サンタクロースを捕縛せよ(Tamer's Mythology)
Tamer's Mythologyのクリスマスネタです。
本編を二部まで読み終えてから読む事を強く推奨します。
本編はこちら
Tamer's Mythology
http://ncode.syosetu.com/n9218ci/
窓の外を見る。舞い落ちる木の葉を見て、僕は覚悟を決めた。
常にベストを尽くすつもりだった。自身の行いに後悔はない。
覚悟を決め、カッと瞳を開き、目の前に佇む二人の少女を見る。
一人はアム・ナイトメア。
くすんだ金髪に薄墨色の眼。食べちゃいたいくらいに可愛い僕のスレイブで、基礎能力にはまだ不安が残るが、ポテンシャルは僕の今まで扱ってきたスレイブに負けずとも劣らない。
一人はアリス・ナイトウォーカー。
目も覚めるような白銀の髪に同色の瞳。その表情は無表情に近いが、その実、熱い情動を秘めている事を僕は知っていた。食べちゃいたいくらいに可愛い僕のスレイブで、その基礎能力は他の追随を許さない、本来ならば僕程度の種族では持つこと許されない一種の魔剣だ。僕が彼女を扱えるのは一重に、彼女自身の協力あっての事だという事を忘れてはならない。
残りの二人は王都にいる。僕の最強のスレイブであるアシュリー・ブラウニーと夜月。
今年はその二人を頼る事はできないが、不安はなかった。例えスレイブの数が少なくても――負けるつもりはない。
「フィルさん、話ってなんですか……?」
アムがそわそわしながら聞いてくる。その表情に浮かんだ不安と期待をないまぜにした感情を僕は微笑ましく思う。
そして逆に、アリスは呆れたような表情をしていた。だが、文句を出す気配はない。定規でも引いたかのようなぴしっとした姿勢。
僕の言葉を待つ二人を順番に確認し、唇を舐めて湿らせると、満を持して口を開いた。
「サンタクロースを捕縛する」
「……へ?」
「……」
予想外の言葉だったのか、アムが目を丸くした。
壁に下げられたカレンダー。その十二月二十五日につけられた赤い丸。
敗北する事五回もとい五年。
SSS級探求者フィル・ガーデンに土をつけ続ける最強の敵との戦いが、今年も始まる。
「……はぁ」
アリスがどこか情けないため息をついた。
◇ ◇ ◇
幻想精霊種。それは幻想の中にのみ存在する世界の理から外れたもの。
サンタクロースはそれの一種である。
由来は知らない。だがしかし同時に、その存在は誰もが知っていた。どこからともなく伝わった十二月二十五日の聖人の生誕祭前日。その日の深夜に、トナカイの引くソリを駆り、聖夜、星が瞬く漆黒の夜空を駆ける。
その存在、神出鬼没。その存在、強力無比。
あらゆるセキュリティを突破し、良い子の元に駆けつけるその存在を捕縛できた者はいない。
彼らは決して危険な存在ではない。むしろ民衆に親しまれる存在だ。
だが、不可能だと聞けば達成したくなるのが探求者の性。そこに高い山があるのならばあらゆる手段を行使しそれを制覇する。僕にはその義務がある。
何故ならば僕は――探求者の最高峰、SSS級の称号を持つ探求者なのだから。
ギルドの一室。ミーティングスペースを借りて白板まで使って説明する。
そんな僕の熱い思いを聞いて、アムがくすりと笑った。
「フィルさんって子供っぽい所もあるんですね」
「あ?」
聞き捨てならねえな。このへっぽこ駄スレイブめ。
じっと見つめ、お行儀よく椅子に腰をかけるアムの方に歩みを進める。
「へ……ちょ……フィルさん? あ、あの……眼が……怖い、ですよ?」
「僕は本気だ」
「ちょ……ひゃ――」
そのまま丹念にお手入れされた髪を手でぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
アムをスレイブにしてからトリートメントを欠かしていないので素晴らしい毛並みだ。スレイブの毛並みで魔物使いの実力がわかるのだ。
一瞬焦るが、暴力を振るわれるわけでもない事を悟ったのか、頬を僅かに染めてお座りしているアムを思う存分に撫で回す。かーわーいーいー。
撫で回す事十数秒、最後に櫛で丁寧に整え終えると、ついでに隣でアムを噛み殺さんばかりに睨みつけているアリスの髪に手櫛を入れた。差別は良くないのだ。
そのままアリスの髪で遊びながらアムを問いただす。
「アム、言いたいことがあるなら言うといい」
「へ? い、いやだって、フィルさん……サンタクロースなんて存在しな……いや、なんでもないですぅ」
終わりぎりぎりまで言って尻すぼみに言葉が消える。言いたいことがあるのならばはっきり言って欲しい。意見交換は重要だ。
スレイブと魔物使いでは性質上、魔物使い側が上位に立つが、スレイブの意見をないがしろにすべきではない。
アムが恐る恐るといった様子で手を上げる。
「質問です」
「はい、アムさん」
立ち上がると、どこか甘えるような声を出した。
「そのサンタさんの……目撃情報はあるんですか?」
質問しながらも視線がちらちらとアリスの髪を整える僕に手に向いている。
まだ甘え足りない年頃、か……肉体は精神に引っ張られるからな。十代半ば程度の見た目を持つアムはその程度の精神年齢を持っているのだ。
「良い質問だね。『お父さんた』や『お母さんた』以外が目撃されたという情報はない」
「お父さんたやお母さんたって……どうしてそこまでわかっているのにそんな情熱……いや、なんでもないです」
ちなみに『バイトさんた』や『コスプレさんた』などなどの目撃情報もあるが、あえて言う事はあるまい。アムもわかっているだろうし。
