をきっかけに、答えが出ました。それが――」


 大臣がむかつく動作で人差し指を一本立てる。王様とお妃様がウンウンと訳知り顔で頷いた。


「――英雄の国の祝い事……くりすます、なのです」


「全然わかんねえ」


 他言語化対応(全)のスキルにバグでもあるのではないだろうか。







◇  ◇  ◇






 ガリオン王国特殊諜報部隊報告書。

 クリスマスについての調査結果について。他国の転移者より情報を収集。

 地球に存在する祭日。その日、世界は美しく彩られ、民草の表情が希望に満ち溢れる。

 全ての人民はその日争いを忘れ、愛する者と共に一夜を過ごす。


 キーワード:

 サンタクロース。

 クリスマスツリー。

 クリスマスプレゼント。


 人民に希望を与えるに相応しいイベントだと思われる。

 この国に存在しない祭りのため、国内へ広めるには勇者の協力が必要不可欠。






◇  ◇  ◇







 ガリオン王国の脳天気なトップ達がクリスマスがうんたらかんたらとか言い出した翌日、再び俺は王の間に呼び出されていた。


「おい、何でこんな事になっているんだ」


「人類へ希望を与えるためです」


「だから、どうしてこんな事になってるんだよ!」


 どこから手に入れたのか、サンタクロースの格好をしているレプト・マダ・ガリオン十五世を見て、俺はもう屋敷に戻ってベッドの中に引きこもりたくなった。


 王様だけならばまだマシなのだが(いや、マシではないか……)、側に立つお妃様も大臣も同じようなサンタクロースの格好をしている。

 いや、それだけではない。王の警護を行うべく、常に王の間に待機している数十人の近衛騎士も、いつも装備している鎧兜を外し、全身赤尽くめ。一応槍は持ってはいるものの、カラフルに装飾され真っ赤なリボンが結びつけられていて、その槍で戦う姿を想像できなかった。

 一種異様な姿に目がチカチカする。


 人類へ希望を与えるためって、こんな姿を国民が見たら絶望を感じるのではないだろうか。少なくとも俺が国民だったら亡命する。

 大臣が自信満々に笑う。


「勇者殿もよくご存知でしょう、これこそはクリスマスに必要な衣装――サンタクロースなのです」


「お、おう」


 その言葉に異論を唱えるつもりはないが、それを何故どうして、事もあろうに一国のトップが着込んでいるのか。

 凄いつっこみたいが、どこか達成感を感じさせる表情を見ているとなかなか言いづらかった。昨日のうちにはっきり止められなかった負い目もある。


 やっぱり面倒な事を後回しにすると更に面倒臭い事になって返ってくるんだなあ。今日も空は青い。 


 同じくサンタクロースの格好をした若い兵士が白の箱を持ってきた。


「さぁ、勇者殿も……これを」


「……」


 ボール紙にも似た質感の箱を開けると、赤の布地が入っていた。いや、まどろっこしい表現はするまい。それは、サンタクロースの衣装であった。

 右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見てもサンタ。サンタサンタサンタ。そして自分にもサンタ服。