アムがおすわりした事を確認し、アリスの髪から手を離す。
話を進めようか。
情けないものでも見るような表情でこちらに視線を向けるアム。一転、サンタ狩りの経験があるアリスの方は多少アンニュイな表情はしているもののやる気満々だ、多分。
アンニュイな表情はきっと、去年の敗北が尾を引いているからだろう。アリスの精神に傷をつけないためにも今年は絶対に捕まえなくては。
「まぁ、安心してほしい。確かにアシュリーと夜月はいないが、僕達には強い味方がいる」
「強い……味方、ですか?」
怪訝な表情のアム。アリスの初のサンタ狩りの際、同じ事を言った時にアリスがした表情を思い出す。
心配いらない。サンタクロースの捕縛――通称、サンタ狩りは……楽しいイベントなんだよ。例え全敗しているとしても。
「ああ。僕達は孤独じゃない。サンタクロースの神秘を追い求めるのは僕達だけではないって事さ。さぁ、入ってください」
ミーティングルームの扉が開く。
アムの、アリスの、僕の視線を一身に受けて入ってきたのは赤と白のストライプのシャツを着た壮年の男性。首から水色のホイッスルを下げていて、背中に白い袋を背負っている。
事前に話はつけてきていた。人の良さそうな笑顔で手を挙げる男性を、僕は満面の笑みで迎える。
ホワイトボードの前に立ってもらい、アムとアリスに紹介する。
正しいサンタ狩りをするのに必要不可欠なプロフェッショナルの所属する組織、そんな組織がこの世界には存在する。それはかなり大規模な組織でもあり、境界線の北南問わず大抵の街に支部を持つ。もしかしたら冒険者ギルドの次くらいに大きな組織かもしれない。
「紹介するよ。この街のサンタクロース捕縛会の一級捕縛士である黒須 三太さんだ」
「初めまして。フィルさんからサンタクロースを捕縛する手伝いをして欲しいと依頼を受けました、サンタクロース捕縛会の一級捕縛士である黒須と申します。今日からクリスマスまでよろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする黒須さん。僕には直感でわかる。彼はかなりいい人だ。
「えー!?」
アムが唖然とした様子で黒須さんを凝視する。彼に何かあるのだろうか? 僕にはさっぱりわからない。僕にはさっぱりわからない。
アムは、僕と黒須さんの顔を順番に見て、最後に隣に座るアリスを見る。アリスはそれに憐憫の視線を返していた。
挙動不審げにアムが手を挙げる。
「質問です」
「はい、アムさん」
アムが一瞬躊躇い、しかしこちらにジト目を向けた。
「出落ち感が半端ないと思うんですけど……いいんですか?」
なんという失礼な事を言うのだ、この駄スレイブは!
アリスがそんなアムを眺めながら、まるで口ずさむかのように「クリスマスプレゼント……」と呟いた。
◇ ◇ ◇
「むー! むー!」
「いやー、失礼しました。うちのアムが……」
布で口をふさがれ、手を後ろで縛られ椅子に固定され、ムームーしか言えなくなったアムの頭をぽんぽん叩く。涙目で首を左右に振っているが、これ以上失礼な事を言われたらたまらないので布は外さない。
出落ち感が半端ないとか、本人の前で言っちゃ駄目だ! この辺の機微がまだまだなんだよねえ。
幸いな事に黒須さんはそれほど気にされてはいないようだ。仕方ないなあと、大人の笑みで首を横に振る。苦笑いともいう。
「いえいえ、初めてのサンタ狩りなら仕方ないですよ」
「そう言っていただけると恐縮です」
頭を下げ、もう一人のスレイブの方を確認する。
アリスは哀れみの眼でアムの方を見ていた。そういえば、初めのサンタ狩りの時、アリスも同じ目にあってたな……今のアリスは成長したと言えるだろうか。
それでも、いつも以上に口数が少ないようだ。
まぁこの程度ならば気にする必要もないか。視線を戻し、黒須さんと固く握手をかわす。
「いやー、サンタクロース捕縛会でブラックリスt……有名なフィルさんと仕事ができるとは光栄です」
「むー!? むーむー!!」
アムが我が意を得たりとばかりに黒須さんの事を顎で示し、足をばたばたさせる。
僕はそれを華麗にスルーした。
「いえいえ、僕なんてまだまだ若輩者ですよ。まだ一度も捕縛に成功していませんし」
「あははは、なんの。フィルさんはサンタの間でもきけんじんぶt……やり手のサンタハンターとして有名になっているとの噂を聞いております。前回は二級サンタにぎりぎりで逃げられたとか。恐らく今回からは一級サンタが来ますよ」
「光栄です」
「むー!? むーむーむー!? むふッ」
アムが口を塞がれた状態で器用に吹き出した。何が面白かったのか。
まぁ、細かい事は気にしない。
一級捕縛士の黒須さんからそう言われると照れるね。僕のサンタ狩りの腕も年々向上していっているという事か。まぁ、狩りについては一応プロだし……むしろ二級サンタの捕縛すら出来なかった事を悔いるべきだ。
緩みかけた頬を締め直す。心身ともに盤石の構えで行く。
「では、問題ないとは思いますが、念のため、サンタセンサーでの検査をやりますか」
「そうですね。宜しくお願いします」
「はぁ、はぁ! サンタ、センサー……」
アムが荒い息を漏らす。
いつの間にか布が取れていた。咳込んだ時に取れたのだろうか。
まぁ、余計な事を言わないのならばそのままでいいか。
黒須さんが背負った袋の中から小型の機械を取り出す。
見かけは黒い箱だが、液晶画面が取り付けられている。
サンタクロース捕縛会の有する秘匿技術で生み出されたオーバーテクノロジー、通称『サンタセンサー』だ。
今ここに僕の信心が試される。
「サンタクロースはその存在を心の底から信じている人にしか来ないんですよ。このサンタセンサーは、その人の信心度を読み取り、サンタクロースが訪れる事ができるかどうかを判定する事ができるのです! サンタが来なければサンタ狩りも何もありませんからね」
黒須さんが、初めてのアムにもわかりやすいように説明してくれた。
アムが胡散臭いものでも見るかのようにサンタセンサーを凝視している。
「……はい。つっこみどころがいーっぱいありますが、取り敢えずそれでいいです」
「アム、そんな言い方はないだろ!」
「……はーい。いいですもん、もう。フィルさんの好きなようにやればいいんじゃないですか?」
やれやれ、すねてしまったようだ。
黒須さんがサンタセンサーのスイッチを入れ、アムにそっち近づける。液晶に数字が表示された。
それを覗き込んだ。
「ゼロ……か」
「それって高いんですか?」
高いわけないだろ! マイナスはないからゼロは一番下だ。
黒須さんが寂しげに呟く。
「アムさんはサンタを信じていないようですね」
「え!? ……だってぇ……」
釈然としない表情のアムを黒須さんが止める。
「いえいえ、仕方ないです。無理に信じさせることは出来ませんし、最近の子は……サンタクロースを信じていない子が多いんですよね……」
「心中お察しします」
「ありがとうございます。そう言っていただける方がいる限り、私達さんt……彼ら、サンタクロースは恐らく不滅でしょう」
「出落ちな上に隠す気ないとか……」
「アリス、アムに猿轡」
パチンと指を鳴らしてオーダーすると、アリスが速やかに後ろに回って、アムの口に再び布を回す。
懲りない子だ。言っていい事と悪い事があるって言うのに。
「気を取り直してアリスさんの信心を測りましょうか」
「いえ、アリスは前回アウトだったので次は僕の数値をお願いします」
アリスもゼロだった。この測定は数値が出る人と出ない人の差が激しいのだ。
黒須さんが、そういうことならとサンタセンサーを僕に向ける。数値は全桁九……カンストした。
僕の信心に陰りなし、だ。
その数値を確認し、黒須さんがにやりと笑う。
「ふふ……さすがフィルさん、話に聞いたとおりですね。貴方こそがサンタハンターに相応しい。サンタ達も恐らく血沸き肉踊っている事でしょう」
「こちらこそ、再び今年もサンタとの熱い戦いを交わせる事に感謝します」
「サンタも一筋縄ではいきませんよ?」
「全ては承知の上です」
好敵手、一級サンタとの戦いを前に、戦意が天井知らずに高まるのを感じていた。
再びがっちりと握手を交わす僕と黒須さんを見て、アリスが「いいから早くプレゼント欲しい」と呟いた。
◇ ◇ ◇
サンタ狩りとは罠によるサンタの捕縛である。
サンタ狩りの難しさは適度な威力のトラップの選定にある。
サンタ狩りという言葉自体はかなり乱暴なものだが、言葉通りサンタを狩る――殺すわけでは決してない。サンタは良き隣人であるからして、するべきは動けなくなる程度にダメージを与える事、可能ならば無傷での捕縛が望ましい。
サンタクロース捕縛会はその辺りの機微を確認する役割も持っている。サンタクロースの能力により当日の夜、僕は深い眠りに落ちてしまう。よしんば、それを防げたとしても、ターゲットが起きているというのはルール違反だ。僕はルールを順守する。スポーツマンシップに則っていると言えるだろう。誇り高きサンタハンターとして当然である。
黒須さんがホイッスルを片手に、にこやかに審査の開始を告げた。
「では用意したサンタトラップを出してください」
「サンタトラップ……もう何か色々酷いですね……」
「アム、黙る」
先輩らしく、アリスがアムを窘めた。アリスの初めての時はアシュリーがアリスを窘めていた。友情が感じられる光景だ。
僕はいそいそと用意したサンタトラップを取り出す。
初めに取り出したのは銀色の円盤だ。
「まずは対人地雷……いや、対サンタ地雷です。踏みつければ一瞬でお陀仏――サンタに適度なダメージを与え、動きを制限する事ができます。可能な限り威力の高いものを用意しました」
「ちょ……フィルさん!? それ本当に非殺傷なんですか!?」
アムが心配そうに地雷を見ている。尤もな話だが、これくらいしなければ偉大なるサンタクロースを捕らえる事など出来ない。
「まぁ、僕が踏んだら死ぬね。即死だね」
高い指向性を持つので、ベッドの数センチ隣に仕掛けても僕にまで余波は来ない。その威力が発揮されるのは真上だけだ。
「フィルさん……いくらなんでもそれは……」
アムの言葉をよそに、黒須さんが白の手旗を上げた。
「認めます」
「ええ!? い、いいんですか!? もし踏んだら……あの、絶対フィルさん凄いいやらしい所に仕掛けると思いますけど……」
「サンタの耐久ならば問題ないでしょう。尤も、一級サンタの素早さならば、たとえ踏んだとしても爆発までの僅かな時間に避けられるでしょうが」
「一級サンタ……半端ないですね」
アムの表情にははっきりと疲れが見えていた。
しかし、なるほど……さすが一級サンタ。その能力、計り知れないな。プロの言葉だ、その言葉は信頼できる。
是非一度詳しく計測させて欲しいのだが、捕縛した後にすればいいか。
オーケーが出たので、続いて机の下においておいた箱から次のサンタトラップを取り出す。