 俺は、さっきからずっと思っていたことをついに口に出した。


「恐らくあんたらはクリスマスを勘違いしている」


「……」


 俺の知っているクリスマスは皆が皆サンタに仮装するようなイベントではない。

 どこから情報を集めたのか知らないが、俺と彼等の認識には乖離と呼ぶのもおこがましい開きがある。


 大体、これだけの衣装、よくもまあ集めたものだ。昨日、俺にクリスマスの決行を伝えた後から用意したのでは間に合うまい。

 そう考えるとこいつら、昨日俺の意見を聞く前からクリスマスを決行するつもりだったのだろう。脳天気過ぎる。


 王様と大臣が何やら目配せし、情けない表情をこちらに向ける。


 王様も大臣も決して悪人ではない事はわかっている。行動それ自体がいちいち腹が立つが、俺は彼等に大きな美徳を見出していた。

 それは――誠実さ。そう、彼等は何よりも誠実なのだ。無駄に誠実なのだ。変な所で誠実なのだ。多分、現実世界であった事のある誰よりも。

 そしてそれは、俺が元々、貴族という単語に対して抱いていた高慢さとは正反対のものだった。

 だから結局の所、俺も強く押しきれないわけで……。


 怒りではなく、やるせなさでため息をつく俺に、王様が目を細めてみせる。


「どうやら、私達の考えたくりすますと勇者殿の国のクリスマスには大きな相違があるようですな」


「……一応聞いておくが、あんたらの考えたクリスマスってのはどんなのなんだ?」


 かなり気になる。

 どこから情報を得てきたのか知らないが、これは酷い。

 大臣が言葉を引き継ぎ、説明を始めた。


「は、はい。まずは……全員、サンタ服と呼ばれる特殊な衣装に着替えます」


「『まず』の時点でかなり違っているんだが」


「そして、街中に設置されたクリスマスツリーの影に隠れ、特製のクリームパイを片手に虎視眈々と狙います」


 何を!?


 何か混じってる、何か混じってる……。


 ふと、王の間の扉が僅かに開いている事に気づく。

 そして、その影からこちらを窺う白いクリームがこんもり乗ったパイを持ったサンタクロースの格好をした侍女。


「愛する人、尊敬する人が通り過ぎる寸前、親愛の情を込めてそれを顔に叩きつけます」


「情報を集めた時点でおかしいって気づけ!! そんなクリスマスがあって堪るか!」


 クリスマスとかそういう問題ではなく、色々とおかしいだろ!!


 その時、扉が微かな音をたて、開かれた。

 侍女が大きく身体を捻り、腕を振りかぶる。

 眼光がこちらを貫いていた。殺気がないので、事前に気づいていなかったら避けられなかっただろう。

 全員の視線が、侍女が投げたクリームパイに釘付けになる。

 綺麗な放物線を描いてこちらに飛来するクリームパイをとっさに躱す。クリームパイは王様の顔にぶちまけられた。


「むはっ」


 王様がくぐもった悲鳴をあげ、それを確認した侍女が悔しそうに唇を噛む。

 お、お前が今すべき表情はそうじゃないだろ! おい!

 仮にも一国の王にこれ以上ない無礼を働いたにも関わらず、慌てた様子もなく謝罪する様子もない。


「まぁ、こんな感じですな」


 大臣もまた、眉一つ動かさない。それでいいのか、本当に!!

 王の間の扉が大きく開き、サンタクロースの格好をした使用人達が大勢、クリームパイの乗ったカートを押して入ってくる。


「ま、待て、だから違うと言っているだろ!」


 言葉が通じない。

 近衛達が槍を捨て一斉にそれに群がり、それぞれクリームパイを手に持つ。


 まるで悪夢みたいな光景だ。


 冗談みたいなサンタの帽子の下で、強面達がにやりと唇を歪め、笑みを浮かべる。

 強面の近衛騎士達に混じって、王妃様もパイをとっていた。


「投げつけられた数によってどれだけ愛されているのかがわかる、そういうイベントですな」


「おい、その情報を収集した奴を目の前に連れて来い! ぶった斬ってやる!」


 強い生クリームの甘い香りが王の間に充満していた。漆黒明竜と対峙した際よりも感じるプレッシャー。

 近衛達がじりじりとパイを片手にこちらににじり寄ってくる。


 そして、一番戦闘の近衛がその日々の訓練で丸太のように発達した腕を大きく振りかぶった。


「くっ……」


 とっさに背中に手を伸ばし、帯剣していない事を思い出す。今日は訓練していないので剣は屋敷に置いたままだ!

 くそっ、まさか昨日の時点でここまで考えて――


 勢い良く飛んで来たパイを身を低くして躱す。

 俺の能力は数多の戦場を経て極まっていた。強弓から放たれる弾丸のような矢や、降り注ぐ炎の魔法すら認識して叩き伏せる事ができる動体視力と俊敏性。

 本来投げることを想定していないパイの弾速は弓矢よりも遥かに遅い。避ける事など容易い。パイは頭上を通って大臣の首元にべとりと張り付いた。


 しかし、それだけでは終わらなかった。

 一個目のパイをキッカケとして、次から次へと雨あられの如くパイが飛んでくる。

 ストックはまだまだあるらしく、いくらかわしても次から次へと飛んで来る。王の間の扉が開き、次のストックがカートに載せられ運び込まれていた。


 どれだけ準備したんだ!? こんな下らない事にどれだけのリソースを消費するつもりだ!