黒光りした人の腕程の太さの砲塔。見ただけでわかる不吉な死を呼ぶ戦闘機械。
「続いてのトラップは……機銃――対サンタ機銃です」
アムがそれを見て冷や汗を垂らす。
「フィルさん……それどこから持ってきたんですか?」
「エティから借りた」
「どれだけ本気……」
アリスが再びため息。今日は随分とため息が多いね。
エティのメインウェポンの一つなのでエティには相当渋られたが、一時間にも及ぶ交渉の末、何とか貸してもらえた。口八丁手八丁である。友情の勝利とも言える。彼女はクリスマスが終わるまで探求に出れなくなってしまったが、せめていい結果を報告できるように最善を尽くそう。
対サンタってつければなんでもいいって思っているんですかーと文句を言っているアムをおいておいて説明を開始する。
「機械魔術師謹製の魔導機械です。高精度のセンサーで高速で動く敵……サンタの動きを捉え、秒間百発を超える弾丸をサンタに叩きこむことができます」
「フィルさん、完全に殺しにかかってますよね?」
「前回クロスボウを使ったボウトラップが防がれたから、今回は上位互換を持ってきてみた」
多分大丈夫。サンタだし。
黒須さんが険しい表情で機銃を検分する。機械種の頑強極まりない装甲を紙切れのように切り裂く死の嵐を放つ兵器だ。審査が慎重にならざるをえないのもわかる。
「弾は?」
「麻酔弾とゴム弾を用意しています。実弾は使いません」
それでも、その威力を考えると、僕が受けたら即死だろう。弾の問題ではなく弾速が早過ぎるのだ。アムでもかなり危険。
黒須さんはしばらく目を瞑って唸っていたが、ホイッスルを鳴らして黄色の手旗をあげた。
くそっ、イエローか。
「限定的に認めます。二枠です」
「……仕方ない、ワイヤーソーは諦めるしかないかな」
予想してはいたが、実際にその判定が成されるとかなりきつい。
だが、レッドじゃないだけマシ、か。
「一応聞いときますけど、二枠ってなんですか?」
「サンタ狩りで使用できる装備は五枠……五種類プラス一と決まっている」
前回経験者のアリスが嫌そうに説明する。
無尽蔵に道具を使えてしまったら、さすがのサンタクロースも敗北は免れ得ない。
だからこそ、サンタ狩りにはルールがある。ルールを守ってビバ・サンタ狩り。
「二枠使用ってのは、使えるけど枠を二つ使うって事だね」
ちなみにレッドだと使用不可だ。まぁ、サンタは頑丈なので大抵の場合はイエローの範疇に収まる。
黒須さんが愉快そうに笑う。
「本来ならばイエローも滅多に出ないんですがね……あはははは、さすがフィルさん、サンタ殺しの異名は伊達じゃないですね」
「笑ってる……サンタって凄い」
アムが完全に引いていた。
その凄さがようやくわかったか、アム。それはきっと成長だ。いつかアムにとってその経験は財産となるだろう。
「……あれ? それならプラス一ってなんですか?」
「ああ、それはですね――」
黒須さんが懇切丁寧に説明してくれる。彼もサンタ狩りを広めるのに日々、尽力をつくしているのだろう。その説明は酷く手馴れていた。その努力が報われる日が来ることを祈ろう。
「サンタハンターには一つだけ、絶対にサンタを傷つけない兵器に限り、捕縛会の審査を通さずに使用する事ができるのです」
「審査を通さずに……?」
アムが身体を震わせ、僕の方に不審な視線を向けた。まるで危険物でも見るかのような眼だ。
……まぁいい。審査を通す必要のない罠。そう。それこそがサンタ狩りの肝。隠し罠だ。
「通称ジョーカートラップですね」
「無駄に格好いい名前ですね……」
僕はもうその罠を何にするのか決めていた。勿論、黒須さんには言わないが。
「サンタハンターに対するハンデ、じゃないですけど。やはり、武装に制限をかけているので、公平性を保つための処置という奴ですね」
「うう……何かもうサンタばかりでサンタという単語がゲシュタルト崩壊してきました……」
アムが頭を抱え、いやいや首を左右に振る。
アリスは半ば蚊帳の外で「もう無理かもしれないけど今年はプレゼントが欲しい」と呟いた。
◇ ◇ ◇
イカしたトラップを紹介しよう。
エントリーナンバー一番。対サンタ地雷。踏んだ瞬間にセンサーが起動、極端な指向性を持つ超高熱の火柱がサンタを撃つ。元々は銃火器を物ともしない強靭な獣の殺戮を目的としたトラップであり、使い方によってはA級の魔物を即死させる威力を持つ対サンタ地雷の真骨頂だ! おまけに、どの程度の圧力で起動するのか微細な調整も可能という、痒いところに手が届く仕様が心憎い!
エントリーナンバー二番。対サンタ機銃。超特級機械魔術師から借り受けた代物。弾丸は麻酔弾とゴム弾のみとは言え、秒間百発を超える速射性と高速で動くサンタを捕らえる高精度センサーはまさしく魔導機械の粋だ。滅多にイエローを出さない審査員にイエローを出させた怪物兵器が今こそ、サンタを捕らえるべくその牙を向く! ちなみに僕のものではないので、使い終わったら郵便でエティに送り返さなくてはならない。
エントリーナンバー三番。対サンタ捕縛籠。黒須さんに「ほう……通ですね」と褒められ、アムに「フィルさんってたまに頭おかしいですよね」となじられた原始的トラップだ。棒の立てかけられた人が入る大きさの籠の中に置かれた肉をサンタはきっと避けられまい。肉を取った瞬間に、肉と紐で繋がれている棒が外れ籠が落ちるぞ! 物理的に捕縛するだけでなく、精神的なダメージも見込める一石二鳥の罠だ。新しけりゃいいってもんじゃない! 古来より慕われたトラップの力を見せてやる!
エントリーナンバー四番。対サンタ不透過金属板。サンタハンターが必ず入れる、いや、入れねばならないまさしく文字通り鉄板のトラップだ。サンタが壁の透過能力を持つ事は周知の事実である以上、透過対策である対サンタ不透過金属板は外せない。必須と言えば必須なのだが、サンタハンターの中では一枠取ってしまうこいつは蛇蝎の如く嫌われているぞ! ちなみに、サンタクロース捕縛会で販売しているので、かの協会の財源になっているのではないかというもっぱらの噂だ。壁、床、天井を全て覆うのに使う。
クリスマス前夜、黒須さんには外に出てもらい、アムとアリスの協力の元に厳選したトラップを仕掛けていった。
仕掛けをつくり上げるごとにどんどんアムの表情が固くなっていったのが不思議である。
「フィルさん、そんな仕掛けじゃ引っかからないと思いますけど」
「いや、サンタハンター歴五年の僕にはサンタの心理がわかる。間違いなく引っかかるよ」
「……もし引っかかったら、多分死ぬと思いますけど……」
「アムはサンタを……舐めてるね? 彼らはその程度では死なないよ」
彼らを捕まえたことはないが、僕は誰よりも彼らの事を知っている自信があった。
それは恐らく、度重なる激戦により培われた強敵への信頼と言えるだろう。
最後に天井の隅に監視カメラを仕掛ける。勿論暗視機能付きなので夜でも鮮明に撮影できるようにできている。
「え? それはいいんですか?」
「仕掛けないと終わった後に反省会が出来ないじゃん」
暗視カメラの使用は暗黙的に許可されている。大体、本人が寝ているのだからこうでもしないとトラップを仕掛けた結果がわからない。
アムが眉を潜めて僕の事をまるで咎めるかのように見上げた。
「目撃情報はないって言ってませんでしたっけ?」
「だから、『目撃』された情報はないよ」
目撃とは直接その場で見ることを指す。映像越しは目撃に入らない。
「……その言い方、屁理屈ですよね」
「嘘はついていないよ」
アリスは言い争う僕達を他所に「クリスマスプレゼントー」と鼻歌を歌いながら対サンタ捕縛籠の角度を調整していた。
◇ ◇ ◇
取れる手段は全て取った。後は天運を信じて寝て待つだけだ。
アムとアリスを追い出し、ベッドの中に潜る。室内は対サンタ捕縛籠以外一見普段通りに見えるが、その実完璧に計算されつくしたトラップが配置されていた。四方の壁と天井、床には真っ黒な対サンタ不透過金属板が仕込まれ、窓の下と扉の下には黒く塗られた対サンタ地雷が設置されている。
籠には新鮮な肉がセットされ、それに手を出した瞬間に籠が落ち、サンタを閉じ込める。見た目的には相当怪しいトラップではあるが、プライドの高い一級サンタはそれを見逃せまい。
僕は一度深呼吸をすると、最後に枕元に配置した手紙を確認して、目を閉じた。
さぁ、今年こそ聖夜を我が手に。
◇ ◇ ◇
血塗れで地に伏すサンタクロースの夢を見た。
◇ ◇ ◇
「……チッ、まさかこんな手があるとは……」
舌打ちしつつも、苛立ちよりも感心が優っている。
目を覚ました直後、視界に入ってきたのは破壊の限りを尽くされた部屋だった。
サンタクロースの姿は室内に見えない。その瞬間、僕は勝負の帰趨を理解した。
枕元にはこんもりと盛り上がった靴下が置かれている。
「今年も僕の負け、か……やっぱり一級サンタは格が違うな」
無事なのは僕が寝ているベッドだけ、とでも言えるかのような惨状だ。床を穿った無数の弾痕は勿論、壁を抉った弾痕に地雷の結果だろう、半分焼失した対サンタ捕縛籠。何より、窓でも扉でもない、昨日まで壁があった部分が大きくくり貫かれ、湿気を含んだ冬の風が吹き込んできていて、僕は思わず掛け布団を強く握りしめた。
全てのトラップは正確に発動している。なのにここにターゲットがいない。つまりそれは、完敗という事だ。
ドアのノブががちゃがちゃと回り、アリスとアムが現れる。トラップに引っかかるので室内には入らない。
ドアの外から部屋の惨状を見てアムが短い悲鳴をあげた。
「うわ……ななな、何ですかこれ……」
「兵どもが夢の跡……って奴だよ」
「……格好良く言っていますけど、やってる事すごく下らないですからね!」
アムの視線がくり貫かれた壁に向けられる。表情が引きつっていた。誰が弁償するんだろう、とか考えているのだろうか。
「サンタ狩りで出た損害についてはサンタクロース捕縛会が補填してくれることになってるよ」
「……もうつっこみどころ多すぎて疲れてきたんですが、サンタクロースが壁を破壊して侵入してくるってありなんですね……」
ありかなしで言うならばありだ。だが、そう来るとは思っていなかった。僕もまだまだ甘いという事か。
「まさか自分たちの協会で販売している対サンタ不透化金属板を破る暴挙に出るとは思わなかったよ……次からもっと強度の高い板を自前で用意しないとね」
彼らの覚悟に負けた、って所かな。一級サンタ……油断していたつもりはなかったが、見積もりが甘かったと言わざるを得まい。
敗北したはずなのに、僕の心に吹きすさぶのは清々しいまでの秋晴れのような風だった。ルールを守り全力を出し切ったのならば、たとえ結果が敗北したとしても気持ちのいい気分になれる。
そこが、失敗が死に繋がる探求とサンタ狩りの明確な差といえるだろう。
「あー! いまフィルさん自分たちの協会で販売しているって言ったー!」
アムがぴょんぴょん跳ねながらよくわからない事を言っているが、映像で反省会をするとするか。
ベッドの側に置いてあったスリッパを履くと、ぺたぺたした感触のする床の上に慎重に立ち上がった。
「結局クリスマスプレゼントなかった……」と、アリスが悲しげな眼差しを僕に向けた。
◇ ◇ ◇
取得した映像を再生する。
映像は暗闇から始まった。僕の寝息が僅かに聞こえるだけの静寂の中、奴が現れる。
その存在、神出鬼没。その存在、強力無比。
全身を真紅で染めた怪人。二本の角を持つ生き物の狩る馬車に乗り、高速を超えた神速で世界中を飛び回る力を持つ。その背に背負いし神秘の力を持つ袋には希望が封じ込められているという。
音一つ立てず、壁を極僅かな光が貫いた。レーザーか、あるいはその他の某かの力なのか。それは対サンタ不透過金属板を易易と貫くと、部屋に本来存在しないもう一つの入口を創りだす。それは力技であり、しかし音一つ立てずスムーズになされる行為からは確かな積み重ねた修練を感じさせた。
くり貫かれた壁が外側に外れ、轟音を立てる。だが、サンタの権能によって皆が寝静まる聖夜にそれを咎める者はいない。
そして、ターゲットが現れる。
一級サンタ。
それは数あるサンタクロースの中でも、数多の戦場を駆け抜け、数々の良い子の家に希望を届け、お父さんたやお母さんたの存在にも負けずに修練を繰り広げた歴戦のサンタ、上位の力を持つ僅か一握りのサンタクロースだけがその領域に到れるとされている。
たった一晩で周れる家の数は万を数えるという、伝説の存在が白日の下、明かされた。
見た目は細身の男性だ。緩やかな真紅のローブに白いぼんぼんが先端についた三角帽。一見動きにくそうに見えるその格好こそが絶対の自信の現れなのか!