 頭上をくるくると舞い踊るパイのクリームが飛散し、頬に付着する。それを指で拭き取り、口に含んだ。


 甘い……本物の生クリームだ。こんなのぶつけられたら胸焼けしてしまいそうだ。


 大臣の言葉が本当ならば、俺はそれだけ慕われているという事になるのだろうが全く嬉しくない。

 無数のパイに、身を守る手段も躱すだけの身体能力もなかった大臣と王様があっという間に白い塊と成り果てる。威厳もへったくれもない。

 クリームに全身を侵された王様に、王妃様が追撃のようにパイをぶつけていた。


 違う。全然違う。こんなのクリスマスじゃねえ。


 壁のように、海のように、嵐のように絶え間なく飛来するパイ。俺にだけではない、お互いにも投げ合っているのだろう。俺に向けられる数が一番多いが、俺以外の全員がどこかしらにクリームを被弾していた。


 クリームを被弾していたなんて言葉、初めて使ったわ!


 直接ぶつかっていないはずの俺も何かべとべとしている。空気が甘ったるい。物理的に甘ったるい。

 死中に活を見出す。今は何とかぎりぎりで回避出来ているが、それも時間の問題だ。パイの飛んでいない空間がなくなれば回避もへったくれもなくなる。

 こちらに向かってくるパイの群を最低限の動きで回避し、クリームがべっとり張り付きべとべとしている絨毯を這いずり、床に投げ捨てられた槍を握った。


 普段使っているのは剣だが、槍でも剣でも、ただの一高校生だった俺にできるのはぶん回す事だけだ。

 長さ二メートル程のそれを片手で握る。


「くそっ……何で俺がこんな目に」


 余りにも当たらないので投げ方でも変えたのか、頭上から降ってくるパイを、槍で前方に柔らかく跳ね返す。そのまま流れるように降りかかってくるパイの弾丸を切り捨てる。

 槍でパイを打ち返す、その手に残る感触だけで胸焼けになるような気がした。


 だが、速度も力も俺に分がある。日々の訓練が生きていた。持て余し気味だった力も今ならばある程度意識して使える。俺が訓練していたのは決してこんな事をする為ではないが……。


「だから、こんなの俺の知るクリスマスじゃないって!」


 破れかぶれに叫んでみたが、誰一人手を止める様子はない。


 何が楽しいのか、皆が皆、笑顔でパイを投げてくるのは一種のホラーだ。

 王様も大臣もお妃様も近衛騎士達もそして、クリームパイ満載のカートを押して入ってきた使用人たちも皆クリーム塗れでしかし、笑っている事だけがはっきりわかる。

 その光景にぞくりと肩を震わせ、一瞬硬直したその瞬間に顔にめちょんと衝撃が奔り、視界が塞がれた。

 ……顔全体が何かもう甘い。



「……」


 無言で持っていた槍を置き、顔を袖で拭い視界を確保する。生クリームで瞬きするだけで睫がべたべたする。

 動きを止めたせいで四方八方からパイが降りかかってきてぼふんぼふんと身体が揺さぶられる。


 クリームが飛び散る阿鼻叫喚の王の間に、変な笑いが出た。被弾した事により人ごとではなくなったせいか。


「ん……ふ……ふふふ……」


 いいだろう、ああ、いいだろう。もう考えるのはやめだ。クールに行こう。

 頭を守り、近衛達の間を抜けて一番近くのカートの側に駆けると、たっぷりクリームの乗ったパイの生地の底を両手で掴む。


 郷に入れば郷に従え。

 これがこの世界のクリスマスだと言うのならば、本当にこんな滅茶苦茶なものがこの世界のクリスマスだというのならば、何も言わずに俺もそれに倣おう。

 

「勇者様だ! 勇者様がついに立ち上がられたぞ!」


「さぁ、投げろ! 勇者様にぶつけるのだ!」


「くふ……ふふふ……あはははははは……メリークリスマスッ!」


 クリームの地獄の中をかき分け、俺は心からの感謝を込めて、この世界で尤もお世話になっている王様と大臣の顔にクリームパイをぶち撒けた。


 おい、まさかこれ……街中でも行われてるんじゃないよな?


後編はらいねn

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