否、それはサンタクロースとしての彼のプライドである。赤で統一されていないサンタクロースに何の意味があろうか。奴らはその格好を宿命付けられ、しかして自らその格好にプライドを持つ。男の中の男、サンタクロース! ビバ・サンタクロース!
凄まじい握力。くり貫かれた壁の上端を右手の指で握り身体を支え、伝説の真紅が部屋の中に踊り入る。
一級サンタは獰猛な肉食獣の眼でニヤリと笑った。まるで僕の仕掛けたトラップの全てを看破しているかのような、そんな笑みにぞっとしない何かが背筋を駆け巡る。
「……仮面とかしていると思ったら、そういうわけでもないんですね」
「彼らは顔を隠さねばならないような恥じるべき行いはしていないんだよ」
「いや、だってこれって完全に黒須さ――」
サンタは足音一つ立てずにそれほど広くない室内に慎重に歩みを進めていく。
その背に背負いし純白の袋には一体何が入っているのか、世界中のちびっ子達の憧れの的だが、その中身を知るものは誰もいない。
壁から入った以上、僕の眠るベッドは目と鼻の先だ。にも関わらず、サンタの歩みを進める方向は僕と正反対――窓の方であった。
そう、サンタクロースの目的は僕にプレゼントを届ける事だが、同時に、届ける事だけではない。
かのサンタの真の目的はサンタハンターとしての僕との尋常なる戦い。たとえすぐに目的が達成出来たとしても、そのような行為をする事を、全世界に夢を届ける一級サンタともあろうサンタがするわけがないのだ。
窓の側――対サンタ地雷を仕掛けた側まで来ると、サンタが一見細身に見える腕を無造作に振った。
光が溢れ、次の瞬間何もなかった手の中に一振りの真っ赤な刃が現れる。
スキルによる武器の顕現――幻想兵装系と呼ばれる最上級のスキル体系の一つだ。去年戦った二級サンタが使っていなかったそれはまさしく一級サンタの証!
その余りに華麗な力に心臓が強く鼓動する。
そして、サンタがその刃をホームランでも宣言するかのようにこちらに向けた。
「凄いカメラ目線ですけど、これいいんですかね?」
「つっこむだけ……無駄」
サンタはそのまま大仰な身振りで脚を振り上げると、窓の下の床を踏みつけた。
対人地雷――対サンタ地雷が発動する。地獄の業火もかくやと言わんばかりの白の炎が立ち上がった。
「なん……だと!?」
だが無傷! サンタ無傷!
金属すらも容易く蒸発させる炎を受けて、サンタはその炎の中でにやりと笑った。
踏んでから発動までに逃げられる? そういうレベルではない。炎が完全に効いていないのだ!
サンタが口を開く。口ずさむ。クリスマスソングだ! A級魔獣すら容易く葬る炎の中にいて尚、クリスマスソングを口ずさむだけの余裕があるというのか!?
その時、僕の中で一つの信じられない考えが浮かんだ。
「まさか……いや、だが、そうだとしか思えない……!」
「え!? な、なんですか!?」
「炎を受けてあの余裕――あの圧倒的ダメージへの耐性……間違いない! 奴の真紅の衣も幻想兵装系スキルによるものだ!」
まさしく鉄壁。武器だけでなく鎧まで顕現可能だというのか。
おまけに、武器と鎧を同時に顕現する空恐ろしいまでの魔力。
二級サンタとはまさしく――格が違う!
「あ、そうですか。そうですか」
アムがやる気なさそうに相槌を打った。
炎が止まる。もとより、高い瞬間火力を誇るのが対サンタ地雷だ。継続的なダメージを与える兵器ではない。
サンタが何だこんなもんかと言わんばかりに脚を進め、同じように扉の前の地雷を踏む。
くそっ……地雷は役に立たない、か。僕は用意していたノートにその旨を記載した。来年はもっと高威力の兵器を用意しよう。
だが、まだだ。まだ僕の切り札は発動していない。
続いて、サンタは明らかに怪しい対サンタ捕縛籠の方に近づいていく。避けようと思えば簡単に避けられるトラップ。だが、一級サンタのプライドが安易な手法に逃れる事を否定する。サンタハンターとサンタは表と裏。サンタハンターのトラップを正面から打ち破る事こそが本物のサンタクロースの矜持。
籠を前にして、サンタがあからさまに唾を飲んだ。
そんなわけがないが、僕の用意した他のトラップが見当たらない事を疑問に思っているような挙動。僕の用意したトラップについてサンタが知るわけがないのだが、その動作は地雷を踏んだ時とは異なり慎重だった。
サンタが籠の中の肉にゆっくりと手を伸ばす。伝わってくる緊迫感に、額に汗が垂れ流れた。
そして、サンタの手が肉に触れた瞬間――肉が消え去った。
肉の下に設置していた対サンタ地雷が、肉に触れたというその僅かな圧力の変化を感じ取って起動したのだ。感圧の程度を自在に設定できる最高級の対サンタ地雷だからこそ成せた作戦である。
天まで届く程の火柱が籠の上部を焼きつくす。
炎は効かないが、予想外だったのだろう、サンタが一歩後退る。その瞬間、支えられた籠の影――天井近くに隠して設置していた機銃がサンタの存在を感知して掃射を開始した。
闇の中で煌めく星の瞬きのようなマズルフラッシュ。
一発目の弾丸がサンタの袖の裾を易易と消し飛ばす。さすがエトランジュ謹製機銃。ゴム弾にも関わらず、対サンタ地雷を完全無効化した幻想兵装を容易く引きちぎるその威力は明らかなオーバーキル!
サンタの頬をかすめ、死を与える弾丸が背後の闇に消えた。
サンタが息を飲み、さらに数歩後退る。床を穿ち跳弾した弾丸が対サンタ不透過金属板に凄惨な弾痕を残す。機銃の砲塔が殺害対象の移動を検知し、スムーズにサンタを追う。
サンタに襲いかかる麻酔弾とゴム弾の嵐。
四方八方から襲いかかるそれはさしもの一級サンタといえど、回避は不可能!
敗北している事を忘れ、僕が勝利を確信した瞬間――
――サンタの腕がぶれた。
時間が凍りついたかのような錯覚。思わず唾を飲み、視線が映像に釘付けにされる。
「ばか……な……」
それは、刀技!
それは、刀を扱う専門クラスである『侍』に匹敵する神速の刀術! 芸術的なまでに美しい瞬く剣閃が星の煌めきとぶつかり、激しい音の嵐を巻き起こす。
熟達した迷いのない動きでサンタが刃を振るう。
閃く刃があろうことか、秒間百発の速射性を持つ迎撃不可の死の嵐を撃ち落としていた。
サンタの険しい表情。サンタも決して余裕があるわけではない事がわかる。
だが――明らかに足りない。こんなのでは足りない。余裕があるわけではないが、サンタの斬撃はほぼ同時に着弾する弾丸を一つ残らず切り裂いている。
恐ろしい技の冴え。しかしそれ以上に恐ろしいのは――サンタクロースとして、良い子の皆に希望を届ける為に技を磨いたその執念とプライド。
僕はその陰りのない意志を感じ取った瞬間、完全に敗北を認めていた。
「これが……一級サンタ、か……」
弾丸を撃ち尽くしたのか、機銃が軋んだ音を立てて止まる。
僕はその様子を誇らしい気持ちで見ていた。さすがサンタ。これこそがサンタ。僕の超えるべき巨大な壁。
汗を流し、しかし十全な動きを保っているサンタが歩みを進め、血塗れサンタの夢を見ている僕の枕元に立つ。
その表情には勝者に相応しい荘厳な笑みが浮かんでいた。
もう見るべきものを見た。そこで映像を止める。
「やっぱり出落ちじゃないですか……」
アムがあからさまに肩を落として失礼な事を言い、アリスが「せっかくのクリスマスだったのに……」と憂鬱げに俯いた。
◇ ◇ ◇
「あの……フィルさん。終わった後にこう聞くのもあれなんですけど、ジョーカートラップは何を?」
クリスマスの午後、約束通り結果の判定をするために来た黒須さんが情けない表情で言った。
何だそんな事か。にこやかに返答する。
「不揮発性の黒のインクだよ。付着したら一週間は絶対に取れないね」
怪我でもしたのか、黒須さんの頬には白の絆創膏が張られている。が、それ以上に目立つのは右手の指先をまるで呪いのように浸食している黒だろう。こすこすと落ち着かなさそうにこすっているが、僕の用意した特性のインクはそう簡単に落ちる代物ではない。
「ただのインクですか? 人体に影響などは?」
「ただのインクだよ。床と壁と天井全てに塗ってみた。少しでも触れたら付着するようにね。対サンタ不透過板は元々真っ黒だったから気づかないかなーと」
床がペタペタしていたのはその結果である。
サンタの行動は鮮やかでそして芸術的なまでに無駄がなかった。転がってでもくれれば頬にべったりと付着していたのだが、残念ながら直接床、天井、壁に素肌が触れたのは部屋に突入する際、開けた穴の上端を掴んだその瞬間くらいだった。
黒須さんが何事かごにょごにょ独り言をする。
「……何という恐ろしいハンターだ……まさかその場での捕獲だけではなく後々まで残るようなトラップを用意するとは……」
「サンタハンターとして最善を尽くしたまでだよ」
そのまま黒須さんの右手に人差し指を向ける。
「ところで黒須さん、その指の汚れは?」
黒須さんが引きつった表情で一瞬口ごもり、言いにくそうに答えた。
「イ……イカスミです。」
「そうか……なるほど」
ちょっと考える。考えて、答えた。
「イカスミか……それならしょうがないですね」
イカスミか。そう言われると何も言えないかな。
「えー!? ちょ、フィルさん、それで納得ってそれ絶対におかし――」
野暮な事を言うアムの頭をチョップで止める。
イカスミならしょうがない。この勝負、サンタの『捕縛』を達成出来なかった僕の負けは覆らない。
スポーツマンシップに則ったサンタ狩りは終わった。次のサンタ狩りはまた来年のクリスマスまでお預けだ。
全精力を使い果たし、心地よい疲労が全身に広がっている。
大きく伸びをして、多大なる協力を頂いた黒須さんと視線を合わせる。
右手を差し出し、固い握手を交わした。僕の腕と殆ど変わらない太さの黒須さんの腕、刀をぶん回せるようには見えない細腕。
サンタクロースとはクリスマス限定の魔人だ。平時は大した力を持たないが、クリスマス・イブの夜にだけ極めて突出した力を持つ尖った存在。それこそが幻想精霊種、サンタクロース。
聖夜限定の――物語。
「来年こそは捕縛に成功できるように、全力を尽くします」
エティにもっと強力な火器と地雷を融通してもらわないと……。
何がどうしたのか、若干頬がぴくぴくと痙攣していたが、苦笑いで答えた。
「お、お手柔らかに……」
一拍おき、黒須さんが信じられない真相を明らかにした。
「こほん、ところでフィルさん。話は変わりますが――特級サンタという言葉を知っていますか?」
なん……だと!?
僕の驚愕が伝わったのか、黒須さんがにやりとどこかで見た覚えのある野獣の笑みを漏らす。
「ふふふ……その様子だとご存知なかったようですね。特級サンタとはサンタの中のサンタ。千人の一級サンタが蠱毒の如く険しい戦場で闘いぬいた末にただ一人、生み出されるサンタの中のサンタ――サンタ・オブ・サンタ」
「そ、そんな……存在が!?」
あれほど強力な一級サンタの更に上がいるなんて……!
愕然として、黒須さんの表情を読み取ろうとするが、黒須さんは笑みを浮かべたままであった。そこからは何も読み取れない。
「フィルさん、来年もまだフィルさんの信心が残っていれば――私は予言します。来年こそはそのサンタが、最強のサンタが……フィルさんを迎え撃つ事でしょう」
その言葉はまるで雷が全身を駆け巡ったかのような、巨大な衝撃だった。
興奮の余り指先がぷるぷると震えている。サンタ・オブ・サンタ? 最強のサンタだって!?
……面白い。
「望む……所です。僕の人生全てを掛けてでも……特級サンタを捕縛してみせる!」
「ふふふ……素晴らしい闘志です。一期一会、たまに出会える生粋の狩人。これだからこの職はやめられない」
黒須さんと僕の間には確かに戦意の炎がめらめらと燃え盛っていた。
きっと来年のクリスマスは今年のクリスマスよりもずっと熱いものになるだろう。
「尤も、私も今のまま、この程度でいるつもりはありませんよ。久しぶりに昂ぶってきました。願わくば来年もフィルさんの手助けをできん事を」
「ええ、また来年――この地で会いましょう」
「ええ!? フィルさん!? グラエル王国に帰るんじゃなかったんですか!? 痛っ!?」
野暮な事を言うアムに再びチョップ。
黒須さんがそんな僕達の様子を見て、まるで眩しいものでも見るかのように微笑んだ。
「ではフィルさん、私はそろそろこの辺で……」
「はい。本当にありがとうございました。勉強になりました」
ボロボロの部屋は後から黒須さん達、サンタクロース捕縛会の皆が片付けてくれる事だろう。
サンタクロースは聖夜にしか現れない。
では昼間は何をしているのか?
赤と白のストライプシャツを着て、白い袋を背負い――もしかしたら、希望を与える人を探し求めているのかもしれない。そんな可能性があってもいいのではないのだろうか。
黒須さんが最後に扉から出る直前に、こちらを向いて朗らかな声で言った。
「メリー・クリスマス」
◇ ◇ ◇
「これまさか来年もやるんですか?」
「やるよ」
「去年もやったんですか?」
「やったよ。さて、一級サンタの生態についてノートにまとめないと……」
「え!? ま、まさかフィルさん、元々それが目的――」
「来年は特級サンタが来るらしいし、サンタ捕縛用のスレイブでも探して契約しようかな」
「え!? ちょ、待ってください! ええ!? 本気? いやいや! な、何でそんなに嬉しそうなんですか!? フィルさん!? フィルさーん!?」
◇ ◇ ◇
「そういえばフィルさん、クリスマスと言えば……寝る前に枕元に手紙を書いていましたよね?」
「ああ。紙に欲しい物を書いておくとサンタが届けてくれるんだよ。サンタといえばプレゼントだろ?」
「え? あ、はい。一応サンタクロースっぽい事やってたんですね……もう完全にサンタの認識がありませんでした。で、何を頼んだんですか?」
「去年は頑強な肉体と底知れぬ魔力を頼んだかな」
「……貰えました?」
「無理です、ごめんなさいって紙が入ってた」
「そうですか……」
でももしかしたら一級サンタだったらそれも可能だったかもしれない。勿体無い事したかな。
いや、それらは恐らくサンタに頼むようなものでもないのだろう。サンタとの熱いバトルを繰り広げられるだけで、僕は十分いいものを貰っていると言えるのだから、サンタに頼むプレゼントは他者の幸福に繋がるものであるべきだ。
「あれ? じゃあ今年は何を頼んだんですか?」
「ああ……アリスとアムへのクリスマスプレゼントだけど」
「!!」
ずっとテンション低く、ふてくされていたアリスがその言葉を聞いて飛び起きた。
もうクリスマスも終わりですね。良いお年!
長くなりすぎました。
ソリストとか無理だろ今からとか